05


厨に居た二人以外にも、召集の声を掛けられた面々は各自出陣の準備を整えに自室へと戻っていた。

「いち兄。気を付けて。何だか嫌な予感がする」

出陣の支度を整え、部屋から出ようとした一期一振は横から掛けられた声に、顔を横に向けると相手を安心させるように柔らかな笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

「大丈夫だよ。でも、骨喰がそう言うなら気を付けるよ」

うんと、言葉少なに頷き返した骨喰藤四郎の頭をポンと軽くひと撫でし、一期一振は自室を出た。
広間へ向かう廊下の途中で一期一振は戦闘服へと着替えた姿のへし切長谷部と燭台切光忠と一緒になる。
そして、広間へと足を踏み入れれば先に到着していた石切丸が中に居た。

「太刀が二振りに大太刀だと…市中ではなさそうだな」

集まった面子を見回して長谷部が呟けば、石切丸も同意見なのかそこに一言付け加えた。

「しかもどちらかと言えば打撃力のあるメンバーだね」

偵察や隠密には向いていない。

どちらにしろ審神者代理が来れば分かるだろうと皆の意見が一致した所で新たな人物が広間に姿を見せた。

「伽羅ちゃん!伽羅ちゃんも呼ばれたの?」

朝見た内番服姿から戦闘用の服に着替え、左手に刀を持って現れた大倶利伽羅に燭台切は近付く。

「畑にいたらてるてる坊主が呼びに来た」

「それは山姥切くんに失礼だよ、伽羅ちゃん。…っと、そうだ。こんな時だけど伽羅ちゃんに確認しておきたいことがあるんだ」

「何だ」

石切丸と一期一振が共に出陣するのは久々だと話している側で、長谷部の視線が大倶利伽羅と燭台切に向く。厨での話が長谷部も多少は気になっていたのだ。

「審神者代理さんって、もしかして――片倉さん、だったりしないよね?」

どこか緊張を孕んだ面持ちで大倶利伽羅と視線を合わせてそう尋ねた燭台切に、大倶利伽羅は微かに目を見張った後、ゆるりと小さく口元を緩めた。

「思い出したのか」

「それってやっぱり…」

あぁ、と頷く大倶利伽羅から確実な言質を取ろうと燭台切が言葉を重ねるも、ちょうど時を同じくして、何故か鶴丸を先頭に山姥切と審神者代理が広間へと入って来た。

広間の空気が一瞬にしてピンと引き締まる。もうこの場ではこれ以上の雑談は出来ないと、皆が口を閉じ、姿勢を正して前を向く。

鶴丸と山姥切は審神者代理の左右に控えるように立ち、今回の出陣組を黙って眺める。
審神者代理もメンバーが揃ったことを確認して、口を開いた。

「まず、部隊長は燭台切光忠殿」

「拝命いたします」

「以下、大倶利伽羅殿。へし切長谷部殿。一期一振殿。石切丸殿」

それぞれの顔を見て、審神者代理は告げる。

「皆様方に向かってもらう先は、戦国。場所は川中島付近。この周辺で強い空間の捻じれを感知したとの通達があり。敵の目的は上杉か武田のどちらかだと思われます」

「川中島か。時間遡行軍は川中島の決着を付けようとしているってことかな?」

「どちらが勝っても歴史は変わる」

燭台切の分析に大倶利伽羅が短く言葉を挟む。

「つまり、僕達は川中島での決着が付かぬよう、どちらかの軍に加担する時間遡行軍の介入を防げば良いということですね」

「了解しました、主」

「野戦であれば僕も役に立てそうだ」

一期一振と長谷部、石切丸も出陣の概要に理解を示し頷く。

「急な出陣になってしまい申し訳ありませんが、宜しくお願いします」

審神者代理が締めくくりの言葉を口にし、出陣部隊は庭の片隅に設置されている転移陣へと移動を開始する。
その際、審神者代理は長谷部だけを一度引き留めた。

「長谷部殿にはこれを」

審神者代理が長谷部に差し出したのは紫色のお守り袋。

「お心遣い感謝致します」

「いえ。此度の出陣、少しばかり気になることが御座います故」

長谷部がお守りを大事そうに懐に入れるのを待って、審神者代理も共に庭へと下りた。
当然のような顔をしてその後に続いて鶴丸も庭へと出て、流れで付いてきてしまった山姥切も出陣部隊を見送ることになった。

「それでは出陣します」

宣言した燭台切が転移陣を発動させる為の絡繰りに触れれば、出陣部隊の立つ足元に幾何学模様の転移陣が淡い光と共に浮かび上がる。幻想的ともいえるその光景に審神者代理は白い布の下で細く目を細めると、出陣する部隊に向けて一言、送った。

「ご武運を」

徐々に光量を増した転移陣がひと際強い光を放った後、転移陣の上にいた出陣部隊の姿はその場から消えていた。そして、転移直前に残された燭台切の言葉はきちんと審神者代理の耳にも届いていた。

『帰って来たら君には聞きたいことがあるからね』

だが、審神者代理には動揺する気配も見られず燭台切の残した言葉を自然と受け止めている風に見えた。鶴丸はそんな審神者代理の姿をしげしげと観察し、まずは会話の糸口を掴む為に口を開く。

「ところで代理殿。先程、へし切長谷部にお守りを渡していたが川中島はそんなに危険な場所だったか?」

「確かに。俺も何度か行ったことはあるが…燭台切達の様な精鋭を出陣させるのは些か戦力過剰ではないのか」

部隊を見送った審神者代理の背に鶴丸と山姥切が自身の思ったことを投げかければ、その問いに背後を振り返った審神者代理が静かな声で答える。

「戦場に“絶対”はないと考えております故」

絶対に勝つ。絶対に負けない。絶対に大丈夫という保障は何処にもない。こと、戦場においては何が起こるか分からないのが常だ。

審神者代理の考えに、鶴丸はやはり演練などで見かけた現代の人間と審神者代理はどこか違うといよいよ興味を引き立てられる。

「それに山姥切殿は戦力過剰と言われましたが、当本丸にはまだ貴方様方や同田貫殿といった精鋭が残っておられますし、本丸の守りが薄くなっては本末転倒でしょう」

「そうか。所詮写しの俺が心配することではなかったな…」

「いやいやいや、普通ならアンタの言うことも間違っちゃいないさ」

一人、しょぼんと影を背負いこんで顔の前に垂れ下がる白い布を右手で引っ張り俯いた山姥切の言葉をすかさず鶴丸が否定した。そして、そのまま「ただ―」と言葉を続ける。

「この御仁に適用されないだけさ。そうだろう、伊達の軍師。片倉 小十郎殿?…普通の審神者は本丸まで攻撃されることを想定して部隊を組んだりしない」

まして、本丸が攻撃されるなんて思わないし、考えもしないはずだ。だから本丸の守りがどうこう何て口にもしない。

何でもお見通しだと鶴丸は金色の瞳を鋭く輝かせて審神者代理の顔を見据えて言った。

「――確かに。鶴丸殿の言う通りで御座います」

「おや?君が片倉 小十郎だと認めるのか?」

あっさりとした返答に鶴丸が意外だと目を丸くすれば、審神者代理は目元を覆う白い布を片手で捲り上げ、鶴丸と直に目を合わせた。

「有能な軍師だと聞いていたからもっと苦戦すると思っていたんだが…」

おかしいなと、光坊より先に答え合わせをしてしまったと、その過程すら愉しもうと思っていた鶴丸は首を傾げる。

「何を期待していたのか存じ上げませんが、いずれ分かることを長引かせてもしょうのないことでございます」

「それはそうなんだが、もっとこう驚きを持って正体を暴きたかったというか…」

しかし、残念ながらこの場には鶴丸のいう驚きに共感してくれる者はいなかった。



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