11


「生徒会ってそんなに忙しいのか?」

夏休みも仕事があるなんて、と圭志はテレビのリモコンに手を伸ばし、チャンネルを変えながら聞く。

「それなりにな。夏休みに入ると部活の大会やらその為の合宿、学外での活動が増える。その報告書が大体夏休み直前に上がってきて、俺達が処理し始める」

生徒会では夏期休暇中の部活動の把握も仕事のうちだ。

部活なんてあったんだ…。

「他にも風紀を交えて一学期の校内風紀の反省や、夏休み明けに予定されてる生徒総会の話し合い。交流会その他諸々で使用した予算の計算に…」

と、続く言葉を圭志は大変なんだな、の一言で遮って終わらせた。

それに京介はテーブルに置かれたカップを手に取り、ふと瞳を細めて返す。

「まぁ、それも風紀委員長の任命が済めば半分になる。この忙しさも休み明けの総会までの話だ」

風紀委員長と生徒会長を兼任しているからこその仕事量らしい。

圭志はあえて風紀の話を無視し、紅茶を飲み終わると立ち上がる。

「ま、頑張れよ。紅茶のおかわりが欲しかったら自分で淹れろ。それぐらい出来るだろ?」

じゃ、俺は先に風呂もらうぜ。

自分の使ったカップを片付けて一旦自室へと引き上げて行った圭志の後ろ姿を見送り、京介は手にしていた紙をパサリとテーブルに投げる。

「まだ悪足掻きするつもりかお前は」

妙なとこでまだ意地を張っている圭志に京介はさて、どうしたものかと楽しげに呟いた。









それから風呂には交代で入り、京介のいなくなったリビングで圭志はソファーに凭れ目を閉じる。

編入してきた当時を思い返し、口元に淡い微笑を浮かべた。

「あれからまだ三ヶ月しかたってねぇのにな」

こんなことになるなんて想像もしていなかった。

どんな心境の変化だと自分に問いたい。

「けど…、悪くねぇんだよな」

今は未だ慣れないけど、京介の隣は心地好い。気を張らなくても良い、自分らしくあれる場所。

それは前の学校では得られなかったもの。

そこに至って、圭志はまだやらなくてはいけないことがあったと閉じていた目を開けた。

「今なら…」

カチャリとリビングのドアを開けて、タオルで雑に髪を拭きながら京介が入ってくる。

その音に圭志はソファーから身を起こし、振り向いた。

「京介、明日の事なんだけど」

「ん?ちょっと待ってろ」

京介は言葉で圭志を制すと一度キッチンに入り、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し戻ってくる。

その足で圭志の隣へ行き、腰をおろした。

「で、明日がどうした?」

ペットボトルのキャップを右手で開け、口を付ける。その時、拭いきれなかった髪からポタリと滴が落ち、京介は煩わしそうにその髪を掻き上げた。

「…………」

何気ない日常で見ているはずの仕草に圭志の思考が奪われる。

「おい、圭志?」

「…あ、あぁ。明日なんだけど、ちょっと外に出てくる。夕方には帰ってくるから」

俺は今何を考えた?

ドキリと跳ねた鼓動を悟らせない様に圭志は不自然にならない程度に早口で告げた。
京介はそんな圭志の態度を訝しく思いながらもペットボトルをテーブルに置き、頷く。

「学園外か。明日は明も会議に出席するし、まぁ構わねぇがどこ行くつもりだ?」

「ちょっと転校する前の知り合いに会いに行こうかと思ってる」

駅まで出て、乗り換えも含めて一時間半はかかるか。

そう考えながら言うと話を聞いた京介は途端、眉間に皺を寄せ嫌な顔をした。

「そんな奴に会ってどうするんだ?」

心持ち声も一段と低くなったような気がする。

「どうって別に。まだ会う約束してるわけじゃねぇし、会えたら少し話しでもしようかとは思ってるけど…なに不機嫌になってんだよ?」

「…許すつもりか?」

きつい眼差しに射ぬかれ、圭志は気付く。

「そうじゃねぇ」

心配、してくれてんのか…?

京介の想いに気付いた圭志は緩みそうになる口元を引き締め、首を横に振って否定した。

「じゃぁ何だ?今さら何の為に」

元から圭志を想う気持ちを隠そうとしない京介。それが今、圭志は嬉しいと素直に思える。

だから圭志も京介には包み隠さず、今ある思いを伝えようと口を開いた。

「ほんと今更かも知れねぇ。けど、もう逃げたくねぇんだ」

前の学校に残してきた事がある。きちんとケリをつけたい。

真っ直ぐ前を向く、強い光を灯した眼差しに、京介は息を吐く。

想いを交わした時、圭志は守られたくないと言った。対等でありたいと。

頭では圭志は守られる者では無いと分かっているが、それでもやはり守りたいと思う心が京介の中にはあって、…仕方なく条件を一つ付けて返した。

「分かった。ただし、何かあったらすぐ俺に連絡しろ」

「あぁ…、頼りにしてる」

圭志の意志を尊重をしてくれる京介に、圭志の口からはするりとそんな言葉が出ていた。

それに京介は一瞬驚いた顔をしたものの、次には圭志にしか見せない穏やかな表情を浮かべた。

「京介?」

自分の言ったことを理解していないのか、不思議そうに見てくる圭志の肩に腕を回し、抱き寄せる。

そして、無防備なその唇に触れるだけのキスを落とす。

「もっと甘えろ」

抵抗もなく、大人しく口付けを受け入れる圭志の耳に唇を寄せ、京介は甘く囁く。

「っ…、俺は別に」

甘えたつもりはない、と。圭志は耳朶を擽る吐息に肩を震わせた。

「そうか?お前は一人で何でもしようとするからな、それが面白くねぇ」

圭志の髪に指を差し込み、間近で視線を絡ませて圭志の逃げ道を塞ぐ。

「ンなの普通だろ」

「時と場合に寄ってはな」

「…どういう意味だ」

眉を寄せた圭志に京介はフッと口元を緩めて応えた。

今のお前には俺という恋人がいるんだ。恋人には甘えるもんだろ。



[ 90 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -