とある冬の暗躍者


それはちらちらと再び雪が舞いだした日の話。

刀剣より現れ出でた、燭台切光忠と大倶利伽羅が伊達軍に馴染み始めて数日が経った頃。
下働きや守衛達の間で一つの噂が流れていた。何でも夜中に城内の一角に幽霊が出るのだという。そこで白い人影を見た者までいるのだという話が密やかに交わされていた。





慣れた手つきでお茶とお茶菓子を用意した光忠はそれらをお盆の上に乗せると、ちょうど小十郎と共に野菜を盛った籠を手を厨に顔を出した大倶利伽羅に声を掛ける。

「あっ、伽羅ちゃん。ちょうど良いところに」

「…何だ」

厨にいた女中に収穫したばかりの野菜の話をする小十郎の側で籠を下ろした大倶利伽羅は光忠の呼び掛けに短く返す。
端から見ると随分と素っ気ない態度だが、光忠は気にした様子もなく話を続けた。

「今から政宗公の所にお茶を持って行こうと思ってるんだけど、伽羅ちゃんも一緒にどうだい?」

良く見るとお盆の上には既に三人分のお茶菓子と湯飲みが乗っていた。
どうかと口にする割には用意の良いことで、まるで大倶利伽羅が戻ってくるタイミングを見計らっていたかのようだった。しかし、そんなことは微塵も感じさせない光忠の笑顔を前に大倶利伽羅が返せる答えは一つしかなかった。

「無駄にするのも忍びないからな」

「というわけで、いいかな片倉さん。伽羅ちゃんを借りても」

「今日はこれで終いだ。俺も他にやることがあるからな、後は自由にしてて構わないぞ」

後で俺も政宗様の顔を見に行くと、そう言った小十郎とは厨で別れ、お盆を手に光忠と大倶利伽羅は政宗の居室へと向かった。

「政宗公。入るよ」

ピッタリと閉じられた障子の向こう側へと声を掛けてから光忠は政宗の返事を待って、障子を開ける。

「っかしいな〜、無くなるはずねぇし…」

光忠が室内に入れば、政宗はバサリと座布団を捲ってみたり、書きかけの書状の乗る文机の下を覗き込んだりと、何やら動き回ってはしきりに首を傾げていた。
また、火鉢の側に畳んで置いてあった羽織も摘まみあげ、政宗は室内で何かを探している様子だった。

お盆を手に室内へと入った光忠はそんな政宗の姿に首を傾げると、お盆を文机の端に下ろして政宗に声を掛ける。

「どうしたの?何か探し物?」

光忠の後から入室した大倶利伽羅も後ろ手に障子を閉めると黙って室内の様子を確認する。そして、室内に視線を走らせた大倶利伽羅の視線はとある一点に差しかかってピタリと止まった。

「おい、…アイツは何処だ」

不躾な呼び掛けに光忠は背後を振り返り、そこで思わず厳しい表情を浮かべていた大倶利伽羅に目を丸くして、何事かとその視線の先を追った。
そこで光忠もハッと目を見開いた。

「それはこっちが知りてぇ。少しばかり席を外して戻ってきたらこの通りだ」

光忠の耳に政宗の困惑した声が届く。
三人の視線は床の間に置かれていた刀掛けに注がれていた。

「今度こそ盗人でも入ったか?」

肩を竦めて政宗があり得ない事を前提に軽口を叩く。

数分前までその刀掛けには一振りの刀が掛けられていた。白銀の美しい鞘に鶴の紋が施された、凛とした美しさを持つ刀…鶴丸国永が置かれていた。

「一大事じゃないか!」

探している割には冷静な態度の政宗に光忠の方が慌て出す。大倶利伽羅は無言で刀掛けの前まで歩み寄ると、片膝を付いて刀掛けに右手を伸ばした。

「伽羅?何か分かるのか?」

その行動に政宗は瞼を瞬かせ大倶利伽羅の背中に声を掛けたが、大倶利伽羅はちらりと政宗に視線を流しただけで、何も言わずに刀の置かれていた場所に触れた。

「伽羅ちゃん?」

その様子を政宗と光忠は不思議そうな顔で見守る。

「…微かにだが、アイツの神気が残っている」

ポツリとこぼされた声に政宗と光忠は顔を見合わせる。

「そんなこと分かるもんなのか?」

「さぁ…?僕も初めて知ったんだけど。どういうこと伽羅ちゃん?」

検分を終えたのか、腰を上げた大倶利伽羅に二人の視線が向けられる。
だが、大倶利伽羅は直ぐには答えずに光忠が文机の上に下ろしたお盆の側まで行くとちらりと二人に視線を返す。

「光忠。茶が冷めるぞ」

「あ、うん。そうだね。じゃなくて、」

「とりあえず茶でも飲みながら聞かせてくれ」

言い募ろうとした光忠を片手で制して、政宗は大倶利伽羅の気遣いを受け入れると文机の前に改めて腰を落ち着ける。光忠は政宗の言葉に従い、とりあえずお茶とお茶菓子を給仕する役に戻った。

三人共が腰を落ち着け、湯飲みに口を付けたところで政宗が話を切り出す。

「で、神気?ってのが良く分からねぇんだが。それが残ってるってことはどういう事なんだ?」

問われた大倶利伽羅は鶴丸国永という刀について、自分の知っていることを口にする。

「アイツは俺達よりも長い年月を生きてきた刀だ。公の霊力を分けて貰うことでしか顕現出来ない俺達とは違い、それこそ自分の力で顕現することが出来る位の力は持っているはずだ」

「Ah〜、なるほど。それが神気って奴か」

「そんなこと鶴さんは一言も教えてくれなかったけど」

「アイツはそういう奴だ。人を驚かす事にかけては無駄に全力を注ぐ」

だが、顕現出来ることを口にしなかったのは光忠の為であろう。顕現した姿を見れば分かる。主である政宗公に酷く似た姿形をとった光忠。
それほどまでに心を傾けている主に鶴丸だけが顕現して接触するのは憚られたのだろう。
大倶利伽羅は本人達が互いに知る必要の無いことと考えている事は心の中に呑み込み、言葉を続ける。

「鶴丸のことは人に驚きをもたらす事に心血を注いでいる変人だと認識しておけば問題はない。……が、一応それと同じぐらいには仲間思いの奴だ」

最後に付け足された一言はフォローのつもりなのか、大倶利伽羅はぼそりと口にした。

「なるほどな。ってことは、やっぱり刀は盗られたわけじゃねぇんだな」

ここは政宗の居室である。城の最奥にあり、守りは一等堅い。
政宗に頷き返した大倶利伽羅は真面目な表情のまま告げる。

「盗られたと言えば盗られたが、持っているのは本人だ」

「鶴さん…」

刀が消えた謎が解け、その行方に光忠は小さくため息を一つ落とす。
政宗も謎が解けたことで安心したのか光忠が持ってきたお茶菓子に手を伸ばした。

「本人が持ってるならその内戻ってくるか」

「……騒ぎをおこさなければな」

「ん?何か言ったか、伽羅」

「何でもない」

「そうか?…お、今日の茶菓子はみたらしか」

「うん。政務で疲れた時には甘いものの方が良いかなと思って」

みたらし団子ならば、串を掴めば手が汚れる事もないし摘まみやすいだろうと考えたのだ。にこりと笑って答えた光忠の隣ではさっそく大倶利伽羅がみたらし団子を口に運ぶ。その様子に政宗は微かに口許を緩ませると二人に向けて言葉を投げた。

「ところでどうだ、ここでの生活は」

最初こそ光忠達を連れて、あちこちと城勤めの者達へと顔見せを兼ねて城内を歩き回った政宗だが、それ以降は二人の自由にさせていた。
ただ、光忠が料理をしてみたいと言えば政宗は自ら厨に立って、料理の基礎から教えたし、特にやりたいこともないと言った大倶利伽羅には3つの選択肢を提示した。
まず一つ目は政務の手伝い。とは言え、実際にやってもらうことは書状の整理ぐらいだが。
二つ目は政宗の話し相手。これは主に政務の合間の息抜きや、暇な時の話相手だ。
そして、最後は光忠も希望していた小十郎の畑の手伝い。
大倶利伽羅はその3つを日にち毎に現在進行形でこなしていた。
政宗からの問いかけに光忠は頬を緩めたまま答える。

「皆、親切でとても楽しいよ」

「…悪くはない」

大倶利伽羅も光忠に続いてぼそりと答える。しかし、その直ぐ後に光忠は「ただね…」と困った様に人差し指でぽりぽりと頬を掻いて言葉を続けた。

「僕のことを政宗公の影武者だと誤解している人達がいるみたいで…」

話を聞きながらみたらし団子を食べていた政宗は口の中の団子を飲み込むと、手にしていた串を片手で悪戯に弄びながら納得したような表情を浮かべた。

「あー、そりゃなぁ。こんだけ似てれば…」

惜しむらくは身長の違いか。
政宗は改めて正面からじっと光忠を見つめた。

「…今度試してみるか?光忠の影武者振りが何処まで通じるか」

「片倉には絶対通じないだろう」

「もうっ、僕は困ってるのに。政宗公も伽羅ちゃんも楽しんでるでしょ」

光忠の鋭い一瞥も何のその、二人はそんなことは無いと口を揃えて返す。が、言葉とは裏腹に二人の口元は微かに緩んでおり、大倶利伽羅はそれを誤魔化す様に湯飲みを傾け、政宗は手にしていた串を皿に戻すと結論を出す。

「そう思ってる奴には勝手にそう思わせておけ。実害はねぇんだろう?」

「そうだけど…」

光忠は政宗の影武者として城に連れて来られたと周囲には思われているだけだ。
何かあればまた言えと、話を畳んだ政宗は他人事だという態度でお茶を飲む大倶利伽羅に視線を移した。

「で、伽羅の方は何か困ったこととかねぇか?」

政宗に名指しされて訊かれた大倶利伽羅は湯飲みから口を離すと、やや考え込んでからポツリと口を開く。

「…奴らが喧しい」

「奴ら?」

聞き返した政宗に光忠は大倶利伽羅が誰を指して喧しいと言っているのか心当たりがあったのか、ふっと苦笑を浮かべた。

「彼らのことか。でも、彼らも悪気があるわけじゃないんだし…」

そう言って光忠は大倶利伽羅の代わりに政宗に説明をする。

「顕現して三日後位だったかな、ちょうど片倉さんの畑を見に行った時に門番をしていた良直さん達と顔を合わせることがあって。でも僕達の詳しい説明はしていないから、新入りが来たと勘違いされたらしくて。だからなのかな?それ以降、僕達を見かけるとちょくちょく世話を焼いてくれたり、世間話に巻き込まれたりするんだよね」

特に伽羅ちゃんは不愛想で単独行動も多いから、良直さん達も気を利かせてくれてるのかも知れないけど。

「ふん。余計な世話だ」

光忠の言葉に大倶利伽羅が口を挟む。

政宗は良直達という説明に、伊達軍内にいる四人組の姿を思い浮かべた。
また、四人の中でも大倶利伽羅に積極的に話しかけそうなのは良直というリーゼントの髪型をした怖いもの知らずの男だ。他にも、だいたい一緒にいるのは眼鏡を掛けている左馬之助に、小太りの孫兵衛。長髪に泣きボクロのある文七郎。

「そんなこと言って、昨日なんて鍛錬場で四人を相手に容赦なく一人勝ちしてたじゃないか」

十分相手をして貰っていると光忠は呆れた様子で大倶利伽羅に言い返す。
大倶利伽羅は光忠とは別に、めちゃくちゃ強い新人を政宗が連れて来たと兵士達の間では噂になっていた。

「何だ、伽羅。あいつ等と仕合ったのか?」

「怪我はさせていない」

間髪を入れず返って来た見当違いな返事に、政宗はそんな心配は全くしていないとハッキリとした声で答える。今も、信頼しているからこそ城内で自由に過ごさせているのだ。

「まぁ、光忠の言うようにあいつ等に悪気はねぇんだろうが、それとなく小十郎から注意させておくか」

冬の間は出歩く機会も少なく、娯楽も乏しい為、必要以上に構ってしまっているのかも知れない。政宗はそう結論を出すと、すっと好戦的な光を隻眼に宿らせた。

「それはそうと近い内に時間を設けるから、手合わせでもどうだ?」

不意に向けられた覇気にあてられ、自然と二人の気分が高揚する。

「オーケー。その時は本気でいかせてもらうからね」

「公相手に手加減は無用だろう」

共に返って来た色よい返事に政宗は口端を吊り上げる。

「OK、楽しみが出来た所で休憩は終わりだ。光忠、茶、Thanks。伽羅も付き合ってくれてありがとな」

「どういたしまして」

「礼を言われるようなことじゃない」

素直に礼を受け取る光忠と少しばかり素直じゃない大倶利伽羅の反応を楽し気に眺めて、政宗は自身の警戒範囲内に近付いてきた馴染みのある気配に気づく。二人から視線を外した政宗に、お盆を回収して立ち上がろうとした光忠も外の気配に気付いて障子へと目を向ける。その耳にポツリと独り言の様な大倶利伽羅の呟きが落とされた。

「…戻って来たか」

間もなく政宗の居室に辿り着いた者から声が掛けられる。

「政宗様。小十郎です。少々宜しいでしょうか」

「OK。入れ」

考えるまでもなく入室の許可を出した政宗に、廊下に面した障子が横へと開かれる。
かくてそこには膝を付いた小十郎とその右手に掴まれた白い何か。

「ah?」

よく見ると白い何かはその人物が身に着けている羽織のようで、小十郎はその人物の首根っこを捕まえているようだった。
ぱちりと驚きに瞼を瞬かせた政宗の側で大倶利伽羅が口を開く。

「鶴丸」

「えっ、鶴さん!?」

二人の呼びかけからその正体に気付いた政宗がまじまじとその人物に目を向ければ、その人物は小十郎に首根っこを掴まれたままだというのに、暢気にも軽く右手を上げてからりと笑った。

「よっ!俺みたいなのが来て驚いたか?」

「ah―…それより、その状況に驚いてんだが」

政宗からの視線を受けて小十郎が室内へと、右手に捕まえている人物を伴って足を踏み入れる。

「この者が庭の雪に交じって佇んでいた所を不審人物として捕らえましたら、政宗様の刀と同じ名『鶴丸国永』と名乗ったので。連れて来た次第です」

燭台切か大倶利伽羅に確認をとってからとも考えたのですが、二人とも政宗様の元に行くと言っていたので。取り敢えず抵抗できないようにして連れて来たのだと、小十郎は簡単に説明したのち、今度は小十郎が政宗に問う。

「して、これはどういうことですかな」

燭台切光忠と大倶利伽羅という存在が政宗の刀から現れた付喪神だと知っている小十郎は、その時に使われた札とも呼ぶべき和紙を葛籠ごと厳重に封をして蔵に片付けたはず。また、付喪神とはそう軽々しく扱って良いものではないと申し上げ、貴方様もその意見に同意したはずでは?と口には出さないが問うてくる眼差しに政宗は小十郎の疑念を払拭するべく大倶利伽羅を呼ぶ。

「伽羅。小十郎にも説明してやれ」

「本当に鶴さんだ…」

「おぉ、光坊!こうして会えて嬉しいぜ」

「僕もだよ!」

光忠と鶴丸が顔を合わせてはしゃぐのを横目に大倶利伽羅は淡々と答える。

「鶴丸は俺達より長い年月を生きて来た刀だ。自力で顕現できても不思議ではない。そいつにはそういう力がある」

「…そういうものなのか」

大倶利伽羅の言葉で、敵ではないと判断した小十郎が鶴丸から手を離す。

「ご無礼を」

「いやぁ、別に気にしてないさ。あの時点で俺が不審人物だというのに変わりはないからな」

小十郎からようやく解放された鶴丸は小十郎の謝罪をからりと笑って流すと、改めて大倶利伽羅と政宗に向き合う。

「よっ、伽羅坊!お前達があまりにも楽しそうにしてるのを見てたら、俺も交ざりたくなって出てきちまったぜ」

「どうでもいいが、普通に出て来れないのか」

「そりゃぁ無理な相談だな」

からからと明るく笑う鶴丸につられてか、心なしか大倶利伽羅の表情も柔らかなものになる。

「政宗公…、いや、主殿。俺は鶴丸国永だ。宜しく頼む」

続いて真っ直ぐに政宗へと向けられた金の双眸を政宗は正面から受け止め、ふっと口元に笑みをはく。

「お前が鶴丸か。OK。今更、一人や二人増えた所で問題はねぇ。部屋は光忠達と一緒でいいな?」

「願ってもない」

すんなりと政宗に受け入れられたことに鶴丸は密かに驚きつつも問われた言葉には喜んで頷く。

「光忠、伽羅。部屋に案内してやれ。ついでに城内の案内も頼む」

「了解。鶴さん、行こうか」

「…しかたがない」

途中で厨に立ち寄るつもりなのだろう、光忠はお盆を片手に部屋から出て行く。その後に鶴丸が続き、口では何だかんだと言いながら大倶利伽羅も一緒に部屋を後にした。

賑やかな三人が退室し、部屋に残った小十郎は政宗の正面で膝を付くとそのまま正座で腰を下ろす。

「で、鶴丸は何処に居たって?」

先程より詳細な説明を求めて来た政宗に小十郎は当時の状況を細かく説明する。

「鶴丸を見つけたのは先日風通しを済ませた蔵の一角です。この辺では見慣れぬ衣装と顔立ちでしたので、もしや賊かと思い後を付けたのですが、庭に入るなりその場で足を止めて雪の中で立ち尽くしてしまい…」

賊ならば長居は無用と姿を眩ます所。そうせずに留まった奇妙な行動を取る賊に、その腰には見覚えのある刀があった。
そこで小十郎はまさかと思いつつも捕縛に踏み切ったのだ。
ただし、その場で刀は所持していなかった為、雪かき道具として近くに置かれていた木鋤(こすき)という木製で出来た鋤を手に気配を殺して背後から近付き、賊の首筋に宛がった。

『ーー動くな』

『おや?最初に右目殿に見つかるとは…驚きだ』

『…お前は何者だ。何の目的でここにいる』

『あー、やっぱりそうなるよなぁ。俺の名前は鶴丸国永だ。竜の右目殿』

「捕縛後は特に抵抗することもなく、大人しくこちらに足を運んだのですが。結局、目的については何も口にしませんでした」

その話を聞きながら政宗は己の懐にしまわれている短刀ー銘を太鼓鐘貞宗というーに着物の上から右手で触れる。
光忠の言によればこの短刀にも付喪神が宿っているという。
また、伽羅から聞いた鶴丸国永は、驚きに刀生をかけている変人だが、同時にとても仲間思いの刀だという。
…果たして、鶴丸は何を考えて政宗の部屋から居なくなったのか。
蔵の周辺で何をしていたのか。

「そう言えば…最近城内の一角で幽霊が出るって話をお前は知ってるか?」

「えぇ、耳には入っております。何でも夜中に白い人影を見たとか。賊の可能性もあるので警戒を厳しくするよう見回りの者達には…、…まさかとは思いますが」

言いながら言葉を途切れさせた小十郎に政宗は頷き返し、何となくだが己の刀でもある鶴丸の意図が読めたと思う。

「鶴丸については好きにさせておいていい」

「よろしいので?」

「あぁ。鶴丸については光忠と伽羅に任せる。…話は変わるが、研ぎに出してる刀はいつ頃仕上がりそうだ?」

「はっ、数日中には出来上がると連絡は受けておりますが」

研ぎに出している刀の銘は黒坊切影秀。

「それが如何いたしましたか?」

冬の間奥州は深い雪に閉ざされてしまう為、戦と呼べる規模の戦いは起こらない。
しかし、いつ何時も備えはしておくべきであり、また春に向けて色々と武具の手入れを行っていた。
政宗は小十郎に対しゆるりと首を横に振ると、どこか予言めいた言葉を口にする。

「どう転ぶにしろ、手元に置いておく刀が必要になりそうだからな」

「それは、政宗様。どういう意味でございますか」

「気にするな、戯言だ。それよりもひと月前にいつきが寄越した定期報告の件だが…」

その日よりぱったりと幽霊を見た者はいなくなり、噂話もピタリと止んだ。





一方、政宗の居室を後にして、大倶利伽羅と光忠が与えられている二人部屋へと辿り着いた鶴丸は、広い部屋の中を見回しながら、この部屋が政宗の居室からそう遠く離れていない事に気付く。ふむと顎に手を添えて呟く。

「随分と優遇されているんだな」

主である政宗に何かあれば直ぐに駆け付けられる距離だ。
鶴丸の呟きに光忠が応える。

「あぁ、これは片倉さんが配慮してくれたらしくて」

この配置は政宗ではなく、その腹心である小十郎の指示によるものだった。
布団など生活に必要な物を運び込んでくれた小姓を捕まえて聞いた話だ。

「ほぅ、あの右目殿が」

一通り室内を見終えた鶴丸は次に城内の案内を光忠に頼む。
そして、先に厨に寄ってお盆の片付けをしたいと言った光忠を先頭に三人は通り道にある部屋や庭の景色、時折擦れ違う女中や伊達軍兵士、小姓と顔を合わせ、あちらこちらを見たり説明したりしながら廊下を進んだ。

「じゃ、ちょっとここで待っててね」

「おぅ。そんなに急がなくても大丈夫だぞ」

厨に立ち寄った光忠がお盆の上に乗せられた空の皿や湯飲みを片付けに行く姿を、厨の前の廊下で立ち止まった鶴丸が見送る。
そして、それまで黙って二人の後を歩いていた大倶利伽羅が鶴丸の横顔へと突き刺すような視線を向けて口を開いた。

「アンタは何を考えている」

「うん?何だ、藪から棒に」

きょとんと瞼を瞬かせ、大倶利伽羅を振り向いた鶴丸に大倶利伽羅の眉間に皺が寄る。

「公がアンタの存在に気付く様に、アンタはわざと公の前から姿を消したな?…それにアンタが大人しく片倉に連れ戻された事が腑に落ちない」

「んー…、そう言われてもなぁ。想像以上に右目殿がおっかなかったから?」

「嘘を吐け。お前が片倉に怯むタマか」

「うーん…今日の伽羅坊はよく喋るなぁ」

「誤魔化すな」

白状しろとでも言う様な鋭い眼差しに、鶴丸はやれやれと肩を竦めて降参の形に両手を上げる。

「そう睨むな。主殿の迷惑になりそうなことなど何もしていない」

「…何かはしてきたんだな」

鋭い指摘に鶴丸はおっととおどけた顔で笑い、そこへ厨での用事を済ませた光忠が合流してくる。

「ごめんね、お待たせ二人共」

そして光忠は二人の間に流れる微妙な空気の変化に気付いて、首を傾げた。

「どうかしたの、二人共」

「うむ。何やら、まだ何もしていないのに伽羅坊に疑いをかけられていてな」

「コイツが何かを仕出かしてきたらしい」

真逆のことを口にする二人に光忠はちょっと考えた後、鶴丸に身体ごと向き合って言う。

「で、何処で何をしてきたのかな鶴さん」

「うっ、光坊は伽羅坊の言うことを聞くのか」

「こういうことで伽羅ちゃんは嘘を吐かないからね」

「日頃の行いの差だ。諦めて吐け」

光忠も加わっての尋問に鶴丸は本当にまだ何もしていないのだと重ねて言う。
ただそっと己の懐からひらがなの『さ』の文字が描かれた一枚の和紙を取り出して、悪戯が成功した時の子供の様な笑みを閃かせた。

「だって仲間外れは可哀想だろう。なぁ、光坊、伽羅坊」

「鶴さん、その紙は…!」

「アンタという奴は…」

そう、鶴丸国永という男は良くも悪くも仲間思いの刀であった。



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