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翌日、圭志は京介が出た後しっかりと部屋の戸締まりをしてから学園を出た。

駅までは京介の手配してくれた運転手付きの車で送られ、帰りも遠慮せずにお呼び下さい。お迎えに上がりますのでと、丁寧に告げられた。

そこまではと断ろうとしたが、どうやら京介から言い含められているようで圭志は仕方なく頷き返した。

一時間半弱かけて久し振りに帰ってきた街。たった三ヶ月では何も変わっていなかった。

圭志は駅を離れ、見慣れた道を歩く。

人の賑わう時計台の側を通り、道なりに。時折、向けられる女性からの視線を綺麗にスルーし、圭志は向日葵と手書きの看板が出ている喫茶店へと向かった。

そこで目的の人物に会える可能性は半々。

カラン、カラ〜ンと軽快な音を立て、圭志は喫茶店の入り口をくぐった。

店の中には夏休みのせいか学生が多い。

圭志は空いていたカウンター席に座り、昼食も兼ねて軽食を頼んだ。

「やっぱそう簡単には会えねぇか」

連絡もとらず、運に身を任せて来てはみたものの。圭志が会いたかった人物の姿はない。

そしてそう時間も掛からず運ばれてきた珈琲とサンドイッチ。サンドイッチに手を付け、圭志は携帯のフラップを開いた。

メールを開き、受信ボックスを押す。一番古いメールの日付は四月。それに対する圭志の返信は一言…。

「は、何が忘れろだ。俺は…逃げてただけじゃねぇか。格好悪ぃ」

その文面を眺め、圭志は自分でも驚くほど穏やかな苦笑を浮かべた。

珈琲カップに口を付け、パチンと携帯を閉じる。

「本当にもう忘れてるならそれも良いか…」

そう呟いた圭志の背後で来客を知らせる鐘が鳴った。

カラン、カラ〜ン

「マスター、いつものカフェオレ一つ。それと新作のデザートが出来たって隼人から聞いたんだけど」

「そんな慌てなくてもデザートは逃げねぇよ。とりあえず座れ、廉」

「隼人さんも珈琲で良いですよね?マスター、珈琲三つ」

随分賑やかな客が来たなと、圭志はそろそろ店を出るかと、カウンター席を立つ。

「……圭志?」

そこへ、その来客者の中から圭志へと声がかけられた。

振り返るとそこには元同級生がいた。赤く染められた髪が一夜を思い起こさせる。性格はどちらかといえば京介に似た。

「…聖」

名前は諏訪 聖(スワ ヒジリ)。圭志が転校前に通っていた朱明(シュメイ)高校の生徒だ。

「聖、知り合いか?」

「あぁ。お前等は廉連れて先に奥のテーブルにでも座ってろ」

シッシと相手の返事も聞かずに追い払うと聖は俺の隣の席へと座った。

「良かったのか?」

「構わねぇよ。で、どうした?お前、九琉学園の寮に入ったんじゃねぇのか」

目の前の男、聖とはクラスは違ったが何故か気が合い、時たまつるんでいた。

「夏休みに入ったから出てきたんだ」

へぇ、と聖は何かを見定めるように鋭い瞳を細める。そして、カウンターに置かれたペーパーナプキンを手に取ると、他のテーブルに付いていた奴の名を呼んだ。

「慎二、ペン貸せ」

「え?んなの持ってるわけな…」

「聖さん」

はい、と金髪の男の向かい側に座った別の男がボールペンを投げて寄越す。

それを受け取り、聖はさらさらとナプキンにペンを走らせた。

「おい、聖?」

圭志は訝しげに眉を寄せ、聖を見やる。カチンとペンのキャップをはめた聖はナプキンを圭志の方へと滑らせると、フッと口元に弧を描いて席を立った。

「気が向いたらそこに行ってみな。…じゃぁな、圭志」

言いたい事だけ言って聖は圭志に背を向け、喫茶店の奥、先ほど一緒にいた奴等の元へ行ってしまう。

かといって圭志も引き留めようとはしなかった。

聖に渡された紙に視線を落とせば、そこには店の名前と簡単な地図が癖のある字で書かれている。

「相変わらずだな。礼ぐらい言わせろってんだ」

圭志はその紙を持ち、会計を済ませると喫茶店を後にした。


手書きの地図を頼りに着いた先には、可愛い外装のペットショップ。

「ここに…居るのか」

圭志は一つ息を吐き、ペットショップの自動ドアをくぐった。

「いらっしゃいま、せ…―っ!?け、圭志先輩!」

そこには店の水色のエプロンを身に付けた、小柄な少年。可愛い顔立ちの頬に湿布はもう無い。頭に巻かれた真っ白な包帯も、右腕を固定していた三角巾も今は無く。

「真昼(マヒル)」

圭志が嘗て傷付けた少年は大きな瞳を驚きに見開き、何故か嬉しそうに笑った。

「少し話たい事があるんだが、この後時間あるか?」

「えっと、二時で上がりだからそれからなら…」

今はまだ一時少し過ぎ。

「じゃぁ、二時近くなったらまた来るな」

「あっ…、先輩…!」

「後でな」

引き留めようと声を上げた真昼に圭志はふっと宥めるような優しい声音で返して、ペットショップから出て行った。

二時と約束を取り付けた圭志は久し振りに何の目的もなく、時間になるまで街の中をブラブラしようと賑わう雑踏の中へと足を向ける。

「こんな時京介がいたら退屈しねぇで済むのに…」

ふと無意識に口から溢れた台詞に圭志は疑問すら覚えず、その独り言はさざめく人混みの中へと消えていった。


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