07


それから二週間、
一般の生徒達は荷物を纏め、寮を後にし、九琉学園は待ちに待った夏休みへと突入した。

「無駄に部屋は余ってるし、この部屋好きに使って良いぜ」

扉が開けられ、中を覗けば既に必要最低限の物は用意されていた。

「スペアのカードは渡さなくてもお前持ってるよな?」

京介の部屋へと成り行きで引っ越して来た圭志はポケットに突っ込んであったシルバーのカードを京介に見せる。

「これで開けられるんだろ?」

「あぁ。どの部屋もな」

「ならスペアはいらねぇ」

圭志の自室となった一室へ荷物を運び込み、とはいえたいして物はなく、そう時間はかからなかった。

簡単に片付けを終えた圭志がリビングへ戻れば、京介が麦茶の入ったグラスを両手にキッチンから出てくる。

「ほら、飲めよ」

「さんきゅ」

差し出されたグラスを受け取り、圭志は笑みを浮かべてソファーに座った。

「なぁ」

「ん?」

麦茶を一口飲んでから圭志はテーブルの上の紙に視線を落とす京介に声をかける。

「あの部屋使ってない割には綺麗だったけど掃除したのか?」

「業者がな。お前が来るって決まった翌日に手配しておいたんだ」

「ふぅん…」

傾けたグラスから麦茶と共に口の中に転がってきた氷を圭志はガリリと噛み砕いた。

グラスも空になり、やることもなくなった圭志はずりずりとソファーに身を沈め、一人掛けのソファーに座って生徒会の仕事をする京介の横顔を何とはなしに見つめる。

黙ってれば普通に格好良いよなコイツ。

数日前に返却された期末テストの結果も文句無しの点数だし、成績も良い。

「…ぃ、圭志」

「これで性格に問題がなけりゃもっと…」

もっと…、何だ?
俺だって素直になれるのに?

ふと呟いた所で、肩に圧力がかかった。

「―…うわっ!?いきなり何すんだよ!」

「呼びかけを無視したのはお前だろうが。ったく、構って欲しいなら口で言え」

「は?…もしかして、俺そんなに見てたか?」

肩から手を離さぬまま、京介は圭志を見下ろして頷く。

「そりゃもう熱い視線でな」

「っ、別にそんなつもりじゃ…と言うか嘘吐くなよ京介」

圭志は京介のペースに巻き込まれぬ様自制をかける。

「なら何考えてた?俺の性格が何だって?」

「何でもねぇよ、もう少しマシなら品行方正な生徒会長様の出来上がりだったのになって思っただけだ」

「へぇ。でもお前、品行方正な俺より今の俺の方が好きだろ?」

「…嫌いではないな」

そもそも嫌いだったら一緒にはいねぇよ。

「相変わらず素直じゃねぇ口」

「そんな俺がお前は好きなんだろ?だったら良いじゃねぇか」

見下ろす京介に圭志はフンと笑って返してやった。

「そうだな。好きだぜ圭志」

「それはどう…もっ―んっ!?」

突然の京介の行動に圭志の反応が遅れる。左肩を押さえていたはずの京介の右手が圭志の後頭部に回された。

「んんっ…っ…ふっ…」

唇を割り、侵入してきた舌に無防備だった口内を荒らされ、逃げようとした舌を絡めとられる。

「は…お前っ…んっ…んんっ…」

瞼を下ろさず、瞳を細め見詰めてくる京介に圭志は堪えきれず、赤くなった目元を隠すように視線を反らして瞼を閉じた。

不意打ちは卑怯だ。

圭志は手に触れた京介のシャツを握り、一方的に与えられる口付けに抵抗する。

そこにはまだ男として譲れない意地があった。

「…っ、ん…は…はっ…」

「ふっ…、圭志。そろそろ俺は生徒会室に行くけどお前はどうする?今日の会議は明には関係ねぇから、行くなら明の所に行っててもいいぜ」

自分から離れていく京介を圭志はソファーに身を沈めたまま、目を開けて追う。

「ん。…予定通り明の所に行って、適当に時間見て部屋に帰ってくる」

平然とした京介の態度に、自分だけ動揺してたまるかと圭志も普通に返した。

「そうか。夕飯は…」

テーブルの上に乱雑に置かれた紙をクリアファイルに挟みながら京介が言葉を続ける。

「夕飯は俺が作ってやる。食堂の飯は確かに美味いけど俺はあんまり好きじゃねぇ」

それを圭志は途中で遮り、ソファーからゆっくり体を起こした。

「お前の手料理か」

「そんなたいしたもんじゃねぇけどな」

「いや、楽しみにしてるぜ」

最後にふっと柔らかな笑みを残して京介は生徒会の仕事へと向かった。

「楽しみにしてる、か」

一人残された圭志はテーブルの上に置かれたままの空のグラス二つを手にキッチンへと入る。

軽く水洗いし片付けると、備え付けの大きな冷蔵庫のドアを開けた。

「やっぱりな」

飲み物と申し訳程度の食材。それも賞味期限ギリギリ。料理をしない京介の事だ、初めからそんな気はしていた。

圭志は冷蔵庫を閉めると、冷蔵庫の脇に備え付けられている端末を手に取る。

それは一見、携帯電話の様な機械で、圭志は手慣れた様子でポチポチと文字を打ち込んでいく。

「とりあえず一週間分の食材があればいいな」

最後にポチリと赤いボタンを押せば、今圭志が打ち込んだ食材の名が一覧となって表示された。

圭志は目を通し終わるとポケットからブルーのカードを取り出し、側面の溝にスライドさせる。

その後画面は、御注文有難う御座いました、と変わった。

「これで良しと。夕方には食材も揃うだろ」

端末を元の位置に戻し、圭志はキッチンを出る。

「さ、明の所に行くか」

携帯電話とカードキーがある事を確認し、圭志は今日から自分の帰る場所になった京介の部屋を後にした。

そういや京介にもこの部屋に戻るじゃなくて帰るって言った気がする…。

圭志は夏休みの間だけとは言わず、夏休みが明けても、この部屋に帰って来る事になる様な予感がしていた。


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