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「それより勝手に怪我なんかしてんじゃねぇよ」

頬に触れられる前に、圭志は京介の手を弾いた。

「俺だってしたくてしたわけじゃねぇ」

京介の言い方にムッとした圭志は不機嫌丸出しで言い返した。

「大体お前ほんと何しに来たんだよ。用がねぇなら早く帰れ」

いつもよりきつく言い、圭志はベッドから足を下ろす。

そして、立ち上がろうとして京介に阻まれた。

何すんだよ、と睨み上げれば何の前触れも無くいきなり肩を押され、京介にベッドに押し倒された。

「いっ…」

柔らかいベッドの上とはいえ、落ちた時に打った身体が鈍く痛んだ。

「人が心配してきてみりゃ酷い言いぐさだな」

「っ、退け」

衝撃で開いた記憶の扉の向こう、心の奥深くに仕舞い込んでいた感情が今になって顔を出そうとしていた。

あやふやにしてきたモノが確定してしまう。

圭志はそれを恐れて、何とか京介の拘束から逃げようともがくが身体が痛くて上手くいかない。

「逃げるなよ」

互いの吐息が分かるほどの距離で瞳を見つめられ、低い声で囁かれる。

「…っ、逃げるに決まってんだろ。だから退け!」

ドクドク、と速まり出した己の鼓動を圭志は否定した。

「もう逃がさねぇよ」

しかし、京介は圭志の言葉を聞き流し、反論を封じるようにその唇に自分の唇を重ねた。


鼻にかかったような甘ったるい声が口から漏れて圭志はカッと頬を朱に染めた。

「ふっ…ん…んんっ…」

スルリと侵入してきた舌に、奥に引っ込めた舌を絡めとられる。

「…んっ…はぁ…ぁ…」

背筋がゾクゾクして、体から力が抜けてきたあたりで漸く解放された。

「俺が探してたのはお前だったんだな。やっと見つけたぜ」

「…っ、知らねぇよ。俺は覚えてない。お前の勘違いだ」

どうして思い出したりしたんだ。俺は思い出したくなかった。思い出して欲しくなかった。

頑として心を開かない圭志に京介は舌打ちする。

「チッ、やっぱアイツ等を先に潰さないと駄目か」

側にあまり人を置こうとしない原因を断ち切らないと先へは進めない。

小さく口の中で呟かれた言葉は圭志には届かない。

「それにお前ソイツとは初対面だって言ってたじゃねぇか」

キッ、と尚も見下ろしてくる京介を圭志は睨み付ける。

「それこそ俺の勘違いだった、ってだけの話だ。こうして良く見れば分かる」

前髪を掻き上げられ、京介の右手がゆっくり頬を滑っていく。

濡れたままの唇を親指の腹でそっとなぞられ、顎を上げさせられる。

「今日は噛まないのか?」

フッ、と瞳を細めて笑った京介に圭志は反応しなかった。

ただ視線を反らし押し黙る。


その様子に京介は浮かべた笑みを引っ込めた。

「お前らしくねぇな」

「………」

顔を背けたままの圭志の上から退いた京介はベッドの縁に足を組んで座った。

一方、上から抑えつけられていた拘束を解かれた圭志はゆっくりと上体を起こした。

「大体お前は余計な事に気ぃ回しすぎなんだ。俺の事だけ考えてりゃいいものを」

「……知ったような口聞くんじゃねぇよ。何も知らねぇ癖に」

ギリ、と拳を握り締めて圭志は低い声で告げた。

「はっ、知るわけねぇだろ。お前が言おうとしない限り俺には何も伝わらねぇ」

拳に落とした視線を上げ、圭志は京介の横顔をジッと見つめた。

その視線を感じとり京介は続けて言う。

「言いたい事があるなら聞いてやるぜ」

「………帰れ」

少しの沈黙の後、圭志は ただ一言そう言った。

「他にねぇのかよ?」

「ない。あったとしてもお前には絶対言わねぇ」


本当はお前のこと徐々に思い出してきている。

今よりもう少し可愛いげがあって、身長は俺と同じだった。何でもできて格好良かった。

一緒にいるのが楽しくて、嬉しかった。

だからこそ…。

俺はもう自分の家のゴタゴタに誰かを巻き込んで傷つけることはしたくない。俺一人で何とかしてみせる。

握り締めた拳を解き、圭志は京介に向かってシッシ、と追い払う仕草をした。

「まぁいい。今日は見逃してやる」

スッとベッドから立ち上がった京介は悪役の如くニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべ、

「だけど次またベッドに沈んでたら怪我してようが襲うぜ」

と、不吉な事を言って出て行った。

京介がいなくなり一人になった保健室で圭志はベッドから下りながら苦笑した。

「…確か昔から俺も京介も素直じゃなかったな」

逃げるなと言われて、無理矢理向き合わされた自分の気持ち。認めてしまえば楽になれると分かっていながら俺はまだ…。

どちらかがもう少し素直になればもっと上手くいくのかもな、と揺れる心を戒め圭志はしっかりと足を踏みしめた。


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