サツマイモ掘り


ひんやりと頬を撫でる風にカラッとした空気。秋の訪れを感じ始めた頃。
とある家では家人達が、長袖、長ズボン、軍手に帽子とタオルと、フル装備で家庭菜園というには広すぎる、もはや立派に畑だろうという家の裏手にある畑の中に立っていた。

「今日は確認の意味も込めて三さくほど掘り返そうと思うのですが」

「hum、三さくでも十分量がありそうだな」

野良着姿が板につく小十郎の隣で、クワを手にした学園ジャージ姿の政宗が頷く。彼らの足元にある籠やバケツの中には小型のスコップや熊手が用意されていた。

「よぉーし、俺が一番でっかいサツマイモを掘り当ててやるぜ!」

中学校のジャージを身に着けた太鼓鐘は腕捲りをして、既にやる気満々でその手にスコップを握っている。

「お、おらも、頑張るだ!貞には負けねぇだ」

そして、ご近所でもあり、太鼓鐘の同級生でもあるいつきが太鼓鐘に触発されてか、元気よく応えた。本日いつきは芋掘りの協力要員として彼らに招待されていた。

「うむ。それでは誰が一番大きな芋を見つけられるか勝負で御座るな!」

「ちょっと、ちょっと、旦那。中学生と張り合わないでよ」

「幸村くんは今日も元気だねぇ」

「騒がしいだけだろ」

準備は万端。光忠も大倶利伽羅もジャージ姿で、その両手には軍手がはめられている。
更にその隣には、

「おい。鶴丸国永の姿が見当たらないが、奴は参加しないのか?」

長谷部が周囲を見回しながら立っていた。ご近所である長谷部もいつきと同じく誘われての参加である。ちなみに幸村と佐助は自主参加である。皆で掘ったサツマイモは持って帰る事が出来るので、収穫時に畑の手伝いに誘われた者達は大抵断ることが無かった。

「鶴丸なら隣の家だ」

大倶利伽羅の言葉足らずな説明に光忠が補足して言う。

「三日月さんを呼びに行ったから、支度を手伝ってるのかも知れない」

三日月は鶴丸から話を聞いており、前々から参加したいと言っていた。彼は賑やかな光景を眺めるのも好きだが、自身が参加するのも好きなのだ。

「OK!始めようぜ」

話が纏まったのか、政宗が皆に向かって号令をかける。

「貞といつきは小十郎と一緒にこの場所を頼む。俺と伽羅、真田と猿は一つ向こうの畝だ」

今日掘り返す場所を政宗が指示していく。その間に小十郎が道具を移動させて置く。

「光忠と長谷部は鶴丸と三日月が後で合流してくるから、そっちも頼むぜ」

光忠と長谷部はほんの少し面倒事を一緒に頼まれた気がしなくも無かったが、順当な振り分けに頷くしかなかった。太鼓鐘といつきのサポートに小十郎が入るのは良い事だし、政宗達高校生組に良い大人であるはずの鶴丸と三日月の面倒を投げるのも政宗達より年上の大人としてあり得ない。

「長谷部くん。一緒に頑張ろうね」

「これもタダで貰える芋の事を思えば…やるしかないだろう」

それぞれが自分の持ち場につく。

「貞宗は分かるな?いつきは…」

「おぅ!去年もやったからな」

「おらも大丈夫だべ。おっかぁの実家は米農家だども、ご近所さんの手伝いで畑に呼ばれたこともあるだ」

畝の前にしゃがみ込み、貞宗と並んで大きな葉の下に伸びる太い茎の根元にかかる土を軍手をした両手でかき分ける。その際、ひょっこりと土の中から出て来たミミズをひょいと指先で摘まんでいつきは畝の外へと出した。

「大丈夫そうだな」

その姿に小十郎は表情を和らげて頷く。

せっせと土をかき分けて、ちらりと覗いた紫色に貞宗といつきは勝負など忘れて芋掘りを楽しみ始めた。

「おっ、見っけ!」

「結構大きそうだべな」

周りを少しスコップで掻き出してからの方が良いんでないか?と口を挟んだいつきの助言に従い貞宗はスコップを手に取る。同じ様に自分の場所をいつきもスコップを使い、土を退かしていった。

 


その一つ隣の畝では、何故かもう収穫した後の話になっていた。

「やはり一番は焼き芋が美味いと思うでござる」

「ah―、俺もそこは同意見だな」

最初、雑草を引き抜くようにサツマイモの茎を引っ張ろうとした幸村は政宗と大倶利伽羅双方に止められ、怒られて、きょとんとしていたが、そこはお目付け役の佐助が旦那に悪気はないんだと間に仲裁に入って事なきを得ていた。

「だが、光忠の作る大学芋や菓子も捨てがたい」

本人に向かっては絶対に口にしない言葉を大倶利伽羅が掘りたてのサツマイモを籠に移しながらぽろりと零す。

「燭台切の旦那と言えば、タルトとかケーキとか何かよく分からない横文字のお菓子とか?…旦那。それはもう手で掘った方が良いよ」

「む?そうか」

佐助がスコップでざっくりとサツマイモごと切断しそうな幸村の手を押さえて、その手からスコップを取り上げる。

「Yes。今年も良い出来だな。さすが、小十郎だ」

政宗がずっしりと重く、色艶も良いサツマイモを掘り起こして籠へと入れる。

意外と騒ぎを起こしそうな高校生組だが、場所が場所だけに彼らは真剣に芋掘りに取り組んでいた。

 


「すまん、すまん。遅くなった」

片手を上げて畑へと姿を現した鶴丸は、己の背後をのんびりとした様子で付いて来る作務衣姿の三日月をちらりと視線だけで振り返って言う。

「あいつがてぬぐいを無くしたと言うから探すのに時間がかかってな」

黄色いてぬぐいが三日月の頭には巻かれていた。

「結局諦めて玄関で見つけた時にはさすがに殺意が湧いたぜ」

「まぁまぁ、鶴よ。歳をとれば誰もが経験することよ。そうカッカするでない。身体に良くないぞ」

「キミのせいだろう」

何で他人事なんだと、ひと騒動終えてきた二人はコントよろしく、テンポの良い会話を続ける。

「おつかれ、鶴さん」

そのやり取りを光忠が一言で締めると先にサツマイモ堀を始めていた長谷部が二人を呼び寄せた。

「三日月と鶴丸もこの畝の担当だ。道具は片倉がそこに用意して行ったのを使え」

「相分かった」

いそいそと長谷部の言葉を聞き入れる三日月は芋掘りをそれほど楽しみにしていたのか、はたまた鶴丸の呆れた様な視線から逃れられるからか、どことなく嬉しそうな気配を纏っていた。

「仕方ないな。済んだことをどうこう言っても疲れる」

特に三日月相手ではと、鶴丸は気持ちを切り替えて長谷部に面倒を見られている三日月の姿に瞳を細め、自分は光忠の隣へと足を向けた。

「鶴さん。これが終わったら何か作ってあげるよ」

はいと、小型のスコップを手渡されて鶴丸は目を丸くして光忠の顔を見る。

「俺の注文が一番で良いのか?」

いつもなら貞坊や伽羅坊、政宗と年下組のリクエストを一番に受け付けているはずが。

「うーん、たまにはね。鶴さんも労わらないと」

「いや、俺は別にそんな大層な事はしていないが…。良いなら、スイートポテトが良いな」

光忠の隣にしゃがみこんで土を掘り始めた鶴丸は考えた末にリクエストを口にする。

「スイートポテトならおやつにもちょうど良いかも」

畑にいる人数を考えて光忠が頷けば、話を聞いていたのか長谷部が光忠に声を掛けてきた。

「その場合、持ち帰りで包んでもらうことは可能か?」

サツマイモを無事に手にした三日月が長谷部の側でにこにこと笑う。

「相も変わらずお主は主想いじゃなぁ」

「違います。俺はただ今日の出来事の一環として…」

「うんうん。俺にも分かるぞ。光坊の作る菓子は何でも美味いからなぁ。主にもと思う長谷部の気持ち」

「多めに作るから、お家の人と食べなよ長谷部くん」

否定の言葉を紡いでいるはずなのに、この三人はまったく長谷部の言い分に耳を傾ける様子すらなかった。

 


三日月と鶴丸が合流しても比較的まともに芋掘り作業をしている年長組から視線を切った小十郎は次に順調に収穫を進めている高校生組の様子に目を向けた。

「お前、それはやばいやつだろ」

「政宗殿。これはその、違うので御座る!こやつが勝手に折れたので御座る!」

幸村の右手には、真ん中辺りからぽっきりと折れて、クリーム色の断面を覗かせる小ぶりのサツマイモが握られていた。幸村はぶんぶんと空いている左手を左右に振って否定の声を上げている。

「あー、どうする?とりあえず断面をくっ付けて戻しておく?」

それでくっついたりしないかなぁと、冗談をとばす佐助に大倶利伽羅が無情に告げた。

「片倉がこっちを見てるぞ」

「悪い事は言わねぇ。今すぐ謝ってこい、真田」

人間何事も正直が一番だと政宗にも促され、幸村は折れたサツマイモを片手によろよろと立ち上がる。

何をそんなに恐れているのか、小十郎にとって多少の失敗はこのメンバーを確認した所で織り込み済みであった。それに今日はサツマイモの出来を見る為に[[rb:数畝 > すうせ]]ほど、掘っただけであり、畝は他にもある。

しょげた様子で近付いて来た幸村とそれを心配して付いて来た佐助の話に小十郎は苦笑を浮かべて答えた。

「やっちまったものは仕方がねぇ」

それに元より小ぶりの物や傷みが入っているものは別に分けて、知り合いに渡す予定だったのだと、小十郎は説明してやり、食用とは別に用意していた籠を二人の前に持って来る。

「折れちまったやつも一緒に入れておけ」

「え?良いので御座るか?」

幸村の隣で佐助も不思議そうに小十郎と籠を見る。

「このイモはどうするのさ?知り合いにあげるやつなんでしょ?」

ペットの餌とか?と首を傾げた佐助に小十郎はその使い道を教えてやる。

「気の早い知り合いがイモ版で年賀状を作りたいと言っててな」

これはその人に渡す分だ。

「イモ版で御座るか。それはまた面白そうな」

「でも、これって生モノでしょ?そんなに持つの?」

興味をそそられた様子の幸村に代わり、佐助が真面目な顔で質問する。

「そうだな…。きちんとラップを巻いて、密閉した状態で冷蔵庫に入れておけば暫くは持つだろう」

「へぇ…」

ちらりと隣の幸村へ視線を向けた佐助は、そこにあった期待を込めた瞳に、はいはいと肩を竦めた。

「旦那の折ったこのサツマイモ、試しに貰って帰っても良いかな?」

「構わねぇが。お前達もイモ版にするのか?」

「御覧の通り、旦那が興味を持っちゃったからねぇ」

結局、折れたサツマイモを手に戻って来た幸村と佐助に政宗は大丈夫だったかと声を掛ける。

「あー、うん。貰って来ちゃった」

「これでイモ版を作るので御座る!」

「Ah?」

「どうしてそうなる」

政宗と大倶利伽羅はイモを手に、やる気に満ちた表情を浮かべた幸村と苦笑を浮かべた佐助に経緯を求めた。

 


「そろそろ休憩にしようぜ」

「んだべ」

ふぅと息を吐いたいつきを促して貞宗は立ち上がる。その場で伸びをするように腕を伸ばして、あれ?と声を漏らした。

「三日月さん、芋掘りしてないじゃん。どうしたんだ?」

貞宗の視線の先を追ったいつきもあれまと小首を傾げた。

三日月は家の裏口、勝手口近くに植えられている幹の太い一本の大木の下、休憩用にと設置されている木製の長椅子に腰かけて、のほほんとした様子で畑の方を眺めていた。

「ちょっと行ってみるか」

その途中で何故か鶴丸が小十郎に掴まっている姿を見かけたが、貞宗は賢くスルーした。

「おーい、三日月さん!芋掘りしねぇの?」

近付いて来た貞宗といつきに三日月の視線が流れる。

「うむ。少しばかり参加したぞ」

「もうやらないのけ?」

「じじぃは長時間しゃがんでいると腰が痛くてな。後はここで眺めているだけで十分」

満足げに微笑んだ三日月に、三日月さんがそれで良いなら良いけどと貞宗は納得して頷く。いつきは三日月の台詞に少し疑問を覚えて口を開く。

「三日月さんは何歳なんだべか?」

とてもお爺さんと言う歳には見えない若々しさがある。なのに自分の事をじじぃと言う三日月にその不可思議さに、いつの間にかそれが普通と化していた貞宗が、改めて指摘されたことに目を見張った。

「そういや俺も聞いたことないな。確か鶴さんより年上だと聞いたことあるけど…」

鶴丸が今年二十……歳だから、それよりも年上とは。

「はっは…、今更じじぃの歳など気にしてもしょうがない。そんなことより…ん?誰か来たようだぞ」

 

「―――さい!ごめんくださーい!」

 

聞こえて来た声に貞宗は慌てて「はーい!」と大きな声で返事をする。

「いつきちゃんは三日月さんと一緒にここで休憩しててよ」

貞宗は裏庭から、物置や水道がある脇道を走って家の表へと駆けて行く。

「あっ、こんにちは。太鼓鐘くん」

「こんちわ!」

「実は隣家の三日月殿に用があって来たのだけど、留守らしくてね。こちらにお邪魔してはいないだろうか?」

「三日月さんなら裏にいるぜ」

そう言うことならと、案内を進み出た貞宗の服装を見て客人は、何か作業の邪魔をしてしまったかなと申し訳なさそうに眉を下げた。

「そんなことないぜ。ちょうど休憩してたし」

客人の不安をからりと吹き飛ばした貞宗は裏庭に戻るなり、休憩用の長椅子に座っていた三日月に向かって大きく左右に手を振った。

「三日月さん!三日月さんにお客さんだよ!」

石切丸さん、と貞宗の後ろには黄緑色の狩衣を身に着けた、石切神社の年若き神主が立っていた。

「呼ばれてるだよ」

「俺か?」

「あぁ良かった。三日月殿、少しお時間頂戴しても良いかい?週末の例大祭の件で」

三日月の元へ足を運びながら、用件を告げてきた石切丸に三日月は僅かに驚いたように瞼を瞬かせた。

「おぉっ、もうそんな時期か」

三日月は石切丸を自分が座っていた長椅子に手招くと石切丸を長椅子に座らせ、二人は並んで腰かけると、そこで話を始めた。
例大祭?と首を傾げたいつきに、そばまで戻って来た貞宗が簡単に説明する。

「今、三日月さんと話してるのは石切丸さんって言って、すぐそこにある神社の人で。石切丸さんが言った例大祭はそこの神社でやる秋祭りのことだよ」

露店とかも結構沢山出てて、この辺りじゃ有名なお祭りだよ。

「へぇ、そうなんだべか」

「たぶんそろそろ学校の中でも話題に上がって来ると思うよ」

そして、貞宗の声で来客に気付いたのか、貞宗達のもとに小十郎が歩いて来る。

「石切丸か?」

「うん。三日月さんにお祭りの件で用事だって」

「そうか」

ちらりと小十郎が歩いて来た畑の方へ目を向ければ、芋掘り作業はあらかた終わりなのか光忠と長谷部が籠を両手に持ち、大倶利伽羅と佐助がバケツを両手に提げている。その近くで政宗と幸村は使用した道具を片付け始めていた。

「おっと、俺も手伝わなきゃ」

「おらも」

それを見て貞宗といつきも休憩を切り上げて、畑に向かおうとした。しかし、それを小十郎が引き止める。

「待て。いつきはもう良い。そこの水道で手を洗ってこい。貞宗は勝手口に用意してある古新聞を持って来てくれ」

「いいのけ?まだ片付けが…」

「大丈夫だ」

「遠慮すんなって、いつきちゃん。俺もまかせっぱだし。な?」

「んじゃ、お言葉に甘えるだ」

貞宗が新聞紙を取りに行き、いつきが外水道で手洗いを始めたのを確認して、小十郎はサツマイモを分別する場所を用意する。

そこへ、

「結構採れたな」

「しばらくはサツマイモメインのメニューかな?」

「…デザートでも良いだろ」

「おっ、光坊の腕の見せ所だな!」

「それなら家にもいくつかレシピ欲しいな」

籠に大量のサツマイモを入れた長谷部と光忠、バケツに大量のサツマイモを突っ込んだ大倶利伽羅に佐助と、何故か手ぶらで鶴丸が小十郎の元へ歩いて来る。

「Hey、真田。お前、来週はヒマか?」

「ん?特に急ぎの用事も部活も御座らんが…」

「だったら、来週また付き合えよ」

サツマイモを運ぶ長谷部達の後方で政宗と幸村は何やら会話を交わしている。二人の視線は時折、三日月と話している石切丸へと流れていた。

「お待たせ!持って来たぜ新聞紙」

「悪いな、貞宗」

走って戻って来た貞宗から新聞紙を受け取った小十郎は地面へと下ろされた籠の中からサツマイモを選んで、広げた新聞紙の上へ並べていく。

「お前達は自分で好きに選んで持っていけ」

長谷部と佐助は小十郎から新聞紙を手渡されつつ、そう告げられる。

「え?右目の旦那が包んでるそれは?」

「こいつはいつきの分だ」

「へ?おらのけ?」

一人、先に手洗いを済ませたいつきが自分の名前が出て首を傾げる。
そのやりとりを側で見ていた光忠も大倶利伽羅も鶴丸ですら、小十郎の言動には疑問すら抱いていない様子であった。また、長谷部に至っては小十郎から出されたGOサインに「有難く頂戴する」と言って、すでにサツマイモを選び始めていた。

「いつきの家は母親と二人だからな、あまり多くても困るだろう」

どうだ。これぐらいで良いかと、小十郎は新聞紙に包んだサツマイモをいつきに見せて手渡す。

「こんなに貰っていいだか?」

「構わん。足りなかったら、また採りに来ると良い」

「ありがとだべ」

他の野菜も後で少し見るから、待っていろと小十郎はいつきに告げて、次に光忠へ目を向ける。

「とりあえず、おやつに使う分を貰えるかな?」

お昼は決まってるし、夕飯はまだ考え中なんだと小十郎にサツマイモを選んでもらいながら、光忠は食事の相談を間に挟む。仕方なく自分でサツマイモを選び始めた佐助に鶴丸が可笑しそうに口を開く。

「むこうはお客さんで、こっちは身内扱いなんだろう。まっ、どこの世界でもレディファーストだ」

「どれを選んでも同じだろう」

何を言っているのかと、大倶利伽羅は至極真面目な顔で言う。
つまり、小十郎の作ったサツマイモはどれを選ぼうが、どれも美味しいという事実に変わりはないという事だ。

「まぁ、そうなんだけど」

大倶利伽羅の旦那に言われるとは思わなかったと、佐助は内心で驚きつつも、遠慮なく大量のサツマイモを新聞紙いっぱいに包む。だって、幸村だけじゃなく、下宿先の御仁もたらふくご飯を食べるお方だから。貰えるものは貰える時に貰って行くよ。


「はい、これ三日月さんの分ね。で、こっちが石切丸さんに」

小十郎が分配していたサツマイモの包みを貞宗が二人に手渡す。

「おぉ、すまんな」

「私まで頂いてしまって良いのかい?」

いつの間にか三日月達の方に合流していた政宗と幸村はそのやりとりを横目にそれぞれの身内へと声を掛ける。

「佐助!」

「はいはい。ちゃんとお館様の分も貰ったよ」

「小十郎。家の分を少し貰えるか?」

「はっ。それは構いませぬが、如何するおつもりで?」

声を掛けながら小十郎の元まで駆け寄って来た政宗は空になったバケツを一つ拾い上げると、小十郎の問いに答える。

「イモと言えば焼き芋だろ?」

楽しそうに口端を吊り上げ笑った政宗から、ちらと偶然訪問して来た石切丸に視線を流し、小十郎は頷く。

「石切丸が良いのであれば、私からは何も言いませぬが。焼き芋にするならば、掘りたてより、しばし寝かせた方が美味いかと」

「分かってる。だから、来週まで保管しといてくれよ」

「分かりました」

そうして、政宗が手にしていたバケツにサツマイモが数十本入れられた。

その後、打ち合わせは済んだからと石切丸が帰り、長谷部といつきは他の野菜も持たされて家へと帰って行く。

「長谷部くん!後でお家の方にスイートポテト持って行くね!」

「頼む」

「うん」

サツマイモの包みを抱えた佐助と幸村も下宿先の家へと帰って行く。

「よし、じゃぁ俺達も行くか。貞、伽羅」

「おぅ!」

「……」

野球のバットとグローブを政宗と貞宗が持つ。しぶしぶとした様子で二人の後を歩き出した大倶利伽羅の背中に道路まで見送りに出て来た光忠の声が掛かる。

「三人とも夕飯までには帰って来るんだよ!」

その声を聞きながら三日月と鶴丸は家の中へと入って行く。

「はっ、はっ、は…。若者は元気で良いなぁ」

「それじゃ俺達は家の中で、光坊が作ってくれるおやつでも食ってのんびりするか」

「その前に二人は着替えを済ませろ」

小十郎はまだ外作業をする格好で、玄関から右手側にある和室へと入ろうとした三日月と鶴丸をその入口で引き止める。

「おぉ、これはうっかりしておった。着心地が良いのでな」

「縁側なら良いだろう?」

鶴丸は着替えが面倒なのか、そう言うと廊下を通り縁側へと移動して行く。
この時期の縁側は庭に植えられた木々が落とす影とひさしから落ちる影がちょうど良い具合に陽射しを和らげてくれている。そよりと吹く澄んだ風が畑仕事で温まった身体に心地良い。

「楽しそうだな鶴丸」

「そういうアンタこそ、笑ってるじゃないか」

「うむ。楽しいのでな」

坊達、若者に関わっていると毎日が面白おかしく過ぎて行く。

「ここは本当に居心地が良い」

「だろう?さすが、政宗公だ。昔の光坊や伽羅坊、貞坊が公を慕っていた気持ちが良く分かる」

三日月の素直な感想に鶴丸はどこか自慢げに応える。

「俺も一世一代の大勝負に出た甲斐があったぜ」

「ふむ。鶴よ。その話はまだ詳しく聞いてなかったな」

どうやって彼の御仁と繋ぎを付けたのか。その取っ掛かりが右目殿である事は察せられるが。なにせ鶴丸と小十郎は同高、同級生であったのだ。しかし、何をどうすれば、現実に政宗達が六人で一つの家に住めるようになったのか。三日月はまだその詳細を鶴丸から聞いたことがなかった。むろん、光忠や大倶利伽羅、貞宗もその経緯を詳しくは知らぬ様子であった。

「なぁ、鶴丸」

「おっと、その話はまた今度な!」

鶴丸が三日月の話を遮った直後、縁側が面した廊下の先の角から光忠の姿が現れる。

「二人ともお疲れ様」

そう言って姿を現した光忠は着替えも済ませており、その手にはお盆を持っていた。お盆の上には麦茶のポットとガラス製の湯飲みが二つ乗せられていた。二人が腰かけた縁側の手前、廊下に膝を着くと光忠はお盆をその場に下ろし、二つの湯飲みに冷えた麦茶を注ぐ。

「はい、どうぞ」

「悪いのう」

「さんきゅ、光坊」

二人はそれぞれ光忠から湯飲みを受け取ると、さっそくひとくち口にする。

「おやつはもう少ししたら持ってくるから」

「おぅ。楽しみにしてるぜ」

「それと、三日月さんはお昼どうする?家で一緒に食べるかい?」

それなら皆の分と一緒に作っちゃうけどと、光忠は三日月の方を向いてたずねた。

「うむ。それでは同伴に預かろうかのう」

「了解。じゃぁ、また後で来るけど、僕はキッチンにいるから」

「小十郎は?」

「小十郎さんはまだ畑にいるって」

光忠がキッチンへと戻って行けば、再び吹いた緩やかな風が優しく頬を撫でる。夏の終わりを惜しむように遠くでちりんと風鈴が鳴り、その空気の心地良さに二人はどちらともなく瞳を緩め、柔らかな笑みを零した。



END.


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