相沢兄弟小話30(Signal×恋愛)


乗ってきたバイクを屋根付きの駐輪場に止め、隣接しているアパートの階段を昇る。
羽織っていたジャケットのポケットから数分前に手渡されたアパートの部屋の鍵を取り出す。しかし、その足は目的の部屋が見えてきたあたりでぴたりと止まった。

「……?」

目的地である部屋の前に人がいたのだ。

何処かの学生か、左胸のポケットに校章が入ったブレザーにネクタイ、スラックスに足元はスニーカー。こちらにはまだ気付いていないのか、整った横顔に黒髪の前髪の一部に青色のメッシュが入っている。

「うーん…、やっぱり連絡してからの方が良かったか」

そう呟いた学生の足元には何やら紙袋らしきものが一つ置かれていた。

「ん…?」

足を止めて、その学生を観察していたせいか、向こうも視線に気付いてか拓磨の方を振り向く。そして、拓磨を見て僅かに首を傾げた。

「えっと…、もしかして兄貴の友達ですか?」

「……あぁ」

友達かと聞かれて僅かに間が開く。

それは友達と言って良いのか迷ったからだ。拓磨にとって大和はただの友人というカテゴリーに入れるにはもっと重くて、仲間というありふれた呼称で呼ぶよりはもう少し内側に存在する。家族や身内といった呼ばれ方に近い感覚で、けれども、それとはまた少し異なるような。なんとも表現しにくく、それをなんと表現すれば良いのか拓磨には分からなかった。

この場に大和がいれば、大和は拓磨のことを自分の親友だと紹介したかも知れなかったが。

今、拓磨に分かることは目の前のこの学生も大和の関係者だということだ。
大和の部屋はこのアパートの三階。階段を上り、廊下に出て、真っ直ぐ歩いた突き当たり。いわゆる角部屋に大和の部屋がある。
拓磨が他の部屋に見向きもせず、その部屋に視線を向けていた事で相手も拓磨が大和の関係者だと推測したのだろう。

頷き返した拓磨に学生は困ったように笑った。

「あー…、兄貴、今出掛けてていないみたいですよ」

「知ってる。お前は大和の…?」

「弟です。相沢 隼人。今日は兄貴に届け物があって」

そう言って隼人の視線が拓磨から自分の足元に置かれていた紙袋に向く。

「どうすっかな…」

独り言を呟くように続いた声に拓磨は少し考えてから、止まっていた足を動かす。自ら隼人に近付いて行き、大和の部屋の前で足を止めると手にしていた鍵を大和の部屋の扉に挿し込んだ。そうして、悩む隼人に声をかける。

「大和ならもう少ししたら帰ってくる。待つなら入るか?」

がちりと鍵の外れる音がして、拓磨の手で部屋の扉が開けられる。声をかけられた隼人は開かれた扉と拓磨を交互に見て、足元に置いていた紙袋を持ち上げた。

「じゃぁ、この荷物だけ。兄貴には家からだって伝えてもらえますか?」

「会ってかないのか?」

玄関の上がり口に紙袋を置いて、拓磨に伝言を頼んできた隼人を拓磨は不思議そうに見る。隼人はそんな拓磨の様子に気付かずにさらりと答えた。

「用事はこれだけなんで」

特に顔を会わせる必要もないのだと。隼人は拓磨に会わなければ、紙袋を部屋の前に置いて、後はメールか電話のどちらかで用事を済ませる所だったと言う。
なんともあっさりとしたやりとりだ。
それが大和と隼人という兄弟の普通なのか。
拓磨には分からない感覚だ。

「…そうか」

「はい。じゃ、兄貴によろしくお願いします」

「あぁ、伝えておく」

頷き返した拓磨に隼人はくるりと背を向けると、そのまま扉から出て行く。隼人が大和の部屋に滞在していた時間は拓磨と会話を交わしていた数秒だけであった。
そして、最後まで拓磨は隼人に名前を聞かれることもなかった。

「大丈夫なのか、あいつ」

兄貴の友達かと確認しただけで、名前も知らぬ人間に伝言を預けていくとは。拓磨は不可解なものを見る眼差しでアパートを去って行く隼人の背中を見送った。

それから数分後、アパートへと帰って来た部屋の主、大和へと拓磨は隼人から預かっていた伝言と共にその行動について話をした。
すると、大和は弟の行動について一人納得した様に微かに口端を緩ませると、無意識に眉を寄せて隼人の警戒心の無さに苦言を呈した拓磨を見て言う。

「名前を聞く必要も無かったんだろう。この部屋の鍵を持ってると分かった時点でお前は信用できる相手だと判断したんだ」

「それだけでか?」

「それだけで十分」

アイツももう高校二年だ。それぐらい自分で判断できる歳だ。それに隼人は大和の交遊関係について口には出さないが謎に思っている部分もあるだろう。それでも大和には何も聞いてこないし、大和も隼人の交遊関係については何も口を出さない。その辺は兄として信頼されているからこそ何も言ってこないのだと大和は勝手に解釈しているが。

拓磨は大和の言い分に眉を寄せたまま、ぽつりと呟く。

「俺には分からない感覚だな」

どうしたら自分を信用できるのか。兄貴から鍵を預かっているから。それだけで…信用するには値しない人間だっているだろう。最低限、名前は聞いておくべきだ。何かあってからでは遅すぎる。

拓磨のその呟きに大和はそれだけではないだろうと心の内でそっと囁く。

ただしそれは大和だから思うこと。兄として、弟の成長を見てきたからこそ感じることだ。

弟は人を見る。その上で自分の意思も意見もちゃんと口にする方だ。その隼人が拓磨を見て何を思ったかまでは分からないが、大和を通して拓磨の事を信用した。その上で、自分の目で拓磨を見て大丈夫だと判断したのだろう。
そして、名前を聞かなかった理由は他にもありそうだ。聞かなかったのではなくて、聞けなかったか。あるいは聞いてはいけないとでも思ったか。隼人は意外と勘の鋭い所もある。

「お前が気になるなら隼人には注意しておくよう言っておく」

同時にそれにしてもと…大和は難しい顔をしたままの拓磨の顔を見て、ふっとその瞳を和らげる。

自分の弟、大和の身内だというだけで、拓磨が忠告めいた心配をしてくれるとは。少し前までは考えられなかったことだ。拓磨にはその余裕も無かった。それは仕方のないの無い事ではあったが。

大和は少しだけ広がった親友の視野に、取り戻しつつある心の平穏に涼やかな声を続ける。

「とりあえず、今夜はどうする?」

氷堂さんは出張でいないんだろう。夕飯は家で食べるか?それとも外に食べに行くか。

実家から運ばれて来た紙袋の中身を確認しながら大和は拓磨の返事を待った。



(隼人。この間、アパートの前でお前に会った友人がお前を心配していたぞ。名前も知らない奴を信用するなと)
(え?なにそれ?だってあの人、兄貴のダチだろ?普通に兄貴の部屋に入れてくれようとしたし、悪い人には見えなかったけど)


end...


◇◆◇
小話30はSignalと恋愛×戦争から相沢兄弟と拓磨。
大和の弟である隼人はいつかどこかのタイミングで、拓磨と面識を持ってもおかしくはないかなと。そう思って出来上がった一場面。


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