09


Side 拓磨


俺はトワから奪った拳銃を持ち、転がるように二人から離れた。

マキは撃たれたと思ったのか瞑った目を恐る恐る開けている。

「フン、一発目は空砲って決まってんだよ」

その様子にトワは唇を歪めて吐き捨てた。

「…うぐっ」

無茶をし続けたせいか右腕が上がらない。

呼吸が苦しい。

「はぁー、はぁー…」

俺は左手で銃を握り、痛みに震えるその腕を持ち上げた。

そして銃口を相手の心臓に向ける。

「ソイツは玩具じゃねぇんだ。返せ後藤」

一歩一歩と離れた距離を詰めてくるトワに、俺は唇を噛み締める。

強く噛んだ唇から血が滲み、口内に鉄の味が広がった。

同時に、これが現実だとじくじくと痛む傷が俺に教えてくれる。

「はっ、―は、はははははっ。そうだ、…これが…現実だ」

安全装置の外された銃の引き金に人差し指をかける。

「俺は…アンタが、…俺の前に現れるこの時を…ずっと、ずっと…待ってたんだ――」

心の奥へ、記憶の底へと沈ませていた感情が溢れ出す。

はっ、はっ、と呼吸を忙しなく繰り返し震える身体を無理矢理抑えつけた。

「…殺してやる」

今までにないぐらい低く、殺意を伴って吐き出された声は自分の声じゃないようだ。

ドクリ、ドクリと沸き上がる負の感情に呑まれる。

一年前、志郎を殺し俺から全てを奪ったのはお前だ。

「殺してやる、マキ…」

銃口の先は助けに来たマキへと向けられていた。








足音も荒く、工場内に踏み込んだ大和は目に飛び込んできた予想通りの光景に柄にもなく声を荒らげた。

「止せ拓磨!マキを殺しても志郎さんは帰って来ない。お前だって分かってるだろう!」

しかし、俺の耳には雑音にしか聞こえない。

「相沢の言う通りだ。そんな事しても後藤は帰らねぇ。復讐なんざ止めろと俺は言ったはずだ」

あぁ、そうだ。ぼんやりとだが覚えている。俺から志郎を引き剥がしたのはトワだった。その時に。

「っ、うるせぇ!俺はっ、俺は…!」

でも、俺は止まらなかった。止められなかった。

真実を知ってしまったから。

奴等の口にした後藤は志郎ではなく、俺だったのだ。あの時、狙われたのは俺の方だったのだ。

だから志郎はあんな真似…。



◇◆◇



「志郎が…死んだ…?」

病院の長椅子に、志郎の血で汚れた格好のままぼんやりしているとトワとマキの話す声が耳に入ってきた。

「あぁ…」

沈んだ声で頷くトワの胸ぐらをマキは掴み上げる。

「何でっ!何で志郎が…!」

「分からねぇ。聴取に来たサツはチームに恨みを持つ者の仕業じゃねぇかって」

「……っ。何で志郎なんだっ」

マキは震える声でそう呟き、俺を見た。けど、俺の視界には何も写ってはいない。

「マキ!」

咎めるようなトワの声にマキはふいと視線を俺から反らし、口を閉ざした。

そして、志郎を失った鴉はバラバラに。総長を失い、幹部はトワを残して皆やめて行った。

その頃の俺は志郎の温もりを探してフラフラと夜の街をさ迷っていた。

その後ろをトワが毎夜素知らぬ振りをして付いて歩く。

「俺は後藤 拓磨を痛め付けろと言ったんだ!それをっ…!」

偶然、それを聞いたのは本当に偶然だ。

俺はその場に縫い付けられたように足を止めた。

「離さなかった?だから志郎を暴行したっていうのか!引き剥がせば良かっただろうがっ!クソッ!何で志郎はあんなガキ…」

その声は薄暗い路地から聞こえてくる。

付いて来ていたトワは固まって動けない俺の隣で薄暗い路地をそっと覗いた。

路地の先にいたのは鴉を抜けたマキだった。

初めは信じられなかった。信じたくなかった。なによりマキは志郎の仲間だったから。

けれどもまた、人との繋がりは脆いものだと俺は良く知っていた。血の繋がりがあろうと人は簡単に裏切る事が出来る生きものなのだと。

薄々感づいていた大和は真実を耳にして瞳を細める。

「お前が悪いんだ、…お前がっ。志郎はあんな奴じゃなかった。何が家族だ」

それまで黙っていたマキははっきりと憎悪を浮かべた瞳で俺を見た。

「お前さえいなくなれば志郎は元の志郎に戻る筈だったのに―」

ギリッと奥歯を噛み締め、マキは言う。

「お前が志郎を殺したんだ!」

その言葉にカッと頭に血が昇った。

「だまれっ!」

俺は昔の志郎なんか知らない。けど、これだけは言える。

志郎は死んでいい人間じゃなかった。

志郎は…。

「俺は絶対にアンタを許さねぇ」

ぐっと引き金にかけた指先に力が籠る。

この指を引けば―。

「止めろ拓磨!」

「後藤!」

たったこれだけで命はいとも容易く散るんだ。

「さよならだマキ」

俺の目はもうマキしか写していなかった。

しかし、

「何をしている拓磨」

そこへ割って入った声がある。不機嫌さをたっぷり込めた地を這うような重低音。

有り得ない。
こんなとこに居る筈がない。

そう思うのに意識が引き付けられ、動きを止めてしまう。

「俺は何をしてるんだと聞いているんだ。拓磨」

ノイズだらけの耳に、その声だけは何故かはっきりと聞こえた。

「…何で」

驚きと恐怖に弱々しい声が声帯を震わせる。

恐怖…?
何に対しての?

「書き置き一枚残して行方を眩ませたお前をわざわざ迎えに来てやったんだ」

「…後に、してくれ。これが済めば俺はどうなったっていい」

猛はフンと面白く無さそうに鼻を鳴らし、俺に近付いてくる。

「っ、来るな!」

ただそれだけの事なのに酷く狼狽える自分がそこにはいた。



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