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遠目から武田の騎馬隊が妻女山から退いて行くのを確認して、ほっと安堵の息が漏れる。それに続いて伊達の騎馬隊が小田原方面へと派手な軍旗を掲げながら山道を駆けて行くのが見えた。

「僕達はまた一つ歴史を守れたのかな…」

「さぁな。だが、少なくともこの場は守れたんじゃないのか」

周囲に目を向けた大倶利伽羅が刀を鞘に納めながら素っ気なく答える。
皆派手な戦闘の後で砂埃や剣撃により衣服は所々斬られていたが、それでも軽症程度だろう。とある一人を除いてだが。

「そうだ。大丈夫かい、長谷部くん」

「まぁ…動けない程ではない。が、本丸に帰ったら鶴丸 国永に伝えておけ。こんな目にあったのも出陣前にアイツが余計な名前を口にしたからだ。きっとそうだ。後で覚えていろと言っておけ」

長谷部は右手と刀を巻き付けていた布をほどきながら、どこか禍々しい雰囲気を背負って燭台切に伝言を託してくる。その雰囲気に気圧されて燭台切は一先ず頷き返しておく。

「燭台切。向こうの部隊も集まったようだよ」

そう石切丸に声を掛けられて、燭台切は長谷部から視線を外した。

「先程は加勢、感謝致します」

「いいや。僕達は主からの命を受けて、当然の事をしたまでだよ」

先に歌仙と向き合っていた一期一振が折り目正しく歌仙達の部隊に向けて感謝の言葉を告げれば、歌仙が隊を代表して首を横に振った。

「それでも助かったのは事実だよ。僕達だけでは苦戦を強いられる可能性もあった」

なにせそれだけの数の敵がいたのだ。
一期一振の隣に並び、燭台切は改めて部隊長として歌仙と向き合うとお礼の言葉を口にした。その後ろに大倶利伽羅と石切丸が続いて彼等と対面する様に並び、刀を納刀した長谷部が最後に続く。

「それで。さっそくだけど、聞いてもいいかな?」

「僕に答えられることなら」

歌仙の部隊は、小夜左文字ににっかり青江、岩融、日本号、三日月宗近が並ぶ。
当然の疑問だろうと歌仙は燭台切の言葉に頷き返して、質問を待つ。

「きみ達が現れたタイミングの良さといい、予めこうなる事が分かっていたのか?」

「それについては可能性があるとだけ聞かされていたね」

何事も起きなければ傍観に徹して良いと主からは言われていた。

「つまり予測はしていたわけだ。…うちの主も」

「まぁそうだろうね。共謀していなければ事は成り立たないと思うよ」

そもそもの話し、他の本丸の部隊が出陣している戦場へ違う本丸の部隊が出陣すること自体異例であり、無茶もいい所だ。
燭台切は現在本丸にいる代理主の姿を脳裏に思い描きながら、彼は昔から無駄な事をする人では無かったなと、自分達に何も告げず戦場に送り出した意味について考える。

「うちの主は何回か上に無理言って現世の方に外出していたようだ。とはいえ、僕が与えられた情報もそれ程多くは無いからね。後は推察になるが」

考え込んだ燭台切に歌仙が肩を竦めて言葉を続けた。

「…本丸内では言えなかったってこと?」

「おい、それなら尚更さっさと帰還するぞ」

歌仙と燭台切の話に大倶利伽羅が割り込む。

「確かに。それなら主は一体何と戦っているんだ」

本丸内での会話を警戒するなど。長谷部も不穏な内容に気付いて眉を寄せる。

「ごめんね、歌仙くん。情報ありがとう。とにかく本丸に帰って確認するよ」

そう言って燭台切は本丸へ帰還する為の転送陣を開こうとして、転送陣が開かない事に気付く。

「えっ、なんで…?」

手にした端末の画面表示は確かに本丸の座標と帰還の文字、それから特殊な文字の羅列が円を描く様に浮かび上がっている。また、足元に描かれた転送陣はノイズが混じったように安定せず、淡く光るばかりで起動しなかった。

「どうしました、燭台切殿」

燭台切の隣に居た一期一振も端末の画面を横から覗き込み、これはと息を呑む。

「待って。この陣、何か妙な気配がするよ」

石切丸は足元に展開した転送陣から普段とは違う気配を感じ取って燭台切に言う。

「ふむ。なれば一度、陣を閉じた方が良かろう」

その様子を静かに眺めていた三日月が助言してくる。ちらりと三日月から視線を流された歌仙は一つ頷くと燭台切に声を掛けた。

「あちらでも既に何かが起きているのかもしれない。共に僕達の本丸から帰還しないか」

そこで詳しい話が聞けるかも知れないと、歌仙は転送陣を閉じた燭台切を誘う。
部隊の意見を聞くように隊員を見た燭台切に事態は急を要すと、その視線に皆が頷く。

「あの本丸はそんなに柔じゃないだろ」

まして、指揮を執るのが片倉ならば信じられる。あの暴れ竜すら守ってみせた人だ。
後半の言葉は呑み込んで、大倶利伽羅は燭台切の視線に答えた。

「うん。…少し遠回りかも知れないけど。急がば回れって言葉もあるぐらいだし」

頼むよ、歌仙くんと燭台切は真っ直ぐ前を向いて言った。
それを受けて歌仙も頷き返し、直ぐに転送陣を起動させた。






その少し前、とある本丸の転送陣が設置されている庭の縁側でうろうろと落ち着かなさげに歩き回っていた審神者がいた。

「茶でも飲んで少し落ち着いたらどうか」

縁側には湯飲みを手にした鶯丸と、主の好物でもあるみたらし団子を運んで来た前田藤四郎が腰かけていた。

「う、うむ。だが…」

ちらりと審神者の向いた視線の先には転送陣がある。
その行動に審神者の様子を見に来た燭台切が足を止めて可笑しそうにくすりと笑みを溢した。

「戦場ではあんなに勇猛果敢だったのに」

「っ、それとこれとは話が別で御座る。もういっそのこと某が出陣出来ればっ!」

「何度も言うようだけどそれは絶対止めてね。僕達の心臓に悪いから」

柔和な笑顔で釘を刺されて、審神者はうっと声を漏らした。

「さて、じゃぁ僕は畑の方を見て来るから。主の監視は頼んだよ、二人とも」

「任せておいてくれ」

「はいっ!」

颯爽と去って行く燭台切の背中に審神者は何も言い返せずに、鶯丸と前田が並んで座っている縁側へと漸く腰を落ち着ける事にした。

「しかし…未だに慣れぬのだ。部隊を戦場に送り出してその結果を待つだけなど」

もどかしいと両膝の上で拳を握った審神者に、前田がそっと微笑んで横からみたらし団子の乗せられた皿を差し出す。

「主さま。こちらをどうぞ。お腹が空いている時は負の感情に偏りやすいと聞いたことがあります」

「むっ、これはかたじけない。有り難く頂戴致す」

目の前に持ってこられた皿から審神者はみたらし団子の串を一本掴んだ。
直ぐ横にお茶を注がれた湯呑みも置かれ、暫し静かな時が流れる。鍛練場のある方向からは微かに威勢の良い誰かの声が風と共に流れてきて、屋敷の中からも賑やかな声が聞こえてくる。
それはこの本丸の後継に選ばれ、やって来た審神者がその真っ直ぐな性格と熱い魂をぶつけて取り戻した平和で穏やかな本丸の姿であった。

「…片倉殿の方は大丈夫であろうか」

政宗殿には佐助やお館様らが付いておられるがと、団子を食べて少し満たされた腹とお茶を飲むことで幾らか落ち着きを取り戻した審神者が何気なくポツリと零す。
必然的にその呟きを拾った鶯丸が首を傾げて審神者に尋ねた。

「その片倉殿というのは主の友かい?」

「あ、いや友…ではなく。何というか、某の友が全幅の信頼を寄せている凄い御仁の事でござる」

「その方がどうかしたんですか?」

同じく横で話を聞いていた前田が不思議そうに審神者を見上げて言う。
だが、そこで審神者は言葉に詰まった。

実は今回の作戦について審神者は情報漏洩の危険性と、自身の本丸が過去にブラック本丸と呼ばれていた事を考慮して具体的な話はしていなかった。政府が派遣した最初の審神者から受けた仕打ちを考えれば、そこにまさか政府の内部に敵がいるかも知れなくて、そのせいでまた何振りもの刀剣が戦場で折られているなんて。心に負ったであろう傷口に、更に塩を塗り込めるような真似がこの審神者には出来なかった。当然、出陣させた部隊にも一人一個ずつ御守りを持たせ、必要最低限の事しか告げなかった。
もしこの場に審神者に近しい者がいたら、旦那は甘過ぎると怒られたかも知れなかったが。
それでも彼等には何も知らないまま、守られていて欲しかった。知らせること無く、この件を収束させたかった。
それが完全に自分の我儘であるという事も分かってはいたが。

何と答えべるきかと審神者が言いあぐねている内に事態は進む。

――庭に設置されていた転送陣が起動し、眩い光を放つ。

「おぉ、帰って来たか!」

審神者は前田の質問に答えることなく、手にしていた湯飲みを縁側に置くと素早く立ち上がった。
だが、そこには…光が収まった後には、審神者が送り出した部隊ともう一部隊。

「っ!?これは…どういうことだ?」

動揺した審神者の声にもう一部隊の視線が審神者に向き、その金色の瞳が見開かれる。

「えっ…真田 幸村!?」

「何故、お前がここに…」

呆然とした燭台切に続いて大倶利伽羅が顔をしかめる。
一期一振もやや間を開けてから真田殿?と驚きを露わに、長谷部は片眉を跳ね上げた。
唯一石切丸だけが、皆が何に驚いているのか分からずに首を傾げた。

「主。報告の前にそちらの長谷部を手入れしてやってくれないか」

しかし、直ぐに歌仙が幸村の意識を引き戻す様に声を掛け、一番負傷の程度が酷い長谷部を名指しして言う。

「う、うむ。承知した」

「俺は別に大丈夫だ。先に話を聞くことがせんけ…」

「きみねぇ、その話し合いの場に右腕を血みどろにさせた奴がいて気にならないと思うかい?」

「ぐっ、だが…」

「長谷部くん。僕達は少しでも時間が惜しい。ここは歌仙くんの言うことを聞いてさっさと治してもらってきて」

歌仙に続き、部隊長である燭台切にまで畳みかけられる様に言われ、長谷部はとうとう了解したと返す事しか出来なかった。
事情を聴きたいのは幸村も同じであり、傍に控えていた前田に長谷部を手入れ部屋に連れて行く様に頼む時に、手伝い札を使うようにと厳命した。
幸村の本日の近侍である鶯丸は余計な口は差し挟まず、そのまま縁側にて事の成り行きを静観することにした。

「では、長谷部が戻って来るまでに今までの事を報告しよう。まず最初に主が気にしているであろう結果だけ言うと、遡行軍は燭台切達と協力して無事退ける事に成功したよ」

「それは良かったでござる」

幸村の口から安堵の息が一つ漏れる。

「とはいえ、僕達が戦闘に加わったのは途中からだったから詳しい事は燭台切に聞いてくれ」

歌仙から話を投げられた燭台切は、一先ず目の前にいる幸村の事を考えるのは止めて、部隊長として受けた任務、その過程。歌仙達が合流してから、何故幸村の本丸に来ることになったのかその流れを説明した。
静かに最後までその話を聞いた幸村は、ちょうど手入れを終えて長谷部が戻って来たのを確認すると一つ確かめる様に彼等に問うた。

「貴殿らが、ま…片倉殿の所の刀剣男士であることに相違はないか」

その問いには、無いよと燭台切から即答が返され、幸村はなればと難しい表情を浮かべた。

「なぁ、主よ。お主が我らの事を思って何事か隠し立てしておるのは、実を言うと皆にはバレておるのだ」

そこへ突然、三日月が秘密を暴露する様に告げた。

「は…?」

「主は嘘が下手だから」

「がはは、そうだな。俺にも何かあるなとは気付けたぞ」

「現世に逢引きでもするような相手が出来たのかもと思ったけど、ちっともその色がないからねぇ」

「おいおい、そういうのは見て見ぬ振りしてやるべきじゃねぇのか」

小夜に続いて岩融、にっかり青江、日本号までもが次々に言う。

「そういうわけで主。今、何が起きているのか燭台切達の為にも話してくれないか」

歌仙を始め、真剣な眼差しが幸村へと集まる。
その覚悟の程を知り、幸村も心を決めると静かに口を開いた。

「推測になる点も多いが…審神者の人事異動以降、練度の高い刀剣男士が戦場で折られる事が増加したのだ。それも皆、新人が引き継いだばかりの本丸が」

「ちょっと待って下さい!もしその条件が本当ならうちの本丸も…」

幸村が口にした言葉に真っ先に反応を見せたのは兄弟の一番多い一期一振だった。
その懸念を肯定するように幸村は頷く。

「狙われていた。故に某は頼まれて、わざと片倉殿と同じ戦場に歌仙達を送り込んだのだ」

貴殿ら刀剣男士を守る為。

「だが、某が任されたのはここまで。片倉殿の方で何か起きているのは確かであろうが、正直あちらの事は某にも分からん。至急、政宗殿に連絡を取って」

「政宗公も関わっているのか!?」

「公は今どうしているんだ」

自身の所属する本丸の状態が気になっているのは確かだが、燭台切や大倶利伽羅にとって今の言葉の中に聞き流せない名前があった。
対する幸村はそんな二人の反応にぱちりと瞼を瞬かせると言う。

「一時的に片倉殿が継いでいるとはいえ、貴殿らの主は政宗殿であろう?最早それだけで政宗殿が動かぬ理由はない」

「公…」

「よく思い出せば、主は審神者代理だと言っていたな」

長谷部は審神者就任時の事やその呼び方について話をした時の事を思い返して呟く。
石切丸もようよう話が呑み込めてきて、何やら言葉にならぬ衝撃を受けている燭台切に代わって話を先へと進めるべく口を開く。

「その連絡とやらは直ぐに取れるのかい?」

「いや、某も一度向こうに戻ろうと思う。政宗殿は今、某の仲間と共に犯人捕縛に動いておる故、その邪魔をするわけにもいかぬ。こちらから出向いて接触する」

「じゃぁ、一緒に燭台切達を連れて行ってやってくれないか。演練のシステムを使えば行けるだろう?向こうからなら自分達の本丸にも帰れるかも知れない」

唯一演練では他の本丸の部隊と交流が可能であり、元からそういうシステムが構築されていた。さすが、当本丸の初期刀歌仙兼定だと。幸村は自分では考え付かなかった方法を提示してきた歌仙を尊敬するような眼差しで見て頷く。

「うむ。某はそれで良いが、燭台切殿達もそれで良いだろうか?」

「あぁ…そうだね。むしろキミにしか頼めないよ」

燭台切がそう決断を下した所で、今度は幸村が帰還した自分の部隊の刀剣達に見送られる側になった。

「くれぐれも気を付けて下され。何かあれば直ぐ某の持っている端末に連絡を。それから…」

「主、それは僕らの台詞だよ。気を付けて」

「む。…では、行って参る」

幸村は歌仙達に苦笑されながら、燭台切光忠、大倶利伽羅、へし切長谷部、一期一振、石切丸の五名を連れて現世へと転移した。



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