恋愛×戦争小話34(拓磨+α)


ゆらゆらと揺れる頭に気付いて大和はそっと瞳を細めた。音を立てぬ様に注意しながら手を伸ばし、静かにテーブルの上の物を片付け始める。

ちらりと一瞬、カーテンの引かれた窓の方へと意識を向けたが、外で降り続く雨はまだ止みそうになかった。


***


珍しく陽のあるうちに開かれた集会。
ソファに腰を落ち着け、次々と報告されるここ最近の鴉傘下の動向や噂話、周辺の情報に静かに耳を傾ける。その中から更に必要な情報と不要な情報を頭の中で選別していく。
拓磨が引っ掛かりを覚えた情報に関しては、拓磨の傍らに立った大和が更に踏み込んで話を促す。

「その話は俺の耳にも入っている。真偽が確かなら捨て置くことは出来ない」

「―はっ、はい!自分もこの目で確認して来ました!ですから、」

すっと細められた冷ややかな眼差しに報告を上げた男は一瞬その空気に呑まれそうになりながらもきっぱりと己の発言を肯定するように返した。
大和の視線がソファに座る拓磨に流れ、その視線を感じた拓磨が口を開く。
集会場の中央に立って視線を集める報告者に向かって拓磨が命じる。

「それが本当の話なら、お前のチームで排除しろ。鴉の害になるものは必要ない」

淡々と告げられるこの世界での死刑宣告にも等しい命令に男は表情を強張らせながらもどこか誇らしげに頷き返した。

「分かりました」

「…その後、そのエリアはお前のチームにくれてやる」

「っ、ありがとうございます!」

「小田桐。後で持ち場の変更を頼む」

大和はその傍らで、拓磨とは別の椅子に座って終始パソコンを弄っている小田桐へと声を掛けた。

「了解」

小田桐はパソコンの画面から目を離すことなく返事を返すとキーボードを打ち続けた。
それからも主要なチームからの報告は続き、夕方近くになって集会はお開きとなった。

「さてと。今日の報告の中で二、三気になる情報があったな。俺はその真偽を確かめる為にこれで抜けるが…お前らは?」

「目ぼしいものは無かった。俺は帰る」

「…俺もそうしよう」

小田桐からの問いにソファから腰を上げつつ帰ると言った拓磨に、大和も続き小田桐へ視線を投げる。大和と小田桐は無言で視線を交わすと既に興味を失った様に背を向けた拓磨の背中を見る。

「総長、もう帰るんすかぁ?」

「お前らは好きに遊んでろ」

仲間に引き留められそうになりつつ、さっさと一人で帰ってしまいそうな拓磨に大和がその後を追う様に歩き出す。

「相沢。そいつにもっと食わせとけ」

「本人が望めばな」

背後で交わされた意味の分からない大和と小田桐の会話に拓磨が反応を見せる事は無く、倉庫の外に停めていたバイクの元へと向かうとハンドルに引っ掛けていたヘルメットを手に取る。

「拓磨。この後、用がないなら家に来ないか」

拓磨がヘルメットを被る前に大和は言葉を滑り込ませた。

「お前の家に?」

「あぁ。俺も家に帰った所で一人だ。たまには一緒に飯でもどうだ」

「……」

迷った様に手を止めた拓磨に大和は拓磨が家に来やすいようにそのハードルを下げる。

「どこか店に寄って、飯を買ってからでも構わないが」

誘った手前、家に何が残っていたかも分からないからなと大和は返事を急かすことなく自分もバイクに跨り、グローブを嵌めて、ヘルメットを手に持つ。

「気が乗らないなら断ってくれ」

「いや、別にそういうわけじゃないが」

「とりあえず雨が降り出す前に飯だけでも買いに行った方がいい」

答えの出せない拓磨に今必要な選択だけを提示して、大和はヘルメットを被ると、バイクのエンジンをかけた。
元から拓磨も夕飯は買って済ませる予定だったのか大和につられるようにバイクのエンジンをかけると、どの店に寄る予定なのかを聞いてきた。
それに大和はここから程近くの店の名前を上げ、二人は一先ずその店に向かう事にした。

それから拓磨が現在一人暮らしをしている大和の家へ行くことを決めたのは、立ち寄った店で食材を選んでからだった。
互いに一人暮らしだと、特に家に人を呼ぶ性分でもない二人は鍋を囲む機会も少なく、でも鍋なら後片付けも楽だなという単純な会話から発生した結果だったが。それが決め手だったのか大和の家へ寄る事にした拓磨と大和は買った荷物を半分ずつ持って店を後にした。

「ぎりぎり間に合ったか」

ぱらぱらと雨が降り出したのは、大和が一人暮らしをするアパートの駐輪場に着いてからだった。大和の隣にバイクを停めて、駐輪場の屋根の下から空を見上げた拓磨に大和は声をかける。

「夜には止むだろう。それまでは家でゆっくりしていけばいい」

そう言って大和は拓磨を案内する様に歩き出す。アパートの三階、角部屋の1Kが大和が現在借りている部屋であった。

「拓磨」

「ん…」

大和が鍋を用意する横で、拓磨が二人で選んで買ってきた食材を適当に切っていく。互いにお喋りな方でもないし、単純な作業に言葉は少なめになる。
そうして、昼間の集会場にいた時の騒がしさとは真逆の空気、雨粒が窓を叩く音だけをBGMに二人は鍋を囲った。

そうして、静かだけれどどこか温かな空気が二人の間を流れていく。

ぽつぽつと交わされる会話は主に大学での話で。

「拓磨。必修科目のレポートは書き終わったか?」

「昨日、朝イチで提出してきた」

「早いな。期日は来週だったろ」

「…面倒事は早めに済ませたい」

「なるほど。俺も今日の朝、出してきたがお前に先を越されていたか」

そこに鴉総長としての姿はない。ただそこには相沢大和の友人である草壁拓磨がいるだけであった。

「……」

やがて会話もなくなり、大和が空になった鍋を片付けるかと目をやった先…、珍しくも拓磨が眠そうに小さく欠伸をこぼした。
それは本当に珍しいことで。拓磨の育ってきた環境がそうさせるのか、拓磨が人前で眠る姿は大和でさえ見たことがなかった。逆を言えば、今の拓磨はそんな姿を大和に見せるぐらいには疲れていて、夜もあまり眠れていないのか。

昼間の集会でも、直接ではないが、小田桐も拓磨の心配をしていたし。そう考えて、少し強引ではあるが拓磨を誘導するように夕飯を鍋として、大和は肉を多めに放り込んでいた。

うつらうつらとし始めた拓磨に大和はカーテンの引かれた窓の方へと目を向ける。降りだした雨はまだ止みそうになかった。
大和はそっと手を伸ばして、テーブルの上のものを静かにキッチンに運ぶとそれ以上の片付けは後回しにして、小さく揺れる頭に囁くような声をかける。

「拓磨。悪いが少し留守番をしていてくれ」

「ん…」

「コンビニに行ってくる」

そう言って大和は財布とスマートフォン、部屋の鍵を持って玄関を出る。外は思った以上に雨がザァザァと降っていた。けれど、大和の手には傘はない。なぜなら…、出てきたばかりの玄関に鍵をかけると、大和はそのままアパートの階段に向かい、雨粒のかからないその階段の途中で腰を下ろした。

財布と一緒に持ってきたスマートフォンを操作し、目的の番号に電話をかける。

「…花菱か。今、時間あるか」

相手はワンコールもしない内に電話に出て、大和の言葉に大丈夫ですと静かに返す。

「そうか。俺の家は知ってるな?近くのコンビニで適当に何か買って持ってきてくれ」

その理由も聞かず、大和の電話相手、花菱はただ一つだけ聞き返してくる。

『二人分でいいですか?』

もしかしたら、集会に出ていた小田桐が花菱に連絡を入れていたのかもしれない。集会が終わって、大和と拓磨が連れ立って帰っていったと。普段の態度からは想像しにくく、意外に思うかもしれないが、小田桐は自分が気にかけた人物のことに関してはまめに連絡を入れてくる。特に今の拓磨に関しては何かあった時の為に情報の共有を優先してくれている。
拓磨本人には決して見せぬ姿でもあるが。

大和は小田桐のそんな気遣いに口許を緩ませつつ、花菱の言葉に頷き返すと静かに言葉を続けた。

「急がなくていい。ゆっくり来い」

『…ここからですと、三十分ぐらいかかります』

大和の意図を汲んでか、花菱は具体的な時間を口にする。

「あぁ、それでいい」

小田桐とは違い、こちらの事を気遣う様子を隠さずに伝えてくる花菱の声に深く頷き、大和はその通話を終えた。
アパートの階段から見上げた空は暗く、雨はまだ止みそうにない。

「早く、止むといいが」

そう小さく呟いて大和は自分の部屋がある方へ視線を流す。それから何も言わず、その部屋から視線を切ると雨音に耳を傾けて花菱が訪れるその時を待った。

「……相沢さん」

大和が今いる場所を考慮してか、いつものように副総長とは呼ばず、名前で呼び掛けてきた花菱に対して大和は視線で応えると、その手に提げられていたコンビニの袋を受け取る。

「いくらした?」

「お金は要りません。それより…」

財布からお金を出そうとした大和の言葉を制して花菱の視線が大和の部屋がある方へと投げられる。だが、その言葉の続きを察して、先に花菱を安心させるように大和は言葉を被せた。

「あいつなら家の中で休んでる。お前のお陰だ」

拓磨のことだから、大和があの場にいては眠れなかっただろう。今も家の中から出て来ない所を見ると眠っているのかもしれない。

「え?俺は何もしてませんが」

「いや、それで十分だ。三十分。お前が稼いでくれた」

「それは相沢さんが…」

自分は大和から言われてその指示に従っただけだと首を横に振り、謙遜する花菱に大和は花菱がコンビニで買ってきた物が入った袋を示して言う。

「さすがにアイスが入った袋を持って外にいたとは拓磨も思わないだろう」

ナイスチョイスだと大和は微かに表情を緩めて花菱を見る。すると花菱もつられた様に表情を崩して、そのチョイスにした理由を口にした。

「アイスなら口に入るかと思いまして」

「それもあるな」

とにかく助かったと、大和は花菱にお礼の言葉を告げる。

「本当なら拓磨にも会わせてやりたいが…」

「いえっ!いいです。そんなことをしたら、せっかくのアリバイが。…自分はまたの機会に元気な顔を見れれば」

総長の負担にはなりたくないのだと、花菱はどこまでも謙虚な姿勢を崩さず大和に言う。それを受けて大和は一つ花菱に頼み事をすることにした。

「悪いな、花菱。この後まだ時間はあるか?」

「特に予定はないので大丈夫です」

「それならこの後、拓磨を家に帰すから、お前は先回りして拓磨がちゃんと家に帰ったことを確認しておいてくれ」

「…はい!分かりました」

直接顔を会わせてやることは出来ないが、心配をしている相手の顔を見せて、安心させてやることぐらいは出来るだろう。
鴉というチームの中でも隠密部隊の長でもある花菱の立ち位置は少々特殊すぎて、迂闊に鴉の総長でもある拓磨と堂々と表だって会わせることが出来ない。

「本当に悪いな、花菱」

「そんなに謝らないで下さい。これは俺が選んだことですから」

大和が拓磨を支える為に鴉の副総長を受け継いだのと同じく、花菱も陰ながら拓磨の助けとなる為に自分の存在を隠さなければならない部隊を、自らの意思で受け継いだのだ。

「俺が必要な時はいつでも呼んで下さい」

「あぁ、そうさせてもらう」

真っ直ぐ向けられた視線と言葉に大和もしっかりと視線を絡めると、その気持ちに信頼の言葉を乗せて返す。そこには鴉としてだけではなく、対等な一人の友としての絆が存在していた。

「小田桐にも礼を言っといてくれ」

「何のことだと言われそうですが、小田桐さんにも伝えておきます」

そして、この場にはいないがもう一人。鴉というチームを抜きにしても友と呼べる男が。
拓磨の事を気にかけてくれている。

その事実に、拓磨が早く気付いてくれることを大和は願うばかりだ。たとえ、自分の声が届かなくても、拓磨の周りにはこうして拓磨の事を思う友がいる。

階段を下りていく花菱の背を見送り、大和はコンビニの袋を片手に自分の部屋の扉の鍵を開ける。
ガチャン…とわざと大きな音を立てて、大和は玄関扉をくぐる。
たとえ大和にでも、拓磨は寝顔を見られたくはないだろう。そう思って。



(……遅かったな)
(知り合いに遭遇してな、少しばかり話しこんでた。それより、アイス食べるか?)
(…眠気覚ましにもらっておく)

end...


◇◆◇
小話34は恋愛×戦争の過去話。拓磨がまだ猛と出会う前で、鴉内での話。拓磨本人が気付かない所で、色んな人が拓磨の事を支えていたんです。その内本編でもこの事に気付いた拓磨の変化を書きたい…。



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