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一時間弱電車に揺られ、圭志は駅の改札を北口方面に抜ける。

待ち合わせ場所に圭志が姿を見せた時、そこには既に車が待っていた。

夏の六時台の空はまだ明るく、行き交う人も多い。

人混みを抜け、圭志は車へ近付くとその窓を軽くコンコンと二度ノックした。

するとスモークの貼られた後ろのドアがガチャリと開き、圭志は中に乗り込もうと…。

「よぅ」

「は?」

した所で中から、ここに居る筈の無い奴から声を掛けられた。

「京介!?何でお前がここに…」

「いいから乗れ」

中から伸びてきた手に腕を掴まれ、圭志は驚きつつも大人しく後部座席に腰を下ろす。

バタンとドアが閉まり、車は右にウインカーを出して滑らかに走り出した。

「何で…」

お前がここにいるんだと、圭志は京介に腕を掴まれたまま涼しい顔して座る京介を見る。

それに京介はふっと口元を緩め、不遜な態度で切り返した。

「迎えに来たに決まってんだろ。それ以外に何がある」

「別に…お前が来なくても俺はちゃんとお前の所に帰るつもりだった」

会いたいと想った心は嘘じゃない。けど、こうも自分の心を見透かした様に現れると何だか悔しくて。

つい言い返してしまう。

京介はそれすらも織り込み済みなのか、圭志の腕を掴んだままフッと笑った。


「そう拗ねるな。それと折角だ、今夜は外食してそのままどっか泊まるか?」

学園のある方向とは逆の道を車は左折し、京介はゆるりと口端を吊り上げて、掴んでいた圭志の腕を自分の方へと引き寄せた。

「――っ」

ぐっと近くなった距離に、圭志は息を詰める。

「一日貸してやったんだ。それぐらいしてもバチは当たらねぇだろ」

「なに、言ってんだよ。お前とは……一日と限らず、ずっと一緒じゃねぇか」

前へ…、一歩。過去は戻らないけど、やり直すことは何時だって出来ると知ったこの日に。圭志はほんの少しの不安と恐怖、この胸を満たす確かな想いを胸に、自ら踏み出すことを決めた。

目を反らすことなく告げられた台詞に京介は僅かに目を見開く。

「お前…」

「何だよ」

フンと目元を赤く染め、不服かと強気な眼差しを向けてくる圭志に、京介はやがて口元を緩めた。

「いや、泊まり決定だな」

そして、掴んでいた圭志の腕を離すとその手を圭志の顎にかけ、笑った。

「…好きにしろ」

「言われなくても、そうさせてもらうぜ」

近付く温もりに圭志は静かに瞼を下ろす。

ここが車の中だとかはまったく意識せず、圭志はただ重なる唇を甘く感じながら時おり応える様に口付けを返した。











そして、夕食をそこそこ有名な食事処で済ませ、ホテルは京介の手配で神城系列の高級ホテルに泊まることとなった。

「随分手際が良いな…」

ホテルの一室に通されて二人きりになった所で圭志はポツリと溢す。

それに京介は苦笑を浮かべ、手にしたカードキーをテーブルの上に置いた。

「安心しろよ。俺が此処まで手を回したのはお前が初めてだぜ」

手際が良いのは、家の用事でたまに使うからだ。いちいち寮に帰るのが面倒になった時とかな。

「…ふぅん」

ドサとソファに腰を下ろした圭志は室内をぐるりと見渡す。

「何か飲むか?」

室内に設置された小型冷蔵庫を開けて京介は圭志を見やる。

「いや、いい」

「シャワー使うならバスルームはそっちだ。タオルと着替えも置いてあるだろ」

冷蔵庫から自分用に飲み物を取り出し、京介はプルトップを開ける。

その言葉通り、京介は勝手知ったる自分の部屋とでも言うように、缶を右手に持ち、寮の自室にいるのと変わらぬ態度で圭志の右隣に腰を下ろした。

缶に口を付け、空いてる左手が圭志の肩に触れる。

「それで、用は済んだのか?」

「ん?あぁ…」

横から向けられる視線に、圭志はゆっくりと京介の方を見て、柔らかく笑った。
その表情を見て京介は何か気付いたのかもしれない。

コッと中身が減った缶をテーブルに置き、そうかと深くは聞かずに話を畳む。変わりに、圭志の肩に置いていた手で、圭志を自分の方に引き寄せた。

車中の続きの様に口付けを落とし、圭志の吐息を優しく奪う。

「ん…っ…」

至近距離で絡む視線に圭志はふっと瞳を細め、体から力を抜く。そして京介の求めに応える様に、圭志は自らも京介へと手を伸ばした。

「…ん…ぅ…」

深く重なる口付け。首に回された腕に引き寄せられ、京介はふっと表情を緩める。

角度を変え、舌を絡めて何度も

「ん…んっ…」

鼻に掛かるような甘い吐息と声を引き出す。

圭志の肩に置いていた手を後頭部に移動させ、京介は残る右手で圭志の腰を抱き寄せた。

「っ…ん…んっ…」

ぴったりと隙間を埋めるように、相手の体温を感じる。

「圭……」

「…んっ…ふっ…っ」

長い口付けの後、互いを繋ぐように銀の糸が伝い、圭志は上気した頬と薄く色付いた目元を隠しもせず、ちらりと赤い舌を覗かせて、唇を舐めた。

「はっ…、お前といるとやっぱ調子狂う。……責任、とれよ」

首に絡めた腕はそのままに、後ろへと僅かに体を引いた圭志は京介を見つめ返して言い放つ。

今日は何だか駄目だ。心が溢れて止まらない。この身に触れるのが京介なら、何でも許せる様な気さえした。

「…いいぜ」

ゆるりと弧を描いた唇に、京介も口端を吊り上げ、熱を灯した眼差しで圭志に応えた。


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