02
無償で注がれる初めての愛情、与えられる温もりに俺は確かに幸せを感じていた。
「拓磨、ちょっと外に出て来い」
玄関からかけられた声に、俺は志郎に貰った高校の教科書から顔を上げ、シャープペンを置いて立ち上がる。
「なに、志郎?」
「今日はお前が俺ン家に来て六年目だ。俺のお古で悪ぃけどこのバイクやるよ。まっ、乗るのはちゃんと免許取ってからだけどな」
「え…!?だってこれ…」
玄関先にはいつも志郎が乗り回しているナナハンの青いバイクが置いてあった。
志郎は驚きに言葉も出ない俺を満足気に見ると悪戯っぽく笑い、俺の髪をくしゃりと撫でた。
「大事にしろよ。これはお前の大学入学祝いも兼ねてるんだからな、絶対合格しろよ?」
「…っ、その言い方卑怯だ志郎」
「ははっ、何とでも言え。…そうだ、来年はツーリングに行くか。晴れた日に風を切って走るとすげぇ気持ち良いんだぜ」
先の約束を当たり前のように口にする志郎に、向けられた優しく柔らかな眼差しに、俺は照れながらも小さく頷き返した。
「おっ、照れてんのか拓磨?可愛いな」
「っ、誰が!」
「よしよし」
志郎は人の話も聞かず、俺の髪をぐしゃぐしゃにするとふわりと俺を抱き締めてきた。
「うわっ!?」
「もうすぐお前の誕生日だな。何か欲しいものあるか?」
「…………ぃ」
「ん?」
聞こえなかったのか、聞こえない振りをしたのか、志郎は腕の力を緩めると俺の顔を覗き込んで聞き返した。
「…志郎がいればいい」
俺はそれに視線を合わせないようにしながらもう一度繰り返してやる。
正直恥ずかしかったけど俺の本心だから。
「そうか」
そう言った俺に志郎は嫌な顔一つ見せず、柔らかく笑った。
「拓磨、誕生日おめでとう。もう18か。早いな」
「…ありがと」
誕生日の祝いにと志郎に連れ出され外食した帰り道。外灯の下、立ち止まった志郎は俺の首にふわりとストライプのマフラーを巻き付け優しく笑った。
「そんな大したもんじゃねぇがな」
「何、言ってんだ。志郎には色んなもの貰ってるし…これで十分」
俺は首に巻かれたふわふわのマフラーに触れて笑みを溢した。
「そうか」
志郎はふっと口元を緩めて、自然な動作で俺の右手をとる。
「さっ、帰るぞ」
「ん」
肩を並べて、明日はどうするだとか他愛ない話をしながら俺達は歩き始めた。
「ん…何かうるさいな」
ブォンブォンとバイクの音が近付いて来る。
「この辺のチームの奴等だろ。あぁ、チームっていえば俺もそろそろ引退だな」
「鴉を?でも志郎が止めたら次は誰が総長に…」
そうだなと志郎は少し考えた後、にやりと俺を見て言った。
「お前がやるか?」
「嫌だ。志郎が抜けるなら俺も抜ける」
志郎がいるから俺は入っているだけだ。
きっぱり告げた俺に志郎は苦笑して、俺の頭に手を乗せて言った。
「冗談だ。お前を残してったりなんかしねぇよ。まだまだ心配で手放せねぇからな」
くしゃくしゃ、と髪を掻き混ぜられ俺は不貞腐れた様にマフラーに口元を埋めた。
「…そうだよ。責任持って俺の面倒みろよ」
「ははっ、生意気なこと言うようになったなぁ」
口ではそう言っても、チラリと盗み見た志郎の表情は柔らかく優しかった。
「志郎、俺…」
「ん…?どうし―っ!拓磨!!」
「え!?」
頭に乗っていた志郎の手が、ぐっと俺の頭を抱くように抱き込み、気付いた時には俺は志郎の腕の中にいた。
「―っ、ぐっ…!!」
「…な…に?」
きつく抱き締められ、耳元で志郎が声を圧し殺した様な唸り声を漏らした。
次にガラガラと鉄を引き摺るような音が耳に届く。
「拓磨…怪我は、ねぇな?」
「あ、ぁ…志郎?志郎は…」
ポタリと頬に濡れた感触がし、鉄の臭いが鼻をついた。
「―!志郎、血が…!!怪我して」
「…ぁ…っく…だい、じょ…ぶだ」
途切れ途切れの苦しそうな呼吸の下で言う志郎は、全然大丈夫そうには見えなかった。
ワケがわからなくて、でもとにかく止血しなきゃと俺は志郎の腕を叩く。
「離して」
「…っぐ…だめ…だ…」
「何で!」
ならば、ととにかく現状を確認しようと志郎に抱き込まれたまま何とか顔を動かした。
「んっ―!?」
最初に眩い位の光が目に入り、一瞬視界が奪われる。
徐々に光に慣れた目が捉えたものは…。
「な、…んだよコレ!?っ、志郎離せっ!」
眩い光の正体は俺達の周りを取り囲む様に止まったバイクのヘッドランプ。その光の前にフルフェイスのメットを被った男達が鉄パイプをガラガラと引き摺っている。
そして、光を浴びてはっきり目に飛び込んできた光景。
パタパタと地面に散る赤い鮮血は誰のもの―?
「っ、離せ志郎!」
血がっ!それに一人でこれだけの人数を相手にする何て。俺もっ…!
「たくま…」
しかし志郎は更に腕に力を入れ俺の拘束を強くする。
「だ…いじょ…ぶだ、っ…お前…は…俺が…ぜってぇ守る…から…」
心配するな、と志郎はこめかみから血を流しながら俺に優しく笑った。
「―ゃだ、守んなくていい!だからっ志郎…!!」
俺だって戦える!
話している間にも敵は襲いかかってくる。
「…っ、…はっ…はっ…ンの野郎っ!」
志郎は俺を腕の中に庇ったまま応戦した。
「ハッ、本当奴の言う通りだな」
「うぉらっ!これでも喰らえっ!!」
ガッ、と後頭部を殴られ志郎は俺を抱いたまま膝を付きドサリと地面に倒れ込む。
「もう止めろっ―!止めてくれ!!志郎っ…!!」
「かはっ…はっ…ぁぐっ…」
それでも志郎は俺を離そうとはしなかった。
「後藤、てめぇさえいなけりゃ俺達はっ!」
「邪魔なんだよ!」
倒れ込んだ所へ、激昂した男の蹴りが炸裂する。
「―がっ…ぁ…っく…ぅ…」
その爪先は俺を抱く志郎の腕にぶつかり骨の軋む鈍い音と、振動が俺にも伝わってきた。
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