16
あれから怪我をするような大きな事件はなく、親衛隊による些細な嫌がらせだけが続いていた。
下駄箱を開けて中に入っていた紙をいつもの如く全て床にぶちまけ、その紙の上に上履きを置いて履き替える。
「う〜、それはどうかと思うぞ黒月」
その横でたまたま途中から一緒になって登校してきた明が不憫そうに床に散乱した紙を見つめていた。
「俺は丁寧にゴミ箱に捨ててやるほど優しくねぇから」
「いや、そういう問題か…?」
首を傾げる明の横からひょこ、と透が顔を出し圭ちゃん男前〜vと、囃し立てた。
「にしてもテストの日までやるなんてよっぽど余裕があんのか、ただのバカか」
今日はテスト初日。
教室へ入れば教科書やノートを広げて勉強している生徒が多数。
雑談に花を咲かせている生徒は数える程しかいなかった。
圭志は自分の席につくなり、机に突っ伏す。
「黒月、テスト勉強したのか?」
明はその様子にふと気になってそう聞いてみた。
「夕べ、教科書をぱらぱら見た」
すると、腕の間からそう返ってきた。
「それって勉強って言わないよな…」
鞄からノートと筆記用具を出しつつ明は呆れたような声を出した。
ノートを開き真剣な顔で最後の確認をしている明の横で、浅い眠りについていた圭志はふと周りの空気が変わったのを感じ取って顔を上げた。
「よぉ」
「…おぅ」
圭志に遅れてそれに気付いた明はノートから目を離して爽やかに笑う。
「あ、神城おはよう」
「あぁ。早いなお前等」
ガタ、と椅子を引いて座った京介は机に片肘をついて二人の方を見た。
「俺は早く来て勉強しようと思ったから」
「二度寝したら起きれねぇ時間だと思って仕方なくだ」
圭志は言ってる側から出そうになる欠伸を噛み殺して上体を起こした。
「ふぅん。お前、勉強とかしたのか?」
その様子に京介は明と同じ疑問を覚えて聞いてみた。
「一応」
「いやいや、教科書見ただけじゃ勉強って言わないから」
迷いなく返した圭志に明は思わず口を挟んだ。
「見ただけマシだろ」
なんだそれ?そしたら俺が今やってることは何だよ、と続けた明に今度は京介が言う。
「そんなもん授業聞いてりゃ必要ねぇだろ」
「……俺の記憶が正しければ二人とも授業に出てなかったよな…?」
明の疑問を置き去りに、藍人が教室に入ってきて朝のHRが始まった。
今日受ける科目は三科目。日本史、数学、英語。
静かな室内にカリカリとシャープペンの走る音がする中、さっさと書き終えた圭志は答案用紙を裏返して机に突っ伏した。
それを三度繰り返して今日のテストは終了となった。
「ふぅ、何とか出来たかな」
使い終わったシャープペンを片付けながら明は今日の出来についてそう言った。
「そういや明って次席なんだよな?」
そう聞いた圭志に京介が答える。
「お前が来る前からずっとな」
「普段の様子見てるととてもそうは見えねぇよな」
悪気があったわけではなく、何となく口から出た台詞を明は聞き咎めジロリ、と圭志を見た。
「それは俺が馬鹿っぽいって意味?」
「いやそうじゃなくて。それならそんな心配しなくてもいいんじゃねぇの?」
明らかに話を反らされたが明も本気で怒っているわけではなかったのでそのまま圭志の話にのった。
「ん〜、こういうのは結果が出るまで分かんないだろ。俺だって毎回次席になってるけど、いつまでもそうだとは限らないし。だから、俺はいつも通り頑張るだけだよ」
それを聞いて圭志はしみじみと呟いた。
「なんかお前らしいな」
「え、そう?」
明は首を傾げて少し照れ臭かったのか頬を染めた。
「おい、圭志帰るぞ」
「ん、おぅ。…って、何で俺がお前と帰んなきゃなんねぇんだ。それに俺はこの後用があるんだよ」
話をしている間にHRは済み、椅子から立ち上がった京介に続いて圭志も椅子から立ち上がった。
圭志はそのまま京介の横を通り抜け二人にじゃぁな、と手を振って教室を出た。
その足で普通なら誰も寄り付かない校舎裏に足を進める。
校舎に沿って歩いていればフッと足元に影が落ち、それに反応した圭志は咄嗟に身をかわした。
―次の瞬間、ガシャンと物が砕けるような音が辺りに響いた。
「またか」
砕け散った花瓶だったであろう破片を見つめて圭志は上を振り仰いだ。
そこにはこの間と同じく誰もおらず、そこだけぽっかり窓が開いていた。
圭志は破片をそのままにさっさと用事を済ませてしまおうと足を速めた。
校舎裏、死角になっているその場所には甲斐 岬を筆頭に小柄で可愛らしい生徒が待ち受けていた。
岬は圭志が来たのに気づくなり仁王立ちをして言い放った。
「ふん、何度呼び出しても来ないから僕に恐れをなしたのかと思ったよ」
「…面倒くせぇ奴」
ポツリと呟いた言葉は届かなかったのか、はたまた無視したのか岬は続ける。
「黒月 圭志!僕達の忠告を無視して京介様に近付いた罰、その身を持って教えてあげる!」
岬がそう言えば、これまた前回と同じパターンで体格のガッシリした男達がその辺からうようよと現れた。
「ちっ、これだから馬鹿は…」
「皆、やっちゃって!」
圭志は襲いかかってくる体格の良い相手を避けて自滅させたり、時に蹴りや拳を繰り出して潰していく。
「…ぐっ」
「っ…は…」
しかし、次々潰していた圭志は前と違い岬達が余裕の笑みを浮かべているのを視界の端に捉え眉をひそめた。
「そういや敷島とか言う奴がいねぇな…」
そう思った直後、背後から鋭い蹴りが飛んできた。
「―っ、危ねぇ」
ヒラリと身をかわし、振り返ればそこには今思い描いた人物が蹴りを放った体勢で立っていた。
「悪く思うなよ」
ボソッと溢した敷島 雅也の声は圭志には届かず、今度は拳を繰り出した。
雅也は周りの烏合の集と比べ、武道か何か習っているのかその攻撃は正確無比の上、結構な威力を伴っていた。
この前、手合わせした圭志は流石にその拳をもろに喰らったらヤバイと判断し、横にいた奴等を昏倒させ横に飛んで雅也の攻撃を避けた。
が、それを待っていたかのように圭志の死角から長い棒状の塊が振り下ろされた。
「――っ!?…てめぇら」
痛みと衝撃で膝が崩れ落ちそうになるのを圭志はなんとか持ちこたえ、右手を自身の後頭部に添える。
そして、圭志の睨み据える方向には同じ顔をした二人の生徒が愉快そうに唇を歪めて立っていた。
「こんにちは、圭志様」
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