03


「…い。おい、起きろ!」

圭志は真上から降ってくる声と、肩を掴まれて揺さぶられる感覚に意識を浮上させる。

「…ん。あ?誰だてめぇ?」

目を開けた圭志は思ったより間近にあった見知らぬ人物の顔を不快そうに睨みつけて言った。

声を掛けてきた男は九琉学園指定の制服を着崩してはいるが、着用していることからこの学園の生徒だということがわかる。

男は圭志の質問をあっさり無視して逆に問いかける。

「お前学園じゃ見ない顔だな…。その上私服。もしかして編入生か?」

圭志がベンチから上半身を起こすと男は少し後ろに下がった。完全に意識を覚醒させた圭志は横に立つ男を上から下まで眺める。

男は紫がかった黒髪で、前髪の一部に紫のメッシュを入れており、切れ長の鋭い瞳も光の加減で紫がかって見える。両耳には細いシルバーのリングピアス。そして、身長は圭志より少し高い。

(へぇ、カッコイイじゃん。この学園じゃさぞかしモテるんだろうな…)

圭志が心の中でそんな事を呟いていると、男は圭志が聞いていないと判断したのか近付いて顔を覗き込んできた。

「おい、聞いてんのか?」

「…聞いてる。だから退け、顔近い」

間近に迫った端整な男の顔に動揺するでもなく圭志は淡々と返す。


男は圭志のそっけない反応に一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに不敵な表情に変わる。

「早く退け」

中々退こうとしない男に圭志は再度告げる。
しかし、男は退くそぶりも見せず、しばし考え込むと口を開く。

「お前が黒月 圭志か?」

自分の名前が見ず知らずの男の口から出たことに圭志は不快そうに顔を顰めた。

「お前誰だよ?何で俺の名前を知ってる?」

「んなの俺が此処の生徒会長だからだ。学園内の情報は大抵俺のトコに入ってくる」

「あっそ。んでその会長様が俺に何の用だよ?」

圭志は自分で尋ねておきながらあっさり切って捨てる。

男はそんな圭志の言動を気にするでもなく、ニヤリと妖しく笑うと更に顔を近付ける。

「別に、と言いたいトコだが学園始まって以来初の編入生がどんなのか気になってな。まっ、良い意味で想像以上…」

男はそう言うと圭志との間にあった距離をゼロにする。


「んっ…」

圭志は抵抗するでもなく薄く口を開くと、相手の口腔に舌を差し入れ自分の舌を絡める。

男は圭志の行動に軽く目を見張るが、さらに深くなった口付けに応えるよう右手を圭志の後頭部にまわす。

「…んんっ…ふっ…あっ…」

互いに目を瞑ることなく、角度を変えたりと積極的に舌を絡ませていく。

激しくなる口付けと聴覚を犯す卑猥な音に圭志は理性が崩れていくのを頭の隅で感じた。

「…んぁ…っ…はぁ…ぁっ…」

(やばい…、こいつ上手い。というか、これ俺の声か?)

圭志は霞がかる思考を何とか繋ぎ止め、主導権を取り返そうとする。

しかし、ベンチに座っている圭志は上から奪うように口付けてくる男に対し、どうしても見上げる形になり受け身になってしまう。
そのことが圭志には甚だ不本意だった。

「…はっ…んあっ…ちよっ…も、やめ」

機嫌が下降すると同時に冷静さを取り戻した圭志は、男の両肩を手で押し返す。

人の話を聞かないような奴だから放してくれないかも、と思ったがそれに反して男はあっさりと放してくれた。

そして、男と圭志を繋ぐようにできた銀の糸を男はわざと見せつけるように舌でぺろり、と舐めとる。

ただそれだけの仕草のに、なぜか艶やかに見え場数を踏んでいる圭志でさえドキリとさせられた。

もちろん目の前の男には内緒だが―。


圭志も左手の親指で唇を拭う。

「乗り気だったくせにどうしたんだ?俺とのキスは気に入らなかったか?」

男は圭志の心情を見透かしたようにニヤニヤと笑って聞いてくる。

(こいつ、俺が受け身が嫌で止めたの気付いてやがる)

圭志はベンチから立ち上がると不機嫌な顔をして、男を睨みつける。

「あぁ、気に入らないね。俺が主導権を握ってるならまだしも、握られるのは好きじゃない」

「フッ…、そうだろうな。お前の態度見てりゃ分かる。でも、残念ながら俺はお前を一目見て気に入った。強気なその眼差し、何が何でも俺のモノにしたくなった」

男は正面に立つ圭志の頬に右手をあてると、ゆっくり輪郭を辿るように滑らす。

圭志はその手を止めないまま、瞳を鋭くさせると力強く言い放つ。

「あいにく俺は誰のモノにもならない。あえて言うなら俺は俺のモノだ」

圭志の言葉に男は何も言わず、ただ楽しそうに笑みを深くした。

その様子に圭志はフン、と軽く鼻を鳴らすと男の右手を払い、もうこれ以上用はないとばかりにその場を後にした。






一方、その場に残された男は去って行く圭志の後ろ姿を見ながら不敵に笑っていた。

「俺からは逃げられないぜ、圭志」



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