2月14日の青葉荘


がやがやと落ち着きのない教室の中で、太鼓鐘貞宗は綺麗な銀髪を頭の横でツインテールの形に結い上げた同級生の少女から声をかけられた。

「貞宗。…これを貞宗の兄ちゃん達に渡して欲しいんだべが、無理けろ?」

近所ということもあって商店街で会った時やその他にも色々とお世話になっているからと、可愛らしい柄の入った紙袋を差し出してきた少女に貞宗はそういう事ならと笑って紙袋を受け取った。
ちらりと覗いた紙袋の中には綺麗にラッピングされた小箱が六つちょこんと鎮座していた。

「あれ?もしかして…」

「んだ。貞宗の分も入ってるから、良かったら食べてけろ」

「おぉ!ありがと、いつきちゃん!」

貞宗はパッと笑って、きちんと渡しておくからといつきと約束した。

本日はバレンタインデーである。

いつきから受け取った可愛らしい柄の紙袋を片手に貞宗は帰路に着く。だが、その足は何故か自宅ではなく、隣家の三日月宗近宅へと向かい、貞宗は颯爽と玄関を開けて中に入って行った。

「お邪魔しまーす!」

玄関の三和土(たたき)にはこの家の住人の靴の他に、若者が履くスニーカーが二足、綺麗に並べられていた。
貞宗はそれを確認しながら靴を脱いでその横に並べると、まるで自宅に帰って来たかのような調子で廊下を進んで行く。
途中にある炬燵の出された和室に寄って鞄と紙袋を置くと、貞宗は足取りも軽く台所へと向かった。

「貞ちゃん参上だぜ!」

「おっ、来たな」

「早かったな」

「うん?おぉ…おかえり」

隣家の台所には制服姿の政宗と大倶利伽羅の姿があり、家主である三日月宗近は台所に用意されていた椅子に座って何やら雑誌に視線を落としていた。
台所に入れば、テーブルの前に立った二人がテーブルの上に商店街で安く仕入れてきた品物を並べ、買い忘れがないかを確認している最中であった。

バター、砂糖、牛乳、卵、ココアパウダー、チョコチップ、アーモンドスライス、ホットケーキミックス。マフィン用のカップに包装用の紙や箱、リボンやシールまである。

「何か包装の種類多くない?」

「Ah…色々あって迷った末だ。どうせ百均だからな、予算内だ」

「こいつが拘り過ぎるんだ。容器に入ってれば十分だろう」

手を洗い、さっそくボウルと泡立て器を用意しながら大倶利伽羅が隣に立つ政宗をちらりを見て口を挟む。

「こういうのは見た目も重要だろ」

政宗は大倶利伽羅の言葉に反論しつつ、自分も手を洗うとバターと砂糖の封を切る。きちんと計量をしてから大倶利伽羅の用意したボウルにバターと砂糖を投入した。そして流れるように大倶利伽羅が泡立て器で混ぜ始める。言い合いながらも料理を始めた二人に、貞宗はその間に割り入る様に話をぶった切って言う。

「それで俺は何をすればいい?」

すると直前まで言い合いをしていたのが嘘の様に政宗と大倶利伽羅は仲良く顔を見合わせ、互いに頷き合う。

「伽羅と買い物してる途中に思い付いたことがあってよ。どうせなら二種類にするかって話になったんだ」

「どうせ使う材料は一緒だ」

大倶利伽羅がバターと砂糖を混ぜ合わせている横に政宗がもう一つボウルを用意して言う。

「貞はこっちを頼む」

「何々?」

ボウルにホットケーキミックスと砂糖、卵、油を入れ、政宗は貞宗にヘラを手渡して場所を譲る。

「チョコチップクッキーだ」

同時進行で大倶利伽羅の方のボウルには卵が割り入れられ、その後に牛乳が注がれる。
こちらは三人が最初に計画していたチョコチップを使用したカップケーキである。当然予算は三人で出し合い、年上三人組には内緒で、隣家の台所を借りての作業であった。
それもこれもバレンタインというイベントに乗じての、感謝の気持ちを伝えようという照れ隠し混じりの年下三人組の密かな計画だ。

特に光忠はこの日は必ず何某かのチョコレート菓子を作って食卓にデザートとして出してくる。鶴丸ではないが、自身も料理の出来る身として、たまには光忠達を驚かすのも悪くはない。ただし、こちらは光忠達に悟られぬ為に、低コスト、短時間で作れるものを選択し、予め三日月には隣家の台所を借りれるように手回しせねばならなかったが。
手際よく、時折騒がしく料理を進める三人の姿に、雑誌を膝の上に開いたまま眺めていた三日月が頬を緩めて呟く。

「これは鶴丸が羨ましいのう」

「あ?なに言ってんだ。アンタの分もちゃんとこの中に入ってるぜ」

ゴムベラに持ち替えた大倶利伽羅が混ぜるボウルの中にホットケーキミックスを慎重に入れながら、その呟きを拾った政宗が当たり前のことの様に言う。

「あなや。そうなのか?それは嬉しい」

「でもさ、三日月さんって毎年大量のチョコを貰ってなかったっけ?今年は見当たらないけどどうしたんだ?」

玄関を上がって居間にも寄って来たけど、それらしい箱は一つも無かった。首を傾げた貞宗に三日月も同じく首を傾げて言う。

「うむ。俺にもよく分からないが、今年は何だか検品するとかで、他の場所で保管しておいてくれるらしい」

「…危険物でも入ってたか」

 



賑やかに進んだクッキー作りとカップケーキ作りは最終段階に入る。

温めていたオーブンにアーモンドスライスを乗せたマフィンカップを入れる。それを焼いている間に貞宗の作っていたクッキー生地を冷蔵庫にしまって冷やす。

「よし、休憩するか。伽羅」

「茶を淹れる」

「うむ、茶菓子なら確か戸棚の中に。昨日、鶴丸が持ってきた煎餅が入っているはずだ」

「それってもしかして家にあるやつと同じ物じゃね?」

大倶利伽羅がお茶を用意し、貞宗が戸棚の中から煎餅を取り出す。政宗は食器棚から菓子器を出して、お盆の上に乗せた。そして台所を出た三日月の後に続いて、三人も炬燵のある和室、居間へと移動した。

四人はのんびりとお茶を飲みながら、煎餅に手を伸ばす。
男子高校生二人に男子中学生一人、遠慮の文字は何処に置いて来たのかバリバリと煎餅が消費されていく。また三日月もそんな三人を止めるでもなく、にこにこと茶を啜っていた。

「あ、そうだ。ちょうどいいから二人には先に渡しておくな」

そう言って貞宗は学生鞄と一緒に置いていた可愛らしい柄の入った紙袋を自分の方へと引き寄せる。

「これ、いつきちゃんから二人に。いつもお世話になってるからって」

紙袋の中から取り出されたのは同じ大きさで、同じ包装紙がまかれた正方形の小箱だった。

「Thanks。いつきにも礼言っといてくれ」

「…貰っておく。代わりに礼を言っておけ」

顔見知りであり、尚且つ意図の分かっているプレゼントに大倶利伽羅は僅かに間を開けたものの素直に受け取る。その反応に政宗が肩を竦めて話を広げた。

「こいつ、学校じゃ一個も受け取らねぇからな」

「見ず知らずの者から受け取って食べる方がどうかしている。政宗も受け取らなかっただろう」

「えっ、そうなの?うちじゃ皆交換とかしてたけど」

かくいう貞宗も同級生から複数のチョコレートを貰っていた。内訳は友チョコだが。
それは中学生らしく、微笑ましい光景であろう。チョコや菓子を持ち込み禁止にしている学校もあると聞く昨今にしては珍しいかもしれない。

「俺のは受け取らなかったというか、…野郎からのチョコなんざいらねぇだろ」

政宗の人気は女子に限らず、男子からも高いものがある。それに誰でもいいが、一つ受け取ってしまえば後が怖い。女子にしてもあの学園の生徒から受け取るにはそれ相応の覚悟が必要そうだ。中学生と違い、高校生はシビアなのだ。

「へー…なんか、大変なんだな」

「ふむ。今の学び舎は面白い事をしているのだな」

「誤解するなよ、じいさん。それはうちの学校限定かも知れねぇからな」

うむうむと興味深そうに話を聞いている三日月に政宗は一応釘を刺しておく。

「不思議なのは光忠もだ。あいつはモテる癖に毎年一つもチョコを持って帰ってこない」

ふとこれまで不思議と話題にならなかった疑問を大倶利伽羅が口にした。
その疑問に政宗も貞宗もそういえばと、毎年「僕は皆と違ってモテないから」とチョコを持って帰って来なかった理由をさらりとかわす光忠の姿を脳裏に思い浮かべる。

「確かに。貰ってないってのは絶対に嘘だよな」

「うん。俺もそう思う。だって、我がみっちゃんだぜ!」

「俺は毎年何処かに隠しているんじゃないかと疑っている」

その理由は分からないがと、大倶利伽羅は真面目な顔で言う。政宗もその意見に賛同し、理由に検討を付ける。

「光忠のことだから俺達に遠慮してんのか。高級チョコとか貰ってそうだからな」

「お値段しそうってやつか。一粒何万とか?みっちゃん、すげぇ」

「貢がれているのか」

ひそひそと話を膨らませる仲良し三人組に、実はその真相を昔鶴丸から面白おかしく世間話のついでに聞かされていた三日月はのほほんと楽し気に眺めて思う。

「お主らは見ているだけで飽きないのう」

真実は一つ。光忠は本当にチョコを一つも貰ってはいない。

何故なら、家族大好きな光忠は彼等に食べさせるチョコを密かに大学で試作しては周囲の人間に食べさせていたのだ。その腕前たるや何とやら、彼に手作りチョコなどを渡せる女子などいない。かといって市販品では霞んでしまう。葛藤の末、いまだ答えの出せない女子達はバレンタインという好機を逃していた。

その話を偶然、長谷部から聞いた鶴丸がさすがにそれはと光忠の面子を思って彼ら年下組には黙っていた。光忠の密かな頑張りを無下には出来ず、また年下組の彼等がまさか自分達のせいでという、妙な責任を負うのも違うと鶴丸が考えた末の沈黙である。

そうとは知らず話し込む三人の中の光忠像は際限なく膨らんでいった。





三人は揃って帰宅の挨拶を告げると、各自一度自室へと向かう。鞄を置いて制服から私服へと着替え、二階で手洗いを済ませてから貞宗は紙袋を手に一階に降りた。
リビングへと顔を出せば鶴丸がリビングのソファで俯せに伸びていた。

「うわっ、鶴さん何してんの?」

リビングのテーブルに紙袋を置いた貞宗は入口横に掛けられていたホワイトボードの欄を帰宅に変えて、鶴丸に声をかける。

「うーん、何だと思う?」

だらりと顔だけ動かして、ソファから貞宗を見上げた鶴丸が質問に質問で返してくる。

「どうせ暇すぎて死にそうになってるだけだ」

そこへ後からリビングに入って来た大倶利伽羅が冷めた視線を鶴丸に向けて、ホワイトボードの欄を書き換える。

「お、アタリだ伽羅坊!だから何か学校で面白い事とか無かったか話せ。ほら、今日はバレンタインとかいうやつだろう?」

ようやくソファから起き上がった鶴丸がわくわくした眼差しで二人を見る。大倶利伽羅の冷たい対応はさらりと流されていた。
大倶利伽羅は分かりやすく、関わりたくないとキッチンに入って鶴丸に背を向ける。
代わりに貞宗がテーブルに置いた紙袋をがさがさと鳴らした。

「そんな鶴さんに朗報です!いつきちゃんが鶴さんにってチョコを預かって来たんだ」

じゃんっと言って貞宗は鶴丸にラッピングされた小箱を見せた。

「おぉ!こりゃ、嬉しいぜ」

ソファを乗り越えて鶴丸が貞宗の側に寄ってくる。そして、紙袋の中に同じものがあることに気付いてふっと笑った。

「これで皆女子から一個は貰ったことになるな」

「え?鶴さんってそんなこと気にする派だっけ?」

「違う、違う。何だか知らないがうちの連中はモテるくせに浮わついた話の一つも出てこないからな。これを機に何か話を捏造出来ないかと思って」

「貞。まともに取り合うだけ無駄だ」

キッチンにいた大倶利伽羅は冷蔵庫の扉をパタリと閉めつつ、聞くとは無しに聞いていた会話に口を挟む。その手にはスマホが握られ、鶴丸には見えない位置で操作されていた。
冷蔵庫の中身を撮った写真が添付されたメールが送信される。

「ん…?何だこれ?」

そのメールを自室で受け取った政宗が写真を見て首を傾げる。写真には薄く何層かに重なったミルクレープのようなチョコケーキの塊が写っていた。ケーキはチョコレート色で、その層の間にクリームが塗られているようだ。

とりあえず自分達が作った物と被らなかった事を、万が一を考えてチェックした政宗は興味本位でそのケーキの名前をインターネットで調べる。ちょうどバレンタイン特集で、作り方から何まで写真付で紹介されているのでこういう時のネットは便利だ。
そして、さっそく見つけたのだが。

「これは…」

オペラ。フランスの伝統的ケーキ。オペラという名前はフランスパリのオペラ座にちなんでつけられた。ビスキュイ生地に、バタークリーム、ガナッシュクリームと何層にも重ねて作り上げられた高級感漂う美しいケーキ。チョコレートでコーティングされた表面には金箔が飾られている。

「……光忠の奴、パティシエにでもなるつもりか」

その作り方にも目を通した政宗は呆れた様に息を吐いた。
本命に渡すならともかく、身内に渡す分にしては力を入れすぎだ。
政宗は本人がそれで良いなら良いかと、さっと思考を切り換えるとリビングにいる貞宗達と合流する事にした。

今夜の夕飯は大倶利伽羅と政宗でビーフシチューとサラダを作った。
貞宗には鶴丸の相手をさせて無事に夕飯が完成した所で、今度は順番に風呂へと入る。

「ただいまー。遅くなっちゃった」

その内に光忠が帰って来て、ご飯をよそっていた政宗の手が止まった。
椅子に座っていた大倶利伽羅もちらりとリビングに入って来た光忠を見て、配膳を手伝っていた貞宗が応える。

「おかえり、みっちゃん。寒かったろ?」

ちょうど風呂沸いてるから、先に入ればと貞宗が勧める。同じく椅子に座って夕飯を待っていた鶴丸が頷いて言う。

「今日は家の中にいてもやたら冷えたからなぁ」

「そう?じゃぁ、お言葉に甘えて。政宗くん達は先にご飯食べてて良いからね」

「光忠もゆっくり風呂で身体で温めて来いよ」

待たないで食べてて良いという言葉に政宗は頷き返し、そんな光忠に政宗も言葉を返した。
先程隣家で煎餅を食べて小腹を満たしたとはいえ、まだまだ育ち盛りの三人だ。
鶴丸と共に政宗達は先に夕飯を食べ始めた。

「みっちゃん、今年も何も持ってなかったな」

「隠しているんだろう」

「でも、何処にだ?」

「うん?何の話をしているんだ君たちは」

空になった皿をそのままに貞宗が話だし、大倶利伽羅と政宗が応じれば、一人話の見えない鶴丸が首を傾げて話に入ってくる。

「あぁ…光忠が本当はチョコを貰ってるんじゃねぇかって話だ」

「…!?なんでまたそんな話に…」

鶴丸は驚いた様子で聞き返す。

「だってさ、みっちゃんが貰ってないって信じらんないじゃん。鶴さんはそう思わないの?」

「無駄にお節介な所がある奴だ」

「女子の一人や二人、無意識にでも落としてそうな光忠がだぞ」

「あー…言い方はあれだが、光坊のこと好きだな君たち」

だが、本人が貰っていないと言うなら貰っていないんだろうと鶴丸は努めて冷静に言う。

「そういうことは本人に任せて、俺達は見守ってだな」

「えーっ、鶴さんさっきは真逆のこと言ってたくせに!」

「怪しいな。何か知ってるのか、鶴丸」

「へぇ…光忠には共犯がいたか」

「ちょっ、何でそうなる!?怖いぞ君たち」

後片付けをせずに騒いでいれば、風呂から上がった光忠の声と玄関の方で小十郎の声が聞こえてきた。

『あっ。おかえり、小十郎さん』

『あぁ…ただいま』

やがて二人の声はリビングへと近付き、光忠を先頭にリビングへと入って来る。四人の会話は自然とそこで途切れた。

「ただいま帰りました、政宗様」

「おぅ。…今度は何だ」

リビングへと入って来た小十郎の片手には高級チョコブランドのロゴが入った紙袋が提げられており、真っ先にその事に気付いた政宗が問えば、小十郎は苦笑を浮かべながらその紙袋を持ち上げて言った。

「本日たまたま社に寄った輝宗様が、政宗様達にと置いていきまして」

「中身は?」

「生チョコレートだと仰っていました。早めに食べるようにとも」

「あの親父、たまたまって言葉を辞書で引き直した方がいいんじゃねぇか」

たまたまたで生チョコレート何か持ち歩かねぇだろ。しかもそう何度も同じ会社に顔を出すって、どれだけ暇人なんだ。
政宗はそうぼやきながらも小十郎に冷蔵庫にしまっておくよう付け足す。

「まぁまぁ。政宗くんのことを気にしているんだろうし」

キッチンに立った光忠がビーフシチューを温め直しながら政宗を宥めるように言い、気を遣ってか話を変える。

「小十郎さんは先にお風呂行く?それとも僕と一緒に食べる?」

「一緒の方が片付けが楽だろう。直ぐに着替えてくる」

そう答えて小十郎は一度リビングを出て行く。

「手伝うよ、みっちゃん」

政宗と大倶利伽羅、鶴丸がテーブルの上を片付け始め、貞宗がキッチンにいる光忠の手伝いに入った。二人分のご飯をよそって、サラダを用意する。
そして、着替えを済ませて戻って来た小十郎と光忠が夕食を食べる傍らで大倶利伽羅がキッチンに立ち、黙々と洗い物を片付け始めた。

「はい、これ。みっちゃんと小十郎さんに」

いつきちゃんからと言って、テーブルに同席した貞宗が紙袋から取り出した小箱をテーブルの上に置く。

「わっ、ありがとう。いつきちゃんには何かお返しをしないとね」

「俺にもあるのか」

「うん。政宗にも伽羅にも、鶴さんにもくれたんだ」

貞宗が学校での話を二人にするのを聞きながら、鶴丸はソファに座ってテレビを付けた。政宗はその間にリビングを出て行き、自室に置いてあるプレゼントを取りに行く。

「伽羅、貞」

リビングへと戻って入口で顔だけ出した政宗は室内にいた二人を廊下へと呼ぶ。
片付けの手を止めた大倶利伽羅と話途中で席を立った貞宗に疑問を抱く者はいない。
誰かがいきなり誰かを呼ぶのは今に始まった事ではないからだ。
廊下に出た大倶利伽羅と貞宗は政宗から各自がラッピングを施したカップケーキとクッキーの入った袋を受け取る。

「貞は光忠に。伽羅は鶴丸に。俺は小十郎に渡す」

最終確認をした三人は堂々と袋を手にリビングへと戻る。真っ先に声をかけたのは貞宗だ。

「みっちゃん。はい、これ!俺達からバレンタイン。いつもありがと」

「えっ、貞ちゃん」

ぱちりと瞼を瞬かせ、驚いた光忠は貞宗が勢いよく差し出してきた袋を反射で受け取る。おやっと光忠達の方を見て片眉を上げた鶴丸には大倶利伽羅が素っ気ない態度で声をかける。

「鶴丸。お前にはこっちだ」

「おっ、とっ、ととっ!」

ひょいと投げ渡された袋を鶴丸は慌てて受け取り、手の中に落ちてきた袋と大倶利伽羅を驚いた表情で交互に見る。

「お前にも感謝していなくもない」

「ツンデレか、伽羅坊!」

二人がきちんと渡し終えたのを確認してから政宗は椅子に座る小十郎に向かって袋を差し出した。

「何だかんだ言いながらお前らには世話になってるからな。たいしたもんじゃねぇが受け取れ」

「……っ、いえ、ありがとうございます。大事に食べさせて頂きます」

小十郎は差し出された袋に一瞬固まって、政宗の言葉に恐縮した様子で受け取る。

「もう…これじゃ、僕の作ったデザートが霞んじゃうよ」

光忠は口許を緩め、嬉しそうに笑って言いながら、鶴丸もよほど嬉しかったのか若干照れた様子で大倶利伽羅に向かって無駄口を叩いている。

「まさか伽羅坊から貰えるとは。長生きはするもんだな」

「大袈裟過ぎだ。それに俺一人で作った物じゃない。政宗と貞も一緒だ」

反応はどうあれ喜んでいる様子の三人に、年下三人組はちらりと目を合わせて無事成功を納めた計画に口許を綻ばせた。

「たまにはサプライズも良いだろ?」

「うん。嬉しいサプライズなら大歓迎だよ」

その後、光忠お手製のオペラケーキがデザートとして出され、その完成度の高さと美しさに貞宗は目を見張り、大倶利伽羅は無言でケーキをじっと見つめた。実物を前にした政宗も感嘆とした息を漏らす。

「店で売っててもおかしくないケーキだぜ」

「あぁ………」

「すげぇな、光忠」

鶴丸と小十郎は光忠が何を作っていたのか知っていたのか驚く様子はない。もしかしたら光忠の出資元かも知れない。ただ二人とも苦笑を浮かべ、さすが光忠だと、完璧に仕上げてきたなと呟いていた。
また、当然ながら光忠の作ったオペラケーキは美味しかった。



翌日、貞宗は多めに作っていたクッキーとカップケーキを学校に持って行き、いつきに御返しをした。
そして、三人から貰ったクッキーとカップケーキを嬉しさのあまりスマホのカメラに収めていた光忠は大学で友人達にその写真を見せて自慢していたとか。
そしてそして、鶴丸は隣家の茶請けの中に見覚えのあるクッキーとカップケーキを見つけて政宗達の協力者の存在に気付いた。

「なぁ、三日月よ。俺は確か昨日、午後から大事な客人が来るから午後は遠慮してくれと聞いたんだが」

「そうだな」

「そうだなって、きみな。はぁ……まぁ、いいか」

今日は炬燵に入ってぬくぬくと温まりながら茶を啜る三日月に、何時もの如く縁側から上がってきた鶴丸は三日月の向かい側に腰を下ろし、炬燵に足を突っ込みながら諦めたように息を吐く。
茶請けにおかれたカップケーキに手を伸ばそうとして、正面から伸びてきた手にぺしりと叩かれた。

「こら。これは俺の分だ。お主は自分の分を貰っただろう」

「やっぱり…。君は隠す気があるのか、ないのか」

「坊達は眺めてるだけで微笑ましかったぞ」

鶴丸の手の下からカップケーキを取った三日月はカップケーキに巻かれた紙を剥きながら、口に運ぶと「よきかな、よきかな」とのほほんと宣った。

本日も彼等は平和である。



END.



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