06


サーバー登録名:陸奥国
審神者登録番号:1083 登録名:藤
[戦国、川中島へ第一部隊転送完了]

政府と審神者を繋ぐ連絡役でもあるこんのすけから次々と情報が送られてくる。時間遡行軍の出現場所・状況、討伐完了の知らせ、顕現されている刀剣男士の数・種類、審神者からの要望。そんな様々な情報を処理・管理するその部署の中には、複数のモニターが設置されており日々忙しく複数の人間が働いていた。そして、そのモニターの一部には各本丸の出陣状況が映し出されていた。

「おや、…今度は川中島ですか」

そのモニターの前で足を止めたのは部下から天海と呼ばれた白衣を羽織った男だった。
その呟きにモニターの隣に設置されていた特殊な電波を計測する機械を弄っていた同僚が反応して、モニターを横から覗き込む。

「この本丸も上が可決した人事異動案で審神者が新しくなった所だろう」

「えぇ、そのようですね」

「また振り出しに戻らなきゃいいけどなぁ」

何故だか、ここ最近で着任した新人の審神者達はお膳立てされた部隊を率いている筈なのに、そのこと如くを初陣で散らしてくるという事態を起こしていた。

「上のお偉いさん方も何を考えてんだか。お膳立てし過ぎるから審神者が使いものにならないんじゃねぇの?」

同僚の憤る声に、天海はまぁまぁと宥める様に声を掛ける。

「上が何を考えているか何て今に始まった事ではないでしょう。それに、新人の審神者達も自分達なりに頑張っているのです。今はそっと広い心で見守っていてあげましょう」

「…流石は、若くして所長になっただけはあるな。天海」

「ふふふっ、煽てても何もでませんよ」

軽口を叩き合った後、それぞれ自分の仕事に戻っていく。
同僚である男が作業に戻った所で、天海は再びモニターに視線を落とした。

「ふむ、川中島と言えば…あの場には彼等が居ましたね」

天海は妖しげな笑みを口元に刻むと、少しばかり席を外しますと言ってその部屋を後にした。

…その直後、モニターは次の情報を受信していた。

サーバー登録名:信濃国
審神者登録番号:1567 登録名:源
[戦国、川中島へ第一部隊転送完了]

部屋を出た天海は休憩室として各階に用意されているスペースに向かうと、周囲に人気がないことを確認し、携帯電話も使用不能と電波を遮断されている政府特区の建物内でも特別に使用できる小型の通信機器を懐から取り出す。
そこで通話ではなく、暗号化された文章を打ち込むと送信した。

「さて、運よく彼等の存在を消すことが出来た場合、歴史はどう動くのでしょうか」

楽しみですねぇと、先程の同僚の憤りなどまったく気にせず天海は愉し気に笑った。

そこへ、部下が意外な人物を伴って現れるまで後数分。この時の天海は露ほども予想していなかった。
 

果たして、運命は再び廻り始めた…

 
 





1561年(永禄4年) 川中島・八幡原
川中島付近の森の中へと到着した五人はまず二手に分かれて情報を収集することから始めた。

「これから戦が始まるというのに暗い顔をした者をあまり見ませんね」

「それだけ上杉 謙信公を信じているんだろう」

上杉軍の様子を探る為に上杉領へと入った一期一振とへし切長谷部は領内にある村を見て回る。時に街道を行き交う商人や村人に話しかけ、ここ最近の出来事や噂話、世間話を仕入れる。

「しかし、謙信公が出陣してからもう三週間近く経っているとは…」

「歴史上では確か八月十五日出陣の予定ですよね。するともう既に川中島で睨み合いが始まっている頃でしょうか」

歴史上の川中島開戦の日付を遡って考えた一期一振の呟きに長谷部は二手に分かれて情報を集めている、もう片方の情報を合わせれば確実な答えが得られるだろうと、もう少しだけ上杉領内を回ってみようと一期一振と共に歩くことにした。

そんな二人とは対照的に鬱蒼と緑の茂る森の中を歩くのは燭台切と大倶利伽羅だ。そこにほんの少し前まで石切丸もいたのだが、森の中では身動きが取りづらくなってきて別行動をすることになった。加えて、石切丸には他に考えがあるようで燭台切の許可を貰って隊を離れた。

「これはもう時間の問題ってことかな?」

火を焚いた後を見つけた燭台切が呟けば、周囲を見回していた大倶利伽羅が答える。

「武田はもう海津城に入ったとみるべきだろう」

上杉の挙兵を聞いた武田は甲斐から出陣し、燭台切達が今様子を見に来た茶臼山に一度陣を敷くことになっている。が、今この場に武田軍の姿はなく、本陣を引き払ったというなら武田軍は全軍を引き連れて川向こうの海津城に入ったと考えられる。また、合戦の声が聞こえてこない事を考えると上杉軍と武田軍はまだ睨み合いを続けており、直接的な衝突はしていない。

「とはいえ、僕達は海津城まで調べられないからね」

「不用意に近付けば敵と思われて斬られるぞ」

特に光忠、お前はと続くはずだった言葉を大倶利伽羅は呑み込む。
なぜなら、燭台切光忠という男は刀であった時の自分達の持ち主に酷く酷似した姿を取っているのだ。
そんな大倶利伽羅の危惧を知ってか知らずか、燭台切は肩を竦めて瞳を細める。

「でも、この戦場の空気。懐かしいよね」

「まぁな」

「しかも片倉さんの指揮下って中々ない経験だ」

「そうか?公も片倉の言葉なら聞いていた気がするが」

「多少ね。さっ、一度皆と合流しようか」

くすりと笑みを零した燭台切は気持ちを切り替える様に息を吐くと、そう言って大倶利伽羅を促して茶臼山を後にした。



 


陽も暮れ、夜になって再び集合した五人は、合流する途中で一期一振が見つけたという、戦禍に追われて空き家になっていた家を一晩借りることにした。

家の中に残っていた炭で火を熾し、囲炉裏を囲んで情報を出し合う。

「上杉はもう何日も前に春日山城を出陣しているようだ」

「こっちも、武田はもう海津城に入城しているとみて良いと思う。茶臼山には火を熾した跡が残っていたし」

長谷部と燭台切はこの戦のどのタイミングで遡行軍がどちらの軍に現れるかを考える。
そこに、石切丸が本命と思われる情報を齎した。

「別行動を取らせて貰った僕は善光寺まで足を運んでみたのだけど…」

善光寺横山城には上杉軍の兵糧部隊が駐留していた。
そして、どうやら上杉本体はそろくべ峠を通って、今は妻女山に布陣しているらしい。

善光寺を訪れた人々から聞いた話を纏めて石切丸が伝えた。

「妻女山といえば、武田の啄木鳥の戦法か」

確かあれは上杉に読まれて失敗した策だと大倶利伽羅が思い出す様に言えば、横から一期一振が口を挟む。

「ですが、結局両者はこの戦で刃を交えることがなかったのでは?」

詳細は知りませんが、上杉と武田は川を間に挟んだまま互いに退いたはずだと思案しながら続けた一期一振に、当時の事を振り返っていた大倶利伽羅と燭台切の口端に笑みが浮かぶ。

そして、共に誇るように口を開く。

「それはそうだよ。上杉も武田も伊達の存在を警戒したんだ」

「隙あらば公は川中島の戦に乱入しようとしていた」

「なにっ?」

初耳な情報に長谷部は燭台切と大倶利伽羅に詳細を求める。

「武田が動かした別動隊には実は二つの意味があったんだよ。一つはそのまま上杉への奇襲。もう一つは乱入してくるかも知れない伊達への備え」

「その事には上杉も気付いていたようだがな」

上杉謙信と武田信玄は横槍が入って乱戦になることを嫌い、戦わずに軍を退いた。
そして、武田の別動隊として動いていた一軍は妻女山で伊達軍と邂逅することになったのだ。

「だとすると遡行軍は上杉、武田に加え伊達と…選択肢が増えてしまうよ」

「えぇい、ややこしい。これだから戦国は…」

石切丸の言葉に長谷部がぼやくように零せば、横から燭台切が否定の言葉を紡ぐ。

「いや、伊達はないと考えて良いよ。片倉さんは遡行軍の目的は武田か上杉だと言ったんだ」

「片倉?」

一期一振と石切丸は突然出てきた人の名前に燭台切を見返す。
その様子に説明が長くなることを嫌った長谷部が端的に二人に答えを返す。

「主の名前だ」

「なるほど」

「片倉…」

頷いた石切丸の横で一期一振は名前を一度反復し、首を傾げた。

「でも、無関係ともいかないと思う」

「それは狙われるのが武田の別働隊だからか」

遡行軍とはいえ、いくら何でも合戦のど真ん中には現れないだろうという前提を持って燭台切と長谷部は話を進めて行く。

「うん。改変しやすいのはきっと武田の別動隊、啄木鳥隊だ。あの部隊には有力な武将もいる」

「あの赤いのか」

燭台切と大倶利伽羅の脳裏に炎の様な覇気を纏った一人の武将の姿が思い出される。

「ここで潰されてしまえば後々の歴史は大きく歪む。伊達もただでは済まない…」

「ふむ。確かに啄木鳥隊が潰されれば武田も黙ってはいないだろう」

「完全に僕達の知る川中島の戦いがなくなるということですか…」

話し合いの結論が出た所で石切丸が言い添える。

「妻女山へ向かうなら早い方が良いと思います」

情報収集中の善光寺で、病に倒れた仲間がいるという上杉の兵に偶然にも祈祷を頼まれて耳にした話だと上杉軍は近い内に動くようなことを言っていました、と石切丸が皆の視線を集めて部隊長である燭台切に進言した。それを受けて燭台切も一つ頷き、決定を下す。

「明朝、妻女山へ向かおう。今夜は明日に備えて各自早めに休むこと。いいね」

燭台切の決定に異を唱える者はおらず、それぞれが頷いて返した。


[ 7 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -