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「これはまた随分派手にやったなぁ。宗太あたりが知ったら雷が落ちるんじゃないか」

時間差で、篠原兄弟と入れ替わるようにやって来た静が圭志の周りにバタバタと倒れている生徒を見てヒュ〜と口笛を吹いた。

「佐久間か。何しにきた?」

「何って、ただ通りかかっただけだけど」

「こんなとこ偶然通りかかるわけねぇだろ、…京介か?」

校舎裏は用がなければ通りかかる事なんてないだろ。

それとも京介に何かあったか?

「いやぁ、本当に偶然だったんだけどな」

静はノンフレームの眼鏡のブリッチを押し上げて、ニヤッと笑みを型どる口元を隠すように続けて言った。

「それで何が京介だって?ん?」


違うのか。

「いや、何でもない」

首を横に振ったら殴られた後頭部がズキッと痛んだ。

「そっ。京介なら生徒会室にいるぜ」

圭志は静の台詞に自分が安堵の表情を浮かべた事に気付かなかった。

それを見て静がへぇと笑みを深めた事も、静の言ったことが半分嘘だった事も圭志は気付く事はなかった。

「それで、通りかかったって何してんだよ」

「この辺に野良猫がいてさ、様子を見に来たんだ」

「猫?」

圭志は思わぬ単語を耳にして聞き返した。

「様子を見に来たんだけど、騒がしくて逃げたか。ま、とりあえず先にその怪我手当てしに保健室行くか」

平然と受け答えをして、怪我を隠していた圭志だが静には初めからバレていた。










時間は少し遡る―

圭志が教室を出た後、京介は珍しく明に捕まっていた。

「なぁ神城。黒月の事なんだけど…大丈夫かな?」

「何がだ?」

「何がって…親衛隊の事だよ。俺、あれからよく考えたんだけど黒月が怪我したのって親衛隊のせいじゃないのか?もしそうなら…」

離れた方がいいんじゃないかって。

続きは口にしなかったが京介は明の言いたいことを汲み、フッと笑った。

「それはお前が決める事じゃねぇだろ。少なくともアイツはそんな事思ってねぇぜ」

「そうかな…?」

不安げに明は京介を見上げ、それに京介は続けて言う。

「お前はただいつも通りアイツの側にいてやりゃいい。他は俺がどうにかしてやる」

お前も余計な事考えずその辺は静にでも任しとけ、と言って京介は携帯を取り出す。

「神城がそういうなら…」

納得しかけた明は、でも何でそこで静が出てくるんだよ?と意味が解らず一人首を傾げた。

「明。お前の駒数人借りるぜ」

「え?あっ、あぁ。風紀委員ね。何に使うんだ?」

京介はその問いにはニヤリと人の悪い笑みを浮かべただけで答えなかった。

「明〜、帰ろ〜!ってあれ?圭ちゃんまたいないの?」

「ほら迎えが来たぜ。お前はさっさと帰れ」

そう言って京介は透と擦れ違い、教室を出た。

京介は用件を伝え終えると携帯をポケットにしまい、見えないなにかを見据えてニヤリと口角を上げた。

やっと動き出したか。

擦れ違う生徒達はそんな京介を見てキャーキャー声を上げるが、別の事に意識を向けていた京介には届かなかった。

そして、教室のある棟とは別に設けられた別棟へと足を踏み入れる。

別棟には移動授業として使う化学室、美術室、書道室、音楽室、等といった各教室が第一から第三まで、一階部分を除きそれぞれ二階から六階まで並んでいた。

京介は別棟三階、第一音楽室の扉の前に立つと周りを視線だけで確認する。

前には扉、後ろは窓、左右には音楽準備室と第二音楽室があるのみ。

「さっさと片付けるか」

ポケットに右手を突っ込み、面倒くさそうに目の前の扉をガラリと開ければ、教室の中に一人の小柄な少年がいた。

少年は京介が来た事に気付くとパァッと嬉しそうな表情を浮かべうっすら頬を染めた。

「京介様!来てくれたんですね!!」

教室の中央で足を止めた京介の元に少年は駆け寄って来る。

「僕、ずっと京介様が好きで…その、付き合って下さい!!」

「それで?」

「え?それで、って…?」

困惑したように首を傾げる少年に、京介ははっと息を吐くと口端を吊り上げ鋭い眼差しを音楽準備室に続く扉に向けた。

「アイツ等はいつ出て来るんだ?」


京介の言葉と、迷わず向けられた視線の先を見て少年は表情を一転させた。

「なぁんだ、始めからバレバレ?」

頬を染めて恥ずかしそうにしていた態度から、肩を竦めてクスリと笑った少年に京介はさも当然と言葉を吐き捨てる。

「俺を誰だと思ってやがる」

「さぁ?僕にとっては誰だって構わないさ。例えそれが生徒会長でも。重要なのは黒月 圭志の大切な者ってところだから」

「へぇ、俺が圭志の大切な者ね。その台詞、圭志にも聞かせてやりてぇぜ」

絶対嫌がるだろうな、と想像してクッと笑って返す。

「何が可笑しい?」

その笑いが気に入らなかったのか少年は眉を寄せた。

「別に。それよりやるならさっさとやれよ。俺はお前と無駄話しに来たわけじゃねぇ」

「…出て来い!」

バンッと勢いよく音楽準備室の扉が開き、体格のよい男達がぞろぞろと現れる。

「いよぉ、神城。てめぇも今日で終わりだぜ」

「今までの恨みはらさせてもらうぜぇ」

京介の周りを囲み、だらしなく制服を着崩した男達が次々に口を開く。

その面々を見回して京介は益々口元を緩ませた。

「馬鹿ばっかで助かるぜ」

「んだとぉ!」

一人が攻撃に転じれば二人、三人とそれを合図に動き始める。


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