七泉学園小話32(鷹臣+α)


それは瑛貴が編入してくる前の学園での話。

放課後、生徒会室に残り雑務を片付け終えた鷹臣は暮れて行く陽射しを窓越しに眺めて小さく息を吐く。

「今夜も駄目か」

生徒会長なんて柄ではないし、やりたくもなかったが、指名を拒否して面倒事を増やす方がもっと面倒臭いし時間を取られる。そう考えて生徒会長の任を受けたが、生徒会長の仕事に慣れるまで、しばらくは自由に動けなくなっていた。

「会いたい…」

脳裏に焼き付いて離れない銀の光を思い出して、胸の奥が疼く。
声を聞きたくても携帯電話は諸事情で壊してしまっていた。
そう心の底から溢れる様に込み上げてくる感情に窓の外を見ていた双眸が熱を宿して細められる。

「ウルフ」

お前は今、何を思っているのか。何をしているのか。

そう一人物思いに耽っていれば生徒会室の扉がノックされ、鷹臣の返事を待つことなく扉が開かれる。こんな無作法者は生徒会に一人しかいない。

「会長―、仕事が終わったならご飯食べに行きましょう?」

生徒会の書記に任命された二年の椿とかいう生徒だ。こいつは他の役員と違って始めから鷹臣にも普通に接してくる。人見知りしない人間で、鷹臣を前にしても騒ぐようなこともない。
ちらりと投げられた鋭い視線に堪えた様子もなく勝手に喋り続ける。

「駄目ですよ、会長。昨日、夕飯抜いたでしょう。俺は知ってるんですから」

「食堂がもっと静かなら食べに行った」

生徒会長という役職の何が珍しいのか。生徒会長になってからというもの周りの視線も声もうるさくて仕方がない。また、食堂は一般の生徒が大勢集まる所で、その声は鷹臣ならず役職持ちが姿を現せば耳が痛くなるほどうるさくなる。鷹臣は静かな場所の方が好きだ。それに人間一食や二食抜いた所で死にやしない。

「それは仕方ないですよ。代替わりしたばっかりで皆娯楽に飢えてるんです」

「だからなんだ。俺には関係ない。見世物になったつもりもない」

「あ、その点今夜は大丈夫ですよ。今回は先に良い囮を用意しておいたんで」

自信に満ちた笑顔でそう言い切った書記は、だから一緒にご飯を食べに行きましょうと素っ気無い鷹臣の態度にも怯むことなく鷹臣を誘ってくる。それで鷹臣が席を立ったのはただ単に書記の口から告げられた「囮」なるものにほんの少しだけ興味が湧いたからだ。

「万が一、俺の作戦が失敗していたら俺が責任を持って会長の夕飯を購買で買ってきます」

鷹臣を案内する様に歩き出した書記は更にそう言い添えて、けれども余程自分の策に自信があるのかその顔は成功を疑ってはいない様子であった。

ほどなくして辿り着いた食堂。確かに一般生徒の数はまばらで、鷹臣と書記が食堂に入ってもきゃぁきゃぁと甲高い声で騒ぐ生徒は数えるほどしかいなかった。それも声を出しても控えめな感じだ。

「さっ、ゆっくり食べましょ」

生徒会専用席に着き、メニュー表の中から料理を選んで端末で注文する。

書記は鷹臣の向かい側の席に座り、何だか一人達成感を滲ませた顔でにこにこと笑っている。先程鷹臣は「囮」という言葉が気になって食堂まで来たが、もはやそんなことはどうでもよくなっていた。静かに飯が食える、それだけで十分。書記が鷹臣と共にご飯が食べられるのもその辺を弁えているからか、この書記は不思議な事に鷹臣が不快に思うラインに抵触する事も無く、それ故に共に食事をすることを許されていた。

「………」

その後、書記がデザートまで平らげて鷹臣が食後の紅茶を堪能している時に「囮」の内容が判明した。食堂へと姿を現した風紀会長、東雲が真っ直ぐに書記の元へとやって来たのだ。

「おい、こら椿。お前、俺達を夕飯に誘っておいて直前にドタキャンするとは何様だ」

「こんばんは、東雲先輩。顔が怖いですよ。お腹でも空いてるんですか?あれ?でも、一時間前位にご飯食べましたよね?」

「お前が久々に皆でご飯にしましょうっつって、食堂に集めたんだろが。それをお前は直前にキャンセルして。北條と飯か?なに考えてやがる」

「う〜ん。副総長とかみんな、怒ってました?」

「それはねぇが、お前がまた何か仕出かしてんじゃねぇかと俺直々に出向く羽目になったじゃねぇか」

おまけに誰かさんが時間指定までして食堂で飯を食うって話が一般の生徒達の間にまで流れてて、一時間前の食堂は生徒で溢れかえっていた。東雲の苦言をものともせずに人もまばらな食堂をわざとらしく見回した書記はそこで何故かにこりと笑った。

「先輩の人気もまだまだですね。全生徒は集められなかったってことですか」

どんまいと、慰めの言葉を投げられ流石に東雲のこめがみがぴくりと動く。

「椿ぃ…」

「東雲。こいつは俺の用事に付き合っただけだ」

東雲達の用事は知らないが。
書記が齎した功績に応じて鷹臣が口を挟む。

それも元を正せば書記が勝手に画策したことではあるが、静かな食堂でゆっくりとご飯が食べられたことに満足して機嫌の良かった鷹臣は珍しく書記をフォローする様に言った。

「会長…!」

「北條…」

書記は嬉しそうに、東雲は困ったように鷹臣を見る。

「用はもう済んだし、必要なら連れて行っていい」

結局その後、東雲は溜め息一つで今回の件を収めると書記の後頭部をぱんっと一つ掌で叩いて、食堂を後にする。

「椿。あんまり北條に面倒をかけさせるなよ」

「分かってますよ」

むしろ、面倒をかけさせているのは鷹臣の方であったが、書記も鷹臣もそんなことは一ミリも思っていない。何故なら、どちらも面倒を見るとか見ないとかのレベルではなく、自分の好きな事を勝手気ままにしているだけなのだから。誰も頼んでいないし、それはただ単に上手い具合に互いの歯車が噛み合って出来上がった結果に過ぎないのだ。



(会長―。俺、購買行くんで、ついでに何か買って来ますね)
(好きにしろ)


end...


◇◆◇
小話32は初、七泉学園から。瑛貴が編入してくる前の鷹臣の食事事情。意外と書記が色々と手を回したりしていた。瑛貴が来てからは無くなった光景かも。

[ 33 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -