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夕方まで明の部屋で過ごした圭志は食材が届く時間だからと、京介の部屋へ戻る。

それから五分と経たず食材が届けられた。

玄関で受け取った箱をキッチンに運び蓋を開けると肉や野菜、魚、卵を取り出しそれぞれ冷蔵庫に納めていく。

一緒に入っていた調味料やドレッシングもしまい、空になった箱は潰して廊下に出した。

「さて、次は物が何処にしまってあるのか確認して、それから夕飯作りだな」

これからやることを確認し、圭志はキッチンの収納棚を開け始めた。

まな板と包丁はここで、鍋とフライパンは…

一通り調理器具の場所を確認した圭志は今夜使うものだけ出して丁寧に洗う。

「そういや聞かなかったけど好き嫌い無いよなアイツ?」

野菜室を開け、ジャガイモを取り出したところで圭志はふと思う。

「…まぁいいか。食わなかったら誰かにやれば」

カタリと水に通した包丁を右手に握り、左手に持ったジャガイモの皮を剥き始めた。

今夜は和食だ。

献立は肉じゃがに金平、豆腐の味噌汁に焼き魚。

圭志は分量を間違えないよう注意しながら自分と京介の二人分、どこか楽しげに作り始めた。










日が沈み、部屋の中に明かりが灯る。

扉横の溝にカードをスライドさせ、鍵を外すと京介は扉を開けた。

いつもは自分で電気を付けるまで暗い室内も今日は明るい。

玄関を上がると仄かに良い匂いがしてきて、京介の表情は自然と緩んだ。

右手にファイルを持ったまま明かりの灯るリビングへと入ればテーブルにご飯を並べていた圭志が音に気付いて振り向く。

「あ、お帰り。ちょうど良いとこに帰ってきたな」

「おぅ」

側に寄っていけば焼き魚の香ばしい匂いが鼻腔を擽った。

「勝手に和食にしちまったけど良いよな?」

「あぁ。美味そうだな」

じっと料理に視線を落として言う京介の横顔をチラリと見やり圭志は小さく安堵の息を吐く。

「ファイル置いて、手ぇ洗って来いよ。冷めないうちに飯が食いたい」

「そうだな、先座って待ってろ」

テーブルから離れ、京介は一言残すとファイルを置きにリビングを出て行った。

「はぁ…何緊張してんだ俺。柄じゃねぇ」

トレイを手にキッチンに戻り、湯呑みと急須を用意しながら、知らず肩に力が入っていた自分に苦笑する。

それでも、不思議とそんな自分も嫌いではないなと思った。


テーブルを間に挟み、向かい合って席についた京介は圭志を見てふと笑みを溢す。

「…何だよ?」

それに気付いた圭志は箸を手にとり、京介を訝しげに見返した。

「こういうのも悪くねぇな」

「あ?」

「お前これからも飯作れよ」

言うだけ言って京介はマイペースに味噌汁に口を付ける。

圭志は圭志で何で俺がと少し反発心を覚えながらも口からは別の言葉が出ていた。

「…朝は無理だからな」

「構わねぇよ。お前が朝に弱いことぐらい知ってる」

「………」

何だこの会話、と圭志は首を傾げながらもご飯を食べ始めた。

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「料理、家でもやってたのか?」

食後のお茶を飲みながら口を開いた京介の機嫌はどうやら良いようだ。

「親がいない時とか本当にたまに作ってたぐらいだ」

圭志も湯呑みを手に、食後の心地好さを感じながら表情を緩めた。

「その割りにちゃんとした物作れるじゃねぇか」

「あー、まぁ一通り作れるよう叩き込まれたからな。母さんに」

黒月家は男女平等、あんなふざけた親父でも稀に台所に立つ。

「それより今までお前夕飯はどうしてたんだ?毎日食堂ってわけじゃねぇだろ?」

夕飯は必要がない限り自炊で済ませる圭志はその辺の事情を全く知らない。

トレイに空になった食器を重ねて乗せ、圭志は聞きながら席を立つ。

「夕飯は時間がありゃ食堂行って、ない時は大抵静達と寮の生徒会室でとってる」

ルームサービスみたいなものが生徒会室にもあるのか。

圭志はへぇと納得して夕飯の片付けにキッチンに入る。

水を出し、お湯に変わったのを確認してからスポンジを手に取った。

油物とそうでないものを分けて洗剤を付ける。

調理に使った鍋やらまな板、包丁は後回しにし…

そこでふと圭志は視線を感じて顔を上げた。

「…京介?」

その先には珍しそうに圭志の手元を見ている京介がいた。

「どうした?別に面白い物なんてねぇだろ」

「いや、お前には普通かも知れねぇが俺は久しぶりにキッチンに立つ奴見た。料理する奴って意味でな」

「あぁ、この学園じゃ珍しいか。腐っても皆良いとこ出の坊っちゃんだし、自炊なんてするわけねぇか」

「そう言うお前も良いとこ出だろ」

圭志は財閥の子息とは思えぬ手際の良さで夕飯の片付けを済ませると、棚から適当に紅茶を選んで二人分淹れる。

そしてそのカップを両手に、テレビを付け、リビングのソファーで寛ぐ京介の元へ向かった。

カタリと京介の前にカップを一つ置き、圭志は一人掛けのソファーに腰を下ろす。

「終わったのか?」

「ん」

テレビは付いているが京介の視線はテレビでなく手元の紙に落とされていた。



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