02


休学手続きを済ませ、休学理由は経済的な事情でという事にしてある。あながち間違いではないが。少し早いが昼食を学食でとることにした。

「別に休学なんてしなくても良かったのに。会長に相談とかしなかったの拓磨くん?」

大和がいなくなってから堂々と隣を歩くようになった日向を無視し、食券を購入して和食御膳を頼む。

その横で学生でもない日向があたりまえの様に食券を買って注文していた。

護衛とはいえ正直うっとおしくてしょうがない。

出てきた御膳を受け取り、俺は外が見える窓側の席に着いた。

「いやぁ、懐かしいね。学生時代を思い出すよ」

そしてやはり当然のように日向は向かいの席に腰を下ろした。

一人でよくしゃべる奴だ。

正面に座る奴に冷めた視線を投げてから、俺は箸を手に和食御膳を食べ始めた。

一応マナーは心得ているのか食事中、日向が口を開く事はなかった。

やっと静かになったか…。

授業中のせいか食堂を使用している人は少なかった。

「で、拓磨くん。この後まだ何処かに行くのかな?」

食事を食べ終えた日向は黙っていられないタチなのかさっそく口を開く。

俺が一番嫌いなタイプだ。

「その辺走ってから帰る」

空になった御膳を持って俺は立ち上がる。

すると、同じ様に立ち上がった日向は眉をひそめて咎めるような声を出した。

「…拘束するわけじゃないけど、俺としてはそれはあまりお勧め出来ないな」

「猛はアンタを連れてきゃ外出していいって言ったはずだ。条件は破ってないだろ」

側に他人を、それも信用も信頼もしてねぇ人間を長時間置いておく苦痛に耐えているというのに、更に自由まで奪うというのか。

…あぁ、そうか。猛に買われた時点で俺に自由はなかったな。

ふっと唇を歪め、日向が口を開きかけたのを遮り俺は言い直す。

「やっぱいい。そのまま帰る」

それだけ告げて、俺は御膳を返しに返却口に足を向けた。

だから、

「…ここまでとは、何て顔するんだ拓磨くん」

振り返らなかった俺は日向が難しい顔をして呟いたのを聞くことはなかった。

そして、また駐輪場まで日向がついてくる。

メットを被ってる俺の横で日向がバイクのシートに手をつき、しげしげとバイクを観察していた。

「ナナハンの、…車体はメタリックオーシャンブルー。このバイク高かったろ?」

顔を上げた日向が俺を見る。

「知らね。貰っただけだし。それよりバイクに触るな」

「は?貰ったって誰に?」

「誰だっていいだろ。アンタには関係ねぇ」

邪魔な日向を退かし、サイドスタンドを外してバイクに跨がった。

「うわっ、ちょっと待って!」

エンジンをかけ、慌てて自分のバイクを動かし始めた日向を一瞥し、俺はバイクを発進させた。

大学の敷地を走り抜け、正門を出た所で左にウインカーを出す。

あのマンションに帰るのは抵抗があったがもう諦めた。

往きに通って来た道を戻るようにバイクは走り出した。

この先に何が待ち受けているかを知らず…。








交差点の信号が青から赤へと変わる。

クッとブレーキを引いて俺は停止線手前で止まった。

「………?」

ふとその時何か違和感を感じてミラーに視線をやった。

そこにはちょうど後ろを走っていた日向が止まるのが写っているだけで特に変わったことはない。。後はその後ろに乗用車がいるだけで。

…何だ?なにがひっかかったんだ。

往きにはなかった違和感が俺を襲う。瞳を細め、視線だけで周囲を見回し警戒する。

今は交通量もそれほど多くない一車線の道路。背の低いビルと店が連なるどこにでもある風景。歩道にはちらほらと人が歩いているだけでとくに変わった様子はない。

「どうした?」

俺が警戒した雰囲気を感じ取ったのか、後ろにいた日向が隣につけてくる。

「……別に」

気のせいか?

信号が青に変わり、俺は視線を前に戻した。

地面についていた足を離し、アクセルを開ける。

そして、

ソレは交差点内に進入した時に起こった。

「―っ!?」

「――たくまっ!!」

キィィ―、と甲高い音にゴムの焼ける臭い。

ゴオッと一瞬強い風が吹いて何もかも浚っていったように、俺の回りから全ての音が、色が、消え失せた。

視界に写るのはモノクロの中にあって、何故か鈍く銀色に妖しく光る車体。

己の命の危機に、生存本能が無意識に働き、命を護ろうと跳ね上げられたボンネットの上で頭を抱えるように丸くなる。

かいま見えた運転手の顔が、これが偶然の産物ではないことを物語っていた。

「ぐぅ…っ…」

ガシャーン、と凄まじい衝撃音を響かせガードレールにぶつかって止まった車の側で、空に投げ出された俺は地面に叩き付けられ転がった。

ソレは僅か数秒の出来事だった。








side 日向


一瞬何が起きたのか理解できなかった。

拓磨が交差点に進入したと思ったら、左から来た乗用車が拓磨に突っ込んでいた。

信号はこちらが青。左右は赤。信号無視だ。

乱れた交通にわぁわぁと騒ぎ出す目撃者。

「くそっ!」

俺はバイクを放り出し、ぐったりと倒れ伏す拓磨に慌てて駆け寄った。

「拓磨!おい、拓磨!」

拓磨のしているヘルメットを外し、声をかける。

息はあるが意識がない。

ぱっとみ怪我は切り傷程度に見えるが身体の中のことまでは分からない。

苛つきながら俺は携帯を取り出し、救急車を呼ぶ。

「…そうだ!早く来てくれっ」

俺ともあろうものが何をこんなに焦っているのか。目の前で人が倒れているのを見るのが初めてなわけじゃあるまいし。

通話を終わらせ次に唐澤に連絡をとろうと短縮を押す。

今、俺を突き動かすのは恐怖でも動揺でもない。自分でも何故なのか分からない、漠然とした焦燥感だった。

電話の相手は三コールで出る。

『はい、もしもし』

「唐澤か!俺だ。拓磨くんが…」

「そこまでだ」

電話に気をとられていた俺は、背後をとられた事に気付かなかった。

チッ、こんな時に!

内心で舌打ちし、携帯片手に振り返ろうとしたが後頭部にカチャリと鉄の冷たい塊を押し当てられ動きを止めた。

『日向?拓磨さんに何かあったのですか?』

まさか、こいつら!

「氷堂に伝えろ。お前の色(イロ)は預かった。返して欲しければ真山の親父と交換だ、と」

いいな、と上から言い聞かせるように言われ、次の瞬間ガッと後頭部を強く殴られた。

「―いっ!?」

…っの野郎!忘れちまったらどうするんだ馬鹿野郎が。

ドサリと情けなくも俺の意識はそこで途切れた。



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