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カーテンで区切られた空間。保健室のベッドの中で眠っていた圭志は室内の騒がしさに意識を浮上させた。

ん。ここは…、あぁ保健室だ。

圭志は視線だけ動かし周りを確認する。

「きょう、すけ…?」

(いないのか…)

ガッカリした様な、安心した様な複雑な気分が圭志の心を乱す。

(みっともないとこ見せちまったな)

起き上がろうと右手に力を入れて、体を動かそうとしたが力が入らない。

何だか自分の身体じゃないように重くてダルい。

「はぁ…」

ギュッとシーツを強く握り、それでも何とか上半身を起こした。

「―ってぇ」

ずきずきと無理矢理動かした身体が痛んで、圭志は体を九の字に折った。

そこへ、コツコツと足音が近付いてきて保健医が顔を覗かせた。

「黒月くん!まだ寝てないと駄目だよ。熱があるんだから」

起き上がっている圭志に慌てて保健医は言う。

(熱?だからダルいのか…。でも俺は行かなくちゃ)

「これぐらい平気だ」

のろのろとベッドから出ようと圭志は動く。

「駄目だって。右足だって怪我してるし、身体中痣だらけじゃないか。痛いだろ」

肩に手を置かれ、ベッドに戻される。

「―っ」

顔をしかめ、身体を強張らせた圭志に保健医はほら、と強く言った。

「それに今、友達がお見舞いに来てくれたよ」

宗太がソッと顔を出し、皐月の背を押して入ってくる。

「黒月先輩。無理しないで横になってて下さい!」

保健医にベッドへと戻されている圭志を見て皐月も慌てて声をかける。

「大丈夫、ではなさそうですね」

宗太は圭志の右足に巻かれた包帯を見て、眉を寄せた。


「皐月、渡良瀬…」

ベッドに沈んだ圭志は顔を動かして入ってきた二人に向けた。

「明、貴方もそんなとこで突っ立ってないで来なさい」

宗太は一緒に来たのに中々入ってこない明の腕を掴むと、中に誘った。

「明まで来たのか?」

「黒月…」

純粋に驚く圭志に、圭志の姿を目に入れた明の表情が歪む。

「なんて顔してんだ、明。俺は平気だし、別に見舞いなんか来なくても良かったんだぜ」

圭志はフッと安心させる様に笑って見せた。

それに明はギュッと手を握って俯く。

「――っ。…ぅ…っ…」

パタパタ、と落ちた滴に圭志は目を見開いて戸惑った。

「何でお前が泣くんだ」

「だって、…っ。黒月が、泣かないからっ…」

神城みたいに俺は黒月の為に何も出来ないし。これぐらいしか俺には出来ないから。

「だからって泣くなよ」

圭志は困って、宗太に視線を投げた。

「一人で無茶しようとした罰だと思って受け止めて下さい」

皐月もコクリと宗太の隣で頷いた。

「手厳しいな」

心配したと言われるより、泣かれる方が圭志には辛かった。







暫くして泣き止んだ明は、カーテンから出て保健医に渡された冷たいタオルで目元を冷やしていた。

「黒月君、貴方に謝らなければならないことがあります」

宗太が真剣な声で言えば、空気を察した皐月が宗太の制服の裾を引く。

「宗太先輩。僕、明先輩の所に行ってますね」

「ありがとう、皐月」

にっこり笑って皐月もカーテンの外に出て行った。

圭志もそれを目で見送り、静かに口を開いた。

「…それは今日の件でか?」

「えぇ。学園の風紀を正す為とはいえ、一生徒である貴方を囮に使った事です」

もっともこの策は京介にとっては二重の意味を持っていた様ですが。

圭志はふっと息を吐いて目を閉じた。

「可笑しいとは思ったんだ。居る筈の無い京介が現れて」

「気付いてたんですか?」

「少し後に気付いた。それで、京介は…?」

何処に居るんだ、と圭志は目を閉じたまま聞いた。

「京介なら後で来ると言ってましたよ」

「ふぅん、別に来なくても良いけどな」

突き放した言い方に、宗太が口元を緩める。

「らしさが戻ってきましたね」

「…?」

「さっきは面白かったですよ。おろおろと戸惑ってる姿なんて滅多に見れそうにないですから」

そう言って笑みを浮かべた宗太に圭志は不機嫌そうに寝る、と一言言い置いて布団を頭から被った。


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