彩王学園小話31(久弥受け)


身体を動かした拍子にどこからか、ちりんと鈴を鳴らした時のような可愛らしい音が響き、それが俺の鼓膜を揺さぶった。

「うん?どうした?起きたか?」

薄っすらと持ち上げた瞼の先で何処かで見た事のある顔が俺の顔を覗き込むようにして聞いて来た。

「ん…ぁ…?おれ、…どうして…」

今まで何をしていたのか。とろとろと気持ちよく微睡んでいた意識が急速に覚醒へと向かう。何だか温くて、硬いものの上に頭を乗せている様で、上から覗き込んで来た奴の唇が額に落とされる。

「いきなり動くな珍獣。お前はまた橘とやりあって気を失ったんだ」

ふにふにと柔らかな感触が額に、頬に鼻先にと降って来る。
まるで愛玩動物を愛でる様な慈愛に満ちた眼差しが、俺を安心させる様に言う。

「でも、もう大丈夫だぞ。お前は俺が守ってやる」

そう言って頬へと触れて来た手が、そっと顔の輪郭を撫でる様に滑り、首元へと辿り着く。そこで再びちりんと鈴を鳴らしたような可愛い音がした。

「―って、アンタがっ!?」

その音と首元の違和感に俺はその場から上半身のバネを使って飛び起きた。

「っと、どうした珍獣?危ないだろう?何を怒っているんだ」

お腹が空いたのかと、頓珍漢な問いをしてくる掃除屋、もとい風紀委員長の冷泉 久嗣を俺はキッと睨み付けた。同時に俺が横になって頭を置いていたのが、久嗣の膝枕だったことにも気付いたが、今はそれどころじゃない。

「なにが大丈夫だ!俺と來希の意識を刈り取ったのはアンタだろ!」

またしても。來希との喧嘩の仲裁に来たのが久嗣で、久嗣は風紀副委員長の藤峰 誠士郎と違い、喧嘩の仲裁に入るたびに面倒臭がって当事者たちの意識を奪いに来るのだ。それでその場を収めたと自信満々に思っているからタチが悪い。

「危ないのはアンタの方だろ!もしそれで俺が気を失いやすくなったらどうしてくれんだ!」

「ふむ。…その時は俺が責任を取って面倒を見よう」

「そうじゃねぇし!俺が言いたのは…っ」

真面目な顔で返答してくる久嗣に俺は話が通じないと首を横に振る。その拍子にまたしてもちりんと首元から音がして、俺ははっとして自身の首に手をあてた。するとそこにはぐるりと首を一周するように革製の紐が巻かれており、喉仏の下あたりにはひやりとした冷たい丸い形状の物がぶら下がっていた。

「は…、まさか」

その丸い物体を数回指先でつつく。

ちりん、ちりん…。

そこから可愛らしい鈴の音が二度ほど響いた。

愕然と目を見開いた俺に久嗣は柔らかく表情を緩めて満足そうに口を開く。

「良い音色だろう?ちょこまかと動く珍獣にはぴったりだ」

「いやいやいやいやっ!ありえねぇから。――外せ」

「どうしてだ?可愛いだろう?」

「可愛いとかの問題じゃなく、どう見たって人権侵害だろ、これ」

俺は気絶している間に首に巻かれていたチョーカーらしきもの、決して首輪だとは認めない。それを外そうと力任せに引っ張る。しかし、その手を久嗣にまれ、あろうことかするりとそのまま体ごと久嗣の腕の中に抱き締められる。

「ちょっと!」

「そんなことするな。首を痛める」

「だったら、外してくれよ!」

「嫌だ。外したら珍獣は他の者に狩られてしまうだろう」

「狩られるって…、俺、そんなに弱くねぇけど」

確かに今は黒目黒髪、眼鏡の優等生スタイルで学校生活を送っているが、それは俺がこの学園を平和に卒業する為であって。本当の俺は蒼目銀髪、蒼天という不良チームを率いる総長だ。それを知らぬ久嗣からすれば俺は弱そうに見えるのか。

「久嗣!お前はまた勝手に何をしてるんだ!糸井はお前のペットじゃないだろう!」

何となく久嗣の変な空気に流され掛けていた俺は第三者の介入によって我に返った。

「はっ!そうだった。…あぶねぇ。離せよ!」

風紀室に戻って来た誠士郎は妙な展開を迎えている久嗣と俺の間に入ると、眉を吊り上げて久嗣を叱った。

「その糸井の首に付けたもの。早く外してやれ」

「しかし…」

「しかしも何もない。糸井はまだお前のものじゃないだろう」

「ん?」

味方をしてくれた誠士郎の言葉に僅かに引っ掛かりを覚える。

まだお前のものじゃないだろう、それは逆を言えば…

久嗣もすぐに気付いたのか誠士郎へ視線を向けて、確認する様に聞く。

「それは珍獣が正式に俺のものになったら着けても良いのか?」

「…恋人同士の話なら俺は口を挟まない」

「えっ、そこは挟んでくれよ!こいつにまった奴が可哀想だろ」

というか、久嗣と恋人になる予定なんか俺にはないけどな。

しかし、久嗣は誠士郎の言に納得したのか、あっさりと俺の首に着けていたチョーカーを外した。じっと至近距離から見つめられ、真剣な眼差しで囁かれる。

「珍獣。これが欲しくなったらいつでも着けてやるからな」

「…俺が本当にそれで喜ぶとでも?」

「おやつも付けるし、ちゃんと三食用意するぞ。一緒に遊んでやるし、お風呂も一緒に…」

「あー…藤峰先輩!俺、もう帰ります!」

久嗣と話をしていると何だか頭が痛くなってくる。
俺は久嗣との話を途中でぶった切って誠士郎の方を向く。

「いいぞ。気を付けて帰れ」

それから久嗣に目を付けられたくなければ、橘との喧嘩もほどほどにしろと釘を刺されてその日俺は何とか風紀室を後にしたのだった。



(久嗣。糸井とじゃれるのも大概にしておけよ)
(善処する。次は怒られないように珍獣の好物を用意しておこう)


end...


◇◆◇
小話31は彩王から。
掃除屋もとい、主に久嗣と久弥の話。うっかりすると久嗣に流されてしまいそうな危うさのある久弥と二人の間に立つストッパー役の誠士郎。

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