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「そうだよ。あれは圭志くんだ」

ノックも無しに乱暴に開かれた扉から入ってきた人物に、竜哉は黒革の椅子に深く背を預けたまま言った。

「やっと気付いたんだ。京介くんも案外鈍かったんだな」

「うるせぇ。ンなことアンタに言われたくねぇし。あの時、アイツを追いかけようとした俺を止めたのはアンタだろ」

苦笑を浮かべる竜哉に京介は舌打ちを一つして睨み付けた。

交流会で女装した圭志の後ろ姿を見て、フと頭の中を何かが掠めた。

それが何だったのか、

思い出した今、それはあの日、部屋から飛び出していった人物の後ろ姿と重なった。

「俺がアイツを探してた事知ってただろ。何故言わなかった」

京介は竜哉に鋭い視線を向け、問う。

この場には生徒会長と理事長ではなく、肩書きもなにも持たないただの京介とその叔父である竜哉がいた。

「…敢えて言うならあの時、廊下で擦れ違った圭志くんが泣きそうだったから」

それだけの理由で?と、眉を寄せた京介に竜哉は京介くんもこの辺はまだ子供だな、と心の中で苦笑して続けた。

「京介くんが思い出した事はそれだけ?圭志くんはそんな簡単に泣いたりする子だった?俺が知ってる圭志くんは嫌な事をされたらやり返す位の子で涙なんか見せなかったと思うけど」

それを踏まえた上で、もう少し圭志くんの気持ちを考えてみるといい。

「圭志の気持ち……?」


「そう。俺が言えるのはここまで」

全てを分かったような顔で微笑む竜哉に相変わらずムカつく奴だな、と京介は腹立たしく感じた。

「それから、俺はもう京介くんの邪魔はしないから安心して計画を進めるといい」

「…アンタ何処まで知ってんだ?」

「さぁ?俺は可愛い甥っ子が無茶しないよう見守っているだけだよ」

そう言ってにっこり笑う竜哉の笑みが京介には胡散臭く見え、苛立ちを増す原因になった。

「はっ、まぁいい。今度アンタが邪魔しようものなら排除してやるさ」

「とにかくあんまり無茶はしないように」

はいコレ。確認したから持っていって、と生徒会・風紀の夏期休暇中の活動予定、校舎使用申請書と綴られた数枚の紙を渡された。

京介はそれを受け取るとここにもう用はねぇ、とさっさと出て行ってしまった。

バタン、と勢いよく閉められた扉に竜哉は苦笑した。

「若いっていいね」

「何年寄りみたいな事言ってんだよ。お前だってまだ若いだろ」

京介が出て行った扉とは逆側、奥の部屋へ繋がる扉から一人の人物が出てきた。

その声に竜哉は椅子ごと振り返り、そうだったと惚けてみせた。

「はぁ、まったくお前って奴はいつも俺に面倒事を押し付けるよな。神城といい黒月といい…」

「それだけ信頼してるんだよ、藍人」

肩を落として近づいて来た藍人の手を取り、竜哉は指を絡ませた。









苛立った心を抱えながら、数枚のプリントを片手に生徒会室に向かい始めた京介はポケットで携帯が振動したのに気付いた。

すぐに切れないことから電話か、と判断した京介は歩きながら携帯に出る。

「もしもし…」

『京介、黒月が階段から落ちた』

相手は名乗りもせず、用件のみを伝えてきた。

しかし、それだけで瞬時に理解した京介は生徒会室に向けていた足を止めた。

「今どこにいる?」

『校舎の一階、奥にある保健室だ』

行き先を保健室に変えた京介は、通話を続けながら歩く。

「お前さっき落ちたって言ったな。誰か見てたのか」

『いや、それは。ちょっと待ってくれ…』

電話の向こうでバタン、と扉の開閉音が聞こえ少ししてから返事が返ってきた。

『悪い、明がいたから』

「あぁ、…それで?」

『目撃者はいなかった。多分、高確率で落とされたんじゃないかと俺は思う』

声を潜めて話す相手に京介は難しい顔をした。

「圭志が倒れてんのを明が見つけたのか?」

『そ。俺の携帯にいきなり〈黒月が倒れてる!!どうしようっ…〉って泣きそうな声でかけてきた』

「そうか、分かった。お前はそのまま明についてろ」

通話を切った京介は歩く速度をあげた。



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