01
薄暗い照明の下、髪の毛を掴まれガタンと派手な音を立ててビリヤード台に押し付けられる。
「ぐっ――!!」
胸が圧迫され息が詰まった。
「いいざまだな後藤」
げらげらと周りを囲う男達が下品に笑う。
「夜道で襲撃。アンタが俺達に使った手だ。どうだ、やり返される気分は?」
退路を塞がれ、拉致同然に無理矢理車に押し込まれた俺は彼らが誰だったのかようやく思い出した。
鴉傘下の炎竜だ。大和が警戒を示していた。
「な…んの話だ…?―ごほっごほっ」
しかし、俺には話がまったく見えてこない。
炎竜を襲撃する指示なんて出していない。
唯一出している指示は奴を見つけ出し、捕らえる事だけだ。
「惚けるつもりか。俺達の仲間をリンチさせたのはてめぇだろうが!」
ガツン、と横腹を拳で殴られる。
「ぐっ…っ!!」
押さえ付けられたままの体が痛みにビクリと跳ね、俺は声を漏らさぬよう唇を噛み締めた。
「…かはっ…はぁ…はぁ…」
「大方俺達が邪魔になったんだろ?」
ギラリと見下ろす男の瞳が凄惨さを増す。
「…っ、俺は…そ…んな…指示出して…ない…」
「はっ、どうだか」
始めから俺の言葉を聞くつもりはないのか男はクッと歪んだ笑みを浮かべ、侮蔑するような口調で続けた。
「アンタには前科がある。あの人から聞いたぜぇ。…後藤 志郎を殺したのはアンタだってな」
この ヒ ト ゴ ロ シ!
「―――っ!!」
落とされた言葉に目を見開き、頭を過った映像に身を震わせた。
ポタポタと地面に落ちた赤い液体。
熱を失っていく身体。
「仲間の受けた痛み、その身で思い知れ!」
そして、次の瞬間頭に強い衝撃を受けて景色がブレる。
「―っぅ…う…」
徐々に色を無くしていく景色の中、俺は忘れた筈の人を想った。
〈志郎…〉
*
〈俺は後藤 志郎。お前は?〉
真っ直ぐ俺に向けられる瞳。
〈今日からお前は俺の家族だ〉
優しく頭を撫でる大きな掌。
〈後藤 拓磨。中々良い名前だろ?〉
得意気に笑い、柔らかい眼差しが俺を見る。
〈大丈夫、俺はずっとお前の側に居るよ〉
俺を包む温かな温もり。
夢を、見ていたんだ。
懐かしく、胸を締め付ける痛みを伴ったその夢に、知らず知らずのうちに涙が頬を伝って落ちていく。
出来ることなら一生夢を見ていたかった。
◇◆◇
人工灯に照らされた幼い寝顔の上に影がかかる。
「…たくま、拓磨。そんな所で寝てると風邪引くぞ」
肩を優しく揺さぶられ、ゆっくりと瞼を押し上げる。
「んぅ…、しろー…?」
目の前にはしょうがないな、と告げる優しく細められた茶色の瞳が俺を覗き込んでいた。
「そ、俺だ。ご飯出来たから起きろ」
もそもそとソファーの上で体を起こせば、よしよしと大きな掌が俺の頭を撫でた。
「今日はお前が家に来て丸一年。記念にお前の好きなもの沢山作ってやったから残さず食えよ」
そう言われてテーブルに視線を向けた俺ははっきりと覚醒した。
「げっ!あんなに沢山食べられるわけないだろ。何考えてんだバカ志郎!」
「そんな事言ってるから拓磨はいつまでたってもチビのままなんだぜ」
ぐりぐりと頭を撫でられ頭が揺れる。
「か、関係ないだろ!」
「はいはい」
右手をとられ、椅子に促される。俺は繋がれた右手を離さないようにぎゅっと握り締めた。
この時、
拓磨 13才 志郎 18才。
そしてその手は俺が声変わりを迎えても、身長が志郎に近付いても決して離される事はなかった。
それどころか志郎は俺が持っていなかったものを沢山くれた。
「可愛いだろ?コイツが俺自慢の家族。ほら拓磨、自己紹介」
肩に手を乗せられ、促されたのでしぶしぶ名乗った。
「…後藤 拓磨です」
深夜、いきなり外に連れ出されたと思えば俺や志郎と同じ年頃の若者達の前で自己紹介をさせられた。
意味が分からない。
「みんな仲良くしてくれよ」
「おい、志郎!俺は別に…」
「拓磨。お前の世界はまだ小さい。もっと周りを見てみろ。案外捨てたもんじゃねぇぞ」
志郎がいればいい、と続く筈だった言葉は志郎の深い愛情を称えた瞳と優しく触れる掌に言えなくなってしまった。
俯いた俺に志郎が苦笑する。
「よぉ志郎!久し振りに来たと思ったら、こんな美人どこで捕まえたんだ?」
「ん、羨ましいかマキ?でも拓磨はやらねぇぞ」
「ははは。ンなマジな顔すんなって。冗談だよ」
軽口を叩き合う志郎とマキと呼ばれた青年の間に別の声が割って入る。
「愛想のねぇガキ。こんなガキ連れてきてどうするつもりだ後藤。まさか鴉-カラス-のメンバーに入れるつもりじゃねぇだろな」
どこか攻撃的な視線と言葉が俺と志郎に向けられた。
「―っ」
その視線に心に灯った熱が急激に冷めていく。
やっぱりダメだ。俺は志郎しか…。
そんな俺に気付いたのか志郎は俺を守るように俺の腕を引いて、胸の中に抱き締めた。
あたたかい…。
「トワ、総長は俺だ。お前に指図される覚えはねぇし、拓磨を怖がらせるつもりなら向こうへ行け」
「チッ…」
消えかけていた熱が戻ってきた。
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