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その後、用事を思い出したと言う静と別れた圭志は一人寮の自室に帰ってきた。

湿布の入った袋をベッドの隅に投げて置き、制服から私服に着替える。

それからキッチンへ行き、冷蔵庫からペットボトルを取り出すとそれを持ってリビングのソファーにその身を沈めた。

「いてぇな、クソッ…。あ〜、昼飯まで食い損ねた」

鈍く痛みを発する腹部に、服の上から右手を乗せる。

左手に持っていたペットボトルをテーブルに置き、その手で自分の目を覆う。

光を遮る掌の下で瞼を閉じ、視界を完全に閉ざした。

思い起こすのは数十分前の出来事。

篠原兄弟…兄が剛史で弟が武史。

俺の記憶が確かならあの二人はいつも相馬(ソウマ)の側にいた奴等だ。

親父のすぐ下の弟の子供。俺から見れば京介とは別の意味でイトコ。俺には相馬の他にもイトコがいるが、今じゃそれら全てが敵に回ってしまっていてそうは認識していない。

多少同じ血が流れていようが結局は赤の他人なのだ。

「相馬は俺の上だったはず。という事は今三年か…」

どうりで行事や校舎内で見かけないわけだ。

基本的に三年は寮も校舎も別だったり、離れていたりする。また、三年が参加する行事は少ない。


相馬の父親は親父が後継者に選ばれた事に激怒していた。

それは分からなくもない。息子の俺が言うのもアレだが、親父は結構無茶苦茶な性格をしている。が、なのに何故かそれで、一向に纏まらなかった話し合いも、行き詰まっていた企画も最終的には上手くいってしまうのだ。

「もしかして俺が此処へ来たのも親父の策の内じゃねぇだろな」

嫌な考えが浮かんでしまった。

俺はそれを振り切るように瞼を押し上げ、少し離した左手の掌を見つめ、ギュッと握り締める。

とにかく今は相馬だ。アイツは父親と同じで俺を排除したがっていた。

それが相馬の親からの指示なのか個人で動いているのか。はたまたイトコ連中がグルになっているのか確かめなくては。

「あ。確かめるっていえば京介の奴…」

本当に大丈夫だったのか?

「………なんで俺がアイツの心配しなきゃなんねぇんだ。バカらしい」

ぐしゃと前髪を左手で掴み、ソファーに沈めていた体を俺はゆっくりと起こした。

―ピンポーン

と、そこで来客を知らせるチャイムが鳴った。

「誰だ?」

圭志はなるべく腹に力をいれないようソファーから立ち上がると来客に応対するべく玄関へ足を進めた。

圭志が扉を開けるとそこには明と透が立っていた。

なんだ?と、圭志が口を開く前に透が言った。

「圭ちゃん!今日こそ夕飯一緒に食べよ〜」

「あ〜。俺は自分で…いや、今日は一緒に食べるか」

圭志は一瞬考える仕草をしてから了承した。

「無理に俺等に合わせなくても平気だぜ?透の我が儘は今に始まった事じゃ、…っ!」

明が言い終える前に、ムッと頬を膨らませた透が明の足を軽く踏んだ。

「せっかく圭ちゃんが食堂に行く気になってるのに!」

「〜っ、だからって足踏むな。口で言え」

ジロリと睨む透に明が涙目で訴える。

その一連のやり取りに圭志は苦笑して、二人にちょっと待ってろ、と声をかけて一度部屋の中へ戻った。

それからすぐカードキーと携帯を持った圭志が部屋から出てきて、三人は食堂へ向かった。

その道のりも食堂に入ってからも周りの生徒達がキャーキャー黄色い悲鳴をあげたのは言わずもがなである。

「なぁ、黒月。今日はどこで食べるんだ?」

食堂に足を踏み入れ、そういえばと明がそう圭志に聞けば圭志は二階席を見上げて聞き返した。

「生徒会の連中ってこの時間に来るのか?」

「ん〜、どうだろ?来たり来なかったり半々じゃない?誰かに用でもあるのか?」

「無い。ただ静かに飯が食いてぇなと思って。なら、上行こうぜ」

圭志は隣にいた明と透にそう言って階段に足をかけた。

料理を注文して三分後、ウエイターが料理を運んできて、テーブルの上に並べて下がった。

「ねぇ、圭ちゃん」

「ん?」

料理を口に運びながら圭志は視線で先を促す。

「この後暇なら勉強教えてくれない?明日のテスト苦手な科目があって」

「いいぜ。約束したしな」

ニヤリ、と意味ありげに圭志は口端を吊り上げ透を見て次に明を見た。

「やった!ありがと圭ちゃん!」

「〜〜っ」

すると透は純粋に喜んで、何かを察した明は顔を赤く染めて固まった。

予想通りの明の反応に圭志は顔近づけて笑う。

「どうした明?お前も教えて欲しいなら教えてやるぜ?お礼は後でたっぷり頂くけどな」

「〜〜いっ、いい!いらねぇ!!遠慮する!!」

目に見えて動揺している明に、透はいつになったら慣れるんだろうね明は。仕方ないなぁ、と心の中で思った。

「まぁ、俺が教えなくても明なら大丈夫だろ」

すんなりと引いた圭志は何事もなかったかのように止まっていた手を動かし、食事を再開させて今度は透に向けて言った。

「これ食い終わったら風紀室な」

「うん!」

「…て、おい!何で風紀室なんだよ?何で黒月は当たり前のように使おうとしてんだよ…」

にこにこと嬉しそうに笑う透と、明の正論を平然と無視して食事を進める圭志に明はもはやため息も出なかった。

「俺が間違ってるのか…?」



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