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紅い騎馬隊が無事に通過し、歴史通り伊達軍と真田 幸村が邂逅を果たしている頃…。その周辺で引き続き警戒を続けていた燭台切達の頭上では自然現象では有り得ない、急速に発達した薄暗い雲が渦を巻き始めていた。
同時に戦場とはまた違った嫌な風が頬を撫でる。

「っ、遡行軍か!」

いち早くその変化に気付いた長谷部が空を仰ぎ、次いで大倶利伽羅も睨み付ける様に鋭い金の双眸を頭上へと向ける。
渦巻いた重苦しい雲の隙間から、時空の歪みを強引に抉じ開けるかの如く稲妻が空を走り、間もなく、天から地上へと幾筋もの光が落ちた。

その一つ一つの閃光の中から禍々しい気配を纏った槍や薙刀、短刀に打刀、脇差に太刀、大太刀までもが次々と姿を現す。

「何て数だ…」

ざっと視認できただけでもいつもの倍以上はいると、燭台切は厳しい眼差しで敵を睨み据えて呟く。

「えぇ…嫌になりますね」

その隣で一期一振も同意する様に返し、石切丸も厳しい表情を浮かべた。

「本当に何体いるのか、数えるのが嫌になるくらい多い。これは…どうしたものか」

だが、それでも逃げるわけにはいかない。自分達はこの時を護る為にここに居るのだから。
背にした山の頂上付近では蒼紅の覇気がぶつかり合い、其処を起点にビリビリとした殺気交じりの強い波動が周囲へと広がっていた。その慕わしくも懐かしい空気に心揺さぶられながらも燭台切は真っ直ぐに前を向き、この場に居る仲間達を見回して決然と口を開く。

「この場を死守する。一体足りとも妻女山には踏み入れさせないよ!」

「了解した」

「それが最善でしょうな」

「うん。ここで食い止めよう」

「…お前は自分の身を守ることも忘れるなよ、光忠」

直ぐ近くで繰り広げられている戦いの覇気に心惹かれているのは何も燭台切だけではない。大倶利伽羅はその気に引き摺られて無茶をしでかしそうな燭台切に対して珍しく忠告の言葉をかけた。だが、その姿が燭台切以外には珍しく思えたのか、一瞬この場の危機も忘れて大倶利伽羅に視線が集まった。

「何だ?」

言った本人も僅かにその自覚はあるのか、集まった視線に居心地が悪そうに顔を反らしながら刀を抜く。

「片倉も無茶と無謀を読み違える人間ではないだろう」

死んでまで、自分達の場合は破壊だが、されてまで強要はしないはずだと。死守という単語を使った燭台切に対し大倶利伽羅は素っ気無く言い放つと、迫りくる敵の一軍を睨み据え足を踏み出す。

「俺は行くぞ。お前らは好きに出ればいい」

そう言って先陣を切って敵へと踏み込んで行った大倶利伽羅の背を見て、燭台切は苦笑を浮かべると君は本当に格好良くてクールだなと目が覚めたと、すぐさま気を引き締め直して言葉を言い換えた。

「伽羅ちゃんの言う通り、僕達が倒れたら意味がない。だから、何としてもこの場で遡行軍を退ける!タイムリミットは武田の別動隊が引き、伊達が去るまでだ」

各々得物を抜刀し、大倶利伽羅に続くように遡行軍と斬り結んだ。





その混沌とした光景を本丸の庭に設置されていた池を通して観ていた鶴丸は唇を歪めて呟く。

「おいおい、こりゃぁ冗談にしてはちとキツいぜ」

金の双眸は鋭く細められており、現在進行形で遡行軍と熾烈な戦いを繰り広げている仲間へ落とされていた。その隣で審神者代理こと片倉 小十郎も厳しい眼差しを浮かべていた。

「戦場では何が起こるか分からない。キミはそう言ったな。なら、当然手は打ってあるんだろう?」

水面から目を離さず、仲間を思う鶴丸に小十郎は是の言葉を返す。

「じき、援軍が駆け付けるかと」

この事態は想定の範囲内。故に政宗様は作戦実行前に真田の協力を取り付けた。むしろ真田の方も思うところがあるのか協力的だったので、援軍が来ないという心配はしていなかった。





「っ、長谷部くん!」

燭台切からとんだ焦ったような声音と共に鋭い痛みが長谷部の右腕に走る。ぱっと散った赤い液体に、長谷部は痛みで取り落としそうになった刀を逆にきつく握りしめると、返す刀で敵太刀の胴を横凪ぎに斬りつけた。だが、痛みのせいで思ったよりも斬撃が浅くなったのか再び振り上げられた敵の太刀に長谷部は防戦するしか逃げ場がなくなっていた。
助けに入ろうにも一歩が遠く、長谷部殿!と叫ぶ一期一振の声が虚しく戦場に溶ける……かと、思われたその時。

何処からともなく空を裂いて突き入れられた一振りの美しい槍が、長谷部へと振り下ろされかけた太刀の軌道を反らし、そのまま敵太刀の胸へと吸い込まれた。

「よぅ、大丈夫か?長谷部」

「ーーっ、お前は日本号!何故お前が此処にいる!」

その槍の持ち主は飄々とした態度で大丈夫そうだなと一人で話を完結させると、その視線を自分の後方へと向けた。
するとそこには、歌仙 兼定を始めとした別の部隊が既に臨戦態勢をとった状態で並んでいた。長谷部の顕現した本丸にはまだ日本号も三日月宗近もいない。

「悪いけど今は無駄話をしている暇はない」

長谷部の問いに答えたのは既に抜刀を済ませた歌仙で、歌仙は一歩前に足を踏み出すと大太刀を相手に立ち回りを演じている燭台切に向けて声を張り上げた。

「そちらの部隊長は燭台切 光忠だと聞いている!僕達が主から下された命は君達に助力することだ。よって今から助太刀する!」

歌仙の号令を皮切りに混沌とする戦場の中へ歌仙が率いてきた仲間が次々と飛び出して行く。

「そこだね」

地面を蹴り身軽に宙へと飛んだ小夜左文字の刃が一期一振りと刀を合わせていた敵打刀の首を刎ねる。

「小夜殿!助太刀感謝致します」

「ううん、これぐらいお礼を言われるようなことじゃない…」

一期一振の隣に並んだ小夜は首を横に振り、すぐさま斬りかかってきた敵の太刀へと向けて短刀を構えた。

「がはははは!狩られたいのはどいつからかな!?」

刃を振るうのになるべく邪魔にならない場所へと飛び出した岩融は石切丸と同じく敵が密集する地点で、思う存分その薙刀を振り回す。この敵の数という暴力を前に得た強力な援軍の存在に石切丸も大太刀を振るう手に力が入った。

「厄落としだ」

やや苦戦していた目の前の敵の槍ごとその身体を縦に真っ二つに切断した。
また、機動の速い敵の短刀や脇差を無駄なく斬り捨てていた大倶利伽羅の元ににっかり青江が参戦してきていた。

「どこかで見た動きだね」

「俺一人で十分だ」

大倶利伽羅は側に寄って来たにっかり青江に素っ気無く返したが、にっかり青江は勝手に大倶利伽羅に合わせて来る。

「そう言う割には懐かしい戦場の気にあてられてるんじゃないのかい?」

普段のキミより今のキミは苛烈だと、ふふっと妖しげににっかり青江は笑い、大倶利伽羅が敵の打刀へと向けて刀を振り上げたのと同時ににっかり青江も自身の手にある脇差を敵打刀に向けて振るっていた――二刀開眼。

「それっ!」

思わずにっかり青江に合わせてしまった大倶利伽羅はチッと舌打ちを漏らしたものの、それ以上は何も言うことはなかった。

またこちらも力強い援軍の存在に背を押され口端を吊り上げると、頭上に振り上げられた敵の大太刀をギリギリまで引き付けて身を躱し、燭台切は袈裟斬りに鋭く刃を振り下ろした。

「これでも実戦向きでね!」

その近くでは敵の薙刀を相手に怯む様子もなく、三日月宗近が緊張感もなく敵と相対していた。

「ふむ…これはじじぃにはちと重労働ではないか」

まぁ、帰ったらその分美味い団子と茶を請求させてもらうとするかのと三日月は自身の所属する本丸の主の顔を思い浮かべて一人ごちる。あの主は甘味には糸目を付けない性格のようだと、随分穏やかになった自身の本丸の姿を慈しみ、手にした太刀を構えた。

「さて、やるか」

そして、その優美で美しい太刀から繰り出された一撃こそ強烈な猛威を戦場にもたらした。
敵と味方、その戦局を確認してから審神者名:源こと真田 幸村の本丸所属、第一部隊隊長歌仙 兼定は戦場へと最後にその身を投じる。

「我こそは之定がひと振り、歌仙 兼定なり」

空を泳ぎ迫ってきた敵の短刀を切り捨て、歌仙は返す刀で敵の脇差を切り払った。

「おい、いけるか?」

日本号は周囲に集まってきた敵の打刀と対峙しながら、裂いた布で右腕の応急処置と右手に握った刀を取り落とさぬ為に右手と刀の柄を布で縛り付けている長谷部に向かって声をかける。それに対し長谷部は手早く作業を終えると、一度懐にしまってある御守りに服の上から触れるとポツリと呟いた。

「死ななきゃ安い」

「はっ、そうかよ」

「あぁ…、そうだ」

今度ははっきりと返ってきた返事に日本号は口許だけで笑うと、もう背後の心配はせず、目の前に群がってきた敵兵に向けて槍を突き出した。

「天下三槍を恐れない奴だけ、かかって来なぁ」

「主に仇なす敵は切る!」

自然と互いに背を預ける形で長谷部も戦線へと復帰し、その刃で持って敵兵の首を圧し斬った。





小十郎の言葉通り現れた援軍に鶴丸は注視していた池から顔を上げ、隣に立つ小十郎に問い掛ける。

「これも想定の範囲内だと言うなら、軍師殿は他に何を危惧しているんだ」

「それは昨日、鶴丸殿も口にしていた事です」

「俺が?何か言ったっけか?」

はてと首を傾げた鶴丸に小十郎は静かに口を開く。

「『普通の審神者は本丸まで攻撃されることを想定して部隊を組んだりしない』と」

「まさかっ!」

その台詞に鶴丸の澄んだ金色の瞳が見開かれる。

「えぇ…これまでの敵方のやり方が派手すぎるのです。こちらの意識を戦場に、刀剣破壊が目的だと思い込ませる様に」

「じゃぁ万が一、俺に協力して欲しいことってのは…」

視線を向けてきた鶴丸に小十郎は水面から持ち上げた鋭い眼差しを返した。



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