02


そもそも圭志が九琉学園に編入する事になったワケは3日前に遡る。

「圭ちゃん、大事なお話があるの」

夕食後、母親がいつになく真剣な表情をして圭志にそう切り出した。

母親はちょっと童顔で、今だ一児の母には見えないくらい若々しく、圭志と街中を一緒に歩いていた時には彼女に間違われたこともあるぐらいだ。

そんな母親に、ソファに座ってテレビを見ていた圭志は、テレビの電源を落として向き合う。

「何?どうした?」

「実はお父さんが仕事の都合で長期間海外に行くことになったの」

「ふぅん、親父がねぇ。それで?」

圭志の父親は、父方の祖父の会社に務めている。会社では社長補佐という役職に就き次期社長として色々と仕事をこなしているのだ。

「それでね、お母さんもついて行く事になったから、圭ちゃんには叔父さんの運営している九琉学園に転校してもらいます」

「何で?俺一人でも平気だぜ?」

転校の話に驚くでもなく圭志は平然と返す。が、その言葉を聞いた母親の瞳が一瞬きらりと光る。

「圭ちゃん。お母さんは知ってるのよ?圭ちゃんが夜な夜な家を抜け出して夜遊びしているの」

母親の言う通り圭志は夜、といっても深夜だが家を抜け出し夜遊びをしているのだ。しかし、いつも圭志が出かける時母親は眠っているし帰ってくる時もまだ起きてはいない。
また、何も言ってこないので知らないものだと思っていた。

「何にも言わねぇから知らないのかと思ってた…」

「ん〜、その辺は圭ちゃんを信用してるから」

ちなみに、父親にはすぐバレた。夜遅くに帰宅した父親と夜遊びから帰ってきた圭志は家の門の前でばったり遭遇してしまったのだ。
その時洗い浚い吐かされた挙げ句、

「警察の世話にはならない程度にしろよ。まぁ、俺も昔は〜」

と、父親の昔話を聞きたくもないのに延々と聞かされた。

そんな事をぼんやりと思い出していると母親が言葉を続ける。

「でも、それとこれとは別でね。そんな圭ちゃんを家に一人残していくと、絶対夜遊びに行ったまま家に帰って来なくなると思うの」

母親は圭志の行動はお見通しだ、と言わんばかりに自信満々にそう言い切る。


「それで転校の話に?」

「そう。それじゃいけないと思ってお父さんに相談したら、叔父さんの運営する九琉学園に通わせればいいんじゃないかって話になってね。ちょうど九琉学園は全寮制だし、それならお母さんも安心だし。もちろん転校してくれるわよね、圭ちゃん」

疑問系ではなく始めから決定事項のように断定して言う母親に、圭志は逆らえない事をよく知っていた。

母親が何かしら断定して言う時は、すでにその事柄に関しては終了しているのだ。

この場合、圭志の転校は本人の預かり知らぬ所で決定し、転校手続きその他諸々の事はすでに完了しているということだ。

まぁ、圭志自身反対する理由も特に無かったのであっさり頷いたが。

「別にいいぜ。でも俺、編入試験とか受けなくていいのか」

「その辺は心配しなくても大丈夫よ。圭ちゃん全国模試で常にトップをキープしてるから学力の心配は無いなって叔父さんが免除してくれたの。それよりも圭ちゃんは寮暮らしになるんだから、寮に持っていく物を荷造りしてもらわなきゃ」


それからが忙しかった。

学校の友人達、夜遊び仲間に転校の話を告げれば、夜遊び仲間の方は遠慮すると言ったにも関わらず盛大に宴を開いてくれた。宴の最後の方は酒のせいで皆ハイになって飲めや歌えやの乱痴気騒ぎになったりと、怒涛の三日間を過ごした。

そして、家を出る前夜父親にはこんなことを言われた。

「九琉学園はいろんな意味でお前にとって良い所かもな」

寮に荷物を送り終えて殺風景になった部屋のベットに圭志が寝転がって雑誌を読んでいると、父親がノックもなしにそう言いながら入ってきた。

父親も母親と同様に実年齢より若く見られることが多く、友人達に何度か兄貴だと思われたことがある。

そんな父親は部屋に入ると勝手にソファに座る。
圭志は雑誌を畳んで上半身を起こすと、ベットの上であぐらをかいて聞き返した。

「俺にとって良い所ってどう言う意味だよ?」

父親は訝しむ圭志に口の端を吊り上げて楽しそうに言った。

「九琉学園はな小・中・高とあるエスカレーター式の全寮制の男子高なんだよ。そんな中で思春期をむかえるんだ。自然、恋愛相手は誰になると思う?解るだろ?」

圭志は父親の問掛けにも動じることなく淡々と返す。

「それが何?」

「つまり、お前は相手を選びたい放題ってことさ。いやぁ、父さんは羨ましい限りだ。圭志は父さんに似てカッコイイからモテるぞ!ははははは!!っと、でも父さんは今、母さん一筋だからな」

父親の突拍子もない発言に圭志は目を丸くして驚いた。


「はぁ?何言ってんだよ親父」

「お、何だ?父さんは何か間違った事言ったか?だってお前俺と同じでバイだろ。この間、可愛い美少年と腕を組んで歩いていたじゃないか。その前は超絶美女。いやぁ、血は争えないな…」

「マジかよ…」

圭志は父親の発言から全てを知られていることを悟った。

そしてまた、父親が圭志と同じくバイで(今は母一筋だが)昔遊びまくっていた事を知りたくもないのに知ってしまった。

圭志がショックを受けていると父親はソファから立ち上がり、最後にこう言って部屋を出ていった。

「まぁ、怨恨には気を付けろよ。…あれは怖いからな」

「…親が息子に言うセリフじゃねぇだろ」

圭志は呆れたように父親の出て行った扉を見てそう呟いた。



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