03


夕御飯は光忠特製和風おろしハンバーグをメインにプチトマトのサラダ、甘辛こんにゃく煮、大根とわかめの味噌汁だった。

「そういえば俺、いつきちゃんから政宗と伽羅にお礼言っといてくれって頼まれてたんだけど」

何したんだ?と食後のデザートとして出された羊羹を口に運びながら貞宗は首を傾げる。

「ん、うめぇ!さすが三日月さんトコの貢物」

「だろう?貰って来た俺を褒めてくれても良いんだぞ」

「さすが鶴さん!」

「いやぁ、それほどでも」

目の前で繰り広げられる茶番を目にしつつ、政宗と大倶利伽羅は貞宗の言う内容に心当たりがあったのか、それぞれ「別に良い」と「大したことじゃねぇ」と口にした。

「ほんと美味いなこの羊羹」

無言で舌鼓を打つ大倶利伽羅も政宗の零した呟きに頷く。
その様子を微笑まし気に食後のお茶を飲みながら眺めていた光忠は、聞き覚えのあった名前に反応を示す。

「いつきちゃんって最近この辺に越して来た、銀髪の三つ編みツインテールが可愛い女の子のことだよね」

貞宗と茶番を終えた鶴丸もそれで思い出したのか、ちょっと方言訛りのあるあの子かと頷く。

「昨日、学校帰りに伽羅と商店街の方に寄った時に、そこでいつきが柄の悪い連中に絡まれてるのを見かけてな」

「軽く追い払っただけだ」

先に光忠が口にした様に、いつきという女の子は最近この辺に母親と一緒に引っ越して来た子で、数日前に貞宗の通う中学校に編入して来たのだという。母親と一緒にいつきも一度この家には引っ越しの挨拶に来ていた。それで光忠と鶴丸もいつきの顔を知っているのだ。

「そっか、大事にならなくて良かった。けど、そんな人達が商店街に居るなんて危ないな」

「うむ。貞坊も気を付けろよ」

「え?何で俺?」

政宗と伽羅はと二人を名指しした貞宗に光忠が答える。

「二人はやりすぎに注意だよ」

反撃するならあくまでも正当防衛が成立する範囲でと、貞宗とは違った意味で政宗と大倶利伽羅は光忠から注意を受けた。

「OK、OK……善処する」

「相手次第だ」

「返事はハイか分かったしか聞かないよ」

「お前、言うことが小十郎に似てきたな」

湯飲みに手を掛けた政宗が光忠の鋭い切り返しに僅かに眉を寄せれば、光忠はそれが自分に課せられた使命かの如く力強く頷いて言う。

「政宗くんのことも小十郎さんから頼まれてるからね。なるべく危ない事はさせないようにって」

「鶴丸に頼まないあたり片倉も良く解ってる」

何故、小十郎と同じく年長者である鶴丸に頼まないのか。それは鶴丸の性格を鑑みれば分かることだ。何かあった時に止めに入るより、鶴丸は面白がって政宗の方に悪乗りする可能性が高い。

「それは俺でもそう思うぞ」

名前を上げられた鶴丸自身も大倶利伽羅の言葉に納得して頷いているし、貞宗もうんうんと首を縦に振り同意見の様だった。

「……分かった。分かったから、小十郎には余計なこと言うなよ」



その後、食後のデザートを食べ終えた貞宗がお風呂に入りに行き、光忠が夕飯の片付けにキッチンに立つ。鶴丸はそのままリビングでテレビを付け始め、大倶利伽羅は一度自室へと引き上げて行った。

「手伝うか?」

「ん?大丈夫だよ、ありがと。政宗くんもゆっくりしてなよ」

にこにこと笑って返してきた光忠に声を掛けた政宗はそうかとあっさり身を引いて、鶴丸のいるリビングソファの方へと足を向けた。
朝食作りはほぼ光忠や小十郎に任せてしまっているが、夕食はその限りではなく。光忠が大学の講義や人付き合い等で遅くなる時は政宗や大倶利伽羅、貞宗もキッチンに立つことが普通にある。鶴丸はその時の気分によりけりだが、鶴丸がキッチンに立つ時は何故か必ず一品は良く分からない品を出されるので要注意だ。
本人曰く、ちゃんと食べれる食材を使っているので大丈夫だと言うが、見た目にも気を遣って欲しい所だ。

ポチポチとテレビのチャンネルを変えていた鶴丸の指が、悪戯を仕掛けてその反応を楽しむ番組で止まる。常に人を驚かす事が好きな鶴丸が好みそうな内容だ。
政宗はソファに腰を下ろすと、やりっぱなしになっていたオセロの駒を手に取る。
盤面は黒駒優位で終了していた。

「伽羅坊もここぞという時に読みが鋭いんだよなぁ。参った、参った…」

「その前に面白がって余計な手でも打ったんだろ?」

新しい手を閃いたとか言ってと政宗は盤上に並べられた駒を片付けながら、鶴丸に軽口を返す。
まさしくその通りだったのか、鶴丸は途中までは良い感じだったんだがなぁと何処で間違えたのかと首を傾げたが、その顔にはまったくと言って良いほど反省の色は無かった。
とはいえ、政宗も本気で賭けていた訳ではないので咎めることも無い。軽いじゃれあいの延長線上の様なもの。
また、貞宗も悔しがってはいたが、その勝敗を夕飯時まで引き摺る様な事は無かった。

二つのケースに納めたオセロの駒を、半分に折り畳んだ盤面の中にしまう。

「それはそうと昼間に光坊が大学の友達を家に連れて来てな!和泉守 兼定と堀川 国広と言うんだそうだ」

嬉しそうに話し出した鶴丸の話しに、政宗は現在キッチンで洗い物をしている光忠の方をちらりと流し見ながら相槌を打つ。

「へぇ…そうなのか」

「む、驚きが薄いな」

「驚く前にお前の話し振りで良い話しだって分かるからな。驚く所ねぇだろ」

机の下にある収納スペースにオセロを片付けると政宗はテレビへと目を向けた。鶴丸も政宗の冷静な返しにそれもそうか?と溢して、子供達が考えたという悪戯に嵌まってずぶ濡れになっている芸人に視線を戻す。

それから暫くして風呂から上がったらしい貞宗の声がリビングの外から聞こえて来た。

『伽羅ー、風呂空いたぞー』

どうやら階段の下で、二階にいる大倶利伽羅に呼び掛けているらしかった。
続いて階段を下りてくる足音。

『…ちゃんと髪を拭け』

『拭いたよ。わわっ…!ちょっ、伽羅!』

リビングの外で騒がしい声がした後、黄色いタオルを首に掛けた貞宗がリビングへと顔を出した。

「あー…良いお湯だったぜ」

「貞ちゃん、何か飲む?」

「牛乳!」

「じゃ、ちょっと温めようか」

貞宗は背を伸ばしたいらしく、風呂上がりには大抵コップ一杯の牛乳を飲む。
それを光忠も分かっているから一応聞きつつ、用意していた耐熱マグカップに牛乳を注いだ。マグカップを電子レンジにかければ、直ぐにホットミルクの出来上がりだ。

「はい。熱いから気を付けてね」

「さんきゅ!みっちゃん」

マグカップを受け取った貞宗はその足でテレビを見ている政宗達の元へ向かう。

「何か面白いもんやってるー?」

「おぉ、結構タメになるぞ」

「鶴丸にだけな」

悪戯番組の何処に日常からタメになる話があると政宗はその会話に突っ込みを入れる。
貞宗は政宗の隣に座るとマグカップを傾け、ちょうど良い温度に温められたホットミルクを口にした。それを見て、鶴丸がまだキッチンにいる光忠を振り返る。

「光坊!俺も何か飲むもんが欲しい」

「じゃぁ、ついでに俺の分も」

「了解。鶴さんはお茶で、政宗くんはジュースね」

突然のオーダーにも嫌な顔一つ見せず、光忠はにっこりと笑って二人分の飲み物を用意し始める。リビングのテーブルへと運ばれてきたお盆の上には湯飲み二つと急須、カルピスが注がれたコップが一つ。
夕飯の片付けを終えた光忠もリビングへと合流してきて一息吐いた。

「お疲れ」

そんな光忠を自分の湯飲みを取りながら鶴丸が年長者らしく労う。

「うん。後は小十郎さんが帰ってきたら片付けるから」

その間に貞宗と政宗はもはや悪戯の域を越えて、爆発を繰り返す仕掛けのテレビ番組に夢中になり、あーでもない、こーでもないと言い合いながら楽しんでいた。

「そういや、小十郎は俺の原案も持って行ってくれたみたいだな」

鶴丸は仕掛け絵本作家であり、朝方まで試行錯誤を重ねて作品を作っていたのだ。
作家名は本名である[鶴丸 国永]では無く[安達 国永]と名乗り、仕掛け絵本作家としては新進気鋭の作家であった。ただし、顔出しなどは殆どなく、正体・性別共に不明の作家としても有名であった。
そして、そんな謎の作家を抱えている大手出版社に小十郎は務めている。

「あぁ、鶴さんがあのまま爆睡しそうだからって、小十郎さんがどうせ持って行く先は同じ場所だからって回収していったみたいだよ」

「どうりで催促の電話も来ないはずだ」

連絡が無いということは無事入稿出来たのだろう。
お茶を啜りつつ鶴丸はほっと息を吐く。

「鶴さんもお仕事お疲れ様」

「うむ。これでまた少し時間が出来たな」

何をして遊ぶかと、ちらりとテレビに戻った視線に光忠はあんまり大掛かりな悪戯は止めてねと先に言っておく。

「まだ何も言ってないんだが…」

「そう?僕の気のせいかな」

光忠は湯飲みに口を付けて、にっこりと笑った。

「貞、髪乾かしてやろうか?」

「えっ、良いの?じゃ、洗面所からドライヤー取ってくる!」

見ていた番組がCMに入った所で、首からタオルを下げたままの貞宗の姿に政宗がそう提案すれば貞宗は喜んでドライヤーを取りにリビングを出て行く。

「政宗は貞坊に甘いなぁ」

「そういう鶴さんだって貞ちゃんには甘い時があるでしょ」

「そりゃ仕方ない。貞坊は家の末っ子だからな。あの伽羅坊だって甘くなるんだぞ」

「Ah〜、そういや今、風呂場に伽羅がいるんだな」

洗面所と風呂場はドアで仕切られているとはいえ、ほぼ同じ場所だ。
無事、ドライヤーを入手してきた貞宗がリビングへと戻って来る。

「ちぇ、伽羅に怒られちったぜ。出た時に持ってけって」

髪を梳かすブラシと一緒に渡されたと言って、貞宗は政宗にドライヤーとブラシを手渡した。





「あ、伽羅ちゃんもジュース飲む?」

風呂から上がり、リビングに顔を出した大倶利伽羅に光忠が声を掛ける。

「…貰う」

その声に答えた大倶利伽羅だったが、自分で用意した方が早いかと判断するとすたすたとそのままキッチンカウンターの内側に入っていってしまう。

「場所分かる?僕が出してあげようか?」

光忠はそう言ってソファから立ち上がりかけたが、大倶利伽羅に「分かるから良い」と断られて再びソファに腰を落とした。
その様子を政宗にドライヤーをかけてもらい、ブラシで髪の毛まで梳かしてもらった貞宗がリビングの床に胡座をかいて座ったまま見上げて言う。

「伽羅が出てきたんなら、次みっちゃん風呂入ってこれば?」

「そうだな。小十郎が帰って来たら俺が用意してやるし、入って来いよ。鶴丸は最後で良いんだろ?」

床に座った貞宗の後ろ、ソファに座ってドライヤーとブラシを片付けていた政宗も貞宗の言葉を後押しするように言う。

「おう。俺は一番最後で良いぞ。たいして動いてないしな」

「そう…?じゃぁ、皆の言葉に甘えようかな」

ついでにドライヤーとブラシを洗面所に戻しておいてくれと、政宗は頼むのも忘れなかった。
光忠と入れ違いで大倶利伽羅がコップを片手にリビングへとやって来る。

「なぁなぁ…昨日、商店街行ったんだろ?何しに行ったんだ?」

自分の隣を手で叩いてソファへと大倶利伽羅を呼んだ貞宗は政宗と大倶利伽羅の顔を交互に見て口を開く。

「何って…まぁ買い食いだな。家に帰っても夕飯までまだ時間あったし」

「政宗に誘われてコロッケを買いに行っただけだ」

「おっ、コロッケってあれだろ?精肉店で売ってる、衣はサクサク、中身はほくほくの出来立てコロッケが美味いんだよなぁ」

「あぁ…美味かった」

鶴丸が思い出すように言えば、珍しく大倶利伽羅が頷いた。とはいえ、政宗と商店街に買い食いに行ったという時点で、大倶利伽羅もその態度こそ素っ気なくはあるがその行動は何処にでもいる育ち盛りの男子高校生となんら変わりは無かった。

「いいなぁ。俺も買い食いとかしてみたい」

「貞坊の所は買い食い禁止だったか?」

買い食いの話しを聞いた貞宗は高校生である二人を羨ましそうに見て、それに鶴丸が首を傾げた。

「そうなんだよー。だから寄り道とか出来なくて」

「下手に店寄るとこの辺みんな顔見知りみてぇなもんだからな。学校には直ぐばれるぜ」

商店街なんかは特にと政宗が実感の籠った声で言う。
まぁ、逆に顔見知りが多い分、商店街で買い物をすればおまけしてくれたりと良い事も多々あるのだが。

「買い食い出来るようになるまでは鶴丸にでもおやつを用意してもらえ」

「何で俺なんだ、伽羅坊。おやつなら政宗とか光坊に作ってもらった方が断然美味いと思うぞ」

「光忠も政宗も昼間は学校だ。その点、アンタは暇だろう?」

「ちょっと…待て。それだと俺が毎日暇してるみたいに聞こえるんだが。伽羅坊は俺の事を何だと思ってるんだ」

真面目な顔をしての鶴丸の問い掛けに大倶利伽羅は一度瞼を瞬かせると「仕事が片付いたなら後はまた暫く暇を持て余した暇人だろう」と的確に的を射てきた発言をする。先程の光忠と鶴丸のやりとりを聞いていた訳でも無いのに、言うことが鋭い。

「うっ……」

「それはそれで帰って来るのが楽しみだけどさー。やっぱり、外で食べ歩きとかしたいじゃん」

「我が儘な奴だな」

「じゃ、次の休みにでも皆で何処かに出掛けるか?」

貞宗の我が儘発言に便乗して鶴丸は素早く話題の転換を図る。別に毎日暇をしているわけではないと念を押してからだが。

「それなら小十郎に車出してもらえば少し遠くまで出掛けられるんじゃねぇか」

政宗も鶴丸の案に賛同して、話を広げていく。

「そりゃ良いな。後で光坊にも何処行きたいか聞いて行き先を決めよう」

「俺、食べ歩きしたい!伽羅は?」

「別に何処でも良いが、片倉の都合は良いのか。勝手に決めて」

ちらと投げられた視線に政宗は迷わずに頷き返した。その自信は何処から来るのか…。




玄関の方から帰宅を告げる声が聞こえて来たのはそれから程無くしての事だ。

「ただいま帰りました」

リビングに顔を出した小十郎は政宗達の姿を目に留めるとそう告げて、右手に持っていた紙袋をキッチンカウンターの上に置いた。

「おぅ、お帰り」

「うん…?なに持って帰って来たんだ?」

「お帰りー、小十郎さん」

「…おかえり」

ばらばらと掛けられた声に小十郎はその中から政宗へと目を向ける。
視線を受けた政宗はソファから身を起こすと小十郎の元へと向かい、キッチンカウンターの上に置かれた紙袋に目を向けた。

「誰からだ?」

「夕方、輝宗様が社の方に立ち寄られまして。政宗様達にと戴きました」

「ha、ご機嫌伺いってやつか」

小十郎の勤めている出版社は実はとある企業のグループ会社であり、輝宗という人物はその企業のトップに立つ人物の名前でもあった。フルネームは伊達 輝宗。その人こそ政宗の実父であり、政宗の事に関しては基本的に放任主義を貫いている。ただ、幼い頃から小十郎を政宗の護衛兼側役に付けたりと、こうして時折こちらの様子を気に掛けてきたりするぐらいには政宗の事を気にしているらしい。
故に小十郎の就職先に関しても政宗は輝宗が関わっていたんじゃないかと当時は邪推していた。たが、その方が小十郎のスケジュールの融通が利くと判明してからは追及しないことにしていた。

「しかも中身はずんだか…」

紙袋の中を覗いた政宗の隻眼が細められる。
ずんだは政宗の好物である。

「冷蔵庫で冷やしておきましょう。人数分あるようですから」

紙袋の中を確かめた政宗に、小十郎はそう声を掛けて紙袋の中から包装紙に包まれた箱を取り出す。それを見て貞宗が声を上げた。

「あ、ずんだ餅だ!」

「今日は良く食べ物を貰うなぁ」

鶴丸も呟く様に溢して、大倶利伽羅は二人のやりとりをコップを傾け静かに眺めていた。

「今、光忠が風呂入ってるから。二階で手洗い済ましたら下りて来いよ。飯の用意しとく」

「それぐらい自分でやりますが…」

冷蔵庫を閉めて振り返った小十郎を政宗がそう言って促せば、小十郎は一瞬躊躇いをみせる。

「良いから、気にすんな。さっさと荷物置いて手洗いしてこい。話したい事もあるんだ」

しかし、そんな小十郎を政宗は強引に押し切って、リビングから追い出した。
政宗は言葉通り手際よく、光忠が用意していた小十郎の分の夕飯を用意し始める。とはいえ、ハンバーグを焼いたり、サラダを冷蔵庫から出したり、味噌汁を温め直したりとやる事は簡単だ。

「ありがとうございます、政宗様」

「Ya」

再びリビングにハンバーグの焼ける良い匂いが広がった。
テーブルに着いた小十郎の正面の席に、政宗は身に着けていた青いエプロンを外すと腰を下ろし、先程まで鶴丸達と話していた、次の休みに皆で何処かに出掛けたいという話をし始めた。
そのうちに鶴丸達もテーブル席に移動してきて、自分達の行きたい場所を主張し始めた。

「出来れば行った事の無い所が良いな。その方が驚きがあるだろう」

「はい!美味しいものが食べたい」

「うるさくない場所なら良い」

「行った事がなくて、美味いものがあって。尚且つ静かに過ごせる場所…中々の難題だな」

鶴丸と貞宗、大倶利伽羅の要望を纏めた小十郎が眉を寄せれば、それを見て政宗が己の中で考えていたプランを口にする。

「郊外とか、此処から日帰りで行ける観光地とかどうだ?温泉やら渓谷やら色々あるだろ。ま、後は光忠の意見次第だが」

それほど遠くを考えなくとも、意外と行ったことの無い地元の観光地というものもあるだろう。逆に地元過ぎて行かない場所など。

「それでしたら…」

問題は無いと小十郎も一緒になって行き先を考え始める。
小十郎が反対せずに話を進めた時点で、皆で出掛ける予定は決定事項となり、鶴丸と貞宗は顔を見合わせてひっそりと楽しげに笑い合った。






「…ん?」

賑やかな声のするリビングに、貞宗とは違い風呂から上がって洗面所で軽く身嗜みも整えて来た光忠が顔を出す。

「小十郎さん、帰って来てたんだ。お帰りなさい。…政宗くんもありがとう」

テーブルを囲んで何やら話し合っている四人と、青いエプロンを着けてキッチンに立つ政宗に光忠は内心で首を傾げつつ二人にそう声を掛けた。

「あぁ、ただいま」

「片付けは済ませちまったぞ。何か飲むか?」

「うん、麦茶でも貰おうかな」

言いながら自分で用意しようとキッチンに入った光忠は、政宗が既に光忠のグラスを用意して製氷皿から氷を出している事に気付いた。どうやら先を読んで用意してくれていたらしい。間もなく冷たい麦茶が注がれたグラスを差し出される。

「ほら」

「ありがとう」

ついいつも誰かしらの世話を焼いてしまうきらいのある光忠は自分がそうされる側に回ると、嬉しい気持ちと一緒に擽ったい気分にさせられる。ちょっとばかりそわっと浮わついた気持ちを落ち着かせる為ではないが、光忠はテーブルを囲んで話し合う四人の方に視線を流すと口を開いた。

「ところで、小十郎さんまで真剣に考え込んでるようだけど何かあったの?」

不思議そうに問いかけて来た光忠の視線の先を追って、政宗は内心で小十郎の奴の悪い癖が出てるなと呟く。だが、それも小十郎本来の役目、政宗の護衛兼側役であることを考えれば仕方のない事ではあった。

なにせ今でこそ政宗は自由気ままに行動しているが、小学生低学年の頃、身代金目当ての輩に誘拐されかけたことがある。そしてそれは誘拐されかけた当人である政宗と誘拐未遂犯を撃退した小十郎しか知らない事だ。政宗が誰にも知らせるなと小十郎に厳命したのだ。小十郎以外に護衛など増やされて堪るかと、窮屈な生活になる事を政宗が嫌ったのだ。その後暫く続いた小十郎の過保護気味な態度には正直辟易とさせられたが、誰にも知らせるなと言った手前、その対価としてその扱いを政宗は甘んじて受け入れた。
成長と共に自分の身を自分で守れるようになってからは、特にこの家に住人が増えてからは自然と政宗も周囲の事には気を配るようになっていた。

光忠の疑問に政宗が何でもない事の様に答える。

「次の休みに何処行くか迷ってるだけだろ。光忠。お前はどっか行きたい所とか、欲しいもんとかあるか?」

「うーん…急にそう言われても。特に欲しいものも無いし。皆が楽しめる場所なら僕は何処だって良いよ」

「欲がねぇな」

「そうかな?」

「鶴丸なんかは行った事ねぇ場所とか。貞は美味いもんが食いてぇとか。伽羅に至ってはうるさくねぇ場所ときた。出かけ先で静かな場所なんかあるかって話だ」

「ははは…それはまた難しい話だね」

そう言いながらも肩を竦めた政宗の口元は、言葉の割には楽し気に緩んでいて。ちらりと見たその横顔はどこか大人びて見えた。

「さて、俺ももう一回話し合いに参加してくるか」

光忠に背を向け、キッチンを出て行く政宗の背中を光忠は眩しいものでも見るように瞳を細めて見つめる。

「欲がないかぁ…。そうでもないと思うけどな…」

だって、本当に欲しいものも、行きたい場所も無いんだ。
それは既に此処にあるから。もうずっと前に政宗くん達がくれた。
そして願わくば…この優しい時間がこの先もずっと続けばいいと思っている。そう考える僕は欲張りだろう。

「おーい、光坊!お前さんもこっち来て参加しろよ。じゃないと大変な事になるぞ」

キッチンカウンター越しに片手を上げた鶴丸が光忠を呼ぶ。

「鶴さん。それどういう脅しなの」

呆れた声で答えた光忠が麦茶の入ったグラスを片手にリビングに回れば、六人掛けのテーブル席が埋まる。

「真面目な話、鶴丸の意見を入れていたら近場とはいえ日帰りでは帰って来れん」

「Ah〜、鶴丸はともかく、俺達は学校とかあるからな」

「いっそコイツを現地に置いて来たらどうだ。暫くは静かになる」

「さすがにそれは酷いんじゃないかな」

「そうだぜ、伽羅。いくら鶴さんでも一人じゃ寂しくて泣いちまうぜ」

「フォローしてくれるのは嬉しいが、立派に大人な鶴さんは泣かないからな貞坊」

「「立派な大人…?」」

「えっ、いや何で政宗と小十郎はそこで俺を見る。って、伽羅坊まで!」

「うーん…鶴さんは少し落ち着きがないからなぁ。…ちゃんと頼りになる事は分かってるんだけど」

フォロー出来なくてごめんねと、雰囲気で伝えてきた光忠の気遣いを無駄にするように貞宗は直球で言う。

「普段の態度があれだからじゃね?」

「「あー…」」

その一言で何となく鶴丸を除く皆が納得した所で、小十郎が横道に逸れていた話を元に戻す。

「それでだ。冗談はさておき、政宗様は何処かご希望は御座いますか?」

「ん〜、俺も別にこれといってないが…。ただ、此方に行くなら美味いお萩の店があるんだよな」

「えっ…どこどこ?」

話し合いを進めるテーブルの上には何処から出してきたのか、近隣の地図と観光地の情報が纏められた雑誌がいつの間にか広げられており、政宗が指差した辺りを貞宗が覗き込む。

「日帰り出来る温泉もありますな」

「温泉か…良いね」

「それは此処から近いのか?」

地図に目を落とした小十郎が思い出すように呟けば、光忠と大倶利伽羅も興味をひかれたのか話しに乗ってくる。鶴丸もまた行き先を気にしつつ、カメラも用意しておかないとなと既に日帰り旅行気分で必要な物を頭の中でメモしていた。






リビングの入口横に掛けられていたホワイトボードの予定が消される。
各人が寝る前に明日の予定を書き込んでいくのだ。
そして、一番下にある備考の欄には先の日付と行き先が書き込まれる。

「ふむ。週の終わりに楽しみがあるのは良いな。今週も頑張れそうだ」

一番最後に明日の予定を書き込んだ鶴丸がペンを受け皿に戻して呟けば、まだリビングにいた小十郎が鶴丸に声を掛ける。

「頑張るのは良いが、早く寝ろ。風呂を出てから大欠伸をしていただろ」

「ありゃ、見られていたか」

既に光忠達、学生組は二階に上がっている。自室でまだ起きている者もいれば、布団に入って寝ている者もいるだろう。
小十郎はキッチンの方も覗いて電気を消すと鶴丸を促す。

「明日も朝が早い」

「そうだな、寝るとするか。今朝も光坊の朝御飯を食いそびれてしまったし。明日は…」

リビングの電気も消されて、廊下へと出た鶴丸は階段へと向かう。小十郎はその途中で玄関の施錠を確認してから階段へと足をかけた。

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ。寝坊はするなよ」

緩やかに始まった一日は穏やかに、時に騒がしく過ぎていき、再び静寂の時を取り戻す。温かな空気に包まれたままこの家の一日が終わった。



−了−



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