09


圭志が元いた席に戻ると明も自分の席に戻った。

「それにしても速水の奴随分派手にやったなぁ」

呟いた明に、そんなに酷かったの、と透が話を聞いている。

「それじゃ私達はこれで」

宗太と皐月はそう言って下へ降りて行った。

それを圭志がぼんやり眺めていると京介がテーブルに肘を付いてこちらを見た。

「何だよ」

「速水が心配か?」

「別に。大体何で俺がアイツの心配しなきゃなんねぇんだ」

圭志はどうでもいい、という表情をして食事を再開した。

「それならいいがな」

それきり京介は一夜の事について何も言わなかった。










昼休みが終わるギリギリまで食堂にいた圭志は、食堂を出ると教室がある方向とは逆に歩き出す。

「あ!おい、黒月!サボるなよ!!」

「圭ちゃん、また帰りにね〜」

慌てて引き止めようとする明の横で透は手を振った。

その後ろにいた京介は圭志にはついていかず、反対方向へ歩き出す。

「はぁ〜。結局逃げられた」

肩を落とす明の声を背後で聞きながら京介は、二人が振り返る前に廊下の角を曲がり、教室のある上では無く、階段を降り始めた。

一階まで降りて周りに人がいない事を確認してから携帯を取り出し、歩きながら電話をかけた。

「俺だ。話がある。…あぁ、知ってる。ついさっき食堂で見た」


京介は手短に用件を話すと通話を切った。

携帯を畳み、ポケットに突っ込む。

圭志は予想通り速水のとこへ行ったか…。

京介は心の中でそう呟き、少し不快そうに眉を寄せた。

外で体育の授業があるのかジャージを着た生徒達と擦れ違い、それから直ぐ、昼休み終了のチャイムが鳴った。










「誰が動いた?」

食堂から生徒会室に来た京介は会長席に足を組んで座り、会長机を挟んで正面に立つ静に無駄を省いて端的に問う。

何が、と聞かなくても理解している静は京介の鋭い視線を受け、いつもの態度と一変して真面目に答える。

「今、京介の頭に浮かんだ人物で合ってると思う。昨日、お前の親衛隊に接触したみたいだ」

それで、と京介は続きを促す。

「昨日は隊長の甲斐 岬がいなかったから挨拶だけで帰ったらしい。具体的なことはまだ掴めてないけどな」

「そうか。…速水の方は?」

京介は机を指先でトントン、と叩いて話を切り換える。

「さっき言った通り。本人は不良に因縁付けられて喧嘩を買った、って周りに言ってる。けど、あれは多分嘘だな」

「…後で風紀室へ呼び出せ。明には騒ぎの収拾のため、とでもそれらしい理由を伝えて一応調書をとらせろ」

分かってる。それで、黒月の方はどうするんだ?と、静は真面目だった表情を崩して京介を見やる。

「フッ、アイツなら平気だ。そんな柔じゃねぇ。むしろ、やられたらやり返す。それが圭志だ」

俺が手に入れたいと、欲しいと思った奴はそういう奴だ。

それもそうだな、と静は肩を竦め続けて言う。

「心配なのは明の方か」

「そっちはお前がついてるから心配してねぇ。自分のもんくらい自分で守れ」


京介は机の引き出しから昨日提出された風紀からの報告書を取り出し、静に渡す。

「一応、目通しとけ」

静は報告書を受けとるとその場で流し読みした。

「相変わらず明は甘いな。処分が軽すぎる」

読み終えた報告書を京介に返し、眼鏡のブリッジを押し上げた。

「そう言うな。今あまり厳しく処罰を下せば奴等が動かなくなる可能性もある。それじゃ意味ねぇ」

と、ちょうど会話が途切れた所で生徒会室の扉がノックされた。

―コン、コン

「誰だ?」

「さぁ?今授業中のはずだけど…」

宗太と皐月はめったなことがない限り授業をサボったりはしない。

それを知っている京介と静が疑問に思えば、その答えはすぐに返ってきた。

「神城、中にいるんでしょ〜?入るよ〜」

そう言いながら、返事をする前に扉を開けて小柄な生徒が入ってきた。

その姿を認めた京介は微かに眉を寄せ、静は突然の訪問者に飲み物を入れに簡易キッチンへ引っ込んだ。

「何しにきた?観月」

訪問者、高科 観月は後輩のぞんざいな口調を怒るでもなく、ニコニコした表情を崩さず会長席の前まで来ると立ち止まった。


「何しに来た?だってぇ?僕が来た時点で分かってるでしょ?」

観月は笑顔を絶やさぬまま、京介と視線を合わせ、その視線をチラリと一度キッチンに流し、続けて言う。

「神城には優秀な部下がいるからねぇ」

「何の事だがさっぱりわかんねぇな。用がねぇなら帰れ。俺は忙しい」

京介が不遜に言い放つが、観月は一行に動こうとしない。

それどころか机の上に出しっぱなしにしていた報告書を手に取り、視線を落とす。

「ふぅん、馬鹿な奴等がいたもんだねぇ。僕のに手を出すなんて」

くすり、と笑った観月の手から報告書を取り返し京介は立ち上がる。

「誰がてめぇのだ。アイツは俺のだ」

「嫌われてるのに?」

「フン、あれはアイツの本音じゃねぇよ。一種の防衛手段だろ」

全て知っていると匂わせる台詞に観月の笑みが深まる。

観月の相手をする気になったのか、応接室に移動した京介はソファーに座った。

そこへ、静が紅茶を運んでくる。

「どうぞ」

「うん、ありがと」

京介と対面するソファーに座った観月の前に置き、次いで京介の前に置いて自分は二人の間にある一人掛けの椅子に腰を下ろした。

「ねぇ、神城。僕はさ、僕のお気に入りが傷付けられるのは我慢ならないんだよねぇ。だから神城に生徒会長を辞めてもらいにお願いにきたんだけど…」

「俺は辞めないぜ」

そう言って涼しい顔でカップに口を付ける京介と、面白そうに成り行きを眺めている静を交互に見て、観月は満足気に笑った。

「うん、その必要は無さそうだねぇ」

「分かったなら帰れ」

しっし、と追い払う仕草をした京介に、観月は何処までもマイペースに、

「神城のプランを聞いたらねぇ」

と、静に紅茶のおかわりを頼んだ。


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