03
ざわざわと人の声がする。気配が煩い。
「―――」
「―――!」
何を言っているのか分からない。
ここはどこだ?
どうしたんだ俺は?
重い瞼をゆっくり持ち上げて、周りを確認する。
俺のすぐ横に男が一人、背を向けて立っている。
その他にドアと思われる前に二人、中央にあるソファーに一人。ソイツの側近のような奴がソファーの横に一人、控えていた。
俺はとりあえず気付かれないよう、再び瞼を落とした。
なんだ、これは?
身体が鉛の様に重い。
右腕が鈍く痛む。
意識が途切れる前の事を手繰り寄せ、事故に合ったことを思い出した。
ほんのちょっと身体を動かしただけでビシッと、身体中に痛みが走る。
「……っ!?」
とくに右腕が酷い痛みを発した。
骨折とまではいかないが、これは骨に罅が入ってるかもしれない。
息を詰めた事で気付かれたのか、直ぐ側にいた男が振り向き俺を見下ろしてくる。
「どうだ、起きたか?」
「…そのようです」
ソファーの方から声が飛んできて男がそれに答えた。
現状を理解する為にも俺は仕方なく目を開けた。
「ここはどこだ?アンタ等は誰だ?」
ジロリと瞳を細め、見下ろしてくる男を睨み付けた。
「開口一番がそれか。さすが氷堂の色というべきか」
しかし、俺の声に答えたのは目の前の男ではなく、一人ソファーに優雅に座っている男だった。
痛む身体を無理矢理起こせば、自分がベッドに寝かされていた事に気付く。
どうやらどこかのビジネスホテルの様だ。
「くっ…」
身体を動かした事で右腕に走った痛みを唇を噛み締めて耐え、部屋にいる奴等に鋭い眼光を向けた。
こんなとこで弱味は見せられねぇ。
側にいた男が離れ、ソファーに座っていた男が立ち上がってゆっくり俺の元まで近寄ってくる。
そして、いきなり頬をガッと殴られた。
「――っ!?」
ボスン、と俺はまたベッドに逆戻りしてしまう。
「ふんっ、生意気な面。氷堂と同じで憎らしいったらないぜ」
忌々しげに告げられたその言葉で、俺は猛絡みで巻き込まれたのかと冷静に分析した。
「…俺をどうする気だ?」
起き上がる気力もなく、俺は冷めた眼差しを憤る目の前の男に向けた。
すると、男は妖しげな光をその目に灯しニタリと笑う。
「さすがの氷堂も自分の色を汚されたとなれば醜聞だろう?しかも格下だとおもってる俺等にな」
真山の叔父貴もお前と引き換えで解放される予定だし、一石二鳥とはまさにこのことだぜ、と言った。
真山が誰なのか俺にはさっぱり分からなかったが、コイツ等の馬鹿さは理解出来た。
俺を人質に猛を動かそうって?
有り得ねぇ。
「ふっ、ははは…」
俺は耐えきれず、肩を震わせ笑ってしまった。
「気でも触れたか?」
その様子に男は嘲笑するように俺を見下ろす。
それでも、俺は声を押さえきれない。
だって、そうだろ?俺が猛の弱点になりえるわけがねぇ。俺と猛の間に情は存在しない。なにより俺を助ける事で、デメリットはあってもメリットがない。
アンタ等の企みは始めから終わってるんだ。
それが可笑しくて、俺は笑みを浮かべたまま目の前の愚かな男に教えてやる。
「アイツがお前の取引に応じることは絶対にない。絶対に、な」
応えるぐらいなら俺を切り捨てるだろう。その方が面倒もなく楽だ。ガキ一人消えた所でどうってことはない。
自信満々に言い切った俺に、男が動揺するように瞳を揺らした。
その可能性を考えたな。
「ふ、ふんっ。それはありえん!あの氷堂が自分のマンションにまで住まわせる程だ。お前の戯言など…、俺は騙されんぞ!」
俺から視線を反らし、離れた男は早口で捲し立てる。
「クッ、馬鹿な奴…」
こんなことをしても何にもならない、無益な事だと背を向けた男に憐れんだ視線を向けた。
シンと静けさを取り戻した部屋にヴヴヴ、と携帯の振動音が響く。
「来たか」
ソファーへ座り直した男が、側近を見上げる。
それに頷き、側近はテーブルの上で振動する携帯電話を手に取った。
「もしもし…」
『―――』
二、三言言葉を交わし、通話口を手で押さえた側近が男を呼ぶ。
「茂文(シゲフミ)様、氷堂の者から電話が…」
茂文と呼ばれた男は俺に向かってニヤリと笑い、側近から携帯を受け取った。
「伝言は聞いたか?」
『真山組組長、真山 昭一郎(ショウイチロウ)の身柄引き渡しの事ですか?』
俺に聞かせるためか、ハンズフリーにしたスピーカーから唐澤の落ち着いた声が流れる。
「そうだ。氷堂の色を無事に返して欲しけりゃ真山を渡せ」
『はっ、俺も随分と舐められたもんだな。なぁ、真山 茂文?』
唐澤と違う、低音。スピーカー越しでも十分伝わる他者を威圧するような声が一瞬にして部屋を満たした。
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