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「篠原兄弟。てめぇらが此処にいるって事は黒幕は…」

「彼等の前でそれ以上余計な事は口にしないで頂けますか?」

にこっ、と機械染みた笑みを浮かべ篠原の兄、剛史(ツヨシ)がゆったりとした足取りで圭志の真ん前まで来た。

「てめぇに指図される謂れはねぇぜ」

圭志はそう吐き捨て、左拳をギリギリと握り締めた。

「僕を殴らないんですか?圭志様の大事な後輩を傷つけたのは僕達ですよ?」

握り締めた拳をどこか愉快そうに見つめて剛史は笑った。

「生憎俺は安っぽい挑発には乗らねぇようにしてるんだ。てめぇらの事だ、どうせ新聞部の奴等を買収してんだろ」

「御名答。さすが黒月財閥の未来を背負っていかれる御方だ」

剛史は馬鹿にしたように言い、不気味に唇を歪めた。

「だがしかし、貴方は甘い」

「――っ」

剛史に意識を向けつつ、周りにいた親衛隊にも警戒していた圭志だが、昏倒させた人間は意識から除外していた。

「故に貴方は後継者とは認められない。やるならば徹底的に。相応しいのは我が主だ」

むくりと起き上がった一人の生徒の拳が背後から振り下ろされた。

「ちっ」

圭志は拳が触れる寸前に横へ避けたが、次に足元への攻撃を受けて体勢を崩した。

動いたせいで頭が鈍い痛みを発し、くらくらしてきた。

圭志は思わずその場に膝をついてしまう。


剛史は雅也に目配せをし、膝をついている圭志の身を封じさせる。

それに反応をみせた圭志だが、怪我をしている分不利で捕まってしまった。

膝を地面に付けた状態で、両腕を背に回され、上から押さえつけられる。

「敷島てめぇ…」

「悪いな黒月」

岬以外の親衛隊は事の成り行きを少し離れた場所から眺め、いい気味とクスクス笑った。

「甲斐 岬隊長。さ、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。ただし、約束通り仕上げは僕達にやらせて下さいね」

にこり、と温度の無い笑顔で剛史は一人近づいてきた岬にそう言った。

岬は圭志の目の前に立つと、睨み付けた圭志に一瞬怯えながらも口を開いた。

「お前が悪いんだっ!京介様はお前が来てから僕達親衛隊の相手をしてくれなくなった!!」

唇を噛み締めて叫ぶ岬は、この学園において、見る者がいれば彼は被害者だと言う人がいるかもしれない。

「お前が来てからっ…京介様は変わってしまった!だから、お前さえいなくなれば!!!」

しかし、圭志からしてみればそれは唯の勝手な言いがかり、もっといえば彼ら親衛隊の勝手な被害妄想だ。

一方的に告げられる言葉の数々に圭志はくっ、と低く笑った。

「なぁ、甲斐。そんなに京介が好きか?」


岬はビクリと肩を震わせて、それでも気丈に言い返す。

「好きに決まってるでしょ!だからっ…」

「だから、俺を学園から追い出す?はっ、馬鹿馬鹿しい。自分で振り向かせる努力もしねぇで全部俺のせいにして満足か?…ンなの好きでも何でもねぇぜ」

嘲るように吐き捨てた圭志に、腕を押さえつけていた雅也の力がギリッと強まる。

そして、対する岬は己の全てを否定するような言葉を吐いた圭志にカッと怒りで顔を赤く染めて右手を振り上げた。

「―っ、うるさいっ!とにかくお前さえいなくなれば京介様は!!」

パァン、と乾いた音が響き圭志の左頬がうっすら赤く染まる。

それでもなお圭志は顔色一つ変えず岬から視線を反らさなかった。

「〜〜雅也っ!腕の一本でも折って痛い目みせてやって!!」

じんじんと痺れる右手を左手で握り、岬は指示を出すが、それは剛史によって止められた。

「甲斐隊長、それはいけません。お気持ちは分かりますが目に見える大きな怪我は怪しまれます」

「人の頭殴っときながら今さら何言ってやがる」

剛史は圭志の文句を無視して岬を下がらせる。

「こういう場合、服で隠れる場所をやるのがセオリーですよね」

にこり、と笑った剛史は右足を少し後ろに引き、圭志の腹部目掛けて蹴りを放った。

「…ぐっ」

爪先が鳩尾に突き刺さり息が詰まる。


雅也に身体を押さえられているせいで、身体を折って衝撃を逃がすことも出来ずもろに受けた圭志は一瞬意識を飛ばしそうになった。

「意外と頑張りますね。でも次はどうかな?」

「剛史、来た」

じゃり、と再び右足を引いた剛史に、離れた所で見張りをしていた弟から声がかかった。

剛史は弟の声に今日はこの辺にしておきましょう。と周りに聞こえるように言い、

「後は僕らが何とかしておきますから親衛隊の皆さんは逃げて下さい」

と、この場から早々に去るように告げた。

それを受けて親衛隊の奴等は素直にこの場を離れ、動こうとしなかった岬は雅也に連れて行かれた。

「さて、逃げる前に圭志様に一つイイコトを教えてあげましょう」

にこり、と笑った剛史に圭志は嫌な予感がした。

わざわざ親衛隊を遠ざけた後で言う事。それは…。

「神城京介。彼も今日、別の場所に呼び出したんですが、…無事だといいですね?」

「アイツがどうなろうと俺には関係ない」

そう、関係ないんだ。だから巻き込むな。

「ふぅん、そうですか。まぁいいでしょう」

剛史は圭志の答えに愉快そうに瞳を細め、唇を歪めた。

「武史(タケシ)、行きますよ」

そして、弟を連れて剛史もこの場を去って行った。


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