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昼休み終了のチャイムを耳にしながらいつものサボり場へ行く。

いくつもある空き教室の中で、陽当たりが一番良い教室。

ガラリ、とドアを開け、中に入って鍵をかける。

痛む右足を引き摺って窓辺に腰を下ろした。

「くそっ、痛ぇ」

一夜は悪態を吐いて痛みをまぎらわせる。

「アイツ等半殺しにしてやればよかった」

ジッと座っていたお陰で大分痛みが引いてきた。

喧嘩で慣れてるとはいえ、痛みには慣れねぇとぼんやり思考していればドアの鍵が外される音がした。

座り込んでいた一夜はなるべく右足に負担をかけないようにして立ち上がり、鍵を外した人物が入ってくるのを待った。



―ガラリ



「…黒月先輩?」

入ってきたのは圭志だった。

圭志はドアを閉めると鍵をかける。

近づいてくる圭志に、一夜は肩から力を抜いて再び座り込んだ。

「俺、今先輩の相手できるほど機嫌良くないッスよ」

正面で立ち止まった圭志を見上げ、一夜は不機嫌面のまま言う。

それに対し、圭志は一夜を見下ろしたまま、頬に貼られた湿布と投げ出すように伸ばされた右足の足首を見て瞳を細めた。

「その怪我どうしたんだ?」

「何、心配してここまで来てくれたんスか?」


圭志は一夜の言葉に答えずしゃがむと投げ出された一夜の右足首を掴んだ。

「いっつ!?いきなり何するンスか!!」

「捻挫か。痛いくせに我慢して歩き回るから少し悪化してんじゃねぇか」

「俺の勝手だろ。ほっとけよ」

足首から手を離し、圭志は一夜の隣に座る。

「お前、俺を探しに食堂まで来たんだろ?」

誰かを探すように上を見上げた仕草と、食堂に来た癖に席にも着かずさっさと出て行った。

「…そうッスよ」

一夜はブスッとした表情のまま続けた。

「先輩、俺に、自分に近づくなって言いましたよね?」

「そんな事も言ったな」

それがどうした、と圭志は続きを促す。

「それって俺を守るためッスか?」

隣から向けられる、突き刺すような視線を感じながら圭志は表情を変えぬまま淡々と答えた。

「守る?俺がお前を?何から?何で俺がそんな事しなきゃならねぇ」

「先輩が言いたくないならそれでも良いッスけど、…俺、言われたんスよ。この怪我をした時に。相手方に。恨むなら黒月先輩を恨めって」

そう言った一夜は、問題行動を起こす時とは打って変わって真面目な顔をしていた。

「じゃぁ、俺に文句を言いたくて探してたのか?」

「言われたいンスか?」


ジッと見つめる一夜の視線に圭志は肩を竦め、まさか、とため息と共に言葉を吐き出した。

「見ず知らずの馬鹿が勝手に俺を恨んで、勝手にお前に危害を加えた。別に俺が指示したワケでもない。だから、俺が文句を言われる筋合いはねぇ」

それに、この学園ではそんな事ぐらい日常茶飯事だろ?

親衛隊と呼ばれる奴等が似たようなことをしているのを知らないわけじゃあるまいし。

そう言えば一夜は少し眉をひそめた。

「もしかして先輩って親衛隊にも攻撃されたりしてるンスか?」

圭志は何を今さら、と呆れたよう一夜を見た。

「されてないと思うか?お前等がパーティー会場で余計な事してくれたお陰で敵が増えた」

まぁ、その分、俺にも親衛隊って駒ができたがな。と、圭志は心の中だけで続けた。

「ふぅん、そうは見えないッスけどね」

一夜はそう言ってから、何か悪戯を思い付いた子供の顔でにやりと笑った。

「そうだ!責任とって傷ついた先輩を俺が癒してやるよ」

互いの吐息がかかる距離まで詰め寄られ、悪戯に囁く一夜に圭志は嫌な顔をした。

「お前あんま近寄んな」

「何でッスか?あんなことやそんなことした仲じゃないッスか」

「…その顔に付けてる間抜けなもんが取れたら相手してやってもいいぜ」

スッ、と湿布に手を添えられ一夜はピクリと肩を跳ねさせた。


「昨日の今日で腫れてて痛ぇ癖にそう言う事言ってんじゃねぇよ」

馬鹿が、と言って湿布に添えられた手が離れていった。

そして、立ち上がった圭志は窓の外に目をやり何処か遠くを見るように瞳を細めた。

〔自分の身も守れねぇ弱い奴を、俺は側に置いとく気はねぇ〕

いつだったか後輩に告げた言葉を思い出し、自嘲気味に唇を歪めた。

じゃぁ、自分の身を守れる奴ならいいのか?

コイツの様に。

「そうじゃねぇ。結局、俺が弱いんだ…」

ポツリと溢れ落ちた小さな呟きを、圭志の手を追って顔を上げた一夜が不思議そうに見ていた。

「先輩?どうかしたん…」

「一夜、自分の身は自分で守れよ」

一夜の台詞は、力強い光を灯した赤みがかった黒い瞳に遮られた。

それは圭志が一夜に遠回しではあるが、近づくことを許した証拠。

しかし、圭志の複雑な心中を知る良しもない一夜は圭志の突飛な発言にきょとんとした顔をみせた。

「ンなの当たり前じゃないッスか」

「当たり前か?」

「この怪我の事言ってるんなら、俺の自業自得ッスよ?絡まれる原因になったのは先輩だけど、怪我したのは俺の力不足ッスから」

あっさりとそう言い切った一夜を圭志は信じられない思いで見返した。


「それも含めて俺のせいだろ?」

前いた学校の奴等も今まで付き合ってきた連中もそんなこと言わなかった。

大抵は圭志のせいじゃないと言うか、その逆でお前のせいで、と罵声を浴びせられた。

〔圭志先輩のせいじゃない!!〕

〔―っ、貴方のせいで!!〕

瞳を閉じれば今までの出来事が頭を過る。

一夜の様に圭志のせいだけど、自分のせいでもあると言ってきた奴は始めてで、だからこそ圭志は一夜を信じられない思いで見つめて、そう言い返していた。

「違うッスよ。それはそれでこれはこれ。先輩がどう思ってるかは知らねぇけど俺はそう思ってるッスから」

本心からそう言ってるのが伺えて、先程と違った意味で圭志は悪態を吐いた。

「馬鹿が…」

ふと表情が緩んだ圭志に一夜も思う所があり、その軽口に乗った。

「馬鹿って、俺これでも一年首席ッスよ」

「何とかは紙一重って言うだろ?」

「ソレ隠せてねぇし、先輩俺のこと何だと思ってんだよ…」

圭志は拗ねる一夜の頭に手を置き、髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、笑みを含んだ声で言った。

「さぁな」

そして、手を離すと歩き出す。

「その間抜けなもんが両方とれたら相手してやるよ。ただし、あんま遅いと俺の気が変わるからな」

じゃぁな、と言って入って来た時と同様に鍵を外して扉を開け圭志は出て行く。

「なんだ、やっぱり心配して来てくれたんじゃん」

外から鍵をかけ直した音を聞きながら一夜は始めの不機嫌さも忘れ一人笑った。


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