02


「歌仙くんも時間が合えば良かったんだけど…」

そう言いながら休憩の為にペンを置いた光忠に和泉守が凝った肩を解すように伸びをしながら返す。

「之定には後で内容を伝えときゃ良いんじゃねぇの」

和泉守の隣で烏龍茶の入ったコップに口を付けた堀川がその言葉に同意するようにコクコクと頷く。ゼミの中でされたグループ分けにより、この三人の他にもう一人、歌仙兼定という文系青年も一緒のグループだった。しかし、この時間歌仙は別の授業を取っており、今回の勉強には不参加だった。

「そういやちょっと聞いてもいいか、燭台切」

伸びをして堀川と同じように飲み物に口を付けた和泉守が、自分達の正面に座る光忠を窺うように見て言う。

「何だい?」

和泉守の何処か緊張した面持ちに光忠は首を傾げつつ頷いて先を促した。

「いや、答え難いなら別に答えなくても良いんだが…」

「兼さん」

和泉守が喋っている途中で珍しく、堀川が咎めるように和泉守の名前を呼ぶ。
和泉守はその声に、分かっているとでも言うように一度、隣に座る堀川に視線を向けてから続きの言葉を口にした。

「さっきお前、玄関で保護者代わりの人って言ったろ?ここに来るのを決めた時も、僕の住んでる家って表現だったし、自宅とは違うのかと思って」

自分達の様に下宿しているなら、下宿先という表現を使うだろうし。
また、疑惑を深めたのは表に出ていた表札だ。燭台切ではなく『片倉』となっていた。

和泉守の指摘と堀川のはらはらとした、聞いてはいけない事なのでは?という顔に光忠は自分の言動を振り返って合点がいったと、その顔に苦笑を浮かべた。

「あぁ、それは一緒に住んでる皆にも良く注意されるなぁ。自分の家、もしくはちゃんと自宅って言えって」

昔、施設に住んでた頃の癖が中々抜けなくてね。

「…どういうことだ?」

どうやら光忠の事を真剣に気に掛けてくれていた二人に光忠は別に隠す事でもないからと、その抜けない癖と自宅について話す。

「今、この家にはそれぞれ名字の違う六人で住んでるんだ。分かりやすく言うとルームシェアみたいな感じかな」

僕より年上の人が二人。それが表札に出ていた片倉 小十郎さん。もう一人が保護者代わりの鶴丸 国永さん。それで、僕より年下の高校生が二人に、中学生が一人。

「元からこの家には小十郎さんと、今は高校生の政宗くんが二人で住んでいたんだ。僕達三人と鶴さんは色々な事情から、小さい頃から児童養護施設に預けられてて、その施設で暮らしていたんだ」

施設には他にも子供が沢山いたけど、とりわけ僕達四人は仲が良く、子供の頃からずっと一緒だった。

「でも、そういう施設ってずっと居られるわけでもなくて、一番年上だった鶴さんが一番最初に施設を出なきゃいけなくなった」

根が素直なのだろう、和泉守と堀川は口を挟まずに真剣な表情で光忠の話に耳を傾けている。その様子に光忠は胸を温かくして話を続ける。

「その時の鶴さんはいつになく真剣な面持ちで、僕達にこう言ったんだ」

『俺が必ず何とかするから。お前達は良い子で待ってろよ』

その時以降、鶴さんのそんな表情は見ていないけど、鶴さんは施設を出てからも、良く施設には顔を出してくれた。
だけど、そんな風に過ごす内に次は僕の番が来た。
当時、小学生だった貞ちゃんと中学生だった伽羅ちゃんを施設に残して出て行くのはやっぱり心配だったけど、年下の二人が虚勢を張ってまで僕の背中を押してくれてるんだからって、僕も覚悟を決めて施設を後にしようと思ったよ。

「でも、そんな覚悟は一瞬で吹き飛んだね。あの時ほど鶴さんに驚かされたことはない」

そう言って穏やかに、嬉しそうに笑みを零した光忠に和泉守と堀川もその流れがこの家へと繋がっているんだろうと予測できた。

その日も当然の事の様に施設に顔を出していた鶴丸は、施設長の部屋から出て来るなり光忠達三人を集めて、楽し気に口を開いた。

『今日からまた皆で一緒に暮らすぞ!』

光坊の支度は済んでるな?伽羅坊と貞坊も荷物を纏めて来いと、何の説明も無くいきなりそう言われたのだ。

『えっ、どういうこと鶴さん?』

『とうとう頭がおかしくなったか』

『どっかで変な物でも食べたんじゃないよな?』

それぞれ酷い言い草だったが、それほど鶴丸が口にした台詞が信じられなかったのだ。
しかし、鶴丸が口にした言葉は嘘でも夢でもなく本当だった。光忠達三人の施設退園届けは既に鶴丸の手により施設側に提出されており、受理されていた。戸惑いながらも鶴丸について行った三人が目にしたものがこの家だった。

「小十郎さんと政宗くんが出迎えてくれてね。あの日の事は忘れられないなぁ」

ハッピーエンドで終わった話に和泉守と堀川が頬を緩める。

「あ、でも…一つ疑問が残ってるんだよね」

「何がですか?」

「うん。僕達の学費諸々を鶴さんが宝くじで一等を当てて払ってくれたって言うのは、百歩譲って信じても良いんだけど。鶴さんが小十郎さんの知り合いだからって、こんな見ず知らずの僕達を、しかも三人もすんなり住まわせてくれたことがちょっと腑に落ちないんだよね」

もちろん感謝はしてるし、小十郎さんも政宗くんも良い人だし。

「何か裏があるって事ですか?」

「いや、裏はないと思うんだけど。うーん…何て言ったらいいのか…」

「いやいや、突っ込むところはそこじゃねぇだろ!宝くじで一等って、普通にありえるのか!?」

保護者代わりのその鶴丸 国永って何者だよ?相当な強運の持ち主か。



そんな話をされているとは知らず、抵抗も無く、すんなりと開いた玄関扉を前に鶴丸は羊羹の入った箱を片手に一人呟く。

「もう誰か帰って来てるのか?」

そうして玄関に光忠の靴を見つけ、その横に見知らぬ靴を二足発見する。

「光坊の友達か」

羊羹の箱を手にリビングへと入った鶴丸は入口脇のホワイトボードにちらりと目を向けると、そのままキッチンの方へと向かう。羊羮の箱を一旦、キッチンカウンターの上に置き、食器棚から皿を一枚と爪楊枝を用意する。

「よし、幸せのお裾分けでもしてやろう」

実は余分に貰ってきていた羊羮を三切れ皿の上に並べ、その横に爪楊枝を添えて鶴丸はキッチンを後にした。
ちゃんと残りの羊羮の入った箱は冷暗所に保管して。

コン、コンと軽く扉をノックする音に部屋の中に居た三人の会話が途切れる。

「はい、開けても良いよ」

当然答えたのは部屋の主である光忠で、開けられた扉の向こうから鶴丸が顔を出す。

「よっ、光坊。帰ってたんだな。お帰り。それと…そこの二人はいらっしゃい」

「ただいま、鶴さん。もしかして、また隣にお邪魔してたの?」

鶴丸にいらっしゃいと歓迎の言葉をかけられた和泉守と堀川はぺこりと軽く会釈をすると、この人が鶴丸さんかと認識した。

「邪魔してたというか、今日は体よく使われてきたぜ」

それでほらと鶴丸は隣から貰ってきた羊羮を乗せた皿を光忠に見せる。その皿を手に光忠の部屋に入った鶴丸はノートやプリントの広げられたガラステーブルの空いた場所に持ってきた皿を下ろした。

「お裾分けだ。俺はさっき隣で食べたから三人で食べると良い」

「お、あざーっす」

「ありがとうございます」

「今度お礼に三日月さんには何か差し入れを作っておくよ」

お礼を口にした和泉守と堀川に鶴丸は笑顔を返し、光忠には適当な物で良いだろと気安く口を挟む。

「兼さん、先に取って良いよ」

「そうか?悪いな、国広」

和泉守に先を譲った堀川と和泉守のやりとりを微笑ましく眺めながら、鶴丸はところでと話を変える。

「光坊が家に誰かを連れて来たのはもしかしてキミ達が初めてじゃないか?」

「え?そうだっけ…?」

「そうだ。伽羅坊と政宗、貞坊の友達は見た事があるが、光坊の友人は町会長の所の長谷部しか見た覚えがないぞ。話には聞いているが」

首を傾げた光忠に、和泉守と堀川は揃ってそうなのかと爪楊枝で羊羮を刺しながら瞼を瞬かせる。その途中ではたと堀川が何かに気付いて、慌てて鶴丸に向き直った。

「すみません。自己紹介をしてませんでしたね。僕は燭台切さんと同じ大学で学んでいる堀川 国広です。こっちは和泉守 兼定です。お邪魔してます」

「この羊羮めちゃくちゃ美味いな」

再度、鶴丸に向かって軽く頭を下げた二人に、鶴丸はうん?と声を漏らして動きを止める。そして二人の顔を真っ直ぐに見返すと、もしかしてと二人に聞き返した。

「キミ達二人とも土方の所のか?随分前に親戚の奴らが転がり込んできたとか土方が言ってたような覚えがあるんだが…」

「土方さんを知ってんのか?」

「知ってるんですか?」

「知ってるも何も土方とは高校の時の同級生だ。ちなみに小十郎も一緒だったんだぞ」

「えっ、そうなの?鶴さん肝心な事は何も教えてくれないから。てっきり仕事関係で知り合ったものだとばかり思ってたよ」

最後の方は光忠に向けて告げられた台詞に、光忠も驚きで瞼を瞬かせる。

「他にも今は家業を継いで実家の神社に戻ってる石切丸や原田に永倉と、山南は苦手だったなぁ。キミ達ならこの名前にも、もしかしたら聞き覚えがあるんじゃないのか?」

「石切丸さんって、直ぐそこの神社の若い神主さんじゃないか」

「それなら僕達も知ってます」

「へぇ…意外と世間って狭いもんなんだな」

意外な所で土方の名前を聞いた和泉守と堀川は鶴丸の上げた名前に頷き返して、高校時代の土方の話を聞きたがった。

「うーん、土方はどちらかと言えば、小十郎と気が合っててな。俺は学校で一番偉い生徒なのに何故かやたらと怒られた記憶しかない」

「それって鶴さんが生徒会長をしてたとか言ってた話?本当だったんだ」

「土方さんはその時何かやってたのか?」

「うむ。近藤先輩が卒業してからはこの俺の右腕だったな」

「副会長ってことですか?」

鶴丸の訪れから、ゼミの勉強会はずっと休憩に入ったまま進む事は無く、四時半を過ぎて帰って来た大倶利伽羅と貞宗の話し声によって鶴丸を除く光忠達三人は我に返ったのだった。そして、その後は解散という流れになり、和泉守と堀川は下宿先の主にこの話を土産話として持って帰った。






「ただいまー!」

「…ただいま」

帰路の途中で偶然一緒になった大倶利伽羅と貞宗は玄関扉を開けて、帰宅の旨を告げる。その際、鶴丸と同様に玄関で見慣れぬ靴を発見し、お客が来ている事に気付いた。

「鶴さんの仕事関係の人かな?それともみっちゃんの友達かな?」

「さぁな…どうでもいい」

「えー、伽羅は気にならないのかよ?」

靴を脱いで玄関を上がった二人は二階にある自室へ向かう前にリビングに立ち寄ると、それぞれ鞄から空になったお弁当箱を取り出しキッチンカウンターの上に出して置く。
そのまま話を続けながらリビングを出た二人は廊下を歩き、二階へ続く階段に足を掛けた。大倶利伽羅は振り返らずに後を着いてくる貞宗に答える。

「別に。…この家に上げられる人間は限られる」

「そりゃそうだけどさー。どんな人か気になるだろ?」

六人で住むこの家には、確かに上げられる人間とそうでない人間という線引きが暗黙の内に出来上がっていた。それはいつから出来上がっていたのかは知らないが、一番は家主である小十郎と政宗の意向が強い。
二人とも私生活に興味本意で近付いてくる輩に対してはこの家に近付くことすら許さず、徹底した態度を貫いていた。その様はまるで護られている様にくすぐったい気持ちにさせられたが、悪くはなかった。
それ故にこの家は一際安心して過ごせる居心地の良い場所、帰る家へと認識されていた。
そんな空間の中に連れてこられた稀有な人間となれば、それはここに住む他のメンバーも特に問題なしと思える人間ということだ。

話ながら階段を上がった二人は、光忠の部屋の中から聞こえてきた慌てる様な騒がしい声を耳にしながら、己の部屋と向かう。貞宗の部屋は階段を上がって直ぐ左手の部屋であり、大倶利伽羅の部屋はその隣、階段から見て斜め左前の部屋だ。また、階段正面となる部屋の主は政宗で、大倶利伽羅とは逆隣に小十郎の部屋があり、バルコニーが付いた右斜め前の部屋が鶴丸の居室兼仕事場となっていた。

二人はそれぞれ自室に入ると鞄を置いて、大倶利伽羅は学園指定の学ランから、貞宗はブレザーから私服に着替える。その間に光忠の部屋の扉が開く音と、複数の人の声がして、階段を下りていく足音が聞こえた。

「ちらっとだけでも…」

客人が気になっていた貞宗は部屋の扉を開けると、Tシャツに制服のズボンという中途半端な格好でこっそりと階段の上から下を覗く。

「おっ、みっちゃんと同じぐらいイケメンの人。それに…」

「何してるんだ、貞坊。そんな所で危ないぞ」

あとお帰り、と背後から話しかけられて、貞宗は慌てて背後を振り返った。

「鶴さん!ただいま。起きてたんだ」

てか、今もしかして、みっちゃんの部屋から出て来た?と貞宗は階段から離れ、二階の廊下で鶴丸と立ち話を始める。

「あぁ、つい光坊達と話し込んでしまってな。…伽羅坊もお帰り」

こちらはちゃんと着替えを済ませた大倶利伽羅が部屋から出てくる。鶴丸の声に大倶利伽羅は素っ気ないながらもただいまと返し、階段へと向かう。その背中に鶴丸が再び声をかけた。

「政宗は一緒じゃないのか?」

「アイツはまだ真田 幸村と遊んでいる。付き合いきれんから、後は柴田に任せてきた」

いつもの如く、グラウンドの使用権を賭けた戦いという名の遊びを政宗達は繰り広げていた。二人の通うBASARA学園は部活動が盛んなことで知られ、全国大会にも出場している部活も存在するがグラウンドの大きさは野球部とサッカー部が同時に使用するには少し問題があった。
そこで普段は週変わりでの使用となっているのだが、大会等が近付くとその順序はめちゃくちゃになる傾向があった。
また、真田 幸村というのは政宗と同学年のサッカー部エースであり、政宗は二年にして野球部部長、エースで四番という肩書きを持っていた。
その二人が互いにグラウンドの使用権を賭けて良く分からない勝負を繰り広げている姿が放課後に目撃されるのはもはや日常茶飯事に近かった。時に大倶利伽羅もそこに巻き込まれる事もあるが、今日はそれに巻き込まれぬ様に後の事を柴田 勝家という男に丸投げして先に一抜けして帰宅してきていた。そして、この勝家という男には同じ学園に、にっかり青江という名の従兄弟が通っていた。

「球遊びも良いけれど、たまにはこうゾクッと感じられる様な魂(たま)遊び何かどうだい?」

「青江?」

なかなか決着のつかない事態に、観客と化していたにっかり青江が幸村と政宗双方に話し掛ける。ちょうどスリーアウトチェンジで、攻守の交替をしようとしていた面々も突然の提案に足を止めてにっかり青江とその隣に立つ勝家に目を向けた。

「ほら、もう陽も沈みそうだし、決着が着いても今日はもう練習出来ないでしょ。それなら明日からの使用権を賭けてもうひと勝負するっていうのはどうだい?」

「hum…それは一利有るな。俺は別に構わねぇが」

野球用のバットを右手に持った政宗の視線がサッカーボールを手にした幸村へと流される。

「無論、某も異は御座らん!」

「いや、俺様はもう帰りたいなぁーなんて…」

こちらは巻き込まれを回避出来なかった猿飛 佐助が疲れた様に呟いた。だが、誰も彼の言葉は聞いてくれない。

「で、どんな勝負なんだ」

問われたにっかり青江は嬉しそうにふふっと怪しく微笑むと説明を始める。

「皆知ってると思うけどこの学園の裏には墓地があるよね」

学園の裏には学園の管理する裏山があり、その裏山の中にそこそこ広さのある墓地が存在していた。また、その墓地の管理を務めている南部 晴政は学園の校務員も兼任していた。

「その墓地の一番奥にある墓石にこれと同じ金の玉を置いてくるから、それを一番最初に此処へ持ち帰ったチームの勝ちなんてどうだい?」

もちろん、早い者勝ちだから妨害も何でもありだ。
そう説明しながら青江は自身が手に持っていたつるりとして手触りの良い丸い金の玉を撫でる。

「へぇ、何でもありか…」

「むっ、政宗殿。ここはスポーツマンシップに則り勝負は正々堂々やるで御座る!」

意味深に呟き返した政宗に対し幸村はすかさず釘を刺すように言った。が、政宗は変わらぬ調子で作戦を練る位は別に有りだろと、一言、二言言い返して幸村をあしらう。

「これで君も彼らと一緒に遊べるだろう?」

「青江…もしかしてその為に…」

「まぁ、彼は僕の意図に気付いてわざと話しに乗ってくれたみたいだけどね」

ちらと流し見た青江の視線の先で、黒いリストバンドをはめた片手が上げられる。

「Hey、勝家!作戦立てるぞ。お前もうちのチームの一員だからな」

「伊達氏」

「ほら、呼んでる。行って来ると良い。僕は一足先に墓地に行ってこの玉を置いて来るから」

にっかり青江に背を押されて、勝家は政宗達が組む円陣の中へと加わった。



「で、今の二人はみっちゃんの友達なのか?」

階下でお邪魔しましたと、気を付けて帰ってねと聞こえるやりとりを耳に、貞宗は今まであの三人と一緒にいた鶴丸に聞く。

「あぁ、二人とも光坊の大学の友人だそうだ。名前は髪が長い方が和泉守 兼定で、短い方が堀川 国広と言って、何と!驚くことに彼らが下宿している先の家主は俺の同級生だ」

「えぇっ、そりゃすっげぇ偶然だな!」

「だろう。俺も驚いた」

「…国広?」

騒がしい二人の会話を聞くともなしに耳にしていた大倶利伽羅は、階段を下りつつ聞いたことのある名前にふと昼間の学校での出来事を思い出す。
大倶利伽羅と同じクラスに国広という名前を持つクラスメイトが一人いて、その彼が昼休みに風紀委員長である浅井 長政に廊下で捕まっていたのだ。

「山姥切 国広!その頭から被っている布は何だ!校則違反である!」

「…そういうアンタはヘルメットを被っているじゃないか」

「まぁまぁ!お二人さん」

そこへ前田 慶次が通りかかって、人の個性にまでケチをつけるもんじゃないよと仲裁に入ったものだから事態は余計に悪化していた。
まぁ、同じ様な名前の人間がいるのは別に珍しい事でもないかと大倶利伽羅は一人心の中で完結して、階段を下りきったその足で一階にある洗面所へと向かう。その際、客人の見送りを終えた光忠が背後を振り返り、大倶利伽羅の背中へと声を掛けてきた。

「伽羅ちゃん、お帰り」

大倶利伽羅はそれに振り向くこと無く、あぁと短く返した。






午後六時を過ぎた頃、ピンポーンと家のインターフォンが鳴った。

「ん?誰か来たみたいだね」

「俺が出る!」

キッチンに立って夕飯の支度を始めていた光忠に代わって、リビングで鶴丸と何故かオセロで対戦していた貞宗が素早く反応する。ソファから立ち上がると飛び出すようにリビングを出て行った。
その様子にオセロの盤面へと視線を流した大倶利伽羅が呆れた様に上手く逃げたなと呟く。

『Ah、長谷部?家に何か用か』

玄関へと出て行った貞宗は玄関扉の向こう側から聞こえて来た話し声に誰が来たのかすぐに分かった。

『俺はーー』

そして、その話し声を遮るように貞宗は勢い良く玄関扉を開けた。

「いらっしゃい、長谷部さん!政宗はお帰り!」

「おぅ、ただいま」

そこには光忠の友人でもあるへし切長谷部と、部活を終えて帰宅した政宗の姿があった。

「俺は町会費の集金に来たんだが」

長谷部の相手を貞宗に任せ、政宗はただいまーと家の中にいる家人に向けて帰宅の旨を告げると玄関を上がって、そのまま荷物を置きに二階へと上がる。

「町会費ね。ちょっと玄関の中で待ってて。みっちゃんに聞いてくる」

「あぁ、頼む」

長谷部を玄関に残し、リビングへと戻った貞宗は来客者が長谷部である事とその用件をリビングにいる三人に伝えた。すると、キッチンで包丁を握っていた光忠は直ぐに何の事か分かったのか、鶴丸に声をかける。

「鶴さん。僕ちょっと今、手が離せないから払っといてくれる?この前小十郎さんがいつもの所に用意しておくって言ってたから、そこにあると思うんだ」

「分かった。俺が持って行こう」

そう言って手の中で遊ばせていたオセロの駒をテーブルの上に置き、ソファから腰を上げた鶴丸はリビングの入口横に掛けられていたホワイトボードの下にある、電話機やメモ帳の乗せられたお洒落な収納棚の引き出しを開けた。

「よっ、長谷部!お前の主殿は元気か?」

小十郎がきっちりと用意していた会費を手渡しながら鶴丸は長谷部に気安く話し掛ける。

「そこそこ元気だ」

「そこそこなぁ。あの不運体質はまだ改善されないのか」

「そう簡単に治るものならとっくに俺が何とかしている」

それに対し、長谷部も予め用意してきていた領収書を鶴丸に手渡して会話を続ける。
そこへ、

「けどまぁ、その不運と釣り合いが取れるようにお前が官兵衛の所に寄越されたんじゃねぇのか」

二人の会話に被さるように階段から下りてきた政宗の声が落ちた。長谷部は鶴丸から政宗に視線を移すと嫌そうに顔をしかめた。

「俺が主にとって幸運だとでも?寝言は寝てから言って下さいよ。俺は貴方と違って忘れられた存在だ」

その口調は嫌そうというよりは何処か拗ねた様な口振りで、僅かに寂しさを滲ませていた。
長谷部本人はまるっきり無意識なのだろう。
その様子に階段を下りた政宗は玄関で鶴丸と顔を見合わせた。

「そんなことはねぇだろ。記憶は無くても官兵衛がお前を頼りに思ってんのは今も変わらねぇ事実だ」

「そうそう。うちだって俺しか覚えてないしな。それでもこうして毎日楽しく過ごせてるんだ。ある日突然、昔の事を思い出さないとも限らないし、そう悲観するな」

「…俺は別に思い出して欲しくもない」

本音の所はどちらなのか、政宗達には長谷部の揺れ動く複雑な心情など計り知れないが、とりあえず何か相談事があったら何時でも乗ってやると長くなりそうな予感のあった話をそう言って早々に切り上げた。

「アイツも中々拗らせてるな」

「あの主殿相手ではそれもしかたないさ」

隣家にも集金に行くと言った長谷部を政宗と鶴丸は玄関で見送った。



玄関から戻った政宗と鶴丸の二人がリビングへと顔を出せば、キッチンでフライパンを握っていた光忠から声が掛かる。

「お帰り、政宗くん。鶴さんはちゃんと領収書貰ってくれた?」

「ただいま。今日の弁当も美味かったぜ光忠」

「ばっちりだぜ。棚にしまっておくから後で確認してくれ」

リビングの入口横に吊ってあるホワイトボードの小十郎の欄以外の皆の予定が帰宅という文字に書き換えられる。
鶴丸と入れ違いでリビングへと戻っていた貞宗は今度は大倶利伽羅を相手にオセロを再スタートさせていた。

「伽羅。お前、先に帰ったな」

政宗は片手に提げていたお弁当箱の包みをカウンターの上に置くと、リビングで対戦する二人の元に足を進めた。
二人の間にある盤面を視界に入れつつ、ソファに腰を下ろすとさっそく大倶利伽羅に向かって文句を投げつける。

「群れるつもりはない」

しかし、大倶利伽羅は政宗の文句に堪えた様子もなく素っ気なく返すと盤面を支配していた白駒を黒駒へと次々に引っくり返した。

「あーっ、俺の駒が!」

「まだ大丈夫だ、貞坊。此処に置けばもう一度引っくり返せる」

ひょっこりと貞宗の頭越しに覗いた鶴丸が盤上を指で指す。

「あっ、そっか。なるほど…」

「おい、鶴丸。余計な口を挟むな」

「貞がこれで勝ったら、明日こそ付き合ってもらうからな伽羅。てことで…負けるなよ貞」

「政宗も勝手に決めるな」

わいわいと賑やかに盛り上がるリビングの一角に目を向け、光忠はくすりと笑みを溢すと一旦料理する手を止めて食器棚から四人分のグラスを取り出した。氷を入れて、冷蔵庫で作っていた麦茶を注ぐと、お盆の上に乗せて賑やかな四人の元へと運んだ。

「もうすぐでご飯になるから、熱中するのもほどほどにね」

そう言って運んで来た各人のグラスをテーブルの上に下ろした光忠はさっそくグラスに手を伸ばした政宗の方を向いて言葉を続ける。

「政宗くんはご飯の前に先にお風呂入る?沸かしてあるけどどうする?」

部活で汗かいたでしょと、グラスを傾けごくごくと麦茶を飲む政宗に聞いた。

「あー…そうだな。先に入ってさっぱりしてくるか」

麦茶を一気に飲み干した政宗は光忠の言葉に頷き返すと、空になったグラスをテーブルの上に戻し、ソファから立ち上がる。

「鶴丸。後でどっちが勝ったか教えてくれ」

「おぅ。必ず吉報を届けるぜ!」

「ふん…そう簡単にいくと思うなよ」

「げっ、角取られた…」

「伽羅ちゃんも大人げないことするねぇ。少しは手加減してあげたら?」

鶴丸にアドバイスを貰って真剣に次の一手を考える貞宗に、大倶利伽羅はグラスに手をかけ光忠の言葉に肩を竦めた。

「したらしたで貞は怒るだろ」

「あぁ…、そうかも」

互いに付き合いの長さを感じさせる実感の籠った台詞に、リビングを出ようとしていた政宗が視線だけで振り返る。

「よし、これでどうだ伽羅!」

「む…」

「あ、意外と鶴さんも本気だった」

「ふっふっふ、俺は何時でも本気だぜ。貞坊が勝ったら、俺も伽羅坊に何してもらおうかな」

「何でアンタのいう事まで聞かなくちゃならないんだ」

振り返り見たその独眼には…遙か遠い昔、伊達組と呼ばれて一括りにされていた彼等が、昔と変わらない賑やかさを増した姿で平和な世を謳歌している姿が映っていた。



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