08


「燭台切光忠、大倶利伽羅、太鼓鐘貞宗、鶴丸国永。うちから貸し出したのはこの四振りだな」

手元の束ねられた資料を確認しながら投げられた言葉に、下座にて正座していた小十郎は短く答えを返す。

「はっ。姉上からの報告では太鼓鐘貞宗以外の者の存在が確認されております」

「そうか」

上座に座っていた男は医療用の白い眼帯に覆われていない左目を思案するように一度閉じると、暫し間をおいてから口を開く。

「あの猿からの情報ってとこに引っ掛かるが…調べておいて損はねぇだろ」

”時の政府に影在り、注意されたし”

「えぇ。それに、伝え聞いた話では彼の真田も時の政府からの指令で審神者の任に付いたとか。猿飛も万が一を考えてこちらに情報を流してきたのではないでしょうか?」

大学生活二年目にして、何の因果か、上座に座る主は自身の通う大学の広大なキャンパスの中でかつての好敵手と再会を果たしていた。またその傍には当然の様に真田のお守り役の猿飛の姿もあり、真田の任務について調べない筈がなかった。
そして、真田が時の政府の指令で審神者に着任したというのはそう昔の話しでもない。
むしろ時の政府より審神者就任の指令が下されたのは目の前の主の方が先だった。しかし、指名された本人をそっちのけにして家の人間が、代わりの人間を審神者として送り出していた。

もちろんそれには様々な理由があった。
一番大きな理由としては、本家の大事な後継ぎを時の政府というよく分からない組織には、指令が下ったからと言ってそう簡単には差し出せないということ。貸し出した刀についても、本来ならば手放すはずがなかったものだ。それを刀狩りの様な手法で政府に回収されたので、時の政府に恨みはあっても助力しようという気はなかった。
次に審神者なるものが、どういったものか周知不足で理解出来かねるということ。時の政府の情報はきつく規制されており、その辺りの情報が入って来なかったのだ。
また、指名された当人が学生の身であり、両親が認めなかったのだ。
そこで、本家からは偵察の意味も込めて家の信頼も厚い人間を審神者として送り出した。それが、小十郎の義理の姉でもある喜多であった。

「そうだな。うちからは喜多を行かせてるが、あれに何かあっては事だ」

「姉上もその様に政宗様から想われていると知れば喜びましょう」

「喜多は俺にとっても姉のようなものだ。…伊達の四振りのことも気に掛かる」

「では、直ぐにでも密偵を放ちますか?」

「いや…、それは猿飛の方でやるだろう。こっちは別の方法でアプローチする」

「と、言いますと?」

上座の主は真剣なのだろうが口端に笑みを乗せたその顔は悪だくみをする子供の様な笑みに見えた。そうして主が懐から取り出した一枚の紙には、秘密厳守で時給も高いアルバイト募集の文字が躍っていた。

「それはっ…!」

「大学の生協に置いてあったのを貰って来た」

その言葉に小十郎は時の政府というのは情報規制が厳しいのか緩いのか一瞬分からなくなった。

「これで堂々と潜入調査してくるぜ」

アルバイトの募集先は時の政府が運営する会社の社員食堂だった。

「何も自ら行かなくとも」

実態の分からない組織の本拠地に主自ら赴くことに小十郎は渋い顔をする。

「そうは言っても他に適任はいねぇぞ」

「この小十郎が…」

「駄目だ。お前はうちの学生じゃねぇだろ」

「しかし、」

「遅い。もう応募しちまったしな」

これが事後報告だということに気付いた小十郎は、まったく悪びれる様子の無い主に何とか息を吐く事で、怒りをぶつけることを抑える。今はまだ大事な話し合いの最中だ。

「また貴方様は勝手に…」

「おっと、怒るなよ。喜多にだけ危ない真似はさせられねぇ」

「それは私が貴方様に申し上げたい」

「分かってる。危ない真似はしねぇよ。引き際を間違う程、馬鹿じゃねぇつもりだ」

飄々とした態度で言ってのける主に小十郎は念押しをする。

「無論、信じておりますが、貴方様はたまに平気で無茶なことをなさる。もし貴方様に何かあればこの小十郎が黙っておられないこと努々忘れず行動なされよ」

「…OK」

この話し合いが持たれてから翌日、主はアルバイト募集の面接をすぐにクリアして大学生活と並行してアルバイトを始めた。
だが、まさかアルバイト初日から成果が得られるとは誰も予想していなかった。

主こと、本名の政宗でアルバイトの面接を通っていた政宗は昼時になり忙しくなった社員食堂で昔懐かしい顔と遭遇していた。

「ど、ど、独眼竜―!」

それも食事を渡すカウンターを間に挟んで、思い切り大きな声で叫ばれた。

「Ah…」

政宗は相手の顔を見て眉をしかめ、次に左胸に掛けられた職員証を確認して、冷静に対処する。

「悪いが誰だ。俺を知ってるのか?」

あと、叫ぶな。うるせぇ、と文句を続けて周囲への注意を促す。
すると、相手は信じられない者でも見るような目で政宗の顔をまじまじと見返してきた。

「えっ、覚えてないの?ほら、片倉さんの野菜を貰いによく足を運んでた…金吾、じゃなくて。小早川 秀秋だよ」

「悪いが知らねぇな」

考える素振りも無く、政宗がきっぱりと言い切ると小早川は目に見えてショックを受けた様な顔をした。そして何事かを呟く。

「そうか、その可能性もあったんだね…。天海様が覚えていたからてっきり皆も覚えているもんだと思ってた」

小さな呟きだったが、政宗の耳はその名前を拾った。

天海。またの名を明智 光秀。

政宗はとりあえず小早川をせっつき、注文を聞き出すと、その皿に特別にデザートを乗せてやる。

「これは俺の奢りだ。…何か良く分からねぇが、覚えてなくて悪いな」

「っ、ううん!こっちこそ…!僕の勘違いだったみたい」

皿に追加で乗せられたデザートに目を輝かせる小早川に、政宗は微かに口端を吊り上げた。

「俺は今日からここでアルバイトを始めた政宗だ。お前は…小早川って呼べば良いのか?」

「うん!独眼竜ってもっと怖い人だと思ってたけど、良い人なんだね」

デザートを一つ奢ってやっただけで、勝手に政宗の印象を変えた小早川に政宗はあえて黙り込み、その意見をスルーする。

「ところで、小早川は此処で働いてんのか?」

「うん、そうだよ。ここの…あっ!ごめん!後ろがつっかえてるから僕もう行くね」

流石に料理を受け渡すカウンターでは長話は出来ずに、政宗も小早川を引き留めることはせず、テーブル席に移動する小早川の丸い背中をカウンターの中から見送った。

「しかし、小早川がいるとは…。使えるな」

政宗は小早川 秀秋の存在を覚えていなかったわけではない。ただこの職場は誰が敵で誰が味方なのか判断が付かない為、初対面の振りをしたに過ぎなかった。





「小十郎。明日の昼までにお前が育てた野菜をひと籠、用意しておいてくれ」

政宗が小十郎にそう頼み事をしたのは、初日のアルバイトを問題なく終え、家に帰宅し、夕飯を食べている時であった。またその時にちょうど野菜の天ぷらを箸で摘まんでいたのは偶然だ。
政宗からの唐突な頼みに小十郎は首を傾げながらも肯定の意を返す。

「それは構いませぬが、どなたに差し上げるのですか」

「ん、あぁ…。食べ終えてから話そうと思ってたんだが、今日行ったバイト先に小早川 秀秋がいてな」

小早川 秀秋という名前に小十郎は一旦箸を止めると、暫し遠い記憶を思い出す様にお膳の上に視線を落とした。

「もしや、あの小早川でございますか」

「Yes.あの、だ」

鋭い視線が政宗に向けられる。それを平然とした顔で受け止めた政宗はバイト先での出来事を小十郎に包み隠さず話した。

「…天海ですか」

「お前もやっぱりそっちの方が引っ掛かったか」

「えぇ…小早川はどちらかと言えば無害でありましょう。その分、誰かに踊らされる危険はありますが」

昔の記憶を持っていると告げなかったことは良い判断だったと思います。

小十郎と自分の考えが同じ結論に達した所で政宗は今後の方向性を伝える。

「とりあえずは小早川から落としていく」

「その為の野菜ですな」

「あぁ、頼むぜ」

お任せ下さいと力強く頷いた小十郎が用意してくれた野菜達を前に小早川は瞳を輝かせた。
流石に大学まで持って行くのは憚られたので、大学から一度家へと戻り、その足でバイト先へと出勤した政宗は昨日と同じ時間帯に社員食堂へとやって来た小早川にカウンターから声をかけた。

「お前の話を小十郎にもしてみたんだが、アイツも覚えがないって言っててな」

「そっか…。片倉さんも…」

何故かそこでしゅんと落ち込んだ小早川に政宗は内心で首を傾げつつも、会話を続ける。

「ただ、小十郎の野菜は色んな奴が貰いに来ることもあるし、忘れてるだけかも知れねぇから…って。一応、お前宛に小十郎から預かってきた物があるんだが」

「え、僕に?片倉さんから?」

「あぁ。でも今は俺の手が空かねぇから少し待っててもらえるか」

「うん、それは別に良いよ」

小早川の注文した日替わり定食をトレイに乗せて渡し、食べ終わっても食堂内で待っているという小早川を政宗は見送った。
その後も政宗はバイトの一人として食堂の受付カウンターに立ったり、呼ばれて厨房に回ったりと昼時の一番忙しい時間を乗り切り、時間を見計らって休憩に入る。少し遅いが自分の昼飯と用意してきた野菜の入った籠を手に政宗は小早川の待つテーブルに向かった。

「悪いな、待たせたか」

言いながら籠と昼食の乗ったトレイをテーブルの上に下ろせば、小早川は首を横に振って否定する。
政宗はそうかと返し、小早川の向かい側の椅子を引いて腰を下ろした。
その時点で小早川の目は野菜の入った籠の方に釘付けになっていた。
その威力に政宗は流石は小十郎印と浮かびそうになった苦笑を隠しつつ、籠を小早川の方へと押しやる。

「これが小十郎からだ。覚えてねぇ詫びだと思って貰ってくれ」

「そんな、本当に良いの?」

「あぁ、遠慮するな」

「ありがとう!」

でも、片倉さんの作る野菜は昔から人気だったから僕一人ぐらい覚えてなくてもしかたないよねと、さっそく今夜はお鍋にしようかなぁとほくほく顔で献立を立て始めた小早川の様子に政宗は少しばかり良心を痛めた。しかし、それはそれと割り切って政宗は小早川を捕まえた本題に入る。

「お前、時間は大丈夫なのか?ここの社員何だろ?」

「うん。今は情報整備局で仕事をしてるんだ。それにお昼休みは一時間あるから大丈夫」

「情報整備局?」

「詳しくは言えないけど、収集した情報を纏めたり、それを元にシステムを新しくしたり。世の中の人の為に色々と僕も頑張ってるんだよ」

「へぇ…随分大変そうな仕事をしてるんだな」

「まぁね。そういう独眼竜は今何してるの?アルバイトだって言ってたけど…」

「俺はまだ学生だ。大学の二回生。それと、その独眼竜って呼ぶのは止めてくれ。俺のことは政宗で良い」

「…ま、…政宗くん?」

政宗たってのお願いに小早川は戸惑いながらも恐る恐るといった様子で政宗の名前を呼ぶ。そう呼ばせた政宗自身も微かな違和感を抱いたが、毎回顔を合わせる度に独眼竜と呼ばれるのは潜入捜査上好ましくないし、天海の様に他に記憶保持者がいないとも限らない。政宗は前世の記憶を持たないと印象付ける為にもあえて小早川に名前で呼ばせることにした。





それから政宗はバイトの休憩時間に、小早川は仕事の昼休みに、顔を合わせた時には話をする様になっていた。話す内容は世間話から始まり、小十郎の野菜の話、料理の話、小早川の仕事の話、政宗の大学での話と、その時々によって話題は違うが一番盛り上がったのはやはり料理の話であった。政宗自身、自宅で手料理を振る舞うこともあるので意外と小早川とは話が合った。

そんなある日。

「何だ?眠そうだな、小早川」

「うん…ちょっと、仕事が増えちゃって。他の部署で起きた問題の皺寄せがとうとうこっちにまで来ちゃって…」

「そういや今日はやけに人が少ないな。そのせいか?」

食堂に来た社員の数がいつもより少なく感じたのは勘違いではなかったようだ。
周囲を見回した政宗に小早川は一つ欠伸をこぼしながらポロリと言葉を落とす。

「ふぁ…っ、んー…ブラック本丸摘発の為に人が回されちゃったんだ。だから人手不足で…」

「ブラック本丸…?」

「うん。審神者が刀剣達を好き勝手して……あ!ご、ごめん、今の話は無し!聞かなかったことにして!」

小早川は自身の手掛けている仕事の話は大雑把にだが、政宗の誘導尋問染みた手腕によって喋っていたが、肝心の政府に在るという影の情報については沈黙を貫いていた。
そんな中で、迂闊にも口を滑らせた小早川は傍目に見ても隠し事をしていますと言う慌て振りで話を切り上げると、もう仕事に戻らなきゃと言って席を立った。

「…ブラック本丸ねぇ」

あえてその背を引き留めなかった政宗は小早川が食堂から出て行くと、その隻眼に鋭い光を湛え思案気に呟く。
そこへ、小早川と入れ替わる様にスーツに白衣を羽織った茶髪の男が食堂へと足を踏み入れた。その足は迷うことなく、政宗の居るテーブルへと近付いて来る。
若干顔を変えているのか、気配だけは覚えのある男に政宗は視線を向けると微かに片眉を跳ね上げた。
それにも構わず政宗のいるテーブルにやって来た男は、にこりと笑うと先程まで小早川が座っていた政宗の正面の椅子を引き、勝手に腰を下ろす。

「おい、誰がそこに座って良いって言った」

「わざわざアンタに許可取る必要はないでしょ?だってここは社員の為の食堂なんだから」

「てめぇはいつから社員になったんだ、猿」

わざわざ変装をして現れた佐助に政宗は裏から調べているんじゃないのかと、言外に問うた。すると、佐助はふざけた態度から一変して、真剣な眼差しを政宗に向ける。

「そういう竜の旦那こそ、何でこんな所にいるのさ」

右目の旦那はと続けて聞き返して来た佐助に政宗は隠すことなく潜入捜査の事実を告げた。

「あぁ…そう。相変わらずアンタ等のやることは無茶苦茶だね」

「うちにはうちのやり方があるんでな。で、お前の方は何か掴めたのか」

小十郎に意味深な伝言を預けた張本人が。

「あの伝言は真田の旦那がアンタにも同じ事態が降りかかるかも知れないからって。念の為にね」

佐助はそう言って一度、政宗から視線を外すと然り気無く周囲の様子を確認してからその声量を落として言葉を紡ぐ。

「審神者の任務についてアンタが何処まで調べたのかは一旦置いておくけど、真田の旦那が向かわされたのは通称ブラック本丸と呼ばれる酷い有り様の所だったよ」

真田の任務について先にある程度は調べていたが、やはり佐助でも深い部分は掴めなかったという。むしろ逆にそれが何か裏がある証拠だとこれまでの経験から佐助は確信していた。

「旦那は善くも悪くも真っ直ぐなお人だからね。着任して直ぐのその惨状に『武士の命でもある刀に何たる非道!』とかって吠えてたけど…」

佐助は真田本人から聞いた話と実際に自分の目で見たブラック本丸なるものの現状について詳細に語る。

「そもそも本丸へ一歩足を踏み入れただけで、問答無用で斬りかかられるとか。そんな所へいきなり素人を放り込む様な政府はハナから信用ならないね。真田の旦那だったから良かったものの」

「お前、その真田の本丸に行った事がある口振りだな」

「ん?あぁ…」

それはと、佐助の口から説明された話を簡潔に纏めると、どういうからくりか本丸の存在する空間ではバサラが使用可能であるとのことだった。忍として真田に付いて行った佐助は、本丸の入口で吠えた真田の拳から赤い炎がゆらりと立ち上った事に驚き、これはもしやと思って過去に自身が使用していた闇のバサラを発動してみたのだ。すると、推測通り使用可能だと判明した。なのでその後は影潜りで真田の影に潜み、ブラック本丸を観察して来たと言う。

「へぇ…バサラが使用可能になるのか」

「ところで竜の旦那には政府から指令来てないの?」

政府がどういう基準で審神者を選抜してるのか知らないけど、真田の旦那が選ばれたのなら竜の旦那も指名が入りそうなものだけどと首を傾げて呟いた佐助に政宗は、そういや言って無かったか?と佐助を見返して答える。

「指令はうちにも来たが、俺の所に話が来る前に家の連中が勝手に代理を立てて偵察も兼ねて送り込んじまったんだよ」

「へー、アンタの所、意外と過保護なんだねぇ」

佐助はその筆頭でもあろう小十郎の顔を思い浮かべたが、それは直ぐさま政宗に寄って否定された。

「小十郎も後から聞いた話だ」

「ふぅん」

休憩時間もそろそろ終わると席を立とうとした政宗は、その途中で言い忘れていたと、まだ席を立つ様子を見せない佐助を見下ろし口を開く。

「この建物の地下に刀剣が保管されてるのは知ってるか」

「警備が厳しくてそこまではまだ確認してないけどね。それが何か?…嫌な予感がするんだけど」

「そのブラックのせいで刀剣本体に影響が出てないか確認して来い。それと、こっちは可能ならで構わねぇから短刀を一振り持って来てくれ」

さすが政府の運営する会社の建物というべきか、エントランスに仕掛けられたセキュリティが厳しく、金属探知機まであるのだ、護身用の武器でさえ持ち込むことは困難だった。だが、敵地で丸腰というのも落ち着かず、佐助がこのタイミングで接触してきてくれたことは良かったのかもしれない。

政宗から求められたリスクの高い任務に佐助は僅かに顔をしかめたが、その言葉の裏にある猿飛佐助なら出来るだろうという、勝手に寄せられた期待まで読めてしまい、佐助は溜め息を落とすしかなかった。
これは幸村にも言えることだが、この目の前の好敵手も妙な所で互いを信頼している節がある。

佐助は確認はしてくるけど、その他は期待しないでくれと一応釘を刺してから政宗との会話を切り上げた。
 

[ 9 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -