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「よぉ、遅かったな」

授業が終わるまで校舎内をフラフラしていた圭志が教室に戻ると、既に京介がいた。

「本当にいるし…」

圭志は椅子を引き、ドサリと腰を落とした。

二人のやり取りを視界の端にいれながら、使った教科書やノート類を片付けていた明はあれ?と感じた違和感に首を傾げた。

「黒月、なんか良いことでもあった?」

「は?そんなもんねぇよ」

「ん〜、じゃぁ俺の気のせいか」

明の方を訝しげに見ている圭志の後頭部を、京介はおもしろくねぇな、と心中で舌打ちし、左手で軽く圭志の頭を叩いた。

「っ!?いきなり何すんだ!」

「何となくムカついた」

「喧嘩売ってんのか?」

京介の意味不明な言動に圭志は反射的に京介を睨み付けた。

「そこの二人!何回同じこと言わせんだ。前向いて静かにしろ。HR始めんぞ」

不穏な空気になりつつあったそこへ、いつの間に来たのか朝と同じく藍人の声が割って入った。

「あと、神城はHRが終わったら理事長室に行け。理事長がお呼びだ」

「フン、アイツが俺に何の用だよ」

京介は嫌な顔を隠そうともせずそう言った。

「何でも生徒会に渡す書類があって、忙しいから取りに来て欲しいそうだ」

京介の疑問に律儀に答えた藍人は続いて連絡事項の話に移った。

「お前なんでそんなに竜哉さんのこと嫌ってんだ?」

交流会の時から京介の竜哉に対する態度は良くなかった。


「ンなのアイツが…」

京介は不快そうに眉を寄せ、言葉を途中で途切らせた。

「竜哉さんが…?」

「…俺が平手打ち食らった話しは覚えてるな?」

あぁ、交流会ん時言ってた…。と、圭志はそれと一緒にソイツが自分に似てると言われた事も思い出して眉間に皺を寄せた。

「ソイツがどう関係あんだよ?もしかして竜哉さんにとられたとか?」

「フン、それだったらとっくに俺が奪い返してる」

何度注意しても耳を傾けない京介と圭志に藍人は諦めのため息を吐き、HRの終了を告げた。

それと同時にチャイムが鳴り、回りはガタガタと帰り始める。

「じゃぁ何だよ」

「ソイツに逃げられたのはアイツのせいだ」

「…もしかしてそれだけの理由で?」

もっと複雑な理由かと思っていた圭志は、意外と子供染みた理由で竜哉を嫌いだと断言する京介に驚き、呆れた。

「その時の俺にとって、ソイツを捕まえられなかった事はアイツを恨んでもいいぐれぇの出来事だったんだ」

呆れて聞いていた圭志は、そこまで本気で想ってる相手がいながら自分にちょっかいを出す京介を、無意識の内に冷めた眼差しで見つめていた。

「俺に構ってねぇで早くその女捕まえに行けば?」

そして、気付けばぞんざいな物言いでそう言っていた。

「あ?何いきなりキレてんだよ」

「そんなんだから逃げられるんだぜ」

明、帰るぞ。と、二人をおろおろした様子で見ていた明に声をかけ、圭志は椅子から立ち上がった。


京介は椅子に座ったまま立ち上がった圭志の腕を掴む。

「待てよ、誰がいつソイツが女だって言った?」

「…お前は昔から女が好きだったろ」

「昔?」

繰り返された京介の呟きに圭志ははっ、と軽く目を見開いて右手で自分の口元を押さえた。

「俺、今何言って…」

無意識に口から溢れ落ちた台詞と一緒に、ワケの分からない痛みが胸を襲った。

「黒月?」

「それはどういう意味だ、圭志?」

心配そうに圭志を見てくる明に、不可解そうに眉を寄せ聞いてくる京介。

圭志は二人の視線に、俺が聞きたいぐらいだ、と言ってやりたくなるのを抑え努めて平静に返した。

「さぁな。自分の胸に手でも当てて考えてみろよ」

ズキリ、と痛んだ胸の痛みも無視して、京介の手を振り払うと圭志は教室を後にした。

「えっと、神城?」

明は咄嗟に圭志の後を追おうとしたが、京介が何やら考え込んでいる姿に戸惑い足を止めた。

「昔から?…俺が女が好きだって?何だそれ…」

それに、あの普段の圭志なら絶対見せないであろう、傷ついた様な表情。

京介には朧気だが見覚えがあった。

そうずっと前に一度。たしか、平手打ちを放った奴が同じ様に顔を歪めていたような…。

「…まさか」

思い至った考えにガタリ、と椅子から立ち上がった京介は扉へ向かう。

「あっ、おい神城?」

「あぁそうだ、明。速水の怪我について調書とっとけ」

チラ、と視線だけで振り返った京介はそれだけ言うと出て行った。

「はぁ〜。黒月といい神城といい俺を何だと思ってるんだよもう」

そう言いつつも明は速水を呼び出すために放送室へと足を向けた。








教室を出て、圭志は足早に廊下を歩いていた。

なんなんだ、この感じ。

俺は何かを忘れているような気がする。

それが何か思い出したい、けど思い出したくもない。

ただ一つハッキリしているのは京介が関係しているという事だ。

それから俺は自分で昔、と口にした。それは学園に来る以前に京介に会っているってことで…。

「そういや竜哉さんが小さい頃がどうとか言ってたな…」

圭志は記憶を遡って思い出そうと頑張ってみた。

この学園に来る前の事、中学生の時の事、そして小学生だった時の事。

そこにぼんやり、と浮かぶ一人の男の子。

顔はよく思い出せないが、たしか一番仲が良くて…。

その辺の記憶が曖昧で、胸が痛んだ。

たしか名前は、

「京」

自然と口から出たその名前に圭志はあぁ、あれは京介かとすんなり納得してしまった。

それから…、と考えを巡らせながら歩いていた圭志は階段に差し掛かった所で後ろから誰かにドン、と押された。

「―っ」

注意力散漫になっていた圭志は重力に従って落下する。

やばい、と咄嗟に頭を庇った圭志は踊り場に体を叩きつけられる形で落ちた。

「っ!?」

衝撃で一瞬息が詰まる。

「はっ…、だせぇ」

息を吐き出し、痛む身体を起こして階段を見上げたが、そこにはもう誰もいなかった。

そして急速に色を失っていく景色に気を失うな、とぼんやり思って瞼を落とした。


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