06


さて、何処へ行くか。

目まぐるしく頭の中で行き先をピックアップしていた圭志はそのまま京介につられて生徒会室の扉をくぐる。

中には誰も居らずシンと静まり返っていて、サボりを咎める者はいなかった。

考えながらも無意識に応接室のソファーに腰を下ろした圭志はパッと顔を上げて京介を見る。

「京介、お前どこ行きたい?」

「何処でもいいぜ。お前がいればな」

机の上に新たに置かれている書類を一瞥し、京介はそう言いながら圭志の側へとやって来た。

「…そうかよ」

何気なく返された台詞に圭志は思わず素っ気なく言ってしまう。

そんな圭志に気付いているのかいないのか、京介は圭志の隣に座ると続けて言った。

「しいて言うなら涼しい所だな」

「涼しい場所か…」

すっと京介の腕が隣に座る圭志の肩に回され、指先が首元に触れる。

「―っ、何だよ」

「いや、別に…」

過剰に反応を示した圭志をからかうでもなく口元を緩めると、今だ首筋に残る赤い痕を京介は指先でなぞった。

「だったら離れろ。気が散る」

圭志は自分に触れてくる手を掴み、制止する。

「フッ、…それより行き先決めたぜ」

「何処だよ?」

掴んだ手に逆に指を絡められ、意図せず圭志の声が低くなった。

「忘れたか?昔、一度だけ一緒に行った別荘があっただろ」

神城家所有の、今では滅多に使わない別荘。プライベートビーチもあり、避暑地には持ってこいの物件。

「…悪ぃ、さっぱり覚えてねぇ」

お前の事を思い出したのだってつい最近で、それも偶然が重なった結果。

圭志は絡められた京介の指を無意識に少し強く、握り返した。

「構わねぇよ。昔がどうあれお前は今ここにいる。俺の前に、な」

グッと繋いだ手ごと京介の方に引かれ、抱き締められる。

「おい!」

それに圭志は慌て、掴まれていない方の手で京介の胸に手を置き離れようと押し返した。

しかし、耳に寄せられた京介の唇が圭志の動きを封じる。

「逃げるなって言っただろ、圭」

「――っ」

何でこういう時に限ってその名で呼ぶんだ。

とくり、と跳ねた鼓動が圭志に甘い痺れをもたらし思考を奪う。

「…逃げるんじゃなく慣れろ。この距離に」

絡んでいた指が外され、顎を持ち上げられる。

「なんなら前みたいに呼んでもいいんだぜ?」

そして至近距離で絡む視線に、珍しく圭志は戸惑った様な表情を浮かべた。

「…きょ…う」

それで良い、と口端を吊り上げいつもの様に不敵に笑った京介に圭志は何ともいえない感情に襲われた。

京介のいう別荘に行けば俺もお前と過ごしたその時を思い出せるだろうか?

覚えていないという事が何故だか無性に残念に思えた。
腕の中で、どこか影を落とした表情をする圭志に京介は話を戻す。

「行くのは夏休み入って二週間後。奴の事だ、寮の生徒会フロアは俺達が仕事を終えるまで工事は入らねぇだろ。その間、お前は俺の部屋で過ごせば良い」

「でもお前、仕事あるんだろ?その間、俺が暇じゃねぇか」

戻された話に、圭志も意識を切り替えて京介に言った。

一人で何してろと?

不満げに告げた圭志に、京介は圭志の頬に右手を添えて視線を絡ませる。

「一人が寂しいんなら俺についてくればいいだろ」

「誰も寂しいなんて言ってねぇ。俺は暇だって言ってんだ…勝手に変えるな」

「そうか?同じ意味だろ」

さっきから一人、余裕な笑みを浮かべる京介に、圭志は何だか悔しくなって、頬に添えられた京介の指を掴むと自分の口元に寄せ……噛んだ。

「―っ!?お前何して…」

ぴくりと震えた指に、圭志は京介は見上げ満足そうに口端を吊り上げる。

「別に。それより生徒会が残るなら風紀も残るんだろ?」

「風紀って言っても明だけな」

噛まれた指を圭志から取り返し、京介は眉を寄せた。

その人差し指には薄く、噛んだ痕がついている。

「お前な、痕つけるならもっと色っぽいのにしろよ」

「知るか。…明がいるなら俺、明の所に遊びに行ってようかな」

何だかんだで明には心配も迷惑も色々かけたし、一度きちんと話しておきたかった。

「明のとこか…」

京介も何か思うところがあるのか珍しく反対はしなかった。

「おい京介、そろそろ離せよ」

抱き締められていた圭志は、遠くでチャイムの鳴る音を耳にして我に返った様に内心慌て出す。

「まだ良いだろ」

「良くねぇよ。誰か来たらどうすんだ」

「誰かって、ここには生徒会の奴等しか来ねぇし、構わねぇだろ」

ソファーの上、京介の足の上に体を乗せ、その胸元に顔を寄せる形で抱き締められていた圭志は、俺は構うんだよ!と京介の胸に両手を置き、離れようと上体を起こした。

「おいおい、そういうことは寮に帰ってからにしてくれよ、お二人さん」

そこへ、こういう時だからこそか、やって来る奴がいる。

「まぁ俺はそれでも構わないけどね」

にっこりと胡散臭い笑みを浮かべ静は給湯室へと入って行った。

「…止めだ。帰るぞ圭志」

今度はあっさりと手を離した京介に圭志は沈黙で返す。

「あぁ、でもその前に保健室寄って右足の消毒してもらえ」

ゆっくりと圭志をソファーから下ろした京介はそう言って立ち上がった。

「どうした?行くぞ圭志」

「いや、何でもない」

強引な奴だと思っていれば、ふとした優しさを見せる。それがごく自然で、圭志の気持ちは振り回される。

朝と同じく自分に合わせて歩く京介に、圭志はいつの間にか、自分がどれだけ京介に惹かれているのか思い知らされていた。


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