03


「チッ、これだけやりゃぁもう分かったろ。おい、てめぇら引くぞ」

奴等はその号令を聞いてあっという間に姿を消す。

辺りが静けさを取り戻すと、志郎はようやく俺を抱いていた腕の力を緩め地面に仰向けに転がった。

「志郎!血がっ…止血、止血しないと…」

俺は貰ったばかりのマフラーを外す。

「ごほっ、ごほっ…っ…ぶじ…だな、たくま…」

「っ!俺の心配より自分の心配しろ!馬鹿志郎!」

震える指先で志郎に触れ、一番出血の酷い頭にマフラーを押し付ける。

ジワジワと変色していくマフラーに視界まで滲んでいく。

「止まれ、止まれよっ…っそうだ!!救急車!」

「た…くま…」

志郎の頭を膝に乗せ、携帯電話を取り出した俺は志郎にその手を掴まれた。

そして、志郎は俺の手を掴んだままゆっくりと、顔を痛みに歪めながら上体を起こす。

俺はそれに慌てて志郎の背に、掴まれていない方の手を回した。

「動くな志郎!今救急車呼ぶから…」

「っはー…たく…ま…ごほごほっ…わ…りぃ…」

「悪いって…な、んだよ…?」

志郎は俺の手を離すと、俺の背に腕を回し優しく抱き締めてきた。

「なに―?」

「ど…やら…っはー、やく…そく…守れそうに…ぐっ、げほっげほっ!!」

口元を押さえ、咳き込んだ志郎の手から赤い液体が腕を伝って落ちる。

「し…ろー…?」

「かはっ…っう…。…たくま…っ…いつまでも…けほっ…あい…してる…だ、から…」

「ゃ、やだ…しろー…」

嫌だ嫌だ。止めろ!何でそんなこと…嫌だ、言うな言うなよ!その先は聞きたくなんかないっ―!!

「っは…ぐっぅ…っ生き…ろ…。おれが…いなく、ても…っはぁーはぁー…お前なら…も…だいじょ…ぶ…だ…」

優しく回されていた腕がギュッとキツく、痛いぐらい強くなり涙が溢れる。

「ぁ…し…てるよ、…たく…ま…」

そう言ってずるりと背に回されていた手が力を失い落ちた。

「し…ろー…?」

「………………」

志郎の背に回していた腕に力が入る。汚れてしまった志郎の服をぎゅっと掴み、返らない返事を俺はいつまでも待った。

「しろー…?」

「……………」

「っ、しろう!志郎!志郎!なぁ、冗談…だよな…?目ぇ開けろよっ、しろーーーっ!!」

悲痛な叫びが夜の静寂を切り裂く。

腕の中で失われていく温もりを俺は呆然と抱き締めていた。








どれぐらいそうしていたのか覚えていない。

ただ、誰かが呼んだ救急車のサイレンが近付く音が嫌に歪んで聞こえた。

「うそ、…だ…こんなの嘘だっ!こんなのっ…、っ…俺は―!!」

認められない現実。

届かない願い。

「―っ、志郎の…裏切り者っ!約束…したじゃねぇか!ずっと俺の側の居るって…なんでっ…なんでだよ!志郎――!!」

置いていかないで。

独りにしないで。

「どうせなら…俺も一緒に連れてってくれれば良かったのにっ!―っ志郎…」

俺にはもう何もない。

熱を失った身体を、俺は誰かに引き剥がされるまでずっと抱き締めていた。

「―っく…ふ…ぅ…う…」

六年、志郎と積み重ねた愛しくも大切な日々は一瞬にして奪われた。

「………志郎っ」

もう…志郎の温もりを感じる事も、声を聞くこともない。

後藤 志郎はその年、二十三という若さでこの世を去った。



◇◆◇

夢は、終わる。

覚めない夢などないと知る。

いつだって絶望は俺の隣にあったのだ。

―胸が、痛い。

…心が軋む。

堅く閉ざした瞼から溢れ落ちる雫を救う指は何処にもない。



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