07


部隊が出陣した翌日、鶴丸はいつもより早く目を覚ましていた。

「俺としたことが、目先の驚きに目を奪われて一番肝心な事を聞き忘れてたぜ…」

布団の中からむくりと上半身を起こした鶴丸は、出陣中でいない同室者二人の畳まれた内番服に目を向け、暫し思考を巡らす。

「これも軍師殿の策略か。…でも待てよ。それこそ光坊と伽羅坊の為に残しておいた方が良いか」

そう、この本丸の正式な主が誰なのかということ。

審神者代理が片倉 小十郎であるならば。その片倉が無二の主だと仰ぐ存在など、それこそ一人しかいないのではないか。鶴丸はうんうんと一人唸った後、まぁなるようになるだろうとすっぱり考えるのを止めた。こういう時は流れに身を任せるのが良いと、布団から抜け出し、着替え始める。

今日は二度寝をしても起こしてくれる二人はいない。

「さて、今日はどんな驚きが俺を待ってるかな」

こうして本丸は今日も穏やかな空気に包まれた朝を迎えた。

 





「おや?君も早起きだなぁ」

朝の散策を始めた鶴丸はさっそく畑に人の姿を認め、近付いて声を掛けた。

「そういう鶴丸殿こそ。おはようございます」

畑にいたのは野良着姿の審神者代理だった。
鶴丸は妙に板の付いた野良着姿で畑仕事をする審神者代理に、自身の顎に手を添えるとふむと一つ頷いてから口を開く。

「君は畑仕事が好きなんだったな」

「好きというか、まぁ今は趣味ですかな」

「…そう言えば以前、君と光坊は気が合いそうだという話を光坊としたことがあるな」

前の主が野菜を収穫した籠を見て、弟はそういうことが好きだと言っていて。

「まぁ、光坊が帰って来たら色々問い詰められるかも知れないが、仲良くしてやってくれ」

そう言ってからりと笑った鶴丸に審神者代理は苦笑を浮かべた。

「善処致します」

そうして鶴丸は、生でも食べられる食べ頃の野菜を幾つか見繕ってくれと審神者代理に頼み、トマトやキュウリなど水で洗えば直ぐにでも食べられる野菜をいでもらう。

「ここの畑は季節を問わず何でも出来るのですな」

「そうだ、凄いだろう?」

「えぇ」

そんなやり取りをしている間に、今日の畑当番なのか、籠や鍬を持った刀剣男士が二人畑へとやって来た。

「あれ?代理さんじゃん。鶴丸国永まで。こんな所で何してんの?」

「もう清光、挨拶が先でしょ。おはようございます、代理さん」

加州清光と大和守安定だった。

「よっ、畑当番ご苦労。俺は朝の散歩だ」

そう言い切った鶴丸の腕に抱えられた野菜を見て、清光は「散歩?」と疑わしそうに鶴丸を見返す。
大和守に挨拶を返した審神者代理は訝しそうに鶴丸を見ている清光の質問に答える。

「実は昨日この畑の側を通った時に見慣れぬ野菜を目にしまして」

それが何かと気になって見に来たのと、土いじりが趣味なのだと審神者代理は丁寧に答えた。

「ふぅん、そうなんだ」

姉弟揃って働くのが好きだねぇと、清光は洗濯だの掃除だのと本丸内を動き回っていた前女主人のことを思い出す。

「見慣れない野菜って…。あっ、あれかぁ」

大和守は審神者代理が口にした野菜に心当たりがあったのかキョロと顔を動かすと、等間隔に植えられ、芽を出した緑の葉が一枚空に向けて伸びている畝に目を向けた。

「それ、乱藤四郎と厚藤四郎が万屋でおまけに貰って来たやつでしょ。何が出来るか育ててみなきゃ分からないとかで、短刀達が楽しみにしてるやつ」

だから聞かれても誰も何の野菜か分からないと、清光の説明に審神者代理はそうなのかと納得する。

「じゃ、俺は野菜を洗ってくるかな」

美味しそうだと、収穫したばかりの野菜を腕に抱えて鶴丸が畑を去って行く。
大和守は持ってきた鍬を手に畑作業に取り掛かり、清光は野菜を収穫するようで籠とハサミを手にトマトの柵の方へと入って行った。

「ねぇ、代理さん」

畑当番が来たならと、引き上げようとしていた審神者代理の耳に清光の静かな呼びかけが届く。

「何でございましょう」

どことなく捨て置けない真剣な声音に審神者代理の足が止まる。
だが、二人の間には緑の葉が茂る柵があり、お互いの顔は見えない。

「俺達、他の連中と比べるとちょっと扱いづらいけど性能は良い感じだから…さ、その…」

何となくその先を察した審神者代理は清光の言葉を遮って告げる。

「承知しております。お二人は彼の有名な新選組一番隊隊長 沖田 総司殿の刀でございましょう。その腕に疑いは御座いません」

ただ、今回の出陣は急だったことに加え、野戦の可能性が高く、時代も戦国。

「私も着任して初めての戦いなので万全を期す為に戦慣れしている刀剣男士様方で隊を組ませていただいたのです」

「そっか…、代理さんにとっては初陣ってことだもんね」

「はい。ですから、今後また出陣するようなことがあれば、その時はお二人の力を借りることになるかもしれません」

「まぁ…、指名されたら頑張るけど」

いつの間にか畑を耕す手を止めて清光と審神者代理の会話に耳を傾けていた大和守が何処か安堵した様に表情を崩し、優しい眼差しで清光を見つめる。

「もう、素直じゃないんだから」

審神者の交代で、これまでの様に自分が使って貰えるかと不安を覚えていた清光の素直じゃない態度に大和守は一人そう小さく呟いた。





 

歌仙が中心となり作った朝御飯を、現在本丸に居る刀剣男士達と一緒に広間で食べ終えた審神者代理は自分のすぐ側でご飯を食べていた鶴丸の名を呼ぶと、後で執務室に来るように告げた。
薬研と話をしていた鶴丸は首を傾げながらもそれに頷き返し、審神者代理が広間を出て行くのを見送った。

「今日の近侍は俺じゃないよな」

「あぁ、違うはずだぜ」

じゃぁ、それ以外の呼び出しって何だ?と薬研に聞き返した鶴丸に横合いから呆れたような声が掛けられる。

「お説教だろう?」

「何の?」

何を当たり前の事をと言いたげな顔で口を挟んだ歌仙に鶴丸はまるで身に覚えがないという顔で聞き返す。

「キミね、昨日冷蔵庫を開けて摘まみ食いをしただろう。今朝も代理殿に野菜を頂いて、燭台切がいたら極刑ものだよ。他にも、キミが常日頃行っている悪事が代理殿の耳にも届いたんじゃないのかい」

ありえるという顔をした者が何人かいたが、鶴丸はまるで気にした様子がなく、代理殿はそんなに器の小さい男じゃなさそうだがなと、自分が呼び出されたことを終始不思議そうにしていた。
そんな食後のんびりと広間で過ごす者達を尻目に、何かしらの当番に付いている者達は次々と席を立つ。自分の使用した膳を厨に運び、各々本丸内に散って行く。

その中の一人、審神者代理との仕合いを引き分けた同田貫はもっと強くなるべく、時間が空いた時は鍛錬を行っていた。
今日も朝から鍛錬場に顔を出し、手合わせを行っている山伏と蜻蛉切の横で和泉守を相手に思う存分刀を振るっていた。共に審神者代理の戦う姿を目の当たりにした者同士、ましてや同田貫は実際に刀を交わしたのだ、自然と刀を握る手に力が入る。

「どうした、和泉守。お前の力はこんなもんか」

「ンの野郎!まだまだに決まってるだろっ」

同田貫の刀を強引に押し返した和泉守が攻勢に打って出る。

「っと、そうこなくちゃ面白くねぇよな!」

再び激しい打ち合いを始めた二人の横で、それぞれ手にしていた太刀と槍を下ろし、互いに顔を合わせて礼をとる。

「いやはや蜻蛉切殿の槍捌きは見事ですな。拙僧もまだまだ精進せねば」

「なんの、山伏殿の最後の一太刀には某もひやりとさせられましたぞ」

「カカッ!そうか、そうか。ならば拙僧も少しは成長しているということかの」

快活に笑って応えた山伏の視線がふと開かれたままの鍛錬場の入口へと向く。つられるようにしてそちらを向いた蜻蛉切の視線の先には、道着姿の審神者代理とその後を付いて行く鶴丸の姿があった。

「あれは代理殿。彼の御仁も相当な剣の腕前だとか」

兄弟が言っていたと口にした山伏に蜻蛉切は頷く。

「機会があれば某も一度お相手願いたいものです」

元は刀剣、強者と刃を交えたいと思うことは本能に近かった。

「おい、代理が何処に居るって?」

外を眺めていた二人の背中に、刀を肩に担いだ同田貫の声が掛けられる。振り返り見れば和泉守は体力が尽きたのか、床に片膝を付き、肩を上下させてぜいぜいと苦しそうに息を吐いていた。

「大丈夫か、和泉守殿」

蜻蛉切の声掛けに和泉守は片手を上げて、心配はいらないと手を振る。

この本丸で一、二を争う強さを身に着けた同田貫を相手にして、それだけで済んでいる方が凄いのだが、和泉守は悔しそうに表情を歪め、飄々としている同田貫を睨み付けていた。
ここに堀川でもいればすぐに和泉守に手を貸しそうだが、生憎と彼は別の当番でこの場にはいなかった。

「代理殿は鶴丸殿を伴って庭の方へと回られたご様子」

「そうか。ちょうど身体も温まってきたし再戦を申し込もうと思ったんだが…」

「それは代理殿の予定を伺ってからの方が良いのでは」

山伏の進言に同田貫は少しばかり考えた後、結論を出す。

「よし、めんどくせぇけど今から代理に予定を聞きに行くか」

そして、その先で彼らを待ち受けていたものは…。






 

「なぁ、君のことだからこれも何か意味があるんだろう?」

今朝執務室へと呼び出されていた鶴丸は、執務室にて仕事をする審神者代理に付き合い、雑事を終えた後、部屋を出た審神者代理に付き従い後ろを歩く。己の腰に帯びた太刀の柄に指先を滑らせ、無言で前を歩く審神者代理に問いかける。

「それに今日の近侍は宗三だったはずだ」

「宗三殿には昨夜のうちに了承頂いております」

「根回しもばっちりということか」

ううむ、と唸った鶴丸が審神者代理と共に足を止めたのは本丸に設けられた庭だった。つい昨日部隊を見送った何の変哲もない庭だ。まぁ、敢えてあげるとするならば、綺麗に剪定された植木に、鯉の棲む池。鹿威しに石灯篭と、庭の奥の方へ足を踏み入れれば苔むした岩や小さな小川があり、その小川の上に朱塗りの橋が架かる程度だ。

すいすいと水の中を優雅に泳ぐ鯉のいる池の前で足を止めた審神者代理は、そこで漸く鶴丸に本意を伝えた。

「貴方を連れてきたのは万が一の時の為。協力して頂きたいことがあるのです」

「万が一?」

審神者代理は水面を見つめ、意識を集中させる。
すると風もないのに池の水面がゆらゆらと揺れ始め、鶴丸はその不思議な現象に審神者代理の横顔へと目を向ける。

「不確かな情報が多い故、あまり口にはしたくありませんでしたが…」

水面がひと際大きく波打った後、そこには何処かの戦場の様子が映し出されていた。

「上から人事異動を告げられた本丸に着任した新人の審神者達が、初陣で何振りもの刀剣を破壊されているのです」

「なに?」

「戦場が読めないなど、刀剣の皆様方にも戦場での向き不向きがあるのだとしても、それは異常です」

「それは新人の審神者が練度も考えずに戦場に出したとかではなくか?」

「違います。戦を知らぬ新人はまず前審神者から引き継いだ部隊編成で出陣します。それも、それまで大切に育てていた刀剣達を託すのですから前審神者も手を抜くはずがありませぬ」

だからほとんどの新人審神者は敵が出現した折には前審神者が編成した精鋭部隊で出陣した。なので、先ほど言った戦場の向き不向きはある程度練度でカバー出来るはずだった。

「嫌な言い方をするなぁ」

一度言葉を切った審神者代理は目の前の白い布を外すと厳しい眼差しで水面を見下ろす。

「私は…私達はそこに何者かの介入があるのではと疑っております」

水面に映されたのは昨日出陣した部隊だ。どこか開けた木々のある場所で遡行軍の太刀や短刀、槍を相手に危なげなく大立ち回りを演じている。その様子に安堵しつつ鶴丸は審神者代理に話の先を促す。

「その何者かの見立ては立っているのか、軍師殿」

「えぇ、今に判明するでしょう」

「今に?」

随分展開が早いなと驚く鶴丸に審神者代理はそれが当然である事のように告げた。

「あの方は敵が何者であれ、身内に手を出した者を決して許しはしないでしょう」

水面に映る映像が切り替わる。無事、遡行軍を退けた部隊が脇の森へ姿を隠し、間もなくその場を紅い色を宿した男を先頭にした騎馬隊が駆け抜けて行った。


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