30


他に聞きてぇことは、と京介が篠原兄弟に視線を投げたが何も返ってこなかった。

「もういい。連れて行け」

少し離れた場所で待っていた風紀委員に指示を出し、篠原兄弟と葵は連れて行かれた。

三人が目の前からいなくなると気が抜けたのか圭志はその場に座り込んでしまう。

「後は常盤 弥彦だけだな」

そして、上から降ってきた声にももう驚かなくなっていた。

「本当に何でも知ってるんだな…」

いつから知っていたのか気になったが聞く気にはなれなかった。

それよりも気が緩んだ事で殴る蹴るの暴行を受けた身体中が痛みを訴えだした。

傷口は熱を持っているのかじくじくと痛む。

眉間に皺を寄せ、座り込んでしまった圭志の隣に膝を着くと、京介はいつもの傍若無人振りを改めやや口調を柔らかくして口を開いた。

「圭(ケイ)」

「―っ!?」

いきなり幼少時の時の呼び名で呼ばれて圭志の心臓が大きく跳ねる。

(何で、急にその名で呼ぶんだ…)

圭志は黙り込み、応えない。

「後は俺に任せて休んでろ」

「…っ、誰がお前何かに任せるか。自分の事は自分でケリをつける」

動揺する心を押さえ付け、圭志はそう返した。

意地を張る圭志に京介の瞳に剣呑な光が灯る。

「いい加減にしろよ、圭志」

視線を反らした圭志の顎を掴み京介は言う。

「お前一人でどうにか出来る問題じゃねぇだろ」

そんなにボロボロの身体で何が出来る。ふざけんじゃねぇぞ。


そう言われて、圭志は様々な感情を乗せた瞳を京介に睨み付けるように向けた。

「俺がやらねぇでどうするんだよ。成瀬の件を知ってるなら分ってんだろ。俺のせいで何人の人間が傷付いたか。一夜だって…」

フラフラとした足取りで先に風紀委員に連れられて倉庫を出て行った一夜。

「それがどうした」

「何だと、てめぇ!」

京介の冷めた物言いに圭志は激昂し、京介の胸ぐらを掴み、睨みつける。

「そうだろ?それしきの事でお前から離れていった奴を気にかける必要なんざ何処にもねぇ」

ギリリと握り締めた拳が震える。

間近で視線を絡ませ、京介は尚も続ける。

「ンなもんただの切っ掛けに過ぎねぇんだよ。癪だが速水の野郎はお前のせいだって言って責めたか?」

「………」

「圭」

いつになく真剣な眼差しを向けられ圭志は瞳を揺らした。

下手な慰めの言葉より京介の言葉は圭志の心に突き刺さった。

「――っ。何でっ、何で、今さら現れてそんな事言うんだ!俺はっ…」

「言いたい事があるなら言え、聞いてやる」

京介の放ったその一言が揺れる圭志の決意を崩した。

顎を掴んでいた手を京介が離すと、圭志は俯き、堰を切ったように今まで一人で抱え込んできたものを吐き出した。

「俺が気付いた時にはもう手遅れで、分家の連中も本家の奴等も敵に回ってだんだ―」

親父が黒月の後継者に選ばれて、俺を見る周りの目が変わった。

周りの子供達に比べ、少し頭の回転が良かった圭志はすぐにその事に気付いてしまった。

だけど、子供であることに変わりはなく。

裏で蠢く大人達の悪意にはどうすることも出来なかった。

その当時、イトコ同士の仲は悪くなくてそれなりに遊んでいた。

「だけどその対応が次第に変わってくんだぜ。ガキの俺でも分かる」

俺に何とか取り入って、親父の機嫌をとろうってのがみえみえだった。

ガキの俺なら扱いやすいと踏んだんだろ。

吐き捨てる様に言った圭志に京介は黙って続きを促す。

そんな奴等と一緒にいられるはずがねぇ。俺はその日から本家にもイトコ連中の家にも行くのを止めた。

入る予定だった九琉も蹴って、黒月に関係の無い学校に進んだ。

だが、それでも甘かった。

「俺に取り入る事が出来ないって分かった途端、掌を返した」

悪戯に金と権力がある分それを振りかざし、俺を排除しにかかる。

俺がいなくなれば黒月の次の後継は他に移る、親父にも少なからずダメージは与えられると考えたんだろうな。

「俺に手ぇ出してくる奴等は皆返り討ちにしてやった。でも、…アイツ等は俺だけじゃなく、関係のない周りの人間に手を出し始めた」

黒月は社会的にも大きい財閥だ。俺が普通に通っていた学校の生徒が勝てる相手ではない。

そういった色んな面でアイツ等はやりたい放題だった。


「俺に関わった奴は標的にされる」

だから、俺は誰も側には置かない。近付けさせない。程々の距離を保って友人関係を築いてきた。

「だって、そうだろ?あんな思いをするぐらいなら…っ、俺はもう誰も要らねぇんだよ」

昨日まで隣で笑っていた奴が怯えたような視線を向けてくる。

ぎこちない笑みを浮かべ離れていく。

時には責められ罵られ、また守れなかったのかと拳をきつく握り締めた。

圭志の頭の中を、頭に包帯を巻き、頬に湿布、三角巾で腕を吊りながらも自分に笑いかけてきた後輩の痛々しい姿が過る。

「アイツだって、どうせなら責めてくれた方が楽だった―」

そしてその姿が先程まで一番近くにいた一夜にすり変わる。

今度こそ、そう思っていたのに…。

「やっぱり俺には守りきれなかった…」

瞳を閉ざし、ふらりと傾いだ圭志の頭に手をやり、京介は自分の胸に凭れかけさせる。

「言いたい事はそれだけか?」

熱が出ているのか、触れた圭志の身体は熱い。

「お前だって…、俺の側になんかいたら…」

はぁ、と吐いた圭志の息も熱を持っているのか熱かった。

「もし、ソイツ等がいなくなったらお前は俺を側に置くか?」

「…………」

「答えろ、圭」

「それは…っ、京(キョウ)が―――」

圭志の言葉は小さく消えていった。



[ 72 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -