草野球


光忠に見送られて、家を後にした政宗と貞宗、大倶利伽羅は徒歩で目的の場所へと向かう。
あまり乗り気ではなさそうな様子の大倶利伽羅に貞宗が振り向いて言う。

「何だよ、伽羅。伽羅が昨日、頼まれたんだろ?」

「hum…どっちかって言うと今日は俺達の方が付き添いって感じだよな。応援要員か?」

そう口にしながらもやる気に満ちた隻眼に大倶利伽羅は嫌そうに顔をしかめると溜め息を吐く。

「行かないとは言ってない」

むしろ、政宗と貞宗の二人で行かせようものなら、目も当てられない事態になりかねない。怪我人を出すわけにはいかない。

「じいさんに頼まれたのは俺だ」

そう、昨日、学校帰りに大倶利伽羅は一人で近所の商店街を通りがかった。
そこで道具屋を営む店主、七十代のじいさんが店の中で引っくり返っていたのを目撃してしまったのだ。さすがに、人道的にも見過ごすことが出来ずに大倶利伽羅はその道具屋に立ち寄った。

「おい、何をしている」

「いたたたた…、ちょ、ちょいとそこの物を…」

じいさんが引っくり返っていた理由は実に単純で、壁際にあった商品棚の上から段ボールに入った商品を取ろうとして、踏み台の上でバランスを崩したという事であった。幸いなことに頭を打った様子はなく、腰を強く打っただけで済んだらしいが。

「驚かせるな。そういうことは誰かに頼め」

腰をさすりながら近くにあった椅子に腰を掛けた、じいさんに向かって大倶利伽羅は苦言を呈す。すると、道具屋のじいさんは大倶利伽羅の苦言にそうじゃなぁと苦笑を浮かべ、腰を擦りながら、何故かいきなり大倶利伽羅に向かって頼みがあると言ってきた。
確かに、誰かに頼めとは言ったが、大倶利伽羅は嫌な予感を感じてさっさと背を向ける。

「頼みたいのは明日の試合じゃよ」

「断る。……試合?」

「そうじゃ。わしはこの商店街の草野球チームに入っとるんじゃ。だが、腰が痛くて明日の試合にはちょいと出れそうもない」

「…だから何だ?休めばいいだろう」

「いいや、そういうわけにもいかん。明日の試合は特別なんじゃ」

「俺には関係ない」

「お前さん、鶴さんとこの坊じゃろう?彼が自慢しておったのう」

家には頼りになる坊達がいると。羨ましいのう。

「アンタ、鶴丸の知り合いなのか?」

道具屋のじいさんの口から出た名前に、立ち去ろうとしていた大倶利伽羅は背後を振り返り、再びじいさんと向き合う。

「鶴さんはわしのお得意様で茶飲み友達じゃ」

鶴さんはふらりと現れては何か面白いものはないかと、店内を覗いて行く。こんなものはないかと頼まれれば仕入れもするし、時間のある時は奥の座敷で雑談をしながらお茶飲みもする仲じゃ。

「……鶴丸」

「ふぅ…。やっぱり、今の頼みは無かったことにしてくれい。いくら鶴さんの身内だからとはいえ、無理を言ってしもうたな」

わしにもお前さんの様に頼りになる孫がおれば良かったのじゃがなぁと道具屋のじいさんはどこか遠くを見る様な眼差しでそう呟いた。

「…一応聞くが、何故明日の試合が特別なんだ?」

草野球のことなど詳しくはないが、草野球というのは時折見かける、近所の河原にあるグラウンドでやっているやつのことであろう。政宗が学校の部活でやっている野球は甲子園という目標があるが、草野球にもそれに似た何かがあるのか。

「うむ。明日の試合の主催は一文字一家なんじゃ」

「一文字一家?なんだそれは?」

どこかの家かと、大倶利伽羅は初めて耳にする家名に眉をしかめる。

「そうじゃな。商店街の者なら誰でも知っとるが…、一文字一家というのはうちとは別の地域にある商店街に拠を構えておる、そこの総元締めみたいなもんじゃ」

ヤクザか、極道か。その違いはよく分からないが、道具屋のじいさんの説明に、その道の人間達のことかと大倶利伽羅は理解した。ならば。

「試合に負けると店を潰されたりするのか」

「いやいや、それはない。一文字さんは昔かたぎの良い人達じゃ」

「だったら尚更、明日の試合は休め」

これで店が潰されると言うなら話は分かるが、そこまで明日の試合に賭けるじいさんの情熱が大倶利伽羅には分からない。

「ううん…。何と言ったら良いのかのう。そうじゃな…、戦わずして負けを認めたくはないんじゃ。戦って負けたなら諦めもつくが、わしはチームで一番の負けず嫌いじゃからな」

からりと笑ってそう言い切った道具屋のじいさんの瞳は生き生きとしていて、逆に大倶利伽羅は嫌そうな顔をする。

「なぁに、一晩も経てば腰の痛みも引くじゃろうし」

「はぁ…」

「どうしたんじゃ?」

「――出てやる」

「なに?」

「仕方がないから、アンタの代わりに出てやると言ったんだ」

「よいのか?」

突然の色よい返事にじいさんは目を丸くして大倶利伽羅を見る。

「ただし、アンタは病院に行け」

腰が痛いと、話している間も無意識にか腰を擦り続ける道具屋のじいさんに大倶利伽羅は至極真面目な表情で言う。なにも病院にまで行かなくても大丈夫だと返して来たじいさんに、大倶利伽羅はそれが頼みを引き受けてやる条件だと告げて、道具屋のじいさんからの頼みを引き受けた。



そして、その夜、夕食の席で明日の予定についての話が出て来た時に大倶利伽羅は仕方がなくその経緯を口にした。やはりと言うか、道具屋のじいさんと鶴丸は知り合いであった。尚且つ、何に使うのかよく分からない小道具やら何やらの仕入れ先が判明した瞬間でもあった。また、一文字一家についても、歴史ある極道の家という話を小十郎から教えられた。今の頭は山鳥毛という名だそうで、少し前までは一文字則宗という男が纏めていたそうだ。則宗は隠居の身となってなお周囲から御前と呼ばれて慕われているのだとか。

ちなみに、これは後で鶴丸が確認したことだが、道具屋のじいさんはあれから大倶利伽羅との約束を守ってかかり付けの病院に行ったそうだ。そこで下された診断はさもありなん、腰の骨に小さなヒビが入っていたとか。




自宅から歩いて二十分弱。河川敷が見えてくる。その河川敷には整備されたグラウンドがあり、土手を下りて行けば、本日の対戦相手である春日山商店街の人間達もすでに到着していた。

「Good morning!」

「おはようございまーす!」

「……」

大倶利伽羅が頼まれた草野球チームは道具屋のじいさんが言っていた通り、商店街の人間達で構成されたチームだ。なので、みな、顔見知りである。

「おぉ、今日は来てくれてありがとな!」

「道具屋の翁から話は聞いてるよ。大変だったな」

「気楽に楽しんでいってくれ」

「政宗君は確か野球部だろ?投げてみるか?」

この夏、四十代に突入したばかりの肉屋の息子に、五十代の八百屋の店主。同じく四十代の魚屋の息子に、三十代の雑貨屋の店員。

「あれ、でも確か野球部って草野球駄目じゃなかったか?」

「そうなんスか?」

二十代の花屋のアルバイトに、同じく二十代で新社会人になったばかりの会社員が首を傾げる。

「いや、大丈夫だろう。うちはそういうのに加入してるわけじゃないし、趣味の集まりみたいなもんだ」

六十代の商店街副会長が口を挟み、

「そういや道具屋のじいさん、後で応援には来るって言ってたな」

三十代の酒屋の跡継ぎがぽろりと言葉を落とす。

今日ここに集まったメンバー以外にも仲間はいるが、だいたい二十代から六十代くらいの幅広い年齢で構成されたチームのようだ。もしかすると道具屋のじいさんがチーム内で最高齢か。
そんな和気あいあいとした商店街チームに三人は受け入れられる。

「大倶利伽羅はどこのポジションがいいとかあるか?」

商店街のリーダーは肉屋の息子で、さっそく大倶利伽羅に話しかける。

「別にどこでもいい」

それに対する大倶利伽羅の態度はいつもと変わらず素っ気無いが、肉屋の息子が気にする素振りは無い。こと草野球に関しては、年功序列など年上年下関係なく部活動の様に厳しい上下関係は存在しないのだ。だから、無理に敬語を使う必要もない。もちろん常識の範囲内ではあるが。

「う〜ん、そっか…」

悩む肉屋の息子に政宗が横から助け舟を出す。

「言葉通り、伽羅ならどこのポジションでもやれるぜ」

婆娑羅学園野球部部長の政宗は時折大倶利伽羅を助っ人として、自軍に引き込むことがあった。なので、大倶利伽羅はどこのポジションでも問題なくこなせるのである。

「じゃぁ、最初だし、ファーストを任せてみようか」

ファーストは一番球が来る所である。

「おっ、腕の見せ所だな伽羅!」

「勝手にしろ。俺は俺のやることをやるだけだ」

貞宗が差し出して来たグローブを受け取り、素っ気無く答えた大倶利伽羅は試合前に設けられた練習タイムにグラウンドへと向かう。
その間にメンバー表の交換を済ませたり、今日の取り組みについて再確認する。
すると、主催でもあるからと、一文字一家は審判の手配も試合後のお昼の手配もしてくれているという。なんという心配り。器の大きさが分かる。

「道具屋のじいさんが楽しみにしてたわけが分かるな」

「うん。すごいよな」

凄い人達の主催する催しに参加したいという、その気持ち。春日山商店街の人達も一文字一家という一家を慕い、誇りに思っているのだろう。
政宗と貞宗はベンチからその様子を眺める。

練習タイムが終われば、みんな一度ベンチに下がって来る。他愛ない声を掛け合い、準備の整った所でホームベース前に立った主審が集合!と呼びかける。二つのチームがホームベース付近に整列し、主審が僅かにその場を譲る。そこに本日の主催者が立った。

「さて、本日は我が一家主催の試合ではあるが、その様なことは気にせずに商店街同士、お互いの交流を深めて楽しんで欲しい」

一文字一家の代表として足を運んで来たのは、なんと一家の長であった。
その筋の者らしく、綺麗に撫でられつけられた銀髪に、切れ長の鋭い赤の双眸。それまで掛けていたサングラスは話をする前に左胸のポケットにしまわれている。

「あれが一文字一家の頭。山鳥毛か」

「なっ、後ろの人は護衛かな?」

挨拶をする山鳥毛から少し離れた位置に若い男が控えている。癖毛なのか、金に近い髪がぴょこぴょこと四方に跳ねている。そして、こちらはもっと分かりやすく柄物のシャツに身を包んでいる。ぱっと見でいえば、チンピラに見えなくもないが、大人しく直立不動の態勢をとる男からは妙な緊張感が伝わってくる。ただの下っ端というには空気が重い。貞宗が言う様に山鳥毛の護衛と言った方がしっくりときた。

山鳥毛の挨拶が終われば、いよいよ試合開始だ。
互いに礼!と主審が進行を進める。
大倶利伽羅達商店街が表・先攻で、春日山商店街が裏・後攻めだ。

春日山商店街が守備に散って行くのを背に商店街メンバーはベンチへと戻って来る。

「一番は花屋のバイトか」

「足が速いからな」

政宗がメンバー表を確認して呟くと肉屋の息子が説明をしてくれる。

「ついでと言っては何だけど、政宗君の手が空いてるならスコアを付けてもらえないか?」

「OK。ついでだ。良いぜ」

大倶利伽羅の応援をしながら政宗はしっかりと記録を付けていく。
貞宗はその隣で政宗が付ける記録を覗き見たり、三番でバッターボックスに立った大倶利伽羅の応援にと忙しそうにする。

「伽羅―!ホームランだ!!がんばれ!」

いきなりそれかと盛大な注文を付けてくる貞宗に大倶利伽羅は微かに眉をしかめたが、特に気にした様子も見せずにバットのグリップを握る。

「カーッ、カッカッカッ!元気の良い声援であるな!だが、お主の細腕で拙者の剛速球が打てるかな?」

何故か貞宗の声援に答えたのはマウンド上に立つ、がっしりとした体躯で水色短髪の大柄な男だった。そして相手ピッチャーの言う通り、一番花屋、二番酒屋と男が投げてくる剛速球を打ち返せずに、大倶利伽羅の前のバッター二人は三振とファールフライに終わっていた。

「御託はいい。さっさと投げろ」

大倶利伽羅は無表情でバットを構えると、静かな声でそう言う。

「あー…伽羅のやつ。怒ってんな」

細腕とか言われてむっとしている。耳の良い貞宗は苦笑してその様子を眺める。政宗はちらりと相手のメンバー表を見て、相手ピッチャーの名前を確認した。

「山伏国広。Ah?大学生かと思いきや、修行僧だと…?」

どういう面子だと政宗も大倶利伽羅対山伏という対戦を見守る。
青葉商店街のメンバーも大倶利伽羅を応援する様に声を出す。

「とりあえず、一塁に出てくれ!」

「がんばれ!」

ピッチャー山伏が投球のモーションに入る。大倶利伽羅は金の双眸を鋭く細め、その手から放たれた球を見送った。

『…ボール!』

「むっ、少し力んでしまったか」

「おぉー!いいぞ!」

「伽羅は動体視力も良いからな」

なにせ政宗が本気で投げる球も捕球出来るくらいだ。
続いて二球目へと、山伏が投球動作に入る。大倶利伽羅は僅かにバットを短く持つと、直球でストライクゾーン目がけて投げられた球を打ちにいった。
ガッと僅かに手応えはあったが、ボールはそのままバットの上を滑り押し返すには至らず、後方へと球を跳ね上げた。バットを掠めてのファールとなった。

ワンボール、ワンストライク。

「………」

バットを掠めた重い球に大倶利伽羅はその感触を確認する様に一二度バットの握りを確かめる。それから無言でピッチャー山伏へと視線を移した。

「むっ。よかろう。我が渾身の一球、受けてみよ!」

山伏が豪快な投球態勢に入る。大倶利伽羅は冷静な視線でその動作を見ていた。
大げさなパフォーマンスに惑わされる事無く、大倶利伽羅は僅かにボール気味に来たストレートに合わせてバットを振った。
ガッと鈍い音がしてボールは前に飛ぶ。だが、やはり球威に押されてか、ぼてぼてのヒットとなった。

「おぉー!」

「いいぞ、伽羅!走れ!」

三塁側へと詰まったボールが転がっていく。その間に大倶利伽羅は一塁を走り抜けた。

「うわぁ、伽羅のやつ、不服そう」

「ま、そうだな。当たりが良けりゃ今のは外野まで飛んだかもしれねぇしな」

貞宗と政宗は分かり難い大倶利伽羅の表情を読んでそんな会話をベンチでかわす。
続いてバッターボックスに立ったのは四番魚屋だ。

「今のは結構参考になったよ」

魚屋はそう言って笑うと山伏の球を初球から振りにいった。
カッと良い音を響かせて、ボールは三遊間を抜けて行く。レフト前ヒットだ。大倶利伽羅は二塁に進塁し、魚屋は一塁で止まる。

「ほぉ、初球打ちか」

「彼は元高校野球児で大学でもリーグ戦で活躍していた元四番だからな」

感心した様子の政宗に肉屋の息子が説明を付け加えてくる。
そして、五番雑貨屋の店員。彼が打った球は惜しくもセカンドライナーとなりスリーアウト。二塁、一塁残留でチェンジとなってしまった。

「伽羅、ナイスバッティングだったぞ」

「惜しかったな」

「ふん…」

貞宗と政宗の声掛けに大倶利伽羅は視線を向けたものの、素っ気無い返しで政宗からグローブを受け取ると直ぐにベンチを出て行く。青葉商店街の者達が今度は守りにつく。
ピッチャーは八百屋の店主で、キャッチャーは商店街の副会長という五十代・六十代バッテリーだ。そして、バッターボックスに入った相手は大学生か。

八百屋の店主と副会長のバッテリーは春日山商店街の山伏バッテリーが剛速球を武器としたのに対して、球威は抑えめでコントール抜群の組み立てで相手を三振、または打たせてアウトを取りに行った。見かけによらず頭脳派バッテリーというわけだ。
一塁に入った大倶利伽羅もそつなくグラブを捌き、春日山商店街も一回の裏の攻撃では点を取れずに攻撃を終了した。

青葉商店街チームがベンチへと引っ込み、春日山商店街チームが再び守備に散る。ベンチ内にいる人数が減った所で主催の挨拶をして以降サングラスを掛け直し、春日山商店街チームのベンチ、一番奥に座って試合を眺めていた山鳥毛が自分から二人分の距離を開けて同じベンチに座っていた若者へ声をかけた。

「子猫」

「はっ!なっ、なんにゃ?」

山鳥毛に声を掛けられた若者、山鳥毛と同じく一文字一家に身を置く南泉一文字はついつい野球のボール、その白球がピッチャーの前にぽてぽてと転がって行くのを目で追ってしまい、我に返って慌てて答えた。

「楽しんでいるところ悪いが、向こうのベンチに座っている眼帯の少年をこちらに呼んできてはくれないか」

私自身が行ってしまうと試合の妨げになってしまうからと山鳥毛に頼まれ、南泉はちょこりと首を傾げる。

「構わにゃいが、お頭の知り合いにゃのか?」

今まで見た事も無いにゃと素直に聞いて来る南泉に山鳥毛は苦笑して答える。

「それを少し確認したいのだよ。もしかしたら…と思ってな」

無理ならそれで構わないと。ちゃんと少年に選択肢を与えるように言い含めて山鳥毛は南泉がベンチから出て行くのを見送った。



対する青葉商店街側ベンチでは大倶利伽羅が今日の頼みを引き受ける原因となった道具屋の翁が顔を出したところであった。

「大丈夫なのか、じいさん」

「無理するなよ」

「もう若くないんだしよ」

仲間達に労わられながらベンチに座ったじいさんは大倶利伽羅に目を向けると嬉しそうに破顔して話しかけて来る。

「おぉ、来てくれたんだな」

「そういう約束だからな」

無愛想すぎる返答にもじいさんはにこにこと笑って気にした様子はない。もしかしたらその辺り鶴丸が何か色々と話していたのかもしれない。なんせ鶴丸と道具屋のじいさんは茶飲み友達らしいからな。
バッターボックスに入った八百屋の店主に目を向けつつ、ベンチ内で交わされる雑談を耳にする。政宗の隣にいたはずの貞宗は大倶利伽羅をからかいに席を立っていた。

「あのー…」

「ん?あれ、キミは一文字さんの所の」

「うす。実は…」

ベンチ前でバッターボックスに立つ仲間に指示を出していた肉屋の息子に南泉は声をかけ、自分がこちらに来た事情を説明する。すると肉屋の息子は快く頷いて自軍のベンチの中へと一度戻る。

「政宗君。一文字さんが君と少し話をしたいそうなんだけど」

続きのスコアは別の人につけてもらうよと肉屋の息子は政宗の元まで行くとそう言って続けた。

「もしかしたら政宗君のお父さんの関係かな?一文字さんの所も大きな家だし」

「Ah―…、そうかもしれねぇ」

一文字一家の山鳥毛。今生ではまだ交流はないが、昔の記憶の中にはある。

「親父の知り合いかもしれねぇし、ちょっと行ってくる」

そう言って政宗は南泉の後に続いて春日山商店街のベンチへと足を向けた。



「ご足労願ってしまって申し訳ない。来てくれたという事は小鳥の時以来か」

ベンチにお邪魔した政宗は山鳥毛からかけられた第一声に、その一瞬だけ光の加減で金にも見えるその隻眼を鋭く細めて口端を吊り上げた。

「あぁ、そうだな。あの時以来か。俺のことは覚えてるのか?」

「もちろんだ。小鳥のような御仁にはこの先、会うことはないだろうと思っていたがこれもまた何かの縁か」

「よせよ。そりゃ言い過ぎだ」

お互い親しげな空気を漂わせ会話を交わす山鳥毛と政宗に南泉は一人首を傾げる。

「結局お頭の知り合いだったのかにゃ?」

南泉の疑問に政宗が答える。

「ずいぶん昔の知り合いって所だな」

「ふぅん」

お頭が小鳥の時以来と言っていたから、この少年が子供の時にでも会ったのかにゃと南泉は自分が未だに子猫と呼ばれていることを棚に上げてそう勝手に結論付けた。
その間にも草野球は攻守が入れ替わり、回は二回の裏へと進んでいく。

山鳥毛の隣に誘われて、山鳥毛の隣に臆することなく腰を下ろした政宗はそれから自分の記憶の中にある人物達の現在の近況を聞いたり、逆に今の自分の周囲にいる人間達のことを聞かせたりと話に花を咲かせる。

「相変わらず小鳥の側には人が集まるのだな」

「まっ、賑やかなのは嫌いじゃねぇ」

バッターボックスに立った山伏が豪快なスイングでボールで打ち返す。一塁線上を大きく越え、そのままファールになるかと思われた当たりは大倶利伽羅がぐっと腕を伸ばして差し出したグラブの中に吸い込まれるようにして捕球された。

「おぉっ!」

「ナイスキャッチ!」

「いいぞ、大倶利伽羅―!」

「…ふん」

盛り上がる青葉商店街のベンチの中から貞宗がひと際大きな声で大倶利伽羅を囃し立てている。

「あー、今のはおしかったな」

「どんまい山伏。まだ次がある」

ファールフライに倒れて戻ってきた山伏に仲間達から声がかけられる。その顔は僅かな悔しさを滲ませつつも清々しさに溢れていた。山伏は山鳥毛と共にベンチに腰かけている政宗に気付くと微かに目を見張る。その後、カッカッと独特な笑みを閃かせ、力強い声で言った。

「なんの、勝負はまだまだこれからよ」




そうして山伏の言葉通り、勝負は最終回七回まで縺れにもつれて三対三。七回裏に山伏が豪快なサヨナラホームランを放って決着と相成った。

「いやぁ、凄い期待の新人を連れた来な。豪快なホームランには俺も興奮しちまったよ」

「何を言う。そちらさんも若手が増えて増々手強くなってきたじゃないか」

最後に整列して互いの健闘をたたえて握手を交わす。商店街同士の交流はその後、昼食を食べながらの懇親会へと移って行った。



何故か流れのままに政宗は山鳥毛と南泉、そこへ貞宗を呼んで、貞宗が引っ張ってきた大倶利伽羅を入れて五人で一緒に昼食を食べることになった。その途中で、残念ながら山伏が抜けて行った。山伏は夕方にどうして外せない用事があると言ってお弁当だけを貰って一足先にこの場を後にした。
また、各自に配られたお弁当は一文字一家が懇意にしているというお店から届けられた朱塗りの箱の弁当だ。中は器に相応しく豪勢な内容となっていた。ただの草野球の懇親会で出されるお弁当としてはありえない豪華さであったが、誰も何も言わなかった。これが一文字一家主催の交流会では普通のことなのか。いささか疑問に思ったが、誰も何も言わない所を見るにやはりこれが普通であっているらしい。

「んんっ、当たり前だが美味しいな!」

「あぁ。この肉の部位は結構希少なものだぞ」

「そういや最近はどうだ?野菜は今の時分、葉物が安くてなぁ…」

「お前さんは今年から新社会人なのか。そりゃぁ、大変だな」

「何かいいアドバイスがあれば聞いておきたいっす」

「翁。怪我をしたとか。大丈夫なのか?」

そして、交流会という名にふさわしくあちらこちらでわいわいと話が盛り上がっていた。

「おぉっ、うめぇ。この玉子焼き、めっちゃ美味いぞ」

「そうだろ?ここの弁当は世界一にゃ!」

初対面であるはずの南泉と貞宗がお弁当の美味しさに舌鼓を打ちながら、さっそく意気投合している。大倶利伽羅はその様子にやや呆れた視線を投げながら政宗へと静かに警戒した様な声音で問う。

「知り合いだったのか」

ちらりと向けられた視線の先には同じく弁当を広げている山鳥毛がいる。

「あぁ。昔にちょっとな」

「昔?」

「そう警戒しないで欲しい。彼とは、彼が小鳥の頃に会っていたもので、つい懐かしくなってしまってこちらに呼んだのだ」

訝しむ大倶利伽羅に向かって山鳥毛は柔らかな口調で政宗の言葉を補足する。

「小鳥?」

そこへ更に南泉が口を挟む。

「ガキの頃って意味にゃ」

山鳥毛も政宗も特に南泉の言葉を否定することなく、肯定する事も無い。お弁当に箸をつけ、大倶利伽羅にも弁当を食べるように促す。

「伽羅。お前も食ってみろよ。美味いから」

「味は私が保証しよう」

それよりも…。

「さっきから気になってたんだけどさ」

貞宗も会話に加わって来る。

「その『にゃ』ってなんなの?」

「これは…その、恐ろしい呪いにゃ!」

南泉はそう力強く言い切ると滔々と語り出す。

何でも御前が言うには、あっ、御前というのは一文字一家の前の長。今のご隠居にゃ。俺がまだろくに言葉も話せない赤ん坊の頃に中国を旅していて、山奥にあった中国四千年の歴史を誇る何とかの泉に赤ん坊であった俺を誤って落っことしたというのだ。

「その泉に掛けられていた恐ろしい呪いが『猫になる』というものだったらしいのにゃ」

慌てて拾い上げられた俺はそれから言葉を話せるようになった時にはすでに呪いが発動していて。このありさまにゃ。

「うぅっ…、この呪いさえなけりゃ、今頃俺はもっと兄貴達みたいに背だって高くて格好良かったに違いないにゃ!」

あと、御前が言うには完全な猫にはならなくて済んだんだ。それだけでも良しとしようじゃないか、わっはっは…と愉快そうに笑って文句を綺麗にいなされた。

「えーっと、それは何と言うか…」

「本当の話なのか疑わしいな」

貞宗が同情的に言葉を濁す傍ら大倶利伽羅がばっさりと切り捨てる。箸の先で芋煮を摘まみながら。

「Ah―、とりあえず普通に生活できてんなら、その御前とかいうやつの言う通り良かったんじゃねぇのか」

「なっ、お前は人の話を聞いてなかったのかにゃ!」

俺はもっとと、箸の先で政宗をびしりと指さして言い募った南泉だったが、その行動を隣にいた山鳥毛に窘められる。

「こら、子猫。人様を箸で指すんじゃない」

「はっ!…わ、悪かったにゃ」

もごもごと謝罪の言葉を紡いだ南泉に、何故かよく分からないが何となく良く躾けられた子猫の図が三人の頭の中を過ぎる。決して三人は口には出さないが心なしか目配せをしあって貞宗が話題を変える。

「そういえばさ、どうして隣町で試合しないんだ?」

主催である一文字一家が拠を構えているのは別の地域である。その地域で試合をすればいいのに何でわざわざアウェーであるこちらに足を運んでいるのか。貞宗はふと気づいた疑問を山鳥毛達にぶつけた。すると二人は何と言うこともないと言った口調でその理由を口にした。

「地元のグラウンドは今日、少年少女の野球大会が開かれてるにゃ」

「少々行政側にミスがあったようでな。それならば我々が別の場所に移れば良いだけの話だ」

会場となる場所取りだけは青葉商店街の副会長たる御仁に協力して頂いたが。それで全ては丸く収まる。

「そういうわけにゃ」

「へぇ…」

何と言うかその筋の人達にしては良い人達だと貞宗も大倶利伽羅も密かに思って感心した様に相槌を打つ。
大倶利伽羅はそれ以降、会話には加わらないものの四人の話に耳だけは傾けていた。




夕方前には解散となり、それぞれ楽し気な様子でグラウンドを後にする。
政宗と大倶利伽羅、貞宗も途中までは青葉商店街の面々と一緒に歩いていたが、そのうち皆自然とばらけて自分達が帰る家へと去って行く。
なかにはまだ帰らないという人もいたが、結局はその人の向かう先は商店街であったり。これから美味しい酒でもどうだと言って、知り合いの店へと向かって行く。

当然ながら政宗、大倶利伽羅、貞宗は…

「ただいま」

「…ただいま」

「たっだいまー!」

門をくぐり、玄関の扉を開けて、帰宅した旨を告げる。

「おっ、帰ってきたか」

「おかえりー。先に手を洗ってきてね」

おやつがあるよ。鶴さんリクエストのスイートポテト。

「おかえりなさいませ」

「おぉ、元気じゃなぁ…」

あれ?三日月さんまだいたの?と和室から聞こえてきた声に貞宗が目を丸くする。

賑やかな声が家の中を明るく照らし、今日も今日とて彼らは彼ららしく温かな絆を紡ぎ、深めていく。

そしてまた誰も知らないところでその縁は途切れることなく広がって行くのであった。



END.


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