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Side 猛


…夜が明けようとしていた。

「どこいっちまったんだ拓磨くん…」

頭に包帯を巻いた日向が焦りを隠せず呟く。

「怪我をしているんだ、自力じゃそう遠くへは行けないはずだ」

その日向の隣に座る上総が冷静に言葉を発す。

「残念ながら携帯は置いていってしまったようですね」

二人が座るソファーの反対側に立った唐澤が、視線を斜め下に落としてそう告げた。

その視線の先、ソファーに身を預けていた俺は閉ざしていた瞼をゆっくりと持ち上げた。

「唐澤、真山の件はきっちり片付けただろうな?」

「はい。誰一人もらしていません」

今回潰した真山組の誰かが報復に動いたかと確認をとるがその可能性は限り無く低い。

真山以外に今、揉めている組はないしその可能性もない。もっといえば氷堂に喧嘩を売るような奴はいないだろう。

「上総、日向。お前ら拓磨に付いてて何か感じなかったか?」

「いえ、とくには」

「これといって思い当たる事は無いです」

日向と上総は首を横に振った。

手詰まりになりそうになったそこへ、日向の携帯が鳴る。

俺は視線だけで頷き、電話に出るよう日向を促した。

「…え!?そうか!分かった、また何かあれば連絡しろ」

視線が通話を終えた日向に集中する。

「何か分かったのですか?」

唐澤の堅い声に日向は頷いて言った。

「昨夜、拓磨くんが若い男達と一緒に居たのをコンビニの店員が目撃してたそうだ」

若い男、それも複数。

「その彼等が拓磨さんの友達、ということは?」

唐澤は眼鏡を押し上げ、幾通りもの推測をしながら聞く。

「ありえねぇな。アイツは基本的に自分以外の人間を信用してねぇ」

唐澤の問いをバッサリ切り捨て、俺は拓磨の携帯電話のフラップを開いた。

パチン、とブラックの飾り気の無い携帯を操作し中を確認する。

「辛うじて日向と上総の番号が登録してあるだけでほとんど使った形跡はねぇ」

それならば拓磨と一緒に居た男達は誰なのか。

日向はハッと顔を上げ口を開く。

「友達…、俺一人だけ知ってるかも。昨日、大学で拓磨くんと話してた奴がいる」

「誰だ?」

「いや、名前は分からないけど見ればすぐ分かるような男です」

拓磨が心を許している人間がいるとは驚きだ。同時に興味が沸く。

「日向。ソイツにそれとなく接触して拓磨の事を聞き出してこい」

「はい」

手がかりは多いに越したことはない。

「会長はどうするんですか?」

「俺はここで待つ。下手に動いてサツや他の組の人間に変に探りを入れられたくねぇからな。居場所が掴めたら連絡しろ」

上総の声に、俺は胸の前で腕を組んで視線を投げる。

「あぁ、どうせならお前も日向と行って来い」

はい、と頷いて上総と日向はソファーから立ち上がった。

日向と上総が出て行き、俺は真っ直ぐ前を見据えたまま口を開いた。

「不思議か?俺がアレに構うのが」

「…えぇ。正直言って貴方が気にかける程のものがあるとは思えません」

長い付き合いのある唐澤は歯に衣着せぬ物言いでもって答えた。

「そうかもな。アイツは俺達に本心を見せようともしねぇ」

だから余計に気になるのかもしれない。

「それは仕方ないのでは?」

拓磨がここへ来た経緯を考えれば心を開かないのは仕方ない、と言う唐澤に俺はそれだけなら簡単なんだがなと口にした。

「他に何かあると?」

「あぁ。アイツには何かある」

きっと俺じゃなくても、どんなに善良な人間に会ったとしても拓磨は心の内はみせねぇだろう。

そんな感じがする。

生い立ちから察するに拓磨は今まで誰にも頼らず、期待も抱かずに自分の力だけで生きてきたような人間だ。

「それに、拓磨はあまりにも潔すぎるとお前は思わなかったか?」

事務所での、借金の片の話の事を指して言えば、唐澤は少し考えた後頷き返した。

「…アレは潔いと言うより諦めがよすぎると言った方がしっくりきますね。大の大人でもごねる場面であっさり条件を飲んだことには私も驚きました」

とても十九の若者には見えませんでした。と、それきり唐澤は何も言わなかった。

そう、それだ。拓磨は十九才という若者の割にすでに人生を達観したような所があった。




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