01


夏休み間近の九琉学園では、前代未聞の退学者数を出し、生徒会長である京介の親衛隊が解散した事件が瞬くの間に広がりその話で持ちきりだった。

新聞部が貼り出した学園新聞には人だかりができる程。

その隣に生徒会が発行した退学者の名前がズラリと並んだ紙が貼られ、新聞の記事が真実であることを伝えていた。

新聞部の配慮か、そこに圭志の名はない。

ガチャリと扉を開けて堂々と入ってきた京介に、副会長席にやる気無さげに座っていた静が視線を投げる。

「黒月は?」

「部屋に置いてきた。熱が出てるみてぇだから休ませる」

「ふぅん」

グイと眼鏡を押し上げ、静は意味深な笑みを浮かべて京介を見ていた。

「珍しいですね京介がサボりもせず生徒会室に来るとは」

人数分の紅茶が入ったカップをお盆に乗せ、宗太がそれぞれの机に配る。

「フン、圭志のいねぇ教室に行った所で意味なんざねぇ」

まるで授業がついでの様に言う京介に誰も注意をしない。

「あれ?それなら黒月先輩の側についてた方がいいんじゃないですか?」

粗方、宗太から話を聞いていた皐月が心配そうに口を挟む。

「そうしようと思ったがアイツが、俺が居るなら自分の部屋に帰るとか言いやがったんだよ」

面白くなさそうに会長席に腰を下ろした京介は淹れたての紅茶に手を伸ばした。







怪我と精神的な疲れから熱が出た圭志は大人しくベッドの中で横になっていた。

「………」

身体はダルいし、つまんねぇ。

怪我した足を気にしながらゴロリと横に転がる。

途端、ふわりと香る匂いに圭志は何とも言えない気持ちになった。

「京介…」

そして、今朝の出来事を思い返し圭志は溜め息を吐いた。

朝、目を覚ますと目の前に京介がいて驚いた。

「――っ!?」

「…よぉ、起きたか」

いつから起きていたのか、ふっと口元を緩め髪に触れられた。

その手を、意識がクリアになった圭志は思わず振り払っていた。

「…あ、…悪ぃ」

だが、京介もそれは分かっているのか怒ったりはしなかった。

「いや、いい。それで足はまだ痛むか?」

「…ちょっとな。なんか身体も少しダルい気がする」

手を伸ばせばすぐ触れられるその距離に圭志は戸惑ったのだ。

「ダルい、か。もしかしたら熱があるのかもな」

ほら、計ってみろ。と体温計を渡され大人しく計ってみれば…。

「微熱だな。今日は大人しく寝てろ」

自然な動作で体温計を奪われ、休むことが決まった。

なんか俺らしくねぇ。

圭志はどこか落ち着かない気持ちを持て余し、布団に潜り込むと口を開いた。

「分かった。けど、京介お前は学校行けよ。じゃなきゃ俺、自分の部屋に帰るから」

なんて、今思えば余計な事を言った様な気がした。


ゴソッと上体を起こし、ベッドから足を下ろす。

「水でも飲んでこよ」

寝てるから余計な事を考えるんだと圭志は左足に体重を乗せてベッドから出た。

右足に気を付けながらキッチンに水を取りに行く。

コップを一つ借り、喉を潤すと圭志は改めて部屋の中を見渡した。

「そういや京介の部屋初めてだな…」

意外と綺麗に片付いてる室内に圭志は感心した。

そして、起きたら寝るのも面倒臭くなり、リビングのソファーに身を沈めた。

「はぁ…。他人の部屋で落ち着いてる俺もどうなんだか」

京介の部屋だからこんなに居心地がいいのか…?

「……って、結局アイツの事考えてるし」

そんな自分に呆れて圭志は無理矢理目を閉じた。

違うことを考えよう。
そうだ、夏休み。何をして過ごそうか?

つらつらとどうでも良いことを思い浮かべながら、圭志はそのうちソファーで眠ってしまった。






昼を過ぎ、京介が部屋に帰ってくる。

「熱があるくせにどうしてこんなとこで寝てんだ」

ソファーで眠り込んでいる圭志の姿に眉を寄せた。

一旦自室に入り、私服に着替えて戻ってくる。

「おい圭志。起きろ、こんなとこで寝るな」

身を屈め、圭志に声をかける。

「ん…。ぁ、おかえり京介」

どこかまだ目の覚めやらぬ状態で目を開けた圭志は京介に笑いかけた。

京介は一瞬驚いたように目を見開き、口元を緩める。

「あぁ、ただいま」

そして掠めるようにその唇を合わせた。


頬に手を添え、スルリと指を滑らせる。

すると圭志は瞳を細め、瞼を落とした。

「…寝惚けてるな、お前」

前にも似たような事があったな、と京介は圭志に触れていた指を離した。

しょうがねぇ、と呟き寝室からブランケットを持ってくる。

「ったく、俺がこんなことすんのお前だけだぜ」

そう言って眠る圭志にブランケットをかけた。





静かな室内に微かな物音。隣に温い熱を感じる。

その空間の中で微睡んでいた圭志はゆっくりと瞼を持ち上げた。

「……ん?これ…。きょーすけ?」

身体に掛けられたブランケットに気付き、顔を上げると、いつ帰って来たのか隣には京介がいた。

何やら手元の紙に視線を落としている。

「今度はちゃんと起きたか」

視線が向けられ、圭志は首を傾げた。

「は?何がだ?」

身体を起こし、京介から少し離れる。

「何でもねぇよ。それよりお前、昼は?食べてねぇだろ」

手にしていた書類をテーブルの上に置き、京介は立ち上がった。

「何、お前が作ってくれんのか?」

圭志は京介に返事を返しながら掛けてあったブランケットを横に移動させる。

「俺が作ると思うか?」

振り返った京介の手には食堂にもあったメニュー表が。

「思わねぇ。さっきキッチンに入ったけど、使ってるようには見えなかったぜ」

メニュー表を受け取り、開く。

聞けば、生徒会・風紀の役員になればルームサービスが利用出来るようになるとか。



[ 80 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -