02


審神者の人事異動から三日。
前任であった女審神者の去った本丸に今日から新しい審神者が着任する。

その後任となる審神者は刻限通りに鳥居を模したゲートの前に現れた。前審神者と同様に顔を隠すように鼻から上は白い布で覆われており、現世では今どき珍しい部類に入るであろう羽織袴の和装姿で、荷物はトランク一つと風呂敷に丁寧に包まれた細長い棒状の物。また、審神者はこの時の為に身に着けた羽織袴というようなこともなく、がっしりとしたその体躯に、ピンと伸びた背筋、歩く仕草からも羽織袴を着慣れている様子が窺えた。ただ一点、頭の後方へと撫で付けられた髪の毛と、右頬にうっすらと残る一線の傷跡が、新審神者の雰囲気を重々しいものへと変えていた。

「迎えの方々か?」

しかし、口を開けばその雰囲気は前任の女審神者が纏っていた、穏やかな空気に近いものへと一変した。
どんな審神者が来るのかと、若干身構えていた光忠と鶴丸はその変化に拍子抜けした様に、僅かに入っていた肩の力を抜いた。そして、審神者の問いかけに答えたのは、最初から何の心配もしていない様子の大倶利伽羅だった。

「そうだ。…俺は大倶利伽羅。案内する」

「伽羅ちゃん!?」

普段から馴れ合いを好まない大倶利伽羅の、ここ最近の不自然な態度に光忠と鶴丸は何度驚かされてきたことか。それも新審神者を迎えに行くばかりか、いの一番に審神者に名前を名乗るなんて、爆弾発言もいいとこだ。そんな刀二人の驚きを他所に、審神者が口を開く。

「そうか。お前が姉上の言っていた…」

「えっ?姉上?じゃぁ、もしかして君は前審神者の言っていた、土いじりが好きな弟さんの方かい?」

審神者の口から出た姉上発言に、光忠は思わず聞き返す。
鶴丸は逆に驚くことが多すぎて、口の中で「こりゃ、驚きの連続だな」と呟くに留めた。
何とも言えぬ光忠の説明に審神者は口元に苦笑を浮かべて一人呟く。

「姉上はどんな説明をしておられるんだ」

「事実だろう」

そこで何故かすかさず大倶利伽羅が口を挟んだ。
やはりどう見ても、審神者と大倶利伽羅の距離を近く感じる。
これは伊達組と呼ばれて三人一括りにされている光忠と鶴丸にとっては異常事態であった。本丸に審神者を案内し、他の刀剣達と会わせて騒がしくなる前に、とにかくこの不可思議な問題を解決しようと光忠と鶴丸はアイコンタクトを交わした。

「ところで主は、」

「あぁ、待って下さい」

さっそく鶴丸が探りを入れようと審神者に話しかけたところで、審神者の方から制止を掛けられる。何だと、三人の視線が審神者に集まる。

「先に言っておく事が一つ御座います。他の皆様方にも説明するつもりですが、私はこの本丸の正式な主人ではありません。あくまで私は正式な主人が着任するまでの間の、代理で御座います」

考えてもみなかった代理という言葉に、一瞬その場に沈黙が落ちる。

「名乗ってもらった大倶利伽羅には悪いが…」

「問題ない。あんたなら」

「そうか…」

「あぁ」

「いやいや、あるだろう!正式な主じゃないと言うなら、何故今日君がここに来たんだ」

二人だけで納得しあっているんじゃない!と鶴丸が突っ込みを入れる。

「そうだよ。審神者に関することはこの本丸にとって重要なことだからね」

きちんと説明をと、強い視線を向けて来る二人に審神者代理はふと微かに口元を緩めた。

(さすがは、あの方の刀。仲間の為か)

「正式に本丸の主人となるお方は未だ学生の身分でございまして、刀剣男士様方にはこちらの都合で大変申し訳ないのですが、主人の審神者就任は主人が学業を修められてからと政府とも決着をつけております」

「で、その間を君が受け持つと?」

なら、そんなややこしいことをしないで君がそのまま審神者に就けばいいじゃないかと、鶴丸は話を聞いて不思議そうに審神者を見返す。

「確かに、鶴さんの言う通りだ。審神者代理を引き受けられるぐらいの霊力が君にはあるんだろう?引き継ぐ必要がどこにあるんだい?」

訊かれた審神者代理は、予めその質問が来ることを分かっていたかのように、強い意志を滲ませた声で答えた。

「元より私は主という器では御座いません。真に相応しきお方がいると言うのに、何故私がその任に就けましょうか。私はただそのお方が来るまで、留守を預かるのみです」

「ほぉ、それはそれは。今どき珍しい立派な志を持っているな、君は。ということはだ、この本丸に来る正式な審神者に君は仕えているということか?」

鶴丸の面白がるような視線に審神者代理は白い布の下でそっと目を伏せた。

「無二の主で御座います」

「でも、それだと、もしかして…前の女審神者さんもその人に仕えていたってこと?姉弟なんでしょ?」

隣で審神者代理と鶴丸のやりとりを聞いていた光忠は、ふと辿り着いた疑問を口に出していた。それに審神者代理は間を置かず、頷き返す。

「そうなります。姉上も私と同じ主に仕えております」

「おい、長話はその辺にしろ」

切りの見えない会話に、いつの間にか黙っていた大倶利伽羅が口を挟む。

「あまり遅くなると奴らがうるさくなる」

ただでさえ、政府からの一方的な人事異動だったのだ。
次にどんな審神者が来るのか、皆落ち着かない気持ちで今も広間で待っているのだ。
無駄に時間を掛けるのは双方にとって良策ではない。

そう言う大倶利伽羅の進言で三人は歩調を速めて歩き出す。

率先して案内しだした光忠と、その光忠に並び何やら話し合う鶴丸の後を付いて行く形で最後尾を歩く審神者代理に自然な形で傍に寄った大倶利伽羅がひっそりとした声で審神者代理に話し掛ける。

「おい、あの人は元気か?」

「あぁ。今生でも元気に暴れている」

その答えを聞いた大倶利伽羅の目元が緩み、口元が笑みを形作る。

「ところで二人はまだ気づいていないのか?」

「光忠は一度焼けたからな。あの人の記憶は確りしているらしいが他はどうか知らん。国永に至っては面識がない。アイツはうちに来た代が違う」

前を歩く二人を視界におさめながら審神者代理と大倶利伽羅がそんな会話を交わしていたなどと二人が気付くことはなく。

「さ、着いた。ここが広間だよ」

そして、審神者代理と大倶利伽羅の関係を聞きそびれたことを後になって思い出す光忠と鶴丸の姿が本丸内で見られたのはまた少し後の話。



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