03


審神者代理として認められた代理の男審神者はまず滞っていた執務や雑務に加え、今本丸内に顕現している刀剣男士達の練度や出陣回数、状態把握の為、暫くの間、仮の執務室として用意して貰った自室兼用の室内に籠っていた。また、何故仮の執務室兼用の自室なのかというと、正式な執務室は正式な主人の為の部屋だと言って審神者代理が決して譲らなかった為の妥協案故だった。
そして今、審神者代理の部屋にはへし切長谷部が呼ばれ、話を聞かれていた。
審神者の引継ぎ直前まで、女審神者の近侍を務めていたのが長谷部だったからだろう。

一通りの話を終えた長谷部は代理の部屋を出る直前になって、室内に二振りの刀が刀掛けに掛けられていることに気付いた。

「あの、主、そちらの刀は…」

長谷部は代理のことを「今ここにいるのは紛れもなく貴方なのだから、貴方の事を正式な主が来るまで主と呼ばせて頂きます」と初対面の時に広間で宣言していた。それに対して審神者代理は困ったような様子ではあったが、最終的には「皆様方のお好きなように呼んでいただければ」と言って決着を付けた。

刀掛けに掛けられた刀は二振りとも黒塗りの鞘に納められており、持ち手の柄の色だけが白と黒とで分かれていた。

「あぁ、これは…護身刀みたいなものです」

そう言って刀の鞘に触れた代理の雰囲気は凛としていて、どこか鋭さを秘めていた。

審神者代理の部屋を後にした長谷部は廊下を歩きながら、ふと首を捻る。

「あの刀、何処かで見たことがあるような…無いような…?」

何かが長谷部の中で引っかかるように残る。

その話をちょうど廊下を通りかかった大倶利伽羅に、何故か長谷部はしてみる気になった。ただ単に気になったことを早くスッキリさせたいが為だったのかも知れないが。

「大倶利伽羅。お前は主の部屋に置かれている刀の事を知っているか?」

「何故それを俺に聞く」

「ちょうどお前が通りかかったからだ。それで、知っているのか?知らないのか?」

「知っている」

「なら、あの刀は何だ?俺も知っているような気はするんだが…。思い出せなくてな」

悩んだ様子の長谷部に大倶利伽羅は口を閉ざし、金の双眸を細めると、何かを思い出したかのように小さく一つ頷いた。

「お前は織田から黒田に行ったんだったな。あれと会っているかは俺も知らん」

「は?」

「本人に直接聞いた方が早いぞ」

「ちょっ、待て!大倶利伽羅!それはどういう意味だ!」

新たに謎を増やされた長谷部は、さっさと去って行ってしまう大倶利伽羅の背中に向けて声を上げる。

「何やってんだ、お前」

「っ、同田貫か。いや、大倶利伽羅に主の持つ刀の話を聞いていたんだが」

長谷部の大きな声を聞きつけてやってきたのか、同田貫が廊下に姿を現す。

「代理の部屋に刀?」

「そうだ。それで…」

「へぇ…。いいこと聞いたぜ。ちょうど暇してたんだ」

同田貫は長谷部の言葉を最後まで聞かずに、用事が出来たと言って、長谷部が辿って来た道を戻って行く。その場に残される形となった長谷部は「どいつもこいつも人の話を聞かない奴だ」と、一人廊下で憤っていた。




一方、審神者代理の部屋へと向かった同田貫は、目的の障子の前に立つと一声掛けてから障子を開け放つ。

「邪魔するぜ」

「…何か御用ですか」

隠すことの無い気配に来訪者には気付いていたが、審神者代理はそんな素振り一つ見せずに同田貫と相対する。

「なに、長谷部からアンタの部屋に刀があるって聞いてな。アンタ、刀を使えるのか?」

ちらりと同田貫の視線が刀掛けに掛けられた二振りの刀に向けられる。その視線の中に好奇心や好戦的な色が含まれている事に気付きながら、審神者代理は受け流すようにして答えを返す。

「刀剣の付喪神であらせられる皆様方から見れば嗜む程度です」

「へぇ、それでもいいや。どの程度か打ち合ってみてぇ」

この本丸にいる連中とは一通り仕合ったんだ。鍛錬場は直ぐそこだと、同田貫は審神者代理の返事も聞かずに踵を返す。その我が道を行く態度に審神者代理は仕方なさそうに溜め息を一つ吐くと、思考を切り替えて着流しから道着へと装いを換え、念の為に腰に一振り柄の黒い方の刀を挿して自室を後にした。

 


鍛錬場ではさっそく同田貫が仕合う場所を確保していた。

今まで鍛錬場で鍛錬していたのであろう薬研藤四郎や堀川国広、和泉守兼定、蜻蛉切が横へと避けて場所を開けていた。先に来た同田貫が話したのだろう、審神者代理が道着姿で鍛錬場へと足を踏み入れると、薬研が心配そうな表情を浮かべて審神者代理に近づいて来た。

「おいおい、いいのか大将?同田貫はこの本丸で一、二を争う強さだぜ」

そっと情報を流してくる薬研に、審神者代理も長谷部から確認をとっていた当本丸にいる刀剣男士達のデータを頭の中で思い出す。練度が一番高いのは燭台切光忠で、続いて同田貫正国、大倶利伽羅、堀川国広、山姥切国広と、忠告しにきてくれた薬研藤四郎もそれなりに高い。

「一応、自分も刀を扱ったことのある身ですから、まぁ何とかなりましょう」

それにどの程度の強さがあるのか、紙面上の数字だけでは分からない情報を手に入れるいい機会かもしれない、と審神者代理は心の中だけで呟く。

「大将は大胆なのか冷静なのか、よく分からないな」

審神者代理本人がそれでいいならと、薬研は審神者代理の傍から離れる。ただし、何かあった時の為に医療道具の用意は怠らない。
蜻蛉切は止めるべきかどうか判断に迷っているし、和泉守は面白そうに成り行きを見守っている。堀川はその横で心配そうに審神者代理をちらちらと見ている。

「右挿しか。珍しいな」

通常、刀は腰の左に挿して、右手で抜く。左挿しが基本とされていた。それは古くから大多数いる右利きの人間を基本として考えられた慣習でもあり、江戸時代では右挿しの人間は武士として認められないとして利き手を左手から右手に矯正することもあった。
そんな流れの中で、審神者代理の刀は左腰ではなく、右の腰に佩刀されていた。

同田貫の呟きに審神者代理は何の反応も見せず、真剣でやるのか、木刀でやるのかを同田貫に確認する。
その二択に気を良くしたのか、同田貫は生き生きとした表情で口端を吊り上げる。

「話が分かるなアンタ。当然、真剣だ」

「ちょっと、同田貫さん!相手は僕達と違って審神者だよ!大怪我でもしたら…!」

「国広。審神者本人が選ばせたんだ。外野の奴がとやかく言ってもしかたねぇだろ」

同田貫の選択に堀川が異を唱えたが、すぐ隣にいた和泉守が当事者同士で決めたことだと言って、堀川を宥める。

「それに本当に危なくなったら俺達が止めに入りゃいい」

口を出さない他の面々も和泉守の言葉に同意するように一つ頷く。

「それにあの者の佇まい、某の目から見ても只者では無いような気がします」

蜻蛉切は鍛錬場の中央にて同田貫と向き合った審神者代理の、あまりにも自然すぎる刀の構え方に、遙か遠く自分の記憶の中にある何かが重なるような既視感を覚えた。

「なんじゃおまんら。珍しい奴がおるのう」

双方が抜き身の刀を構えた所で鍛錬場の入り口から、中の張り詰めた空気を壊すようにしてひょっこりと陸奥守が顔を出す。

「おまっ、邪魔すんなよ!帰れ、帰れ!」

その顔を見た途端、和泉守が顔をしかめ、右手で追い払う仕草をする。
しかし、陸奥守は気にも留めずに鍛錬場に上がり込むと、場を乱されて睨み付けてくる同田貫に向かってひらりと片手を振った。

「やー、すまんすまん。暇してたら何じゃ面白そうな場面に出くわしゅうて。詫びと言ってはなんじゃが、この仕合い、ワシが審判を務めちゃる。な?」

それで許してくれと、からからと笑う陸奥守に、同田貫は仕合いが出来れば他はどうでもいいと、好きにしろと短く了承の言葉を返す。陸奥守から視線を向けられた審神者代理も特に断るような理由もないと頷き返した。

「コホン。では、仕切り直して…同田貫正国対審神者代理。どちらかが参ったと言うか、倒れるまで――仕合い開始じゃ!」

両者の間に立った陸奥守が開始を宣言すると同時に、振り上げていた右手を振り下ろす。
すると、機先を制して同田貫が動いた。繰り出された鋭い初撃の一閃に、審神者代理は即座に反応を返すと、左斜め下に下げていた刀を跳ね上げ、迫りくる同田貫の一閃を弾き返す。その勢いのまま追撃に出るかと思われた審神者代理は、同田貫の次の手を待つかのように刀を構えなおしたままの姿勢で動かなかった。

「はっ、余裕じゃねぇか」

その態度に同田貫は好戦的な笑みを深め、次も手加減無しで審神者代理へと斬りかかる。そうして息吐く暇もなく次々に繰り出される斬撃を審神者代理は全て紙一重で避けては、時折刀を合わせて、受け流す。
その様は一見して見ると、審神者代理が一方的に同田貫から撃ち込まれて防戦一方に見えるが、この場で見ている者達は刀剣男士だ。彼等の目にははっきりと、防戦一方に見える審神者代理が、軽々とやってのけているように見える刀捌きの凄さが理解できていた。

「凄い、あの審神者さん」

「嘘だろ、大将。どこが一応刀を扱ったことがある身だ。どう見てもこりゃぁ…」

「うむ…あの太刀筋…」

「俺には同田貫が良いようにあしらわれているようにしか見えねぇぜ」

「和泉守と同意見なのは不本意じゃが。…何者じゃあの代理」

実際に刀を交えていた同田貫も、そのことには気付いていた。刀は確実に相手に届いているのだが、手応えがまったくない。どの攻撃も威力を殺がれ、いなされている。戦場で培ってきた同田貫の堪が、相手は只者では無い刀の使い手だと訴えてきている。
だが、それならそれでいいと同田貫は笑う。自分より強い者がいれば、自分はまた強くなれるのだから。

ギィンと激しく刃同士がぶつかる。

「様子見は終わったろ?アンタもそろそろ打ち込んで来いよ」

刃を押し合い、一瞬の均衡が崩れる。

審神者代理の振るった刃が同田貫の胸元を掠め、刀を弾かれた同田貫はその反動を利用して後方へ飛び、審神者代理から距離を取る。しかし、今度はすぐさま追撃に動いた審神者代理の刃が同田貫に迫る。

「ちっ―」

右から左へと横凪に振るわれた刀を同田貫は下から跳ね上げた刀で宙へと逸らし、その隙にがら空きになった審神者代理の胴へと刀を返しざま、袈裟斬りに斬り込んだ。

「――っう」

だが、その結果は…同田貫の手から刀が滑り落ちたことで終了となる。

「すまん、大丈夫か!まさか今更になって発現するとは思わず…」

「…えーっと、審神者代理の勝ち?で、ええんか?」

審神者代理本人もこのような結末を迎えるとは思わなかったのか、常の敬語を置き去りに、刀を落とした同田貫に声を掛ける。審判役でもある陸奥守も戸惑った様子で交互に二人を見る。

「おい。今のは一体何だ?一瞬、電気が走ったみてぇに両手が痺れたんだが」

刀を落とした同田貫は、まじまじと自分の両手を凝視した後、審神者代理に視線を投げる。

最後の最後、同田貫によって宙へと逸らされた刀は、始めからそうなることを読んでいたかの如く宙で刃の向きを変えた。そして、審神者代理本人が気付いた時には遅く、刀身の上をどこからともなく生じた碧い光が走り、振り下ろされた同田貫の刀を雷撃と共に横から打ち払っていた。

「今のはすげぇを通り越してこえぇんだけど。今時の人間ってのはあんなことも出来んのか」

「今のはどういう絡繰り何です?」

「ワシらにも出来るとか?」

同田貫の質問を審神者代理は一旦保留にして、念の為同田貫の容態を薬研に診てもらう。そこへ付いて来た他の面々が代わる代わる口を開く。
和泉守は若干引き攣った様な顔で呟き、堀川は今の攻撃を冷静に分析するように訊いてくる。陸奥守だけがどこかワクワクしたような表情を浮かべていた。
審神者代理は全員の質問に対して、僅かに間を開けながら、刀を鞘へと納めつつ答える。

「今の技は…この刀、護身刀に付いている加護のようなものだと思っていただければ」

そう言いながら、審神者代理は大事なものを扱うような手付きで、鞘へと納めた刀の柄を撫でた。

「うん、大丈夫そうだな」

その間にも同田貫の様子を診ていた薬研が問題はなさそうだと、診断を下す。

「んーで、結局、この仕合いは審神者代理の勝ちでいいとじゃが?」

「いえ、今のはよくて引き分けでしょう」

陸奥守に問われた同田貫が口を開くよりも先に審神者代理が首を横に振って、陸奥守の言葉を否定した。

「例え、最後の攻撃を普通に払っていたとしても、その後はまた膠着状態になっていたかもしれませんし、私が一撃受けていたかもしれませぬ」

「はっ、よく言うぜ。俺の攻撃をものともしなかったくせに」

「そう見えているだけで、こちらも手いっぱいでしたよ」

「…まぁいい。次は俺が勝つ」

床の上に転がったままの己の刀を拾い上げ、腰の鞘へと納めながら同田貫はリベンジを誓って、闘志を宿した瞳で審神者代理を見返す。その強い意志の籠った眼差しに審神者代理は口元に困ったような笑みを浮かべ、「では、機会があればまた」と控えめに返すに留めた。

「よし。言質はとったからな」

その後、汗を流すと言って同田貫が鍛錬場を出て行き、審神者代理もまだ仕事が残っているからと鍛錬場を後にする。
そうして鍛錬場に残った面子は、先ほどから一言も発していない蜻蛉切に気付いて声を掛ける。

「どうしたんじゃ、蜻蛉切」

「蜻蛉切さん?」

蜻蛉切自身、深く思考していたのか、二人から声を掛けられて漸くハッとしたように瞼を瞬かせた。

「大丈夫か、蜻蛉切の旦那」

「あぁ、いや…。先程のことで少し思い出したことがあってな」

「思い出したこと?」

和泉守が蜻蛉切に聞き返せば、蜻蛉切は薬研に目を向けて、どこか慎重に口を開く。

「貴殿は婆娑羅者という者を覚えておられるだろうか?」

「ばさら…?…っ、そうか!アレはそういうことか!」

蜻蛉切の問いかけに薬研は何かに気付いた様子で驚きに目を見開き、声を上げた。だが、共に話を聞いていた和泉守や堀川、陸奥守には何が何だか分からず、疑問符を飛ばす。

「俄かには信じられませぬが、代理殿の立ち合う姿に、あの雷撃…」

「おまけに現代人としては異常に腕が立つ。と、なると…」

「お前らだけで納得しあってねぇで、少しは説明してくれよ」

「婆娑羅者っちゅうのは何じゃ?」

「婆娑羅者か、随分懐かしい話をしているな」

「鶴丸さん!?」

急に割り込んできた声に全員が鍛錬場の入り口を振り返る。そこには、左手を上げてよっ!と応える鶴丸が立っていた。

「ところで何をしているんだ?体を動かしているようには見えないが」

そう言いながら鶴丸は鍛錬場の入り口を潜る。

「そんなことよりもアンタもその婆娑羅者?ってやつの事を知ってるのか?」

知らないことが気になってしかたがないのか、和泉守は三人を代表して、暢気に近づいて来た鶴丸に急かす様に言葉を投げた。

「うん?…そうか。お前達は知らないんだな」

二通りに分かれている反応に鶴丸は合点がいったと一人頷き、婆娑羅者について分からないでいる和泉守達に向き合った。

「婆娑羅者って奴は主に戦国の世で活躍した者達のことでな。それぞれ特殊な能力、固有の属性を持っていて、バサラ技という今では反則に近い出鱈目な力を戦場では振るっていたんだ。とはいえ、江戸の世に移り変わる頃にはその能力を持つ人間はほとんどいなくなっていたな」

まぁ、江戸の頃には戦国の世のような大きな戦もなくなったから、婆娑羅者の出番も無くなって、表舞台から姿を消しただけなのかも知れないが。その辺の細かいことは忘れた。と、鶴丸のざっくりとした説明に薬研と蜻蛉切が補足する様に言葉を添える。

「ちなみ属性っていうのは何種類かあって、俺の元主、織田 信長公は闇属性だったぜ」

「本多殿は雷でしたな。それ以前に自在に空を飛んだりと、よく徳川殿を背に乗せて、日ノ本中をあちこち移動して…知己も多く御座った」

「何だよ、その非常識っぷり。戦国の世ってそんなに恐ろしい時代だったのかよ」

「僕、江戸時代で良かった」

「うーん。聞けば聞くほど現実にあったとは到底思えん」

戦国の世と江戸の世の間にあった、思わぬ常識の壁に軽くカルチャーショックを受けた江戸の三人組を尻目に、鶴丸はどうしてこんな話になったのかと話の元を探る。

「それで、何でまた婆娑羅者の話なんかしていたんだ?」

「あぁそれは、さっきまでここで同田貫の旦那と大将が仕合いをしていたんだ。その時に大将の刀がいきなり放電して、それが何だったのかの話になったんだ」

薬研の話に耳を傾ける鶴丸に蜻蛉切は思い出した記憶の中で、一つ気になっていた事を鶴丸に聞いてみることにした。

「時に鶴丸殿は確か、伊達家に居たこともありましたよな」

「うん。そうだな。光坊と伽羅坊、まだこの本丸には顕現されていないが貞坊と一緒にな」

それがどうした、と鶴丸は聞き返す。

「うむ、某は決して代理殿の素性を探りたいわけでは御座らぬが、…代理殿の使用していたあの碧の雷。青系統の雷属性といえば、確か伊達家に連なる者が得意としていたように記憶しておるのですが」

「なにっ、それは本当か!?」

「は?いえ、雷といえば伊達家の得意なものでは…」

「そっちじゃない!代理殿が雷の婆娑羅を使ったというのは本当か?」

「間違いないぜ。俺もこの目で見たからな」

驚いて蜻蛉切に詰め寄った鶴丸に横から薬研が冷静な声で肯定の言葉を返した。



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