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そして、約束の二時。
ペットショップの前で待つ圭志の元へ真昼は急いで店の裏口から出てきた。

「圭志先輩!」

「真昼。そんな急がなくても良かったんだぜ」

「それだと時間がもったいないじゃないですか。それに俺…、圭志先輩は絶対に会いに来てくれるって思ってましたから」

一瞬、言葉を切った真昼は迷いの無い眼差しを圭志へと向けた。

「そりゃ買い被り過ぎだ」

俺の事は忘れろと一方的に繋がりを絶ちきった。にも関わらず、真昼は俺がいつか会いに来ると信じて、聖にバイト先を教えておいたとでもいうのか。

圭志はあり得ない仮定に首を横に振る。しかし、真昼は思いの外真剣な声で応えた。

「ううん。圭志先輩は実際俺に会いに来てくれたし、先輩は強い人だから」

「…そうでもねぇよ」

本当に強かったらお前を傷付けたりしない。

近くの公園へと足を進めながら、圭志は嬉しそうに隣を歩く真昼を見下ろし瞳を細めた。

「俺、知ってるよ。先輩が退学覚悟で俺を袋にした奴等に暴力振るったって」

あの後、俺をわざと突き放したのだって巻き込まない為だって気付いた。

「そりゃ最初は突き放されてショックだったけど、先輩はそんな人じゃないって知ってたから」

ピタリと公園の入り口で足を止めた真昼が圭志を見上げる。

「俺、先輩のこと今でも信じてるし、好きです」

ふんわりと浮かべられた笑みに嘘はなく、真っ直ぐに圭志の心へと届けられた。

揺らがないその眼差し。先輩と、純粋に慕ってくれる真昼の想いを圭志は真っ向から受け止め、静かに口を開いた。

「悪い、真昼」

見上げる真昼の頬に右手で触れ、左手を真昼の腰に回して腕の中へと閉じ込める。

「守ってやれなくて。怖かったし、痛かったろ?」

あの時は余裕もなくて、ただ自分から突き放すことしか出来なかった。

そんな自分に変わらず向き合ってくれる真昼の方がきっと何倍も強い。

「ごめんな、真昼」

あの時伝えることが出来なかった様々な思いを込めて、圭志は真昼へと言葉を返した。

「先輩…。もう気にしないで下さい。あの件、俺は今でも先輩のせいだなんて思ってませんから。また会いに来てくれただけで俺は嬉しいから」

真昼は圭志の腕の中で、ちょっぴり恥ずかしそうに頬を染めて言い切る。

「…ありがとな真昼」

今日、お前に会えて本当に良かったと思う。

ぽんぽんと、一度も染められた事の無い真昼の黒い髪を圭志は優しく撫で、腕の中から解放した。

それに真昼はくすぐったそうに笑みを溢して、止めていた歩みを再開する。

「でも、安心した」

「安心?」

「うん。朱明にいた時より先輩、何か楽しそうだし、雰囲気が柔らかくなってる」

「そうか?」

自分では良く分からないが、真昼がそう言うならそうかも知れない。

心当たりは一つ思い浮かぶけれど。

「ちょっとだけ羨ましいな。先輩をそんな風に変えた人が」

ちらっと少しだけ寂しそうな横顔を見せた真昼に圭志は追い付き、ゆるりと口端を吊り上げた。

「それでも変わらねぇよ。真昼、お前が俺の大事な後輩だってことは」




会わなかった間の話や学校のことと話題は尽きない。

しばらく公園のベンチに座り話し込んでいた二人だったが、話している内にどちらからともなく立ち上がり、良く一緒に遊び歩いた街中へと、二人の足は向かっていた。

学校の帰りに寄ったファストフード。ゲーセン、本屋、雑貨店…。

「この服先輩に似合いそう。ちょっと着てみません?」

「そしたらお前はこっちだな」

「え?その服なんか可愛すぎて俺には似合わないと…」

「いや似合うだろ。お前の手にしてる奴着てやるから、お前はこっちな」

こういう時に限って時が経つのは早い。

この街のシンボルである時計台の下。真昼と圭志は足を止めた。

「圭志先輩。また遊びに来て下さいね!俺、楽しみにしてますから」

「あぁ。その時はメールする。一人、余計な奴がついてくるかもしれねぇけどな」

そう言って笑った圭志は、真昼が見た中で一番穏やかな笑みだった。

真昼はきょとんと瞬き、一拍置いてからまたふんわりと表情を綻ばせる。

「はい。それも楽しみにしてます!」

「じゃぁな、気を付けて帰れよ」

「先輩も。それじゃぁ」

駅へと向かう圭志と真昼は時計台の下で別れ、真昼の姿が見えなくなってから圭志は駅へと足を踏み出す。

その心は軽く、今まで気掛かりだった真昼とちゃんと向き合う事が出来たおかげか、圭志もやっと一歩前へ踏み出せた気がした。

ほんのりと温かくなった心に、圭志は何だか急に…会いたくなった。

「京介…」

学園へ帰れば会える、そう分かっていながら。

人が行き交う階段を足早に上り、ピッとカードを翳して改札を抜ける。

「次は四時五十一分か…」

電光掲示板で電車の時刻を確認し、携帯電話を取り出して乗り換えの時間も合わせて確認する。

降りる駅に着く大体の時間を計算して、朝学園から駅へと送ってくれた運転手へと連絡を入れた。

そして、六時十五分過ぎにと約束をして通話を切った。



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