01


スーツや白衣を身に纏った十二名の男達が円卓を囲み、今しがた可決された事案に拍手を送る。

「では、直ぐにでもこんのすけを通じ、各本丸の審神者に通達を」

その男達の中でも年嵩の男がそう言うと、逆に十二名の男達の中でも一番年若い、長い銀髪に白衣姿の細身の男が椅子から立ち上がる。椅子に座る面々に向けて右手を胸に添えると、僅かに頭を垂れ、発言した年嵩の男に向けて粛々と言葉を紡ぐ。

「その任務、私が承りましょう」

審神者と政府を繋ぐ、こんのすけを管理する部署に所属する青年の言葉に異を唱える者はいない。
そうして話し合いを終え、全会一致を得た会議は解散となった。

審神者への重要な通達事案を承った銀髪の青年は会議室を出ると自身が所属する部署へと足早に戻る。その途中で、助手とも呼べる挙動不審な動きをしていた年下の青年と合流を果たす。

「あ、天海さま。その、本当に……するんですか?」

「えぇ。予定通り全会一致で可決されましたし、嫌なら貴方は降りてもいいんですよ?」

「うぅ…でも」

「本来貴方は関係ないのですから」

運命の巡り合わせが、貴方と私を再び引き合わせたに過ぎない。

「そう…、貴方がうっかり私とあの者の密談を目撃したのも…」

「っ、わ、わざとじゃないんです!あれは!」

「もちろん、私は分かっていますよ。貴方はそんな大それたことを出来る方ではないと」

褒められているのか貶されているのか分からない紙一重な頷きに、助手は頓着せずに聞きたいことを口にする。

「でも…天海さまは過去が変わっちゃっても平気なんですか?」

「そうですねぇ、平気とはまた違った感じなのですが、…あの方のいない世界にはそろそろ飽きてきた所ですし。あの者からの接触は停滞していた時を動かす為の良い機会なのかも知れません」

「うぅん…何だか良く分からないけど。天海さまがそう言うなら、大丈夫なの…かな」

迷いを見せる助手に天海と呼ばれた青年は口元にふふっと妖しげな笑みを掃く。

「過去が変われば貴方の裏切りの汚名も雪げるかもしれませんよ」

「…!」

そう、過去が変われば何かが変わる。

あの方にももう一度お会い出来るかも知れませんね。





◆◇◆





その本丸の空気はとても澄んでいて、常に穏やかな日差しが降り注ぎ、まるで陽だまりの中にいるような住み心地の良い場所であった。
それは本丸の主である女審神者の穏やかで優しく時に厳しい性格を反映させたかのような空間であった。そして、そんな空気に触れて過ごす刀剣男士達もまた、各自強烈な個性を持ちつつも、のびのびと本丸で暮らしていた。

「今日も洗濯物が良く乾きそうな良い天気ね」

「だから、何度も言っているが主が洗濯などしなくていいと…」

本日の内番。洗濯担当の山姥切が隣に並んで一緒に洗濯物を干す審神者にもはや何度目になるかも分からない小言を呟く。

「あら?それなら私も何度も言うようだけど、こんなこと昔からやっていたことよ。手間でも何でもないわ」

「っ、そうか」

一向に折れない審神者の返答に山姥切は諦めたように息を吐く。

「山姥切。よくよく君も飽きないねぇ」

主が頑固だと一番知っているのは初期刀として選ばれた君じゃないか、と山姥切と同じく本日の洗濯当番を任された歌仙兼定が真っ白なシーツを干しながら言う。

「飽きる、飽きないの問題ではない」

「じゃぁ、僕からも一つ良いかな?」

洗濯物を干す手を止めて、山姥切は何だと歌仙を見返した。視線で先を促された歌仙は山姥切に向けていた視線を頭の先から足元に上下に動かし、口を開く。

「君の羽織っているその布、いい加減洗わせてくれないか」

「っ!?」

言われたと同時に山姥切は羽織っていた布の端を掴み、防御の構えをとった。
そんな二人のやりとりを審神者は微笑まし気に見つめた後、やんわりと二人の間に入る。

「今のは歌仙様の勝ちね。私の言いたいこと、少しは分かってくれたかしら?山姥切様」

「うっ…」

でも、それとこれとは話が違うじゃないか、と喉元まで出かかった言葉を山姥切は呑み込む。言ってしまうと何だか自分の羽織っている布を剥ぎ取られそうな予感がしたのだ。

「さて、残りは任せてもいいかしら?」

「もちろん」

「…それが俺達の仕事だからな」

「それじゃ、私はちょっとやることがあるから。お願いね」

そうして二人は審神者の小さな背中を見送った。






「おはよう、主」

「よ!主は今日も朝が早いな」

「…おはよう」

洗濯場から本丸の屋敷へと戻る途中で審神者は籠に野菜を大量に盛った三人の刀剣男士達と遭遇した。

「おはようございます。燭台切様、鶴丸様、大倶利伽羅様」

軽い調子で挨拶を告げた鶴丸は返って来た礼儀正しい挨拶に、僅かばかり困ったように目元を緩ませ、人差し指でポリポリと己の頬をかく。

「あーっと、主にはもっと肩の力を抜いて接して欲しいな」

「あら、私は普通に接しているつもりですわ」

意外なことを言われたと、微笑む口元に、鶴丸は自分の意見に賛同して貰おうと横の二人を見る。すると、光忠は野菜の盛られた籠を両手で抱きながら器用に両肩を竦めた。

「僕が来た時から主はこんな感じだったよ。ね、伽羅ちゃんは?」

「…こいつは元からこういう奴だ」

二人からの同意を得られなかった鶴丸が更に言い募ろうとした所で、先に審神者が口を挟んだ。

「そんなことよりも、美味しそうな野菜が採れましたわね」

「あ、うん。どれも皆良い出来でね。朝餉に使おうかと思っているんだ」

「だからって採りすぎだろう」

あれもこれもと大量に収穫した野菜は光忠の持つ籠と大倶利伽羅が抱える籠に山のように積まれている。ただし、鶴丸の手には何も握られていない。鶴丸は畑当番である二人に面白がって付いて来ただけだ。ちなみに、鶴丸がやったことと言えば畑の脇の道で穴を掘っていたことぐらいか。

「ふふっ、現世にいる弟達が見たら喜びそうね」

「主には弟がいるのかい?」

「えぇ…、弟と、似たような者が一人」

光忠と世間話をする審神者を眺めながら鶴丸は一人呟く。

「そんなことよりで話を逸らされるとは。主も中々手強いな」

途中から聞き役に徹していた大倶利伽羅は、光忠との会話を切り上げ、用があるからと屋敷に戻って行く審神者の背中をジッと見つめる。

「主の弟さんは畑仕事が好きみたいだね」

「ふむ。ここにいたら光坊と気が合いそうだ」

弟達の話をしていた審神者の横顔、鼻から上は白い布に覆われていて顔全体の造形は分からないが、その頬は優し気に緩められていた。






本丸の廊下を自室に向かって歩く審神者に、起き出してきた刀剣男士達が挨拶をする。

「おはよう、大将」

「おはようございます!主様」

「みんな、おはよう」

廊下で擦れ違った短刀の刀剣男士達に審神者は笑顔で挨拶を返し、自室へと向かう足を僅かばかり速めた。

「今日の近侍は長谷部様だったわね。何と説明しましょうか」

自室に辿り着き、審神者は後ろ手で障子を閉めた。その眼差しは文机の上に置かれた一通の文で止まる。昨夜遅くに政府から、こんのすけを通じて届いた文だ。中身はもちろん審神者である自分しかまだ知らない。とはいえ、この本丸自体に関わる内容なので、いずれ刀剣男士達には伝えなければならないことだ。

審神者は文机の前に腰を下ろすと、自分に気を許してくれている刀剣男士達のことを想い、小さく息を吐いた。

「お上も残酷なことをなさるわね。彼らは確かに刀ではあるけれど、決して物ではないわ。人の形をとったことで、より強く、感じる心があるというのに…」

机上に置いていた文を横に退け、新しい紙を用意する。筆を手に取りさらさらと、審神者は筆を走らせた。






その日は珍しく、審神者は広間に顔を出さなかった。本日の近侍である長谷部と共に自室にて朝餉を頂くとのこと。

「何かあったのかな?」

今朝、審神者と顔を合わせた光忠が首を傾げて言う。

「さぁなぁ。でも、何かあれば言ってくるだろうさ」

それに、光忠の向かいに座り、膳に箸を付けながら鶴丸が応える。
大倶利伽羅は光忠の隣で黙々と箸を進めていた。今までにない審神者の行動に不思議がる刀剣達が数名いたが、騒がしい朝食の光景はいつもと同じだった。
そして、それが聞こえたのは、全員が朝餉を終え、各々使用した膳を厨に運び始めた時であった。

「どういうことですか、主!」

審神者の部屋で、審神者と一緒に朝餉を食べているはずの長谷部の大きな声だった。
広間にいた刀剣達の動きが止まる。

「どう納得しろと!主はそれでいいんですか!」

その間にも長谷部の声は続く。広間と審神者の部屋は結構離れているはずなのに、それほど長谷部が何かに激高している。動きを止めた刀剣達だったが、何事かとすぐさま行動に移る。片付け途中であった膳を広間に下ろし、機動の早い者から審神者の部屋に向かった。
そうして、聞き耳を立てなくとも聞こえてくる長谷部の声で何が起きているのかを刀剣達は知った。

《お上、命令、人事、逆らえない》

「では、主は、俺達をここに残して、去ると言うのですか!」

長谷部の声は怒りよりも、どこか悲しみを帯びていた。

「いいえ。それは違うわ」

「どう違うと言うんですか!」

「人の話は最後まで聞きなさい。へし切長谷部」

いつもの穏やかな声とは打って変わり、部屋の外に集まった刀剣達の背筋がピンと伸びるような、凛とした強さを持った審神者の声が耳を打つ。また、普段から刀剣男士達を様付けで呼び、決してその敬称を外そうとしなかった審神者が長谷部を呼び捨てにした。
息を詰めるような音がした後、静けさを取り戻した場に審神者の声が落ちる。

「勘違いしないで。私だって好きでここを去るわけじゃないわ」

政府からの文には、安定して運営されている本丸を、新たに選ぶ審神者に譲渡して欲しい。そして、継続して本丸運営に問題のない審神者にはブラック本丸と呼ばれる、本丸の立て直しをして欲しいという旨が書かれていた。つまり、もっと簡単に言えば、審神者としての成績が良いので、今運営している本丸を新人の審神者に譲って、お前はブラック本丸の立て直しに行けという一方的な命令書だ。
また、ブラック本丸というものについて綴られた文も同封されていたが、読むのも惨い所業ばかりが書かれていたので、他の者の目に触れる前に即火中とした。

「ただ、貴方方と同じ存在が苦しんでいると言われて、動かないでいられるほど私は薄情でもないの」

「主…」

「大丈夫よ。貴方方が不安に思うことなど何一つないわ」

不安そうに表情を曇らせる長谷部に向けて、審神者は穏やかに口元を綻ばせた。

「我が子のように接してきた貴方方を、お上の命令だからと言って見ず知らずの者に預けたりはしないわ」

その点は譲らないと、意志の強い声が皆の耳を打つ。
決意を滲ませた審神者に長谷部は何かを言おうとして、結局何も言えずに口を閉じた。

再び静寂を取り戻した室内で、審神者は徐に障子の方に目を向けると、口を開く。

「では、皆様方。今、お聞きになった通りで御座います」

その声を合図に審神者の部屋の障子が開けられる。身形の小さな刀剣男士達がなだれ込んだ。

「主、いなくなっちゃうの!」

「嫌だ、せっかく仲良くなったのに…」

「こら、お前達!審神者様を困らせるんじゃない」

兄弟の一番多い粟田口、一期一振が困ったように優しく弟達を窘める。
打刀達はその様子を何とも言えない面持ちで眺め、一部の刀剣は政府の一方的な仕打ちに憤っている。

「お上だか何だか知らないけど、無視しちゃえば?」

「そういうわけにもいかないでしょ」

「下の人間はいつだって上の人間に振り回されるんだ」

「兼さん…」

大太刀や槍も静かに話を聞いていた。
そんな混沌とした場の中で、珍しい人物が声を上げた。

「見ず知らずの者に預ける気はないと言うなら、お前は俺達を誰に預ける気だ」

「伽羅ちゃん?」

「伽羅坊」

鋭い金色の双眸を向けられた審神者は、周りを囲っていた短刀達に道を開けてもらうと、布越しではあるが、真っ直ぐに大倶利伽羅に視線を返す。そして、その口元を僅かに緩めて、座したままゆっくりと頭を下げて答えた。

「不肖の我が弟か、弟のようなもう一人にと考えております」

「そうか」

「えっ、ナニコレ?伽羅ちゃん?」

急に審神者が大倶利伽羅に対し、頭を下げたことに、逆転した主従のような姿に、光忠を始め皆が目を見張る。しかし、当事者二人はその立場が当たり前のようにそのまま二人にしか分からない会話を交わす。

「さすがは大倶利伽羅様。やはり、気付いておられましたか」

「俺が、分からないはずがない」

顔を上げた審神者は酷く嬉しそうに口元に弧を描いていた。
また、心なしか大倶利伽羅の表情も優し気に緩められていた。

「主!」

誰もが口を挟めないでいる空気の中、やっと自分の中で心の折り合いを付けた長谷部が再起動して、妙な空気を破壊した。

「審神者の交代までにまだ期間はありますよね」

「そうねぇ。一週間くらいなら」

「では、盛大な送別会をしましょう。主がこの本丸を去るのが惜しいと思うぐらい、凄いのを」

その提案は長谷部なりのケジメの付け方だったのかもしれない。
だが、送別会という言葉に短刀達が賛成の声を上げた。
他の刀剣達にも否やは無く、こうして当本丸初代女審神者は一週間後、家族同然に過ごした刀剣達に見送られ、本丸を去って行った。









「ところで伽羅ちゃん。僕、まだあの時のこと聞いてないんだけど?」

「そうだぞ、伽羅坊。主、っと…前主と随分親しげだったじゃないか」

女審神者を見送った鳥居型のゲートを背に、最後尾を歩いて屋敷に向かっていた大倶利伽羅は光忠と鶴丸の二人に左右から挟まれる。
二人の問いに大倶利伽羅はちらと左右を交互に見て、仕方なさそうに口を開いた。

「ヒントは本丸のあちこちにあった。あの女の気質もあの頃から何も変わっていない。分からなくとも、いずれ分かる」

「何それ。ますます分からなくなったんだけど」

「うん?何かの謎かけか?」

それきり大倶利伽羅は口を閉ざしてしまった。


[ 2 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -