13


演練場として指定されている政府特区内建物の一室へと幸村達が転送陣を使用して到着した時には、既に演練場を含めて建物内は慌ただしい空気に包まれていた。ビーッ、ビーッとけたたましく警告音が建物内で鳴り響いている。

「どうか皆様、落ち着いて下さい!」

「只今原因を調べておりますので…」

「この場を出ないようにお願いします!」

常に演練場に詰めている職員達が慌ただしく動き回り、何処かへと連絡を取ったり、演練場内にいる審神者や刀剣男士達に鳴り響くアラート音に負けないぐらいの声を張り上げて説明をしている。

「これは…」

騒然とした周囲の様子に思わず声をもらした幸村に、そっと静かに近付いて来た審神者が幸村の肩を叩いた。

「真田様」

肩を叩かれ、名まで呼ばれて、幸村は驚いて声のした方を振り向く。そこには顔の上半分を白い布で隠した女審神者が立っていた。

「ぼさっとしている場合ではございませんわ」

「はっ!そなたはもしや片倉殿の…」

「どうやら建物内の電気系統が一時的に飛んだみたいで、それに連動しての警告音のようね」

直ぐに復旧するでしょうけれど。審神者や刀剣男士に関するシステムは建物内の電気とは別系統で運営されているからそちらが落ちる事はないはずよ。
意図して潜められた声に幸村は頷き返し、口を開く。

「して、政宗殿は今どちらに?」

「ここから上の階に居る事は確かよ」

これをと言って、幸村は女審神者から社内秘でもあるはずの建物内の詳細が書かれた地図を手渡される。

「この場は私達が」

予め演練場内での待機を命じられていたのか、女審神者の後方には長い金髪が美しい細身でしなやかな動きのある彼女がいた。早く行けと、布で隠されていない口元が幸村に向けて動く。

「かたじけない。皆、行くでござる」

「あっ、こら!待ちなさい君達!」

さっと身を翻した幸村は燭台切達を連れて、職員達の制止を振り切り演練場を飛び出した。
幸村の後を追走する長谷部が誰に聞かせるでもなく、ぽつりと言葉を落とす。

「お元気そうでしたね」

「…えぇ」

ふいに零されたその小さな呟きを一期一振だけが拾っていた。
幸村に接触してきた女審神者が誰かなど、彼らには直ぐに分かった。そしてまた、彼女も同じ陣営にて戦っているのだと彼らは理解した。

「真田さん。当てはあるのかい?」

受け取った地図を片手に先頭を走る幸村に燭台切が声をかける。

「うむ。ひとまず、情報整備局の入っている上階へ向かうで御座る」

全ての原因はそこにあると幸村は迷わず階段へと足を掛けた。ちなみに一時的な停電が発生している為、建物内のエレベータは全基停止していた。
また、現在幸村達のいる十階には演練場の他に複数の会議室や刀剣男士達の待機場、休憩や雑談、交流の場としてお洒落なカフェが併設されている。
そこにもちらほらと職員の姿が見えたが、落ち着かない様子なのは主に新人と思われる審神者達だけで、刀剣男士達の方は周囲を警戒した様子ではあるものの務めて冷静な態度に見えた。
幸村達はその混乱している場を利用し、関係者以外立入禁止とされている上階へと足を踏み入れる。

「この階に情報整備局が…っ」

十三階で足を止め、顔を上げた幸村の視界の先を黒い人影が走り抜けて行く。その見覚えのある影に幸村は言葉を途切れさせ、目を見開いた。

「あれはっ、佐助!」

人影は更に上階へと向かっている様だった。

「待つで御座る!」

一旦止まっていた足が再び階段を駆け上がる。

「ちょっと、真田さん!」

説明も無しにいきなり再び走り出した幸村を燭台切達は追いかけようとして、大倶利伽羅が十三階で立ち止まっている事に気付く。

「どうしたの、伽羅ちゃん?行くよ!」

「俺の事は良い。先に行け」

大倶利伽羅はじっと十三階のフロアに繋がる廊下の先を見据えたまま、金の双眸を細め、何かを探っている様だった。

「燭台切!」

置いて行かれるぞ、長谷部から急ぐように名を呼ばれ、燭台切は階段を上る足を途中で止めると、階下へと身体の向きを変え、上階に向かう長谷部へと声を上げた。

「長谷部くん達はそのまま真田さんを追って。彼、丸腰だし。僕は後から伽羅ちゃんと追いつくから!」

「…気をつけろよ!」

「そっちもね」

上から降って来る声に答えた燭台切は大倶利伽羅のいる十三階へと引き返すと、大倶利伽羅の隣に立ち、同じように十三階の廊下の先へと視線を投げる。

「何かあったの伽羅ちゃん?」

廊下の先は停電の影響か明かりが消えており、薄暗く、何の部屋かは分からないが、扉が幾つか並んでいる以外は特に変わった物は見当たらない。
隣に並んだ燭台切へとちらりと視線を流した大倶利伽羅は、直ぐにまた廊下の先へと視線を戻して口を開いた。

「…気のせいかもしれないが。お前は感じないか?」

酷く懐かしい、肌を刺すようなあの空気が、この階には漂っている気がする。
何年、何十年、何百年経とうと忘れることの無かったこの感覚。魂を揺さぶられるように、心が惹き付けられる。あの眩い蒼い電光がちらちらと鮮烈に脳裏に蘇る。

「まさか…」

大倶利伽羅が人一倍気配に聡い事は燭台切も分かっている。そして、大倶利伽羅がこの様な事で冗談を口にするような男でもないことを燭台切は良く知っていた。
ちらりと再び流された金の鋭い眼差しが燭台切の思考を断ち切る。

「行くぞ」

大倶利伽羅は左腰に挿した刀の鞘に左手を添え、姿勢を低くしていつでも刀を抜き放てるように周囲を警戒しながら十三階の廊下へと飛び出した。頭は混乱していようと燭台切の身体も大倶利伽羅を追う様に走り出す。二人は無言で十三階の廊下を疾駆する。

「――っ」

しだいに燭台切にも感じ取れるぐらいに近付いた人の気配に、びりびりと肌を刺す間違いようの無い独特の覇気。ゆらりと一瞬瞳を揺らした燭台切は歓喜に震える心を抑えるようにぎゅっと奥歯を噛む。燭台切と並走する大倶利伽羅は鞘に添えていた左手を強く握りしめた。

「伽羅ちゃん」

「…光忠」

やがて見えて来た目の前の光景に燭台切と大倶利伽羅は刀を抜き放った。






天海の後を佐助に追わせた政宗は十三階に設けられた休憩室にて、太鼓鐘と共に天海が展開させていった時間遡行軍と対峙していた。
パリパリと政宗の放った婆娑羅技が残した残滓が周囲に漂う。間一髪で攻撃から逃れた敵の短刀と脇差、打刀達が政宗と太鼓鐘を警戒した様子で取り囲む。

「Hey、まだいけるか?貞宗」

「うーん、本音を言うとちょっち厳しいかも」

政宗の問いかけに正直に答えた太鼓鐘に政宗もそうだろうなと思う。
刀剣男士とはいえ、太鼓鐘は先程顕現したばかりで、レベルでいえばまだ1ぐらいの練度しかない。政宗の特殊能力である婆娑羅を上乗せした所で、力は跳ね上がれども敵の数を前に体力的な問題もある。

「OK。無理はするな」

とはいえ、政宗も短刀だけで戦うのは不利だと悟っていた。婆娑羅技には敵を一掃できる大技もあるが、流石に練度の低い短刀ではその力に耐えきれまい。
政宗は己へと迫りくる敵短刀を斬り払い、太鼓鐘へと接近してきていた敵脇差を斬り捨てた。

「貞宗。通路の方に移動するぞ」

休憩室という開けた空間より、廊下と言う狭い場所の方が攻撃手段も限られ、敵も身動きが取り辛くなる。大技を使用できず、複数の敵を相手にするなら廊下の方が戦いやすいと判断して、政宗と太鼓鐘はじりじりと通路の方へと後退して行く。
その間にも敵の攻撃が休まることもなく、空を滑空して来たかと思えば、地面すれすれを低空飛行してきた敵短刀が左右から政宗に襲い掛かった。

「ちっ、せめてHELL DRAGONぐらい使えれば…」

各個撃破では無く、敵を一掃できる。

「うわっ…!?」

「貞宗!!」

敵脇差と斬り結んでいた太鼓鐘がとうとう敵脇差に押し切られて吹き飛ばされる。政宗自身も敵打刀を相手どっており、その手が足りずに舌打ちをした。

その時、

「貞ちゃん!!」

「使え!」

政宗の後ろ、太鼓鐘が吹き飛ばされた後方より一振りの刀が飛来する。政宗と斬り結んでいた敵打刀の首へと突き刺さった抜身の刀身。その刃には倶利伽羅龍の美しい紋様が刻まれており、それを目にした政宗の口端が自然と吊り上がる。一瞬の停滞、短刀を腰のベルトに納めた手が迷わずその刀の柄に掛けられた。

「ちっとばかし痺れるかも知れねぇが我慢してくれよ!」

政宗が掴んだ刀の刀身が蒼白い光を帯びていく。ばちりと弾けた空気が雷鳴を呼び、大倶利伽羅自身にも蒼白い光が絡みつく。ぱりぱりと爆ぜた空気が否応無しに大倶利伽羅の気を昂らせる。政宗は敵打刀の首に突き刺さっていた刀身をそのまま横凪ぎに振り払うと、敵打刀の首を斬り飛ばす。そのまま流れるように半身に構えた。
後方へと吹き飛ばされた太鼓鐘を難なく受け止めた燭台切は太鼓鐘に追撃をしかけてきた敵脇差を一刀で斬り捨てると、懐かしいその姿に在りし日を重ねて足を踏み出す。

「行くぜ、――HELL DRAGON!!」

政宗の刀より解き放たれた蒼白い雷光が廊下を塞いでいた時間遡行軍を一瞬で呑み込んでいく。バリバリと音を立て、大気を震わせた電撃は通路の先まで一気に駆け抜けると蒼白い残光を残して掻き消えた。

「遅くなり申し訳ございません。お怪我はありませんか」

素早く政宗の元に駆け付けた燭台切は傍らに太鼓鐘を抱えたまま政宗に声をかけた。
周囲の敵を全て片付け終えた事を確認した政宗はその声に刀を下ろし、燭台切に目を向ける。

「お前らのおかげで助かったぜ」

「いえ、ご無事で何よりです」

恐縮した様子の燭台切の隣に無言で大倶利伽羅が並ぶ。何となく空気を読んで太鼓鐘も二人の隣に控えた。大倶利伽羅の左手に握られた鞘の中身が空っぽなのに気づき、政宗は己が手にしている刀に視線を流すと大倶利伽羅に向かって持っていた刀を差し出した。

「勝手に使って悪かったな」

「構わない。使えと言ったのは俺だ」

差し出された刀を受け取り大倶利伽羅は刀を鞘へと納める。

「ah―、色々と話したいことはあるが今は時間がねぇ」

そう言って政宗は何か言葉を待つ燭台切と大倶利伽羅、太鼓鐘の順に目を向けて手短に告げた。

「燭台切光忠。大倶利伽羅。太鼓鐘貞宗。久し振りだな。また共に戦ってくれるか?」

「もちろんだよ!」

「当然だ」

「俺もまだまだ頑張れるぜ!」





[ 14 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -