焼き芋


ザッ、ザッ、ザッと枯れ葉を掃く、複数の音がする。

「おっ、感心だな」

「何々?あ、掃除してんのか」

音の出所の直ぐ側には熊手やてみが一緒に置かれており、ジャージ姿の学生達が黙々と竹箒で枯れ葉を掃いていた。

石段を上がって来た人の声に、竹箒を動かす手を一旦止めて、貞宗はちらりとそちらへ目を向けた。一人は背が高く、がっしりとした体つきでエンジ色っぽい髪は短く。もう一人は自分と同じぐらいの背の高さで、短く切られた髪は茶色。学生か?二人はそのまま石段を昇りきると社殿へ続く石畳から道を逸れ、玉砂利の敷かれた上を行く。どうやらただの参拝客ではないらしい。

「なぁ、左之さん。あれって、どこの学校?」

「ありゃぁ、たしか…」

会話を続ける二人の足取りは迷う事無く、社務所へと向かって行った。

再び静寂を取り戻した境内に枯れ葉を掃く音が響く。

「貞、手を動かせ」

「はーい」

ザッ、ザッと無心に箒を動かしていた幸村は黙々と枯れ葉を纏め始めた大倶利伽羅に声を掛けた。

「そろそろ良いのではないか?」

「…もう少し枝が必要だ」

「それなら俺のはどうよ?」

そう言って佐助がてみで集めた枝葉を運んでくる。大倶利伽羅が纏めて山にした枯れ葉の上でてみを引っくり返した。そこへ更に貞宗が箒で枯れ葉を寄せて来ようとするのを大倶利伽羅は止める。

「やめろ、貞。これ以上はもういらん」

「えーっ、せっかく集めたのに」

大量に枯れ葉を集めただけでは意味が無い上に、煙が大量発生して煙いだけだ。幸村と佐助、大倶利伽羅と貞宗が枯れ葉の山を囲んで話し合っていれば、石段の方から政宗が水を入れたバケツを手に上がって来る。

「Hey!準備出来たか?」

そして、その後から鶴丸が顔を出す。

「よっ!別に美味しい所だけ貰いに来たわけじゃないぞ」

ただ、火の取扱い時には大人がいないと心配だって小十郎や光坊に頼まれたからだと、鶴丸は聞いてもいない言い訳をぺらぺらと口にした。
ちなみに鶴丸の口から出て来た小十郎は政宗の父親に呼び出されて仕方なく家を留守にし、光忠は大学の講義に出かけて行った。

「OK。んじゃ、燃やしつつ次の準備に移るか」

鶴丸が合流し六人となった面子で山にした枯れ葉を囲む。

「はい、鶴さん」

貞宗からマッチ箱と新聞紙を差し出され、鶴丸は反射で受け取って言う。

「えっ、俺がやるのか?」

「えっ、だって鶴さん、火を付けに来たんじゃないの?」

「その言い方だと鶴丸の旦那、危ない人だね」

可笑しそうに笑いながら鶴丸と貞宗の会話に口を挟んだ佐助は二人と共に枯れ葉の山の前でしゃがむと二人の手伝いをする。ぐしゃぐしゃにした新聞紙の一部にマッチで火をつけ、枯れ葉の隙間に挿し込む。

一度枯れ葉の山から離れた政宗は大倶利伽羅と幸村と共に、バケツごと家から持ってきたサツマイモを囲む。

「おぉっ、これが先週掘り出したサツマイモで御座るな」

「そうだ。持ってくる前に洗ってきた」

「片倉がな」

本当は参加したかったのだろう。道具を一式用意したのは小十郎だ。それからアルミホイルや竹串などを用意したのは光忠だ。不参加の二人には今日の成果をちゃんと持って帰らねばなるまい。

「小十郎が言うにはアルミホイルで包む前に濡れた新聞紙で包んだ方がしっとり出来上がるんだそうだ」

そう言って政宗は持ってきた新聞紙を先程汲んで来た水の入ったバケツに浸す。

「そうなので御座るか」

「アルミと新聞紙、アルミだけの二種類作ればいい」

そう言って大倶利伽羅がバケツからサツマイモを一本取り出し、政宗に手渡す。政宗は濡れた新聞紙でサツマイモを包むと、次に差し出されたアルミホイルを受け取り、その濡れた新聞紙ごとアルミホイルでサツマイモを包んだ。

「ざっとこんなもんか」

「ふむ。分かり申した」

政宗による実演の後はそれぞれでサツマイモを包み始めた。




普段はシンとした静謐な空気に包まれ、ゆるりと感じる時の流れ。
どこか現実から切り離されたように感じるその場所は、近隣の学校に通う学生達の通学路の途中にあり、参拝客を見かけることもあれば、気軽に散策に立ち寄る者もいる。近所では有名な神社であった。道路に面した赤い大鳥居をくぐれば奥に向かって真っすぐに石畳が伸びる。左右には木々が立ち並び、奥に進むと途中で道が分岐する。竹林へと向かう土の道に、石畳、飛び石が敷かれた道の先には池が見えてくる。社殿へと続く道の両脇には石灯篭が等間隔で設置され、更に奥へと続く石段の手前、左手側に手水舎がある。政宗達は社殿へと続く石段を上がって右手側の敷地で枯れ葉を集めて焚火をしていた。もちろん、神社側の許可をとってである。

「そろそろ熾火になったか?」

鶴丸が火の様子を見ながら灰となった元枯れ葉の山を火ばさみでつつく。

「ん。良い感じだな。イモを入れよう」

鶴丸から出たGoサインにアルミホイルのみで包んだサツマイモと濡れた新聞紙+アルミホイルの組み合わせで包んだサツマイモを火ばさみを使って熾火の中に投入していく。

「というか、キミ達いくつ持って来たんだ?」

熾火の中に並べられたサツマイモの数に鶴丸は呟く。どう数えてもこの場に居る人数より多い。そんな鶴丸の声に政宗とその場に集った面々は顔を見合わせて、政宗が代表してけろりとした態度で答える。

「別に普通だろ」

「あぁ…食べ盛りの集団だったな」

自分以外はみな若いと鶴丸は年寄りじみたコメントで一人納得した。

それからしばらく政宗達はサツマイモが焼けるのを待ちつつ、熾火を囲んでたわいもない話で盛り上がる。

「そういや、真田。この間持って帰ったイモでイモ版とやらは出来たのか?」

「うむ…。あれは案外難しいのでござる」

「あー、ちょっと失敗しちゃったんだよね。判子って鏡文字にしゃなきゃいけないじゃん」

「何の話?」

政宗の問いかけに幸村が眉を寄せて答えれば、その横で佐助が苦笑を浮かべて言う。先週の話を知らない貞宗は隣の大倶利伽羅を見上げて聞き返した。

「年賀状の話だろ」

「ふむ。最近の若者はメールやラインで済ますと言うが、キミ達はみんなハガキを出すのか?」

その話に、火ばさみで焼き芋が焦げ付かないよう引っ繰り返しつつ鶴丸が感心した様に口を挟む。

「んー、うちは昔からの習慣かな?ね、旦那」

「うむ。お館様も毎年そうしておられるし。手書きだとなお相手の気持ちが伝わって良いと思うのだが」

「まぁ、そうだな。俺も昔からの風習だな」

幸村に至ってはあまり電子機器が得意ではないという事もあるが、幸村も佐助も政宗もどちらかと言えば筆まめな方である。それに加えて貞宗が言う。

「年賀状って貰うと嬉しいよな!後でまた見返したり出来るし」

「片倉や光忠がうるさいからな」

年賀状はもう書いたのかと、大倶利伽羅はまた別の理由から年賀状を書いていた。むしろ書かされていたに近い。

「そりゃ、あれだ伽羅坊。お前は普段からメールの返事も返さないことがあるだろう」

自分が分かっていればそれで良いと話を終わらせるな。会話をしろ。
自分や政宗といった身内にはそれで通じるが、付き合いの浅い連中にそれを理解しろというのは酷だ。せめて、生存報告位はしてやれ。

「お前の年賀状はそういう相手への気遣いだ」

大倶利伽羅は普段から人との馴れ合いを好まないが、逆にそんな大倶利伽羅に対して構ってくる友人と言うのは本人が認識していないだけで結構な数がいるのだ。それが毎年、年賀状という形で大倶利伽羅の元へ届いていた。

「……」

分が悪いと感じたのか大倶利伽羅が口を閉ざす。
政宗と貞宗は苦笑を零して、話を変えてやる。

「鶴さんも毎年いっぱい年賀状貰ってるよな」

「ファンレターってやつだろ?」

これでも鶴丸は新進気鋭の仕掛け絵本作家だ。固定のファンもついているし、毎年新規でファンになる人もいるだろう。

「あぁ。俺も個人的な知り合いには手書きで出すが、流石に全部は返しきれないな」

多くは出版社宛に来るので、そこで一時的に保管してもらう。

「ふぅん、人気者も大変そうだねぇ」

熾火を囲んで賑やかな話し声が続く。





「あれ?珍しい、大倶利伽羅じゃん」

「え…、本当だ」

そこへ新たな人物が二人、石段を上がって来た。二人は熾火を囲う面々を目にするとそう声を上げ、政宗達の方に歩み寄って来た。名前を呼ばれた大倶利伽羅はちらりと視線を動かすと、特に表情を変えぬままぽつりとその名を呟く。

「加州と大和守か」

加州と呼ばれた青年は大倶利伽羅の素っ気無い反応を気にする事も無く、首を傾げて聞く。

「何してるの?こんな所で」

「大倶利伽羅殿の知り合いで御座るか?」

「ん?俺達は大倶利伽羅と同じ中学出身で友達だよ」

幸村の質問に大倶利伽羅が答えるより先に大和守と呼ばれた青年がにっこりと笑って堂々とそう告げた。それでそちらさんはと問う視線に幸村も堂々と返す。

「某らも高校からではあるが、大倶利伽羅殿の友人で御座る」

「そうそう」

佐助も幸村の言葉に頷いて返す。
その後を鶴丸が引き継ぎ、政宗と貞宗、己を指を指して言う。

「んで、俺達は伽羅坊の身内な」

「へぇ、そうなんだ。貴方とその子は何度か見かけたことがあるけど…」

加州と大和守は鶴丸と貞宗を見て、最後に政宗で視線を止める。

「hum…、まっ、中学は別だったからな」

俺の事を知らないのは当然だと政宗は頷く。

実は中学時代、大倶利伽羅にまつわる話で謎の一つとされていたのが鶴丸であった。

三者面談や授業参観といった行事ごとで時折現れる謎の兄さん。大倶利伽羅の関係者であることは分かっていたが、兄弟というには似ていないし、親というには若すぎた。大倶利伽羅に聞いても「アイツはアイツだ」としか返って来ず、謎とされていた。また、大倶利伽羅がたまに一緒に帰っている姿を目撃されていたのが当時小学生であった貞宗である。こちらもやはり兄弟というには似ていなかったが、大倶利伽羅の素っ気ない性格を知るクラスメイト達からしてみれば、その姿は十分弟に準ずる存在ではないかと言われていた。結果、それはあながち間違いではなかったようだ。

鶴丸の説明に大倶利伽羅が反論する様子も無い事から、それが真実なのだろう。

「そんなことより、何をしに来た」

大倶利伽羅は面倒臭そうに話を切ると加州と大和守に向かって用件を聞いた。聞く人に寄っては冷たい対応に見えるかもしれないが、普段から素っ気無い態度が基本な大倶利伽羅を知る者からすればそう会話を繋げただけでも良好的な関係と言っても良いだろう。

「あっ、そうだ!俺達人を探しに来たんだ」

「見なかったかな?赤茶っぽい髪色で、がっしりとした体格の男の人」

あぁ、それならと貞宗が思い出すように言う。

「少し前に社務所の方に向かっていった人かな?二人組だったけど」

「なら、石切丸の所じゃないか?今日は一日社務所に詰めてると言ってたからな」

貞宗の言葉に鶴丸が付け加えるように言いつつ、火ばさみで焼き芋を引っ繰り返す。数があるので佐助ももう一つ用意されていた火ばさみで焼き芋を引っ繰り返すのを手伝う。

「社務所か。分かった。行ってみる」

「ありがとね」

「あっ、それと大倶利伽羅」

「何だ?」

「ちゃんとメールの返事返してよね」

「返す必要のあるメールならな」

「もう、すぐこれだ!」

「あはは…。清光のメールはたまに面倒臭いこともあるから」

「何か言った、安定?」

「早く行け」

本格的に面倒臭くなることを察したのか、大倶利伽羅は追い払う様に二人に向けて手を振る。
大倶利伽羅達に背を向け、社務所のある方へと歩き出した二人は何だかんだと言い合いながらその場を去って行く。

「加州って、たしか毎年お前にcute(キュート)な年賀状送って来る奴だよな」

政宗はふと先程話題にしていた年賀状の事を思い出し、大倶利伽羅を見る。大和守の名前も大倶利伽羅に届く年賀状の中でちらりと目にしたことがあった気がした。何故か皆の視線を集めた大倶利伽羅は僅かに眉根を寄せて、肯定の言葉を吐く。

「…そうだ」

「おぉっ!なら、すげぇ人じゃん」(とっつき難い伽羅を攻略した人達だ!)

「良かったな、伽羅坊。大事にしろよ」(ちゃんと政宗達以外にも友人が)

「度胸あるなぁ」(大倶利伽羅の旦那に可愛らしい年賀状とは…)

「某も加州殿には負けないぐらいの年賀状を作るで御座る!」

「hum…」



それからまた少し時は流れ――。



神社の境内の片隅を借りて、皆で焼き立ての焼き芋を頬張る。

「はい、旦那。気を付けて食べてね」

「うむ」

「貞坊も気を付けろよ。熱いからな」

「おぅ!さんきゅ、鶴さん。って、あちちちっ!でも、食べる。いただきまーす!」

アルミホイルを剥がし、サツマイモの皮を剥けば…ほくほくと湯気を上げる黄金色のサツマイモが姿を現す。

「ん、delicious(デリシャス)!」

「…うまい」

アルミホイルと新聞紙、二重に包んでいたサツマイモはねっとりとした甘さがたまらない美味しさであった。
言葉少なに呟いた大倶利伽羅の隣で政宗は満足そうに頬を綻ばせて、焼き芋を齧る。佐助も幸村が美味しそうに食べているのを見てから、焼き芋を半分に割り、口を付ける。貞宗と鶴丸も焼き芋の熱さに口をはふはふさせながら、笑顔で焼き芋を食べていた。

「ほくほくもいいけど、ねっとりしたやつも甘くて美味いよなー」

「どちらも美味いで御座る」

ぺろりと一つ目の焼き芋を平らげた貞宗と幸村が各々頷き合って言う。

「伽羅坊。二つ目は半分にしないか?」

「…しかたがない」

ほらと、既に半分に割られた焼き芋の片割れを差し出され大倶利伽羅は仕方なさそうに鶴丸から半分の焼き芋を受け取る。どうやら焼き方の違う二種類の焼き芋を食べ比べしたかったようだが、鶴丸には二つ丸々は多かったようだ。

「ンなこと言ってたら、サツマイモ自体の種類はもっとあるんだぜ」

小十郎情報によれば、焼き芋専用に開発されたサツマイモもあるんだとか。

「へぇ。それじゃぁ、今度はそれを植えようとか右目の旦那は思ってんじゃないの?」

竜の旦那の為に。佐助が冗談交じりに告げた台詞に政宗は真面目な表情でよく分かったなと、頷き返す。

「来年、作っておくってよ。アイツも真面目だよな」

「いやいや、俺様は簡単に来年の光景が目に浮かぶようで逆に怖いよ」




そして、その賑やかな集団を参拝帰りの客が遠目に見つけ、ちょこりと足を止めた。

「どうしました、お小夜?」

ピンク色の髪が首を傾げた拍子に、さらりと背中で揺れる。話しかけられた小柄な少年、濃い青色の髪に華奢な手足。小夜 左文字は頭上を見上げるように顔を上げると、それから賑やかな集団に顔を戻してポツリと零した。

「宗三兄様。あの中に友人がいます」

「友人?…学校のお友達ですか?」

「はい」

宗三兄様と呼ばれた青年は小夜と同じように集団の方へと視線を流した。すると、その集団の中の一人が二人の視線に気付いたのか、タイミングよく二人の方を振り返り見た。

「あ…」

「ん?…小夜?…小夜じゃんか!おーい!」

小夜が声を漏らしたのと振り返った人物が声を上げたのは同時だった。

「あの子がお友達ですか?」

ぶんぶんと小夜達に向かって元気よく手を振る少年。

「うん。太鼓鐘 貞宗。同じクラスなんだ」

「そうですか。ちょっと行ってみますか?」

「うん」

小夜が宗三に説明した様に政宗達側でも貞宗が小夜の事を皆に説明していた。

「珍しい所で会うな、小夜。もしかして、その人が小夜がいつも言ってるお兄さんか?」

「いつもの内容が気になりますが…。お小夜がお世話になっています」

「んー、別に変なことは言ってないぜ。兄様達は優しいとか、格好良いとか。料理が美味いとか、他にも色々」

宗三の言葉に貞宗は以前小夜から聞いたことのある人物評をあっけらかんと口に乗せる。

「ちょっと!太鼓鐘さん!」

それに慌てたのは言った小夜だ。自分で口にするよりか、第三者から本人に伝えられるのは思ったよりも恥ずかしい事だ。小夜は貞宗に向かって制止の声を上げた。

「お小夜がそんなことを」

「うぅっ…。そ、それよりもそちらは?」

恥ずかしがって分かりやすく話を変えた小夜を見る宗三の眼差しは終始温かい。

「ん?こっちは俺の家族とその友達」

貞宗はそう言って簡単に纏めると小夜と話を続ける。

「うわっ、大雑把な紹介だね」

「間違ってはねぇだろ」

佐助の茶々に政宗が堂々と言い切る。
家族と紹介されて鶴丸は政宗と大倶利伽羅、二人を見て「ということは、どっちが上の兄で弟になるんだ?」と余計な一言を口にしていた。当然自分は保護者のポジションらしい。

「そうだ、小夜も焼き芋食べるか?」

「焼き芋?」

貞宗達が囲んでいた熾火の中にはまだアルミホイルで包まれたサツマイモがごろごろと転がっている。貞宗は返事を聞く前に佐助から借りた火ばさみで焼き芋を一つ拾い上げると小夜に向かって「はい」と焼き芋を差し出した。ちらりと小夜から視線を向けられた宗三は小さく息を吐くと、貞宗に向かって口を開く。

「有難く頂戴したいところですが、家にはもう一人居まして」

「あっ、そっか。そうだよな」

小夜の話ではお兄さんが二人出て来ていた。宗三兄様と江雪兄様だったか。

「そこに残ってる新聞紙に包んで持って帰って貰ったら?」

そう言って佐助が使用しなかった新聞紙を指して言う。これで御座るなと、その側にいた幸村が新聞紙を手に取り、貞宗に手渡す。てきぱきと新聞紙を使って持ち帰りセットを作った貞宗は小夜に向かって焼き芋が入った新聞紙の包みを手渡した。

「これ、俺も食べたけど本当に美味しいから」

小夜の言う兄様達と一緒に食べてな。

「……うん。ありがとう」

兄様達と一緒にと言われて、微かに小夜の口元が嬉しそうに綻ぶ。

「それでは、冷めないうちに帰りましょうか」

喜んでいる小夜を促して、宗三は最後にお礼の言葉を口にしてからその場を離れる。
仲の良さそうな兄弟はゆっくりと神社の石段を下りて行った。





「おや、たき火ですか?」

神社へとお参りに来る人や散策で通りかかる人がいる中で、時折珍しいものを見るようにこちらへと歩み寄って来る人もいた。

「ちょっと待てよ先生。あっちへふらふら、こっちへふらふら。いい加減大学に戻らねぇと昼飯を食いそびれちまう」

政宗達のもとへと近付いて来た二人組は、先生と呼ばれた、いかにも学者ですと言った風体の眼鏡を掛けた男と、その後ろには大学生位の赤っぽく染まった髪に黒髪が半分見えるぐらいのグラデーションした髪を持つ青年。

「こんにちは」

輪を作っている政宗達若者らに臆する事も無く、その先生と呼ばれた人物が話しかけて来る。

「こんにちはで御座る」

「ちわー」

幸村は突然の乱入者にも礼儀正しく挨拶をすると、貞宗も続けて挨拶を返す。鶴丸は火ばさみで焼き芋を引っ繰り返しつつ、そちらを見た。また、他の面々も焼けたばかりの焼き芋を齧りながら会釈だけで返した。

「焼き芋ですか。美味しそうですね」

にこにこと眼鏡を掛けた学者風の先生が笑顔を浮かべながらそんなことを言えば、その肩を後から付いて来た青年が咎めるように掴んで言う。

「おい、先生。なに、タカりみてぇなこと言ってんだよ」

アンタらもすまねぇな。直ぐに連れて帰ると、学者先生の肩をぐっと後ろに引いた青年は何故かその途中で動きを止めた。

「ん?どうしました?肥前くん」

一番最初にその挙動に気付いた学者先生こと、南海朝尊太郎は肥前の視線の先を追って、あぁ…と呟く。
二人の視線の先には政宗がいて、政宗は手にしていた焼き芋を食べる手を一旦止めると二人に視線を返す。政宗には二人の視線の意味が分からなかったが、とりあえず鶴丸に視線を流した。

「イモなら沢山焼いたからな。お二人さんも食べていくかい?」

政宗の視線を受けて鶴丸が火ばさみで熾火の中からアルミホイルに包まれた焼き芋を二つ取り出す。どうせ先程通りがかった小夜達にもあげたのだ。数はまだあるし。
政宗に向いていた視線が鶴丸に移り、ややあって肥前が口を開く。

「…いいのか?」

「おぅ。遠慮せずもらってくれ。な、政宗」

このサツマイモを掘って来た当人達も特段気にした様子もなく頷き返す。

「それではお言葉に甘えて。遠慮なく頂きましょうか」

そう言って先に焼き芋を貰ったのは朝尊であった。

「先生がそういうなら」

肥前も鶴丸から焼き芋を貰うとアルミホイルと新聞紙を開き、焼き芋の上の部分を掴んでぐっと二つに割る。途端にほわほわと上がった蒸気に熱っ!と肥前は声を上げた。

「ほら、先生」

「見事な黄金色ですね。甘くて美味しそうです」

二つに割った焼き芋を肥前はそのまま朝尊に突き出すと朝尊が手にしていた焼き芋と交換する。再びアルミホイルと新聞紙を剥がし始めたその様子からは、肥前が朝尊の面倒を見慣れている様子が感じ取れた。皆の頭の中を一瞬、なんとなく、三日月宗近ののほほんとした姿が過っていた。

「こほん。ところで、二人はどこかの先生と生徒さんなのか?」

鶴丸は火ばさみで熾火を弄りつつ、世間話をする調子で朝尊に尋ねた。

「えぇ。私はすぐそこにある大学で教鞭をとらせてもらっています。肥前くんは私のゼミの一人です」

ちらと朝尊の隣に目を向ければ、彼は酷く美味しそうに焼き芋を半分に割って食べていた。

「美味いな!」

「でしょ!小十郎さんの作ったサツマイモだからね」

ねっとりとした甘さで焼き上がったサツマイモに貞宗が自慢げに口を挟めば、大倶利伽羅が調子に乗る貞宗の頭を軽く小突く。

「そんなこと言っても分からないだろう」

小十郎が何処の誰かなど。しかし、肥前にはその小十郎が何処の誰かなど関係が無かったようで。

「尊敬に値する奴だ。美味い物を作ってくれる奴は」

「うむ。その気持ち。某も分かるで御座る」

そして、そんな肥前に同意する人間が一人。幸村も料理は出来なくもないが、ほぼ作ってもらう側であり、食べる側であった。幸村の隣では佐助が苦笑を浮かべている。

「そこまで褒められるとはな。小十郎の奴も喜ぶだろ」

政宗は熾火の中からもう一種類のアルミホイルだけで包んだ焼き芋を火ばさみで掴みだすと、その焼き芋を肥前に向けて差し出す。

「もう一つ食うか?さっきのと少し焼き方が違うやつだ」

「いいのか?」

「おまけだ。食べ比べしてみな」

肥前は二つ目の焼き芋を手にし、半分に割ると味わう様に食べ始めた。

「おやおや、良いのですか?あんなに貰ってしまって」

政宗達のやりとりを面白そうに見守っていた鶴丸に朝尊が穏やかな眼差しを浮かべつつ、聞く。

「構わないさ。サツマイモは家に帰ればまだ沢山あるしな」

「そうですか」

わいわいと焼き芋の味比べをする政宗達を眺めながら、朝尊はふと真面目な表情を浮かべると、疑問に思っていたことを口に出した。

「不躾な質問で恐縮ですが、あの医療用の眼帯を付けた少年に大学生位のお兄さんっていますか?」

「政宗に?…あぁ。そうか、あんた大学の先生だって言ったな」

朝尊の質問に鶴丸は少し考えた後、何やら一人納得して頷く。

「厳密には兄弟じゃないが、身内になら一人いるな。今日も大学に出かけて行った」

「あぁ、やはりそうでしたか。肥前くんが彼にはお世話になっています」

名前までは把握していないのですが、大学構内で彼に会うと時折お菓子などを肥前くんが頂いている様で。試食会と呼ばれる会に呼ばれた時はホールのケーキやクッキーなど、色々と御馳走になっているようです。なので、一度本人に会ってお礼をしたいと思っているのですが。肥前くんに言っても、本人が必要ないと言っていると、この話は黙っておけと取り合ってくれないものですから。どうしたらいいものかと。

そこまで話されて、鶴丸は「あー…」と微妙な声を出した。

それはあれだな。光坊がイベントごとに大学で、密かに作って練習しているバレンタインのチョコや誕生祝のケーキの話だな。試作品を大学構内で作っているとは長谷部から聞いた確実な情報だ。肥前はその試作品の審査員の一人とみた。

「礼なら本人の言う通り、いらないと思うぞ。本人は趣味で作っているものだし、それこそお礼なら正直な感想で十分」

それからくれぐれもこの話を、そこにいる少年らには言わないでおいてくれと鶴丸は朝尊に頼むことを忘れない。朝尊は肥前と焼き芋の話で盛り上がっている政宗達に目を向け、何となく事情を察してにこやかに頷いた。

「そういうことでしたか」






「さてと、そろそろ店じまいするか」

朝尊と肥前が大学へと戻って行き、その後もだらだらと話していた政宗達は鶴丸のその一声で残った焼き芋と持ち帰り用の焼き芋を分けて、バケツに入れていく。

「えっと、持ち帰るのは小十郎さんの分とみっちゃんの分。それから…」

「長谷部と石切丸の所だ」

貞宗が数えながらバケツに焼き芋を入れる横で大倶利伽羅もそれを手伝う。

「政宗殿。残った焼き芋を貰っても良いで御座るか?」

「お館様にも食べてもらいたいんだって」

幸村の言葉をフォローするように佐助が付け加える。

「いいんじゃねぇか。持って行けよ」

それぞれが持ち帰る分はしっかりと確保されているので、構わないと政宗はあっさりとOKを出した。
その間、鶴丸はしっかりと火の始末をして、大人としての役目を果たす。

社務所にて石切丸宛の焼き芋を預け、政宗達は本殿に参拝をしてから、神社の階段を下りて行った。


本日も彼らは平和に楽しく時を刻み続けている。


End.


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