09


その後、程なくして政府は増え続けるブラック本丸対策として『既存の本丸を新人審神者に譲渡し、現審神者をブラック本丸に異動させる』案を打ち出した。

同時にその頃から様子のおかしくなった者が一人。

「どうした、小早川。腹でも痛いのか?」

基本的に小早川は料理をすることも好きだが、食べることの方がより好きだ。
そんないつになく箸の進まない小早川を見かねて政宗が声を掛ければ、小早川は一瞬後ろめたそうな顔を覗かせた。だがすぐさま表情を取り繕って、ちょっと仕事が忙しくて疲れてるだけだからとどこかぎこちない笑顔を小早川は浮かべた。

「そうか?なら、いいが」

「うん…、心配してくれてありがと」

この時間もいつかなくなっちゃうのかなぁとぽつりと小さく零された小早川の呟きは賑やかな食堂の音に掻き消されて政宗の耳には届かない。

「それと僕、明日から暫く食堂には来れないんだ。ちょっと新しい仕事が増えちゃって」

「そうか。ま、ほどほどに頑張れよ」

「…うん」

本人の申告通り小早川はその日から食堂には現れなくなり、審神者の仕事の方では新たな問題が発生していた。
そしてその問題事は上から口止めがされていないのか、はたまた口止めが意味を為さなかったのか、ここ食堂でも社員達の口から囁かれるようになっていた。
それほどその問題が政府としても衝撃的な出来事だったのかもしれない。

何でも、これまで優秀な成績を修めていたとある本丸の刀剣が二振り敵に破壊されたのだという。
それでも始めはその本丸を引き継いだ新人審神者の失態だということで話は一旦収まったのだが。第二、第三とその被害は続いた。

 





「どう考える、小十郎」

夜も遅く自室へと小十郎を呼び寄せた政宗はこれまでの経緯を話し、小十郎に意見を求めた。しかし、その前に小十郎の方からも報告したいことがあると告げられた。

「何かあったか?」

「朝方、姉より文が届きまして。政府より一方的に本丸の人事異動を告げられたそうです」

「喜多にも来たか」

「はっ。その上で、本丸の後任には赤の他人を挟まず、この小十郎か政宗様に正式に着任して欲しいとの旨が記されておりました。こんな時ではありますが、如何なさいますか」

「Ah―、本来なら俺が行きたい所だが、こっちでまだやることがある」

「刀剣の破壊についてですな」

「Ya.…偶然にしちゃ狙いが出来過ぎてると思わねぇか?」

まるで人事異動のタイミングを計ったかのような介入の仕方。

「確かに。穿ち過ぎかも知れませぬが、戦であることを考えれば用心するに越したことはありませぬ」

いくら刀剣が強かろうとその指揮権を預かる審神者が新人ではあまり役に立たないこともあるだろう。敵はその弱点を突き、新人審神者が出陣したと分かると、そこに攻撃を集中させているようにも見える。そして、このような事が続けばこちらの戦力はガタ落ちだ。

「政府の連中は気付いてるのかどうか知らねぇが、ピンポイントで戦力をあてられるってことは内通者がいる可能性が高い」

「でしょうな」

そこで一度言葉を切った政宗は同意を示して指示を待つ小十郎を見返し、決定を伝える。

「小十郎。俺の代わりに本丸に行ってその本丸にいる刀剣達を守ってくれ」

「心得ました。それで、政宗様の方は…」

「内通者って奴に一人心当たりがある」

「あぁ、例の…」

「一応、猿飛と真田には声を掛けておく」

「一応ではなく是非そうして下さい。決してお一人で突っ走らぬように」

ジロリと視線でも釘を刺してくる小十郎に、このままではまた小言が始まると察した政宗はしっかりと頷き返し、話を先に進める。

「こっちはお前に合わせて動く。陣触れが出たら知らせろ」

「承知いたしました」






小十郎を政宗の代理として立てることを決めて一週間。その短い間にも事態は動いていた。

「おぉ、久しいな独眼竜」

「ほんとうにおひさしぶりです。こうしてあいまみえるのは、いつぶりでしょうか」

「…おい、猿。聞いてねぇぞ。何でここに虎のおっさんと軍神がいる」

バイト先である政府の建物に向かう前に、大学構内で佐助に捕まった政宗は、話しておきたいことがあるからと言って連れて来られた先で思いもよらぬ人物達と対面を果たしていた。険のある眼差しを向けられた佐助は困ったような笑みを口許に浮かべ、その真意を口にする。

「お二人も今回の件では思う所があるようでさ」

「えぇ…ふたたび、よをみだそうとするものがいることはかんかできません」

「うむ、ワシも軍神と同意見よ。既に幸村も関わっておるしな。…独眼竜よ、そなたも歴史を築いた一人の人間として、他人事では無かろう?」

この場に集った者達は所属は違えど、誰もがその胸に譲れぬ信念を抱き、乱れた世を平定しようとしていた。

二人の言葉を聞きながら政宗も同じテーブルに着き、佐助は信玄の背後に控えるように立つ。

「で、早い所、何が言いたい?」

「うむ。佐助からある程度話は聞いておるが、ワシらにも何か手伝えることはないか?」

「びりょくながらおちからぞえできればとおもい、こうしてばをもうけていただいたのです」

「………」

無言で政宗の視線が信玄の後ろに立つ佐助へと向く。佐助は本当にそれだけの為に場を設けたのだと言う眼差しでもって、頷き返した。

「まぁ…小十郎を向こうに回しちまうからな。戦力はあった方が良い。が、アンタ等二人はどう考えても目立つ」

信玄は昔と変わらずの存在感があり、謙信に至っては男か女か分からないようなその中性的な美貌に磨きがかかっていた。政宗は自身の事を棚上げしてそう指摘する。

「協力してくれると言うなら裏方で頼むぜ」

「そうですか。では、かすがにもそうれんらくをとっておきましょう。あのこもいまはさにわとしてはたらいていますから」

「相分かった」

新たに増えた戦力に政宗は信玄と謙信とそのまま今後の話し合いを進めて行った。
そこへ、予め信玄から召集がかけられていたのだろう幸村が遅れて合流してくる。

「おぉ、政宗殿もいらしたか!」

「真田…仕事はどうした」

「お館様からの呼び出しとあっては何がなんでも応えねばと、半日ばかり帰省の許可をもぎ取ってきたでござる」

嬉々としてそう語った幸村だが、言葉の端々から覗く半日やもぎ取ってきたという表現から結構無理をして本丸から出て来たことが窺えた。佐助は呆れたように肩を竦める。
そうして幸村は信玄と謙信にも挨拶をすると、ふいにじっと政宗の顔で目を止めた。
視線を感じた政宗が見返せば幸村は独り言のようにポツリとこぼす。

「こうして見ると確かに光忠殿は政宗殿に似ておられるな」

「Ah?光忠…?燭台切 光忠のことか」

信玄に座るように促された幸村は恐縮した様子で信玄の隣に腰を下ろし、独り言を聞き返してきた政宗に対しうむと頷く。

「何と言うか、光忠殿本人は物腰の柔らかい御仁で少々戸惑うことがある」

「そりゃぁどういう意味だ、真田」

「はっ!俺は別に政宗殿がどうとかではなく…!」

「そういえば、わたくしのかたなにはおあいしましたか?とらのわこよ」

「ご、五虎退殿で御座るな。今は元気にご兄弟と色々と手伝ってくれているで御座る」

「そうですか、…それならばよいのです」

今は政府が施行した新たな法によって収集されてしまった刀剣達だが、共にあの時代を、戦場を駆けた己の大事な愛刀である。
歴史改編を目論む敵の掃討ももちろん大事なことだが、己の命にも等しい愛刀の事を気にしない武人はいない。武士にとって刀が命であるという言は、彼等にも当てはまっていた。

「ま、いいさ。光忠を含めて俺の刀が優秀なことに違いはねぇ」

真田も来たなら今後の話を詰めるぞと、政宗が仕切り直す。そのやりとりを信玄と謙信は何処か温かな眼差しで眺め、佐助は時を越えても口では好敵手に勝てぬ幸村に苦笑を浮かべた。

「……虎のおっさん達にはさっき話したが。ちょうどいいって言うには憚られるが、囮にする本丸については小十郎が守りに付く事になっている」

「片倉殿が審神者になるのですか?」

真田の問いに政宗は代理だがなと言い添えて、その言葉に頷き返す。

「初手は敵にくれてやることになるが、そこで後手に回るつもりはない。…猿飛」

「はいはーい。現世にいる敵の首魁は天海と見て間違いないね。情報整備局の所長っていう地位を使って人事異動の案を誘導、可決させた節がある。それにどの本丸の、どの部隊が、何処へ出陣したかもこの局に居ればピンポイントで把握できるって寸法だ。部下の小早川については半々って感じだけど」

「出来れば証拠を掴みたい所だが、それは二の次で良い。優先順位は刀剣の破壊を防ぎ、刀剣男士達に任務を遂行させることだ」

つまり今回の作戦で、余計な横槍を弾き出し、正常な運営に戻す。

「うむ、すると俺は何をしたら良いのだ?」

「真田、お前には小十郎と同じ戦場にお前の部隊を送り込んで欲しい」

敵は図ったかの様に、刀剣破壊を目的に通常より強い部隊か、数多の敵を送り込んでくるはずだ。それを二部隊で迎え撃つ。

「そういうことであれば、分かり申した」

「で、その間に俺達は天海に接触して身柄を押さえる。当然、シラを切るだろうが、そこは小早川を使う」

「ならば、ワシ等は緊急事態に備えて待機していよう」

「えぇ…いざというときはとうけんほんたいをだっかんいたしましょう」

「いやいや、何言ってるの軍神さん。彼処の警備は俺様でも厳しかったんだから」

「OK.それは最終手段で頼むぜ」

「えー…竜の旦那も何言っちゃってるの。誰か至急、右目の旦那を呼んで来て…!」

佐助の叫びは虚しく空気に溶け、誰にも相手にされることはなかった。
そもそもこの場に小十郎が居たとしてもその声に応えたか否かは不明である。

そうして、政宗がこの時代でも己の腹心として信を置いている小十郎を審神者代理として送り出し、諸々の準備を整えて迎えた今日ーー。





「なぁ、小早川。お前は歴史を変えてまで手に入れたいものがあるか?それとも、新鮮な食材を前に今夜の献立を暢気に立ててるこの時間、お前にとってはどっちが大切だ?」

小十郎印の野菜を餌に食堂へと小早川を釣り出した政宗は、テーブルの上に置いた野菜の盛籠に瞳を輝かせた小早川に向かってそう唐突に言葉を突き付けた。

「えっ…、それってどう言う…?」

不意を突かれた表情で小早川はおどおどと政宗を見返し、やや間を空けてからまさか!と驚愕の表情を浮かべた。その口から知らず、これまで訂正を求められていた昔の異名が零れ落ちる。

「独眼竜…?」

畏怖の交じったその呟きを耳にして、政宗は肯定するようにニヤリと口角を吊り上げ、そのまま話を続けた。

「別にお前を取って喰おうってわけじゃねぇから、そう怯えるな。ただ、お前にはある人物の元へ案内して欲しいだけだ」

「っ、もしかして、天海さまの…」

今日、お前に持ってきたこの籠の野菜はその案内賃だ。

分かりやすく顔色を変えた小早川には迷いの色が見て取れた。そこで更に政宗は言葉を重ねる。

「別にお前を咎めるつもりはねぇよ。誰にだって変えたい過去はある。当然、俺にもな」

「独眼竜でも?」

「そうだ。あの時、もっと違う方法を取っていれば、俺の部下達は死なずに済んだかもしれねぇとか。けどな、それを後から変えるってことは、その瞬間に命を懸けて共に戦ってくれていた部下達の信念や矜持、魂を捻じ曲げるってことだ。その死を無かった事にする。確かに命は助かるだろうが、同時にその瞬間にも命を懸けていた部下達の事を侮辱するのと同じだ」

「僕は…」

「お前が天海に何を吹き込まれたのか知らねぇが、過去があってこそ今があるんだ。過去の失敗を悔やんでる暇があるなら、今をどう生きるか考えろ。お前が今、足を付けてる地面は何処だ?戦の絶えない戦国の世か?違うだろ」

今、と政宗の言葉を繰り返した小早川の視線が正面に立つ政宗とぶつかる。

「…独眼竜。僕は…」

「No.政宗で良いって言ったろう?」

「……うん。…僕、やっと決心がついたよ」

やはりどんな理由があれ、この世を再び乱す事があってはならない。混沌としたあの時代を生き抜いた一人の人間として、あの苛烈な時代を知る者として。

「天海さまにちゃんと言ってあげなくちゃ」

歴史を変える事に荷担するのは良くない。
自分の汚名以上に重い、裏切りの汚名を天海さまが背負うことになる。

小早川は率先して政宗を天海の元へと案内し始めた。



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